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第三章 農村防衛編

意趣返し

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【ナナ視点】

「フェンテさん!」
 
 私は慌てて上体を起こし、腰に差していた予備の短剣を投げた。
 だが、一瞬だけグラハの注意を逸らしただけで、結局グラハの大斧はフェンテさんに振り下ろされた。フェンテさんの左腕が切断され、空気を切り裂くようなフェンテさんの絶叫が響いた。

 私の中で、何か、たがが外れるような感覚がしたと思ったら、気付けばいつの間にか立ち上って、グラハに斬りかかっていた。
 思考が回らない。思考は回らないのに、感情はどんどん膨張していく。


 怒り。

 怒りのままに、剣を振る。剣の声など聞こえない。怒りが剣筋を支配していた。怒涛の斬撃も全て、グラハにさばかれる。

「はははは、怒りで強くなれるのは勇者の武勇伝の中だけだぜ?」

 グラハの斧が左腕にかすり、肉を削り取っていく。次は脚。頬。徐々に体が血まみれになっていったが、怒りのためか、痛みは全く感じなかった。

「よくもフェンテさんを!」
「はは、守れなかったお前が悪いんだろ」とグラハが愉快気に笑う。心底気持ち良さそうに目を三日月型に歪める。

「うるさい! フェンテさんは私が守る!」

 剣を横に薙ぎ払うが、グラハは後ろに跳んで避け、少し距離が開けた。

「守る…………守るねぇ。お荷物を抱えて戦うのも、大変だよなぁ」と尚もグラハが私を挑発する。血管が千切れそうな程、怒りを感じ、またグラハに突撃しようとして、不意にフェンテさんの声が聞こえた。

「ナナ!」

 猛進しようとする足がかろうじて踏みとどまる。
 フェンテさんに顔を向けると、フェンテさんは痛みに顔を歪めながらも、私に笑いかけた。

「舐めんじゃないわよ」

 フェンテさんが切断された左腕の断面に手を当てる。何がどうなったのかは分からないが、切断面が塞がった。おそらく錬金術で止血をしたのだろう。

「考えて戦いなさい。ナナなら——いえ、私たちなら、十分そいつに勝てる」

 頭の中の熱いマグマのような感情が引いていくのを感じた。澄んだ水が流れ込んでくるかのようにフェンテさんの言葉が頭に反芻される。

(そうだ。冷静にならなきゃ。力任せに剣を振ってもダメだ。剣の声を聞くんだ)

「なはは、観客席から何か聞こえるぜ?」と笑うグラハに、私は一足飛びに距離を詰め、一文字に剣を振り抜く。グラハは反応が一瞬遅れるも、のけぞって躱した。グラハの鼻先を鈍く光る刃が通過し、グラハの鼻先にかする。

「くっ、さらに速くなりやがった」
「あれ、鼻はふわふわなのね」と私が挑発すると、グラハは舌打ちを返した。

 錬金術には時間がかかる。
 グラハは戦闘で瞬時に使える程の熟練度ではあるようだが、それにしたって今の斬撃には対応できなかった。つまり、連続で斬り続ければ、硬質化は間に合わない。

 だけど——
 私は剣を振って、一旦引き、また隙をついて剣を振るう、といったヒットアンドアウェイの戦法を取った。

「おいおい、本当に状況を分かってんのかぁ? そんなんじゃ俺は斬れねぇぜ?」

 グラハの斧が凄まじい速度ですぐ近くの空を切る。
 返す刃で第2撃。もはや斧の繰り出す動きではない。やはり、フェンテさんの言う通り、錬金術で重量を軽くしているのか。そして斬撃の瞬間に今度はより重くする。器用に転換することで、速く重い一撃をお手軽に連続で打ち込むことができる。
 剣でまともに受ければ、吹き飛ばされるか、あるいは剣が折れる。しかも、グラハは斬り合いに慣れているようだ。錬金術抜きで見ても、私よりも格上であることは明らか。

 近接戦士にとって、これほどやりにくい相手もそうはいない。無理に連続で斬りかかれば、浅い1撃を入れる代わりに私が真っ二つにされる。私一人では到底勝ち目などない。

 打ち込んだ剣が甲高い金属音を鳴らしてグラハの腕に弾かれた。

「遅い遅い。慣れてきたぜ、お前のスピードにもよォ」

 鼻を掠めてから後は、一度も太刀を浴びせられていない。全て硬質化で弾かれていた。

(大丈夫。信じるんだ。フェンテさんは『私たちなら』と言った。やられたまま指を咥えて見えているだけの人じゃない。私はフェンテさんを信じて、その時を待つ。それで良いんでしょ? フェンテさん)

 大斧が迫る。
 剣で大斧の力を受け流しつつ、体を滑らせるように踏み込み、グラハの首に斬り込む。また金属音が鳴る。

「たとえマリアだって俺は斬れねぇよ」
「バカね。あの人は鉄だってオリハルコンだって斬るよ」
「ふん、口では何とでも言える」

 否定されたのが気に食わなかったのか、グラハは無理に踏み込み、斧を振りかぶった。絶対に硬質化は破られない、という自信があるのだろう。無意識の内に誰かの間合いに入ることの危機感が薄れていたのかもしれない。

 だからかは分からないが、グラハはフェンテさんが潜り込むように接近したことに気付くのが遅れた。
 フェンテさんが右腕でグラハに触れる。

「ナナ!」とフェンテさんが叫んだ時には、私はもう剣を振っていた。これをずっと待っていたのだ。フェンテさんなら、何か策を考えていると思っていた。信じていた。だから、フェンテさんが叫ぶのと、ほとんど同時に斬撃を放つことができた。

 袈裟斬けさぎりに剣を振り抜くと、手に肉を裂く感触が伝わって来て、一瞬遅れてグラハの血が私とフェンテさんに吹き付けられた。
 グラハは「か、は」と膝をついてから、うつ伏せに倒れた。

やった、と気が抜けたためか、私も膝から崩れて座り込む。

 フェンテさんは、「念のため」と言ってグラハが傷を錬金術で塞ぐことがないよう、グラハに触れたまま錬金術阻害を続けた。
 グラハが身体を錬金術で硬質化したのと同様に、フェンテさんはグラハの錬金術の逆を辿った。硬質化した身体を元に戻したのだ。
 そうして、硬質化していると思って完全に油断したグラハに私が一撃打ち込んだわけである。
 
 フェンテさんは「クソ雑魚にしてやられた気持ちは、どんな気持ち?」とここぞとばかりにグラハをあおっていた。

 グラハがかすれた目でフェンテさんを睨む。

「そこのナナは先日初めて剣を握ったド素人だし、私も等級にしてE級くらいだよ? 私たちに負けたあんたはF級くらいかな?」

 良い性格をしている。最低な野郎とはいえ、死にゆく者にさらに口撃するとは。よっぽど悔しかったのか。それにE級相当なのは冒険者ギルドで働いていた時のフェンテさんであって、今はもっと強いと思う。

「くそ…………ったれ」とグラハが呟く。

 とは言え、私も言いたいことがないではない。
 立ち上がり、グラハの前まで行って、剣を喉元に突きつける。グラハの虚ろな瞳が私を捉える。私はにっこりと笑い、意趣返しにこう言った。

「無駄な努力、ご苦労様。クソ雑魚ちゃん」

 私はグラハの瞳が屈辱を映すのを見てから、幕引きの一撃をくだした。
 
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