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第三章 農村防衛編

三匹のゴブダ

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 野盗の中にも魔法を使える者はいる。大抵の場合、使えるのは下級魔法のみであるが、それでもほりを一部土で埋めて、即席の階段を作るくらいは訳ない。
 野盗は南の防壁を乗り越えて村に入ろうとしていた。

「こんな簡単な仕事はないな」と一人の野盗が言う。
「マリアにさえ気を付けておけば、後は素人丸出しの雑魚だけだって話だぜ?」
「ははは、マリアっつったって、仮にいたとしても、こんな見晴らしの良い場所で奴の接近に気付かないわけが——」

 ない、と言おうとして、その野盗は絶命した。
 空からの飛来物に脳天から串刺しになったのだ。鉄の剣だった。隣の野盗に飛沫しぶきがかかり、それが血だと気付いたくらいの時間差でその野盗も串刺しになった。
 次々と降り注ぐ剣の雨に土の即席階段は崩壊し、そこにいた野盗はそれが誰の仕業か知る前に肉塊に成り果てた。
 刺さった剣は、風化して砂になるかの如く消滅し、後に残ったのは穴の開いた野盗だけだった。
 マリアが上空からそれを見下ろす。

(これで3部隊目、か)

 きょろきょろと村を見下ろしてハルトを探す。その頃ハルトは北西の角を目指してルイワーツと疾走していたのだから、マリアの視界には映るはずがなかった。

(ハルトくん、大丈夫かな……)

 心配で居ても立っても居られなかったが、ここで役目を放り出してハルトの元へ行けば、ハルトを失望させることになる。
 それでもやっぱりハルトのことが気になって仕方がなかった。まったく戦闘に集中できない。集中できなくても、野盗のしかばねは増産されるのだから、集中の有無は成果とはあまり関係がないと言えた。

(まったく。弱いくせに勇ましいから、手に負えないのよハルトくんは)

 マリアは口を結び不機嫌を露わにして、ハルトとのやり取りを思い出す。
 

 ♦︎
 

「で、マリアさんは強そうな奴を片っ端から仕留めて行って。要は遊撃部隊だね」とハルトがマリアに役割を振ると、マリアはぷいっと顔を横に逸らした。何故か若干頬が膨れている。
「やだ」とマリアが言えば、「え」とハルトが声を漏らす。
 予想外の返答にハルトは戸惑っているようだった。
「私ハルトくんと一緒にいる」マリアがハルトの腕を抱き抱えて言う。「私がハルトくんを守らないと。ハルトくんいつも勝手に死に行くから」

 ポンコツNPCみたく言わないでくれる、とハルトが呟くがマリアにはよく意味が分からず、「えぬぴー……?」と首を傾げた。

「いやでも、村を守らないと」とハルトが説得するが、「村人が死ぬ確率よりハルトくんが自滅する確率の方が高い」と頑として譲らない。
「ひどい言われようだな」
「ハルトくんは誰かのピンチとあらば、助走つけて頭からダイブしてでも首を突っ込んでいくんだから」
「そんなことないって」と苦笑するハルトだが、近い未来で彼はモリフを追いかけて森に飛び込むことになる。見事、予言は的中していた。

 ハルトがマリアの手を握る。手を握られるだけなのに、何故かマリアの鼓動が早まった。
 マリアとハルトは既に男女の営みをする仲であり、今更なにを、と心では思うものの、ハルトの瞳に見つめられて手を包まれると、恥ずかしくて、だけど嬉しくて、体が熱くなる。

「お願い。マリアさん。マリアさんにしか頼めないことなんだ」

 ハルトの青い瞳が真っすぐにマリアを見据える。
 くっ、ぬ、ぐぐぐぐ。
 葛藤の末、マリアは「もォ…………分かったよ」と折れた。

「いいもん。とっとと野盗を殲滅してハルトくんところ行くから」とマリアは不貞腐れながら初期配置箇所に歩いて行った。


 ♦︎
 

 さて、そろそろ次の野盗を、とマリアが移動を開始しようとした時、ふと2人の男が地上からこちらを見上げているのが見えた。
 太る時は2人一緒、と決めているのか、揃いも揃ってぶくぶくとオークのように丸い。1人はニヤニヤと口角を吊り上げ、もう一人は眠そうな目でじっとりとマリアを睨む。

(なに、あいつら)

直後、脳天にぴりぴりとした嫌な気配を感じて、マリアは大太刀を抜いて咄嗟に斬り上げた。ほとんど反射的な動作であり、マリア自身、何故そうしたか、と問われれば「なんとなく」と答える他ない。

 ただマリアの直感は正しかった。上方にはまた別の太った男がいた。フルプレートの鎧に身を包んだ男が剣を振りかぶって落ちてくる。

 リーチの差でマリアの斬り上げた大太刀が先に男の前腕当ヴァンブレイスに当たった。闘気に覆われた前腕当ヴァンブレイスは切断されることはなかったが、男はマリアの一撃を受けきれず弧を描いて吹き飛んで行き、数秒後、地面に激突し、砂埃が上がった。

 マリアが野盗共の上空から奇襲したのと同じように、この太った男もマリアのさらに上空から不意打ちを狙ったのだ。落下の速度を利用すれば体はほとんど動かす必要がない。相手に気付かれにくい戦法だ。

 フルプレートの男が落下したのはつい先程のはずなのに、いつの間にかフルプレートの太った男は残りの2人のところまで移動していた。距離にして500メートルはある。この間、せいぜい数秒だ。

(重装備フルプレートのデブの速さじゃない。何かやってるなぁ)

 とりあえずマリアは男達の前に降り立った。浮遊魔法は便利だが、陸上移動に比べてスピードが出ない。宙に浮いたままだと遠距離攻撃の良い的になるので、居場所がバレた時点で地上に降りるのが定石だ。

「あは、あはははははは、脚ィ! 綺麗な脚ィ! マリアの脚ィィイ! 美味そうなアアア…………耳ぃ!」と一人のデブが叫んだ。
「ワラ兄、そこは『脚』だろが。なんで唐突に耳フェチに鞍替えしてんだよ。ワラ兄の『脚』へのこだわりは何だったんだよ」とマリアに降って来たフルプレートのデブが言う。
「レング、言っても無駄ネ。マリアに遭遇できた喜びでワライのテンションがさっきからおかしいネ」

 
「キモっ」とマリアは無意識に口をついて本音が漏れた。グロテスクな虫がうごめくのを見つけたかのようにこれでもかとマリアの顔が歪む。
「あはは、あはは、あははははは! キ兄、言われてるゥ! キ兄、キモいって言われてるよォォオ」
「いや、お前ネ」と長男キーがツッコみ、三男レングが「だはははは、キモいってよ! はははははは」と笑い出すが、マリアが「全員よ」と言うと、笑い声が止んだ。

「あなた達、死にたくなければ今すぐ立ち去りなさい。面倒だから見逃してあげる」とマリアが手で羽虫でも払うかのように手をひらひらさせる。

 フルプレートデブのレングは三下の扱いを受けて頭に来たのか、あるいはキモいと言われたためか、こめかみに血筋を浮かべて凄む。

「俺たちがブラックリスターだと分かって言ってんだろうな?」
「知る訳ないでしょ」マリアは呆れた顔で言ってから、ふと気になって、「ねぇ」とゴブダ兄弟に声をかけた。「あんた達意外にブラックリストの人、何人くらい来てんの?」

ふん、と長男キーが鼻で嗤う。「言う訳ないネ。味方の情報をペラペラしゃべ——」
「——3人だよォ! あは、あは、あはは、でゅふふ、しかも皆A級クラス! でゅふ」
「おい、ワラ兄、何ばらしてんだよ」と三男レングが非難の目を向けると「だって、その方が絶望的ィ! 絶望のスパイスで脚が美味しくゥ! でゅふ」と次男ワライが囃子はやし立てるように手を叩いた。

(三人か。ハルトくんがA級ブラックリストに遭遇したら多分…………勝てない。急がないと)

「で、退くの? 退かないの?」

 マリアが大太刀を構えると、マリアから発された黒いモヤがゴブダ兄弟を取り巻いて覆う。その黒い霧は実際には存在せず、マリアの殺気がゴブダ兄弟にそう錯覚させていたにすぎない。それに遅れて気付いた三男レングが言う。

「誰だよ。『聖剣のマリア』なんてはじめに呼んだ奴。聖剣どころか、ドス黒いじゃねーか」
「でもいくらS級とは言っても、A級3人を相手にして勝てるわけないネ」とゴブダ兄弟も臨戦態勢を取った。

 マリアは結局退かないのね、とため息を吐く。

「退く気がないなら、もういいよ。殺してあげるから、まとめてかかって来なさい」
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