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第二章 農村開拓編
民兵長
しおりを挟む【ナナ視点】
おらァ、と狩猟頭オーサンの声と共にグールの額に矢が突き刺さった。
何故、矢を射るのに『おらァ』という声が要るのかは不明だが、孫がいる歳とは思えないほどの動きの良さだった。
グールは後ろに倒れてそのまま動かなくなる。
「弓なんざ初めて使ったが、使ってみると悪くねぇな」
(初めて使うのによく一撃で頭にあてられるなぁ)
何故そんなことが可能なのか。一言で言えばそれは『才能があるから』らしい。さらに言えば『スキル』という特別な力が備わっているのだとか。
かく言う私も剣士としての『スキル」があるから初めての戦闘でオークをなぎ倒すことができたのだ。
なにかの才能があることはさして珍しくない、とハルトお兄ちゃんは言っていた。その才能を自覚することが難しいのだ、とも。いくら才能を持っていようと、やってみなければ自分に才能があることにすら気付けないのだ。実際、農奴の私は無理やり剣を握らされなければ、一生剣には関わらずにいたことだろう。
訓練に同意してくれた村人は全員ハルトお兄ちゃんの『サーチ』を受けたが、才能を持っている者は何人かいた。
だが、その才能がオーサンのような戦闘に関することである者は極わずかであり、さらに私のような才能の濃度が濃い者は、一人もいなかった。
今日はその数少ない戦闘の才を持つ者の訓練で『不死王の大墳墓』に来ていた。
オーサンの無駄にでかい声で、また新たなグールが、背後からオーサンに襲い掛かろうと近寄る。
すると、すかさず短髪の少年が割り込み、倒木用の大斧を一文字に振った。グールの身体が真っ二つに裂かれる。
腕を伸ばして少年に近づくグールがもう一体。再び斬り上げるように斧を振るとグールの腕はどこぞへと吹き飛んでいき、次の一撃で今度は両足が切断されて、グールの同体が地に転がった。グールはまだもぞもぞと動いている。
「ははははははは、雑っ魚! じたばたして芋虫みてぇだな! あっははははは」と少年エドワードが楽しそうにグールを指さす。
(ダメだ、こいつ。完全に力に溺れてる……)
私は冷めた目でそれを見ながらも「まぁ丁度良いか」と思い直して、涙目で震えているショートヘアの女性ラビィに「ほら、トドメさして来てください」と促した。
ラビィは私よりもずっと年上なはずなのに、その童顔も相まって、庇護欲をそそられる空気を纏っている。ハルトお兄ちゃんが『合法ロリの権化』と評する程だ。
ラビィがそのウルウルの瞳を私に向けて助けを求めるが、私にその手は効かない。何故なら私も合法ロリだから。いわばキャラかぶりである。
あごをグールに向けてしゃくり、『はよ行け』と指示を出した。
ラビィが震えながら、ナイフを抜いて、『えい』と聞こえてきそうな女々しい動きでグールの首にナイフを振った。目をつぶって顔を背けているものだから、ナイフは上手く狙い通りのところに刺さらず、グールの目ん玉にぐちゃりと刺さった。
「ひィヤァァアアアアアア」と叫んだのはラビィである。何故刺した方が叫ぶのか。ラビイはナイフを手放し尻もちをついて、そのまま延々と後退していくのではないかと思える程の勢いで後ずさった。
ラビイの才能は『幻魔術』である。敵に幻術をかけたり、仲間を強化したりとバフ、デバフを得意とする魔術師だ。
だが、レベル——とハルトお兄ちゃんが言っていた——が低い現在は魔術が1つも使えないため、仕方なくナイフでグサッとトドメを刺すだけのグサ活に励んでいる。
その他、戦闘に役立つ才能を持つ村人4人、私含め計8人で『不死王の大墳墓』の攻略に挑む。当然目的は踏破ではなく、経験値稼ぎだ。
私と狩猟頭オーサン、それからイキリ少年のエドワードと合法ロリのラビィ、この4人が村の東西南北、それぞれに配置される民兵のリーダーを務めることになり、襲撃に備え、急ぎレベルを上げる必要があった。残りの村人4人はサブリーダーだ。
無意識に、はぁ、とため息が漏れる。
(なんで私が、このまとまりのない人たちのお守りをしなくちゃならないの?)
理不尽な仕打ちに苛立ちは募る。
マリア様は「10階層の『マザーワイト』倒すまで帰ってきちゃダメだからね」と訳の分からないゴール地点だけ設定して、一緒には来てはくれなかったし、祭司様は「司祭室の警備があるから~」とやっぱり来てくれなかった。
まぁでも、それならそれで別に良かった。マリア様抜きでハルトお兄ちゃんと一緒にダンジョン攻咯できると思ったから、むしろウキウキしていた。だから、いつもよりお洒落して来たのに…...。
刺繍が入って、ひらひらとした衣服に目を向けて、またも、はぁ、とため息が漏れた。
(ハルトお兄ちゃんのバカ……)
ハルトお兄ちゃんは私たちをこの場所まで案内すると「僕やる事あるから」と引き攣った笑顔で逃げた。去り際に「絶対に6階層の杭の中だけは入っちゃだめだよ!」と言い残して行った。なんなんだ。
ナナがむくれていると、イきり少年エドワードが「お前なんで、そんな他所行きのブリオー着てきてんだ? ピクニックじゃねーんだぞ」とからかうように笑った。
この男、エドワードは私と歳が近いこともあってか、やけに私に絡んでくる。正直うっとうしかった。
さっきからエドワードがこちらをチラチラと見てきていたのは、このためか。いつからかってやろうか、とタイミングを見計らっていたのね。気の小さいいじめっ子だこと。
(とっとと10階層まで行って、マザーワイトとかいうアンデッドを倒して帰ろ。そんでハルトお兄ちゃんに褒めてもらお)
私はエドワードの意地悪を無視して、『不死王の大墳墓』地下入口に向かう。大きな石碑が見え、その脇を通って歩いた。
すると「おい、聞いてんのかよ」とエドワードがついてくる。
後ろでは「あれはダメな例だ。恋を成就させてぇなら覚えておけ」と狩猟頭オーサンがグサ活女子ラビィに絡んでいるのが聞こえた。意味がよく分からないが、オジサンの話は大体意味が分からないものだ。気にしても仕方がない。
業を煮やしたエドワードが「おいってば」と半笑いで私に手を伸ばしてきた。
私は咄嗟に身をひるがえして抜剣し、振り向き様に突きを放った。
エドワードは突きに全く反応できず、半笑いの状態で固まって、何もできないまま私の剣を見送る。
剣はエドワードの顔の真横すれすれを通過して、彼の後ろのグールに突き刺さった。石碑の影の死角から飛び出てきたのだ。
動かぬ腐肉となったグールにエドワードは顔だけを向けるが、依然として固まったままだ。
「おい、あれもダメな例だ。押してばかりじゃあのグールみたいになる。恋愛も一緒だ」とオーサンがまたもラビィに絡んでいる。相変わらずよく分からないが、何か失礼なことを言われている気がする。恋愛で額に風穴が空く事例を私は未だかって見たことがない。
グールから剣を引き抜いて、血を払ってから鞘に戻す。
「ほら、気を抜かないで。早く強くなって村に帰るよ」
言った直後、サブリーダーの一人が「ひぃい、グールぅ!」と腰を抜かすのが見え、私は3度目のため息を吐いた。
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