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第二章 農村開拓編

譲れぬ闘い

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 ハルトはザクリナッツを1つ口に放り込んだ。
 歯に挟んで噛むとザクザクと良い音があごの骨を通じて伝わってくる。とてつもなく美味い、というわけではないがクセになる触感と味わいだ。もう1つ口に放り込む。

 ハルトはポップコーン片手にスポーツでも観戦しているような気分になっていた。
 村の中央にある広場をピリピリとした緊張感が包み込む。


(スポーツはスポーツでも、これは格闘技の部類だな)


 ハルトが赤コーナーを見やると——別に着色もなければコーナーもないのだが——マリアが大太刀を片手にぼんやり立っていた。隙だらけのようで、全く隙が無い。少なくともハルトには隙を見つけられなかった。

 続いて青コーナーを見ると——こちらも別にコーナーというわけではない——リーダーで剣士のロドリ、ヒーラーのキアリ、魔術師のメロ、ウォーリアのダルゴ、4名の戦乙女いくさおとめたちがマリアを見据えていた。


「え~、殺し以外は何でもありで、相手を戦闘不能にした方の勝利とする~」とやる気のない審判——モリフが眠そうな目で言う。

「なお、勝者にはぁ——」


 審判のモリフが僕に手を向けると、観戦者全員——ナナ、イムス、フェンテ——が一斉に僕に顔を向けた。


「——ハルト様が贈呈されます~」


 なんだ、これ。とハルトは思うが、呆れて物が言えない。物が言えないうちにあれよあれよと、景品にされてしまったのだ。
 景品席に釘付けにしておくためにご丁寧にザクリナッツまで用意されていた。ほんとなんだ、これ。
 ハルトはまたザクリナッツを口に入れる。


「あたしは絶対にィ! ハルルンを手に入れる!」とロドリが意気込む。

「意気込んでいるところ悪いんだけど、僕一応既婚者だからね」とハルトが口をはさむと意外にもロドリは「そうだね」と返した。冒険者なのにちゃんと人の話を聞いている、とハルトは感動した。感動のハードルは低すぎるが、とにかくハルトはいたく感動した。


 ——だが、


「だから、今日、あたしが望まぬ結婚からハルルンを解放する!」とロドリはハルトの感動を失望に塗り替えた。


(ダメだ。やっぱり冒険者だコイツ。人の話を全く聞かない)


 ハルトが改めて呆れかえる一方で、マリアは激怒していた。


「望まぬ結婚……だと? 良い度胸だ。二度と舐めた口を利けぬよう一つ指導をいれてやろう」とマリアが殺気を放った。この人も多分人の話を聞いてない。殺しはなし、のルールのはずだ。早くその殺気をしまってくれ、とハルトは願った。

「ひィっ」とロドリ以外の『戦乙女の微笑みヴァルキリースマイル』メンバーは尻ごみする。


「なんか私ら巻き込まれてない.......?」
「『聖剣のマリア』に勝てるわけないだろ」
「無謀過ぎるゥ」


 双方、後は開始の合図を待つのみとなった。
 モリフがコインをピンと弾く。コインは高く宙を舞った。あれが落下した瞬間が戦闘開始の合図だ。
 ハルトは回転するコインを眺めながら「何この状況……」と呟いた。
 事はハルト達が大量のオーク肉と共に村に帰還した時に起こった。







 村の入り口にやっとこさ辿り着くと聞きなれた、少し鼻にかかったアニメ声が聞こえたのだ。


「ハルト先輩っ!」

「フェンテ?! どうしてここに? 観光?」とハルトがいつぞやのように軽口をたたくと、

「怒りますよ? 私ここに来るまですごい苦労したんですから!」とフェンテが睨んできた。その気迫に押され、ハルトは「ごめん」と謝ってから「いらっしゃい」と笑いかけた。




「はーいストップぅ! お終ーい! 感動の再会お終ーい!」とマリアが割って入ってきた。まるでバスケットの試合のようにマリアが体でフェンテをブロックする。スクリーンだ。

「ちょ……っと、まだ話終わってないですゥ! 大事な話が——くっ」フェンテはフェイントを入れてどうにかマリアを抜こうとするが、S級冒険者の動体視力を甘く見てはいけない。マリアは見事フェンテを遮り続けていた。


 だが、ノーマークの者がいた。ロドリである。
 フェンテをブロックするマリアの横をするりと抜けて、ロドリがハルトに抱きついた。


「ハルルンっ、会いたかった!」

「ちょぉァ?! 何故に抱きつく?!」


 意外に厚いハルトの胸板にロドリの胸が押し付けられ、ロドリの胸は広がるように柔らかく形を変えた。
 ハルトの顔が熱を帯びる。S級童貞者のエロ耐性の低さも甘く見てはいけない。

 あわあわと赤面するハルトの様子を見て、マリアの目は獰猛な肉食獣のように瞳孔がキュッと縦長に締まった。鬼の形相でロドリとハルトを睨む。

 ハルトは『死』の気配を感じ取った。
 慌ててロドリを引きはがす。ロドリは「あんっ」と名残惜しそうに離された。


(馬鹿かコイツ? 命が惜しくないのか?)


 ハルトは得体の知れない者を見るようにロドリに目を向けるが、ロドリはロドリでハルトを観察していた。


 それから「やっぱり」と呟いた。「こんなに怯えちゃって、ハルルン可哀想……。マリアさん、恐怖でハルルンに結婚を承諾させたんですね。いくらS級冒険者だろうと、そんな暴挙許せません」

「は? 何を言っているのだ貴様は——」


 マリアの言葉の途中に、ロドリが剣を抜いた。
 剣を抜く、というのはもはやおふざけや、じゃれ合いでは済まされない。殺し合いだ。


「待て待て待て」とハルトが割り込もうとするが「ハルルン、女には引いてはいけない時があるんだよ。あたしを信じて黙って見てて」とロドリに止められてしまった。

「良いだろう。その決闘、受けて立とうではないか。全員まとめてかかって来い。だが、死んでも文句は言うなよ」とマリアも大太刀を抜く。


 ヤバい、どうしよう、殺し合いが始まってしまう、とハルトがパニックに陥っていると、ピーっと指笛の高い音が鳴り響いた。
 音の方に顔を向けると、モリフがぱくっと指を唇で挟んでいた。


「祭司として殺し合いは認められないよ~。代わりに、模擬試合にしなよ~」


 祭司モリフの一言で、かろうじて『殺しはなし』というルールが加わった。
 モリフの咄嗟の機転に対してハルトが思ったこと、それは感謝であった。自分なりに少しでも返そうと思い立ったのが、1日1万回、感謝の正挙突き!


「痛っ、痛いよ、何すんのさ~、ハルト様」


 だがモリフには全く伝わらなかったので、3回で終えた。かわりに祈る時間が増えた。


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