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第二章 農村開拓編

やる気の問題

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 ハルトとモリフはオークの集落の200メートルほど手前の岩陰に身を隠し、その時を待っていた。


「なぁ、マリアさん達、別のみねに進んで行ったよなぁ? あれでどうやって陽動するの?」とハルトはモリフに話を向けた。


 マリアの主な武器は大太刀だ。魔法も使えるから遠距離攻撃は可能だが、遠距離からの攻撃で陽動になるのだろうか。それに遠距離攻撃ならばナナを連れて行く意味がない。

 返事が来ないことを不思議に思い、隣に顔を向けると、モリフは大胆に横臥おうがして寝息を立てていた。

 ハルトは出来るだけ汚い石ころを探してから、モリフの頭に乗っけておいた。
 そして何事もなかったかのように再び集落を窺う。



 作戦は単純明快だった。
 マリアとナナが大暴れして陽動している隙に、ハルトがクロノスのくわで集落を半壊させ、相手に逃亡させるのだ。
 どれだけの数のオークがいるかは分からないが集落の規模的に100前後だろうか。これを全て絶命させるのは現実的ではない。かと言って中途半端に倒しても、残ったオークがいては肝心の肉を回収できない。
 だから、『それなりの頭数倒して、かつ、相手に逃げさせる』という超高難易度なクエストをこなす必要があった。


(ナナ、大丈夫かな。マリアさんがついてるからナナがケガすることは万に一つもないだろうけど、怖くて泣いたりしていたら可哀想だな)


 ぼんやりと集落を眺めていると、不意に一筋の線が走った。集落の上方から斜めに掛かるその彗星の如き直線は集落の広場に落ちた。
 落下の衝撃で砂煙が上がる。砂煙で状況がよく見えない。
 だが、砂煙の中から、


「あははははははははは、豚肉豚肉ゥゥ!」というちょっとキマっちゃってるマリアの声と、

「ちょォオオオ! マリア様待って! 私——はやっ?!——マリア様ァァ?!」とパニクっているナナの声が聞こえた。


 集落の入り口付近に立っているオーク達が慌てて、砂煙の中に突撃して行った。
 まさか上から奇襲とはやっぱりマリアさんはやることがぶっ飛んでいる、とハルトも驚きに身を止めるが、それも一瞬だった。すぐにモリフの手首を掴み立ち上がらせ、走る。


「ぅえぇええぇえ?! 何何?! もう朝?!」

「ばか、出番だ。行くぞ」


 集落の入り口をモリフと駆け抜ける。
 集落を崩壊させるには、中央まで行き、魔力全開のクロノスのくわによる耕し攻撃——耕すことを攻撃と呼べるかははなはだ疑問だが——をぶちかますしか方法はない。マリアならば魔法で集落を吹き飛ばすことは可能だが、その場合おそらくオークまで木っ端微塵こっぱみじんだ。
 集落だけを機能させなくするにはやはり耕すしかないのだ。


(まるで農民じゃないか)


 集落のオークたちは突如として広場に現れた侵略者に向かってわらわらと駆けていく。
 おかげでこちらはオークの姿はほぼ見当たらず、すいすい進めた。


「どこで農作業する~?」とモリフが尋ねる。

「農作業って言うなァ! 中央らへんでデカい建物の近くが良いかな」

「なら、あそこだね~」とモリフが指差す方向には、他の建物よりも明らかに横幅が長く大きかった。

「確かにでかいな。もしかしたらボスの家だったりして」


 ハルトはそう言うと同時に、あり得ない気配を感知した。チートスキル『サーチ』による気配感知が働いたのだ。『サーチ』をかけたことのある種族はその気配を感覚で察知できる。そのハルトの感覚が、今そこにいます、と告げていた。


(そんなことあり得るか? いや、誤作動か?)


 ハルトは困惑する。まだ『サーチ』を得てから日も浅いため、自らの能力も完全には信用できなかった。数キロメートル単位の誤差、という可能性も捨てきれない。


「ボスはいやだな~。なら小さな家が密集してるあの辺とか——」とモリフが提案するが、

「——いや、あのデカいとこ行こう」


 確信には至らなくても、やっぱり気にかかる。もしも本当だったら、尚更行かなくてはダメだ。
 既にそこに向かうことはハルトの中では決定していた。
 時折、ハルトは合理的な考え方を捨て去り、損得勘定そんとくかんじょう抜きに判断するクセがあった。ナナを廃村で助けた時と同様である。ハルトは1人でも構わずそこに向かうつもりでいた。


「え~?! いきなりボス戦~?! どしたの? マリアさんに感化されちゃったの~?」と文句を垂れつつもモリフはしっかり付いてくる。


 不意に建物の影から、一頭のオークが飛び出してきた。こちらに気付いていた訳ではない。お互い鉢合はちあわせた形だった。
 ハルトが咄嗟とっさくわを振る。
 しかし、咄嗟に構えるのはあちらも同じであり、ハルトの鍬はオークの左前腕の肉を削り取るに留まり、勢い余って大地に刺さった。
 一方、オークは無事な方の拳を固く握りしめ、今まさにボディーブローを打ち込もうとしていた。
 ハルトは、これは避けられない、と悟る。ちっぽけな人間の腹に巨体の一撃が入れば、それだけで戦闘不能に陥るだろう、と予測できた。

 オークの腕が迫る。


 ハルトは衝撃に備え、身体に力を入れた。








 ——が、来ると思われた衝撃は一向にやってこない。







 代わりに、ボトリと重い落下音らっかおんがした。
 ハルトの前面ぜんめん——顔、腹、もも辺りにオークの血が吹き付けられ、赤く染まった。


「ヴォォオオオオオオ」とオークが叫ぶ。


 激痛に叫ぶオークの右腕は、肘から先がなかった。
 地面には切断されたオークの腕が転がっている。


 ハルトは考えることはひとまず放棄し、くわを再び斜めに斬り上げるように振り抜く。手に肉を裂く感触が返る。
 オークは喉を裂かれ、血を吹き上げながら地に沈んだ。



「オークってぶひーって鳴かないんですね~」といつの間にか大鎌おおかまを持ったモリフが隣に立っていた。

「モリフ、お前、そんな大きな鎌どっから出した?!」ハルトが顔にかかったオークの血を拭う。モリフはショルダーバッグを持ってはいるが、大鎌が入る大きさではない。

「神のご加護で今天から落ちてきました~」

「んなわけないだろ」


(まったく、マリアさんといい、モリフといい、この人たちの魔法って無茶苦茶だな)


 ハルトがジーッと睨んでいると、「今のはマグレだから、私にこの手の仕事を振らないでね~」とモリフが釘を刺してきた。

「いや、マグレってレベルじゃないだろ、これ」とツッコむも、「マグレだよ~。私農作業すらできないか弱い乙女だから~」とふにゃふにゃとモリフが答える。

「それはやる気の問題だろ」

「それは、そう」


 それはそう、じゃねーよ。と思ったが、今はちんたら話している場合ではないと思い出し、ハルトはまた駆け出した。


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