27 / 106
第二章 農村開拓編
物騒な話
しおりを挟む失礼します、とフェンテは受付課長室を退室した。
タタタと速足に数歩移動して、ここなら大丈夫だろう、という距離まで来てから大きなため息を吐いた。
(また怒られた……。しかもハルト先輩のことで)
ハルトが既にこの都市ヴァルメルを発ったと、冒険者たちから報告が入ったためだ。
課長ダゲハから『何やってんだバカやろう!』と怒鳴りつけられ、1時間近く説教を受けた上に『連れ戻して来い』と無理難題を課せられた。
(私が? ハルト先輩を? 無理無理無理無理無理!)
フェンテの脳内に『あ゛? ハルトくんをどうするって?」』と凄むマリアが現れて、フェンテは「すみませんすみませんすみません」と一人脳内のマリアに頭を下げ続けた。通りがかった同僚が白い目をフェンテに向けて、通り過ぎて行く。
ハルト先輩には、あの『聖剣のマリア』が番犬の如く付いている。フェンテにどうにかできる相手ではない。というか、『聖剣のマリア』をどうにかできる者などいやしない。
仮にマリアが側にいない時に会えたとしてもハルトが戻って来てくれるとは到底思えなかった。
(あーあ、こんなことならもっとハルト先輩を私にメロメロにさせておくんだったなぁ……)
ハルト先輩は少なくとも多少は私に気があった、という確信をフェンテは抱いていた。
ギルド職員になったばかりの頃から、手取り足取り、仕事を教えてくれたのはハルトだった。
フェンテは就職したての頃、文字はかろうじて書けたが、計算は全くできなかった。そういう者は結構いる。計算術なんてものを一般庶民が独学する術はない。教本を買うなり、講師をつけるなりするにはそれなりの金額がかかるが、低級市民にそんな余裕はなかった。
私も例に漏れず、困り果てた。いよいよ身体を売って金を得るしかないか、と追い詰められた時に、ハルトが無料で講師を引き受けてくれたのだ。
何故ハルトが計算術に長けているのかは不明だが、ハルトが教える計算術は完璧だった。毎日朝早くに来て、始業までの時間と、終業後の数時間つきっきりで——しかも無料で——計算を教えてくれた。それはフェンテに気があるから、としか思えなかった。
フェンテの方も満更ではなかったし、言い寄られれば応じよう、という覚悟もあった。
なのに——
(ハルト先輩のばか……。なんで告白しに来なかったのよ)
フェンテが計算をマスターした後も、フェンテの失敗を庇ったり、逆にハルトの尽力で得た成果をフェンテの手柄として差し出したり、とフェンテに気があるとしか思えない行動は続いた。
だが、告白はおろか、デートに誘ってくることさえなかったのだ。
(冷められちゃったのかなぁ……)
フェンテは淀んだ表情で、俯きがちに第二商店通りを歩く。ハルトを連れ戻す旅に備えて、薬草を買いに来たのだ。
中央広場から離れる方向に進むと、段々と生活感溢れる——悪く言えば薄汚い——景色に変わる。そこからさらに建物と建物の間に身体を横にしてねじ込むように裏路地に入った。
裏路地に入ってすぐの店にフェンテは入って行った。
これ以上進めばスラムに突入し、治安は最低レベルまで下がる。
この店がフェンテにとっての境界線だった。
そこは呪術屋なのだが、薬草類がどの店よりも安く手に入る貴重な店だ。
(そういえば、この店もハルト先輩が教えてくれたんだった)
フェンテが商品棚の陰でハルトとの思い出に浸っていると、棚の向こうで「おい、お前もアレ引き受けたのか?」と男の低い声が聞こえた。
もう1人の男が「ああ。北の農村を襲うってやつか」と応じる。
(北の農村?)
そこはかとなく嫌な予感がする。
フェンテはなんとなく、男らから見つからないように身を少しかがめた。
「やるに決まってんだろ。あんな美味しい話早々ないぜ?」
「確かにな。だが、お前人ぶち殺したことねぇだろ? 大丈夫かよ」
「舐めんな、先月やったっつの。さよならの前にヤルこともやったぜ?」
「ははは、お前、ダブルで卒業ってか? そいつはいい」
身を隠しているから声だけしか聞こえないが、それでもこれが冗談なんかではない、と声色で分かった。
北の村、美味しい話、殺し、と物騒なワードが並ぶが、決定打にかける。もう少し情報が欲しい。
フェンテがそう思っていると、願いが届いたのか、男が「マリア」と口にした。
「だが、例の村、確かあのマリアの領地だったな。恨み買ったらやべぇぞ」
もう1人の男がハンっと鼻で嗤う音が聞こえた。
「大丈夫だよ。顔隠してるんだから。だいたい、襲撃は夜中だ。マリアが来る前にぱぱっと殺って、ぱぱっと逃げりゃいいんだからよ。簡単だろ?」
「ぱぱっとヤってって、お前みたいな早漏じゃなきゃ無理な仕事だぜ? 俺にはとてもとても。3時間はかかるぜ。遅漏なんだ」
「そのヤルじゃねえよ、ばか」
男たちの下品な笑いが飛び散るヘドロのように広がる。
(『マリアの領地』の『北の村』…………やっぱりだ。確かマリアさんの領地に村は1つしかない。そこを襲う気だ)
なんで、と考えてすぐ、冒険者ギルド受付課長ダゲハの顔が頭に浮かんだ。
フェンテは、間違いない、と確信する。
あの小さな村の襲撃なんかに多額の報酬を支払う価値などない。採算がとれないはずだ。
だが、事実としてそういう依頼がある。ということは、目的は「金品の強奪」ではない、ということか。
金品の強奪ではないとすれば、おそらく目的は——
——農村の消滅。
(村が消えれば、ハルト先輩の帰る場所は、ここ——都市ヴァルメルしかなくなる。ハルト先輩を引き戻すために村を殲滅する気だ)
フェンテは自分の呼吸が早く短くなっていることに気が付いて、慌てて口を押える。
男たちは店内に自分たちしかいないと思い込んでいるようだった。今、男たちにバレたら、と想像してフェンテは血の気が引いた。
彼らの雑談は続く。今はもう別の話題を話しているが、店内から出ていく素振りは見られなかった。
(もう行くしかない……)
フェンテは震える手足を慎重に動かし、這うように棚に隠れながら出入口まで移動する。音がたたないように、ゆっくり、ゆっくり、と四つん這いに動く。
出口はもうすぐそこまで来ていた。いける、とフェンテが気を抜いた瞬間。
「はァアア?! バカかお前?!」
男の怒号のような不満をにじませた大声が響いた。
それはフェンテを発見してのことではない。単に雑談の中で気に入らないことがあり、2人が揉めて発した言葉だった。
だが、フェンテはその声にビクッと身体が跳ねる。
その拍子にフェンテは肩が棚にぶつかった。
くたびれた板でできた薄汚い棚が、音もなく、しかし大きく、揺れる。
(だめだめだめだめだめ!)
フェンテは祈るように棚を見上げる。頼むから何も落ちて来ないで、と。
日頃の行いだろうか。フェンテの祈りも虚しく、コルクで栓がされた瓶詰めが2つ落ちてきた。
(いやァァアアア)
フェンテはなるべく音が出ないようにダイビングして手を伸ばす。すさささ、と雑巾がけのように服が擦れて真っ黒に汚れた。が、フェンテの両手には見事、瓶詰めが握られていた。
(セーフ! 危なかった! 危なかったァ!)
ふーふー、と静かに鼻息を荒げながら、九死一生を得た喜びを噛み締めていると、不意に脳内にハルトが現れた。
ハルトが言う。
「マーフィーの法則って知ってるか?」
脳内のハルトがニコニコ笑う。
「靴を新調すると必ず雨が降る。ただし雨が降って欲しくて新調する場合を除く」
やめて。
「何か失敗に至る方法があれば、キミは必ずそれをやってしまう」
イヤ。なんでそんな事を言うの……?
「すなわち——」
上から下へ。
フェンテの瞳がそれを追う。
全てがスローモーションに感じられた。
ゆっくりと落ちる第三の瓶を成すすべなく見送る。
空気を切り裂くような破砕音にフェンテは固く目を瞑った。
17
お気に入りに追加
1,847
あなたにおすすめの小説
クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される
こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる
初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。
なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています
こちらの作品も宜しければお願いします
[イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
秘宝を集めし領主~異世界から始める領地再建~
りおまる
ファンタジー
交通事故で命を落とした平凡なサラリーマン・タカミが目を覚ますと、そこは荒廃した異世界リューザリアの小さな領地「アルテリア領」だった。突然、底辺貴族アルテリア家の跡取りとして転生した彼は、何もかもが荒れ果てた領地と困窮する領民たちを目の当たりにし、彼らのために立ち上がることを決意する。
頼れるのは前世で得た知識と、伝説の秘宝の力。仲間と共に試練を乗り越え、秘宝を集めながら荒廃した領地を再建していくタカミ。やがて貴族社会の権力争いにも巻き込まれ、孤立無援となりながらも、領主として成長し、リューザリアで成り上がりを目指す。新しい世界で、タカミは仲間と共に領地を守り抜き、繁栄を築けるのか?
異世界での冒険と成長が交錯するファンタジーストーリー、ここに開幕!
異世界あるある 転生物語 たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?
よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する!
土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。
自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。
『あ、やべ!』
そして・・・・
【あれ?ここは何処だ?】
気が付けば真っ白な世界。
気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ?
・・・・
・・・
・・
・
【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】
こうして剛史は新た生を異世界で受けた。
そして何も思い出す事なく10歳に。
そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。
スキルによって一生が決まるからだ。
最低1、最高でも10。平均すると概ね5。
そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。
しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。
そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。
その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。
前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな?
何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが?
俺は農家の4男だぞ?
日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊
北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜
むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。
幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。
そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。
故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。
自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。
だが、エアルは知らない。
ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。
遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。
これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる