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第一章 逆プロポーズ編
お前、俺らのパーティ入れ
しおりを挟む冒険者ギルド受付課事務室に入ると、いきなり頬を拳で殴られた。
入ったばかりの事務室から吹き飛ばされて強制退室させられる。廊下に積んであった木箱にぶつかり、木箱が割れて、中のリンゴが転がった。
「てめぇ、ハルト。舐めてんのか」と殴った方が言う。殴った方、とは天から厳しい天命を背負わされた男、受付課長ダゲハだ。
ハルトは呻きながら、体に乗った木箱の残骸をどかして、上体を起こす。
「お前ギルドに損失だして、タダで済むと思ってんのか?」
ダゲハはこめかみに青筋を浮かべ、体に闘気を纏わせて凄む。会議室ではお偉い方がいるから丁寧な物良いで話していたダゲハだが、素のダゲハは冒険者上がりの荒くれ者だった。今にもハルトの首をへし折りかねない気勢で、大股にハルトに迫る。
(損失? なんのことだ……?)
のしのしと近づいてくる暴力から逃れようと、ハルトは壊れた木箱の上から立ち上がろうとした。同時に「誤解です」と弁明しようと口を開きかけたところで、またしてもダゲハの蹴りが降ってきた。ハルトは再び木箱の残骸にまみれる。
「ネタは上がってんだよ。お前が金貨をひっくり返すところを見たヤツがいる。金庫締めで金貨の数が合わない原因はお前以外にないんだよ」
3度目の蹴りは横たわるハルトの腹を踏み付けるような角度で、打ち下ろされた。
ハルトは呻きながら体を丸める。
胃が圧迫され、口から唾液が垂れ落ちる。唾液と一緒に内臓まで飛び出るか、と思うような痛みに悶えた。
周りには受付課の職員が何事か、と集まっていた。野次馬とも言える。
強烈な吐き気に耐えながら、視線だけ巡らせると、野次馬の一画でルイワーツが口角を上げて、ハルトを見下ろしていた。
あの野郎、とハルトは朦朧とする目でルイワーツを睨んだ。
ハルトは確かに金貨を全て拾ったはずだった。だが、ルイワーツに何枚持って行かれたのか分からなかったので、最終的な金貨枚数の確認はできなかったのだ。
おそらくルイワーツが落ちた金貨を何枚か拾い、着服したのだろう。そしてその罪をハルトになすりつけた。
「金貨2枚だ。お前の給料から引いておくからな」とダゲハが吐き捨て、立ち上がれないハルトを置いて、事務室に入って行った。
野次馬たちも我関せず、と散っていく。
後に残ったのは優しい後輩フェンテちゃんだけだった。フェンテはしゃがみ込んでハルトに目線を合わせると、
「先輩、大丈夫ですか?」と義務的な顔でハルトをいたわる——ふりをする。さすが優しい後輩フェンテちゃん、と心の中で皮肉る。
「金貨2枚の天引きは痛い」とハルトは強がって肩をすくめた。実際この出費はでかい。前世の金額にすれば金貨1枚でおよそ10万円くらいだろうか。ハルトの給料金貨3枚、30万円のうちから、金貨2枚20万円が引かれるのだ。痛すぎる。
「傷の方を痛がった方が良いですよ」とフェンテはニッコリ微笑んでから、笑顔スイッチをOFFにしたかのようにパッと真顔になって「じゃ仕事戻ります」と行ってしまった。
(優しいのか、薄情なのか、どっちなんだ)
ハルトは複雑な気持ちのまま、何とか立ち上がり、木箱の残骸を丁寧に片付け始めた。
♦︎
「おい、小僧」と声を掛けてきたのはA級冒険者のマディだった。
午後の勤務が始まってすぐ、ハルトが受付に顔を出した時には既にマディはカウンターに座っていた。そこはいつもハルトが座るカウンター。
(マディさん、誰か職員待ちか?)
仕方なくハルトが指定席を諦め、その隣のカウンターに腰を下ろそうとした時にマディが口を開いたのだ。おい小僧、と。
「はい。なんでしょう。マディさん」とハルトが隣のカウンター越しに営業スマイルで応じると「舐めてんのか?」と返ってきた。
「何故、俺がここに座っている今日に限って、お前はここに座らない? ここはお前の指定席だろうが」
「いえ、なんとなくいつもそこに座っているだけで別に決まっているわけでは」
「なら、ここに座れ」とマディがカウンターを挟んでマディ側の受付員席を指差した。つまり俺の対応をお前がしろ、とそういうことのようだ。
ハルトは仕方なくマディの前の席に移動した。
「小僧、お前その顔どうした?」
その顔? と手で自分の顔に触れて、左の頬に痛みが走り、気が付いた。
(そうだ。顔面殴られたんだった)
腹を蹴られた痛みで忘れていたが、頬の方もすこぶる痛い。
「ちょっと折檻を受けて」とハルトが誤魔化すように笑ったが、マディは誤魔化されなかった。
「俺はガキに手をあげる奴が大嫌いなんだ。やったのは誰だ。言え」とマディが殺気を放つ。
「いやいや、僕ガキじゃありませんし」
「まだ16だろう?」とマディがハルトを睨む。「ガキじゃねーか」
なんでマリアといいマディといい、僕の年齢を完璧に把握しているのか、とハルトは呆れる思いで「この国では男は14から成人じゃないですか」とマリアにした説明をマディにも繰り返す。
放っておいたら、「早く下手人を言え。さもなくば殺すぞ」と無茶苦茶なことを言い出しかねないので、ハルトは早々に話題を変えた。
「で、待っていたって事は僕に何か用事ですか?」
「ああ。そうだった」とマディが本題を思い出した。「お前、俺らのパーティに入れ」
「あー、パーティにねぇ、はいはいはい…………て、ぇええ?! 今なんて?!」
ハルトは激しくデジャブりながらも、とりあえず聞き返す。
「だから、俺らのパーティに加われっつってんだ」
「ぇえええええええ?! 今なんてェ?!」
「てめぇ、舐めてんのか?」と睨まれた。
「いやいや、僕冒険者じゃないですし」とハルトは顔をブンブン左右に振る。
「だが、鑑定ができる。これは俺らみたいなダンジョン専門冒険者にとってはバカでけぇメリットだ」
マディのパーティ『深淵の集い』はダンジョン攻略を主な活動としている冒険者だった。ダンジョンでは運べる荷物に限りがある。途中で誰かに預けてくる、なんてことは出来ないのだ。だから手に入れた宝の取捨選択という非常に重要で繊細な判断が求められる。パーティに鑑定師が欲しい、というのも大いに理解できることだった。
「なら鑑定師雇えばいいじゃないですか」
「バカかお前は。鑑定師なんざジジイばっかりで、ろくに動けねぇだろーが。だが、お前は若いし、それなりに魔物の扱い方も熟知している。そうだろ?」とマディがハルトに指をさす。マディの気だるげで重そうな瞼の奥に、ハルトに期待する眼差しがあった。
ハルトは「まぁ」と曖昧に答える。それはA級冒険者を前に「それなりに動けます」なんて口が裂けても言えない、と思ったからだ。
だが、ハルトは冒険者ギルド職員として、討伐地調査や生息地分布確認などで外仕事も数多くこなしてきたため、全くの素人という訳でもなかった。
「まぁ今すぐに、とは言わねぇが考えておけ」
そう言ってマディは金貨を1枚、カウンターに置いて立ち上がった。
「マディさん。話すだけなら料金はかかりませんよ?」
「そりゃチップだ。取っておけ」そう言ってマディはハルトに有無を言わさず、ギルドを出て行った。
午後イチの冒険者ギルドは閑散としている。だが、ハルトは念の為、周りに誰もいないのを確認してから、もらったチップを握りしめ、勢い良く拳を掲げた。勝利のガッツポーズである。
これで、金貨2枚を失っても今月はなんとか生活出来そうだった。
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