上 下
41 / 55

第41夜 サヨナラ

しおりを挟む
変な夢を見た。

  私は、女性と一緒に河原を歩いていた。
  女性の名前は、亜理紗ありさ
  三年前に別れた女性だ。

  私と亜理紗は、同じ会社の同期だった。
  そして、いつしか、つき合うようになった。
  結婚の話もするようになったが、それはかなわなかった。

  私が、亜理紗よりも仕事の方を取ってしまったからだ。
  今の私ならば、亜理紗を取ったことだろう。
  だが、昔の私は、仕事に対する意欲、特に、出世意欲が強すぎた。

  二人の気持ちはすれ違い、亜理紗は、私に別れを告げるとともに、会社も辞めて
 しまった。それ以降、亜理紗が何をしているのか、まったくわからない。

  私と亜理紗は、なにも話しをせず、手をつなぎ、河原を歩いていた。
  なにか、話をしなければと思いつつも、話題が思い浮かばない。
  亜理紗も、うつむいたままだった。

  私は、歩を止めた。
  そして、亜理紗のことを、そっと抱きしめた。
  亜理紗も・・・私のことを抱きしめてくる。
  しばらくの間・・・こうしていた。

  亜理紗が、私の胸の中に、顔をうずめながら、話し始める。
 「ねえ・・・。
  わたし、もう行かなくちゃいけないの・・・向こう岸に・・・。
  あなたのこと・・・ずっと・・・愛してた・・・別れてからも・・・。
  でも・・・もう行かなくちゃ・・・。」

  それを聞いて、私は、亜理紗をさらに強く抱きしめた。
 「行っちゃだめだ・・・。」

  亜理紗は、その身を私から離した。
 「サヨナラ・・・。」

  そう言うと、不思議なことに、亜理紗の体がふわりと浮き上がった。
  そして、すべるように川を渡っていく。
  その間も、亜理紗は、私に向かって、声をかけ続ける。

 「サヨナラ・・・サヨナラ・・・。」
 
  やがて、川の向こう岸にたどり着くと、亜理紗の姿は、見えなくなった。

そこで目が覚めた。

私は、泣いていた。
ああ、きっと、亜理紗は死んでしまったのだろう・・・。
だから、別れの言葉を言うために、私の夢の中に出てきたのだ。
なんとなく、そう思った・・・。

それから、一年後・・・。
私は、夢のことを忘れていた。
だが、ある出来事が、夢のことを思い出させた。

ある日、自宅に帰ると、一通のハガキが届いていた。
ハガキの裏には、純白のドレスを着て、満面の笑みを浮かべた亜理紗。
昔のまま、ちっとも変っていない。
その隣には、見知らぬ男。
結婚報告のハガキだった・・・。

それを見て、私は、安堵した。そして、ひとりつぶやいた。
「よかった・・・生きていて。
 あの夢の亜理紗は、きっと、俺のことを愛する亜理紗の気持ちだったのだ。
 コイツとつき合うことになったから、わざわざ、俺に別れを伝えに来たのだ。」

「俺は、ある意味、コイツよりも幸せだ・・・。
 別れた男なのに、こうして、ハガキを送ってくれたのだから・・・。」
 
私は、ハガキの新郎の顔を、いつまでも指ではじいていた。
しおりを挟む

処理中です...