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第3夜 蛇口

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変な夢を見た。

  私は、心が傷つきやすい男だった。
  なにかあれば、すぐに傷つき、悲しみで頭の中がいっぱいになる。
  そんな時は、何にも手がつかなくなる。

  だから、私は、相談することにした。
  カウンセラーの九蘇くそ 八郎はちろう氏に話を聞いてもらったのである。

 「先生。私、何かあると、すぐに頭の中がいっぱいになってしまいます。無性に悲
  しくなるんです。なんで悲しくなるのかと考えると、ますます悲しくなる。この
  繰り返しなんです。」

 「そうかね。それは、まあ、大変だね。でも、安心なさい。そんなに思ってるほ
  ど、重症ではない。要は、頭の中の悲しみを失くせばいいだけのこと。ま、簡単
  な手術をすれば、問題は・・・すぐに解決だよ!」

 「そんなもんですかね。で、手術ってのは、どんな手術ですか?」

 「こいつをね、頭に取り付けるんだよ。」

  そう言って、九蘇氏が、私に見せたのは、一個の蛇口だった。

 「へえって・・・こんなもん、頭に取りつけられるんですか?」

 「取り付けられるんですか? って・・・馬鹿だな。取りつけるんだよ!」

  九蘇氏は、突然、立ち上がり、私のおでこに蛇口を押し付ける。

 「ほら、ついた!」

 「あれ・・・ちっとも痛くなかった。」
  おでこについた蛇口をなでながら、私が言う。

 「そうだろう。そうだろう。」
  九蘇氏は、満面の笑みで、うなづく。

 「キミ。悲しくなって、頭がいっぱいになったら、その蛇口をひねりなさい。
  そうすれば、悲しみがそこから流れ出す。全部流れ出したら、すぐに締める。 
  それで、万事解決さ。」

 ・・・・

  正直、おでこの蛇口は、邪魔でしょうがなかったが、私は悲しみで、頭の中が
 いっぱいになることはなくなった。

  だんだん、慣れてくるにしたがって、私は、蛇口をいちいち締めるのが、面倒に
 なってきた。開けっ放しにしておいてもいいのではないかと考えるようになった。
 悲しみが、その都度、流れ出るだけなのだから、特に問題ないだろうと・・・。

  私は蛇口を開けっ放しにした。
  そして、しばらくたってから、異変に気づいた。

  最初はわからなかったが、喜びをだんだん感じなくなった。
  今では、まったく、喜びを感じない。
  なぜだろう?

  私は、再び、九蘇氏を訪問した。

 「あっ!キミ・・・蛇口を開けっ放しにしちまったのか?
  そりゃあ、喜びを感じなくなるのも当然さ・・・。悲しみと喜びは、表裏一体。
  どっちかなくなれば、もう一方もなくなるのは当然じゃないか・・・だから、
  すぐに締めろといったのに。」

 「お言葉ですがね。ちゃんと理由を言ってくれたら、ちゃんと締めましたよ。」

 「う~ん。困ったね・・・だが、もう手遅れだよ。私にはどうしようもできん。」

 「何っ!この九蘇八郎クソヤロウ!」

  私は、興奮し、九蘇氏に掴みかかる。
  九蘇氏は、身を守るため、私のおでこの蛇口をつかみ、それを引き抜いて
 しまった・・・。

 そして・・・。

そこで目が覚めた。
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