浦島太郎異伝 竜王の嫁探し

凪瀬夜霧

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浦島太郎外伝6 鯛は昔の夢を見て

二話

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 鯛が行方不明になった。朝の早くから平目が気づいて大騒ぎをし、海蛇を叩き起こした。まだ目も覚めていないし、鯛に限って何も言わずにいなくなるなんてことはない。何かの間違いだと思って部屋へと到着した海蛇は、だがその部屋の異様さを肌で感じた。
 まるでこの部屋にはもう、主はいないのだと言わんばかりだ。きっちりと片付いた部屋。衣服も残っているのに、がらんとして見える。

「門番は誰も見てないの!」
「見てたら報告きてるはずだ」

 酷い胸騒ぎ。部屋に入りあちこち探してみる。布団は既に温もりを失っている。行灯も熱を持っていない。ということは大分時間が経っている。

「とりあえず、昨日の夜警に話を聞く。平目は他に誰か見てないか聞いてきてくれ」
「分かった!」

 冷静……というよりは、いつも静かな平目が大いに焦る姿を見ると危機感が湧く。海蛇は急いで兵隊の宿舎へと駆け込み、昨日の夜警を掴まえたが何も異変はなかったという。不審な影もなければ、鯛らしい人影も見ていない。
 落ち着けと言うが落ち着かない。それに考えてみれば鯛は最古参、この御殿の事は知り尽くしている。それどころか夜警の巡回時間や経路、誰がどの時間に動いているかも大体把握している。そんな奴が自らの意志で御殿を抜けたのなら、出て行くのはもの凄く簡単だっただろう。
 昨日、具合があまり良くなさそうだった。疲れていると本人は言っていたが、それなら余計にどこに行ったんだ。
 焦りが募り、黙っていられない。とにかくもう一度鯛の部屋を探そうと本殿に戻ってきた所で、外泊から戻ってきた竜王一家と遭遇した。

「青埜さん! 何かあったんですか?」
「浦島様」

 目を丸くする浦島だが、海蛇の焦りを直ぐに感じたらしい。眉根を寄せる様子に、海蛇は鯛が消えた事を伝えた。

「直ぐに町まで捜索の範囲を広げろ」
「俺は鯛さんの部屋をもう一度探します!」
「公子は亀の側にいなさい」
「うん」

 話を聞いた竜王と浦島の行動と判断は速かった。直ぐに竜王自らが兵隊の宿舎へと向かい、公子は亀の所へと大人しく向かう。浦島は海蛇と一緒に鯛の部屋へと行くと、そこで平目とも遭遇した。

「浦島様!」
「話し聞いた! 誰か見てた?」
「いいえ。昨日、朱華様は少しお加減が悪かったのか、立ちくらみを起こしておりました。心配で早めに部屋へと伺ったのですが、その時にはもう」
「とにかく部屋の中を探そう。何か残っているかもしれない」

 部屋へと入り、床の上や箪笥の中まで調べると、平目が不意に手を止めた。

「ない」
「あ?」
「無いんです、朱華様が一番大事にされていた着物が!」

 平目の声に海蛇が箪笥へと近づく。そうして覗き込むと確かに、あいつが一番好きだと言っていた着物がない。白地に綺麗な桜の流れるような柄の着物だ。

「まさか、物取り?」
「いえ、そのような高価な物ではないのです。お兄さんの朱貴様とお揃いで」

 平目が伝えると、浦島は少し辛そうな顔をする。そして自ら床を這いつくばって何か落ちてはいないかと見ている。そして不意に文机の奥へと手を伸ばした。

「これって……夜着?」

 ぐしゃぐしゃに丸められた白い夜着を手に取り広げた途端、浦島は「うわぁ!」と叫んで尻餅をつく。駆け寄って、落ちた夜着を広げた海蛇は心臓が痛くなるような感覚に言葉を無くした。
 夜着の数カ所に赤黒い血がこびりついている。両の袖の袂や、丁度膝裏の辺り、首の合わせなどにも。
 慌てて布団を引っ張り出してみると、その敷き布団にも薄らとだが血痕が残っている。

「医者……」
「あ……」
「平目、医者だ! 河豚呼んでこい!」
「はい!」

 浦島の肩を抱いて震えていた平目に檄を飛ばすと、彼は転げるように部屋を出ていく。
 何が起っているんだ。昨日まで、疲れた様子ではあったが言葉を交わしていた奴に何が起ったんだ。
 不安がこみ上げる中、今は何も出来ずにいる自分に苛立ちを覚えながら、海蛇は立ち尽くすのだった。

 事態を聞きつけて竜王と亀、そして河豚が部屋に集まり夜着の血痕などを調べたが、何がわかるわけでもない。ただ血の付いた夜着から爛れたような皮膚片が残っていて、そこから河豚はとある推測を立てた。

「おそらく、何らかの病を患っているんだと思う」
「病?」

 確かに昨日は顔色が悪かった。平目によると目眩もあったとか。だがそれだけだ。夜中にここを出ていったと言うなら、異変が起ってからここまで悪化するのに早すぎる。

「昨日ここを経つ前は、普段と変わらない感じだったのに」
「はい、それは僕も覚えています。その後掃除をなさっている最中から、少し疲れたような様子でしたが」
「疲れは万病の元になる。あいつは元々体が弱いから、気が抜けた今になって出たのかもしれない」
「そうなんですか?」

 とても意外そうに浦島が問うのに、竜王は頷いた。

「大分昔の話だ。ここの取り仕切りを任せてからはそんな事もなかったんだが」
「気を張っていたのでしょう。朱貴様のように頑張らねばと、口癖にように仰っておりました」

 それを聞くと心が痛む。死んだ兄のようになんて。
 その時、廊下がやたらと五月蠅くなり、バンッと襖が開く。そして鮫が他にもゾロゾロ連れて乗り込んできていた。

「鯛の姉御が行方不明だって!」
「うっさいぞ、会兒!」
「うぉ! すみませんした!」

 きっちり直角に頭を下げた鮫を睨む海蛇に、竜王は苦笑する。そして直ぐに真剣な視線を向けた。

「町であれを見た者はいるか」
「いえ。どうも、明るい所を避けたみたいっす。遅くなると遊郭くらいしか人の通りはないんで、そこを避けられたらお手上げでして」
「……そうか」

 竜王も考え混む。が、不意に平目が口を開いた。

「一番好きな着物に着替えて、部屋を片付けて、誰にも知られずに出て行くなんて。まるで、死にに行くみたいです」
「!」

 背がゾッとする。嫌な事を言うが、確かにそうも見える。

「嫌な事言うなよ平目!」
「だって! あの方は色々考えて行動なさる方なんだ! そんな人がこんな風に振る舞うのは、きっと……」
「……竜宮の外れだ」
「え?」

 不意に浮かんだ事を、海蛇は口にする。だが、これが正解な気もする。鯛は周囲を気にするし、よく見ている。当然自分の身に起きた事を冷静に分析し、病だと直ぐに分かっただろう。しかも進行が早い。これを他人に……仕える主や周囲に移してしまう可能性を考えたのだ。
 あいつは一人でひっそりと、死に場所を求めた。誰もいない場所で、人知れず終えるつもりなんだ。せめてもの慰めに一番好きな着物を着て。

「会兒! 仲間を集めて人の無い場所を探せ!」
「うっす!」

 鮫を怒鳴りつけた海蛇もまた立ち上がり、海域の人気の無い場所へと向かっていく。きっと寂しくて寒い場所だ。深い深い場所に違いない。そんな所で、あいつは……。
 奥歯を食いしばった海蛇が向かったのは、とても暗い深い海だった。


 深くまで行けば岩陰がいくらでもある。鮫たちに探させながら、海蛇もまた探していた。血の臭いを頼りにしながら海の中を潜るが、冷えると体が動かなくなってくる。
 耐えて、鞭を打って周囲を探し回ると、おあつらえ向きの場所があった。
 砂地だが大きな岩も多い。隙間に身を隠すことも容易そうだ。
 そして何より、血の臭いがする。
 蛇は臭いに敏感だ。特に血の臭いは嗅ぎ分ける。進んで行くと、とある岩陰から白い着物の袂が見えた。

「鯛!」

 急いで向かい岩陰を見た海蛇は、ビクリと震えて動けなくなっていた。
 綺麗な白い肌は所々が赤黒く変色し、皮がむけて肉が見えている。ぐったりと動く事も出来ない様子で凭れる彼を岩陰から引っ張り出す間にも、皮膚が破けて剥がれ落ち、血が流れていく。

「鯛! しっかりしろ!」

 声を掛けても虚ろな様子で動きもしない。体は熱いのに、微かに震えている。

「今竜宮につれて行ってやるからな」
「……だ……め…………」

 微かな声が唇から漏れる。顔を見ると、まだ僅かに意識があるようで海蛇を見ていた。

「しな……せて…………お願い…………」
「できない!」
「移る……かも……っ!」

 苦しそうに息をしながら訴える鯛を、海蛇は問答無用で抱え上げ、そのまま竜宮へと戻っていく。
 こいつを死なせる訳にはいかない。ただその思いだけだった。

 竜宮へと戻ると直ぐに、奥の宮へと通された。話によるとあの後すぐに、竜王は色々と手を打ってくれた。亀は那亀を連れて南海王の所へ。公子は身重の蛸と一緒に西海王の所へと避難し、奥の宮は浦島と河豚、そして竜王だけが立ち入れるようにしてくれたのだ。
 連れ帰った鯛を布団へと寝かせると、浦島は今にも泣きそうな顔をする。河豚が服を脱がせると更に状況の悪さが丸見えになった。
 胸や腹、背中まで赤黒い痣は広がり、血を滲ませて皮膚が剥がれている。肘の内側は僅かに黒っぽくなって肉までそげて穴が開いたようだ。
 竜宮に着く前に完全に意識を失った鯛は苦しげで、息は浅くなっていた。

「病ですが、移る事はありません。穢れからくるものです」
「穢れ?」

 浦島が心配そうに声をかけるのに、河豚は頷いた。

「体に毒素が溜まるのです。それが、無理をして疲れていたり、体調を崩した時に一気に出てくる。これだけ進みが早いとなれば、ため込んでいた毒素も多かったかと」
「それで、朱華さんはどうなるんですか」
「……治療の方法はありますが、特効薬となると入手が難しいものです」
「このままだと、どうなるの?」
「既に衰弱が始まっております。数日後には、亡くなるでしょう」
「そんな……」

 浦島の目からぽろぽろと涙が零れていく。側の竜王が肩を抱いて、鯛の傷ついた部分に触れる。温かな光が零れて皮膚が綺麗になっていく。これに浦島は驚き、同時に光明を見た。が、光が消えるとまたしばらくで痣が出来て皮膚が爛れた。

「ダメか」
「奇病の類ですが、例がないわけではありません」
「どうすればいい」
「まずは傷ついている表面を常に綺麗にすることです。手ぬぐいで爛れ落ちた皮膚を洗い、患部に薬を塗って少しでも進行を抑えます。壊死した部分もこそいでおかないと、快復後に綺麗になりません」
「それは俺がやります」
「太郎! だが……」
「いつも俺はお世話になっているんです。今度は俺が、朱華さんを助ける番です」

 しっかりとした意志を見せてくれる目に、海蛇は感謝した。

「薬の材料の多くは南の海にありますので、南海王様に連絡を取ればよいかと」
「直ぐに手紙を書く」
「ですが、一番厄介なのが……」
「なんだ?」
「北の海にのみある、光る花が必要だったと記憶しております」
「光る花?」

 聞いた事がない。海蛇は竜王を見るが、竜王も知らないようで首を傾げる。

「北の海のみにあるもので、大変貴重で見つけにくいとか。南と北とに必要な物が別れていることもあり、この病は生還が難しいと言われております」
「南海王ならその材料も持っているかもしれない」
「俺が行きます、竜王様」

 申し出たのは勿論、海蛇だった。丁寧に体を折って頼み込むと、竜王も直ぐに頷いてその場で手紙を書いて渡してくれた。

「南海王が何か条件を出したら、前向きに検討すると答えてくれ。物ならば可能だが、あいつの場合亀を要求するかもしれないからな」
「分かってます」

 流石にそこまで人の悪い御仁だとは思いたくないが、まったく可能性がないわけではない。
 海蛇は親書を持って一路、南の海を目指した。
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