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浦島太郎外伝1 南海王は亀を所望し候
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浦島が過去の記憶を思い出した事を知った亀は、急ぎ秘密の道を通って他の竜王の元へと向かっていた。
ずっと、申し訳無い気持ちで一杯だったのだ。
心優しい浦島を竜王に教えたのは亀だった。そして、騙すように連れてきたのも。
竜王の性格なら、きっと浦島を長く滞在させて口説き落とし、その上で結ばれる。そう思っていたのだが……竜王を心酔する鯛の性格を考慮していなかった。
海蛇は元から鯛を好いていて、竜王を案じていた。だから協力的だっただろう。まさか亀が知らぬ間に浦島を淫蕩に落とすとは考えていなかった。
そして竜王の苦しみも思いのほか深かったのだろう。目の前に現れた好ましい相手を手放したくなくて、甘露を鯛に渡してしまった。
もっと早くに気づけていれば止められたかもしれない。でも、知った時には遅すぎた。
浦島の腹には既に御子がいる。生まれ落ちるのがいつかは予想がつかないが、薄らと腹が膨れて見た目にも妊娠が分かってしまう。
それに、歳月の問題だ。既に地上に浦島の縁者はないだろう。それを知った時、心優しい浦島はどう思うのか。苦しみ、憎み、壊れてしまうのではないか。
そんな姿を、竜王は見続けるのか? 愛した者が壊れ果て、憎しみを込めた罵声を竜王に浴びせる。そうなったら、情の深い竜王は耐えていけるのか。己の浅はかな罪を、延々と悔いて生きなければならないのか。
これはきっと罪だ。浦島次第ではあるが、壊れてしまうのならばせめてこの手で死なせてやろう。供が必要というのなら、自分がなろう。どうせ浦島を死なせたとなれば海では生きられない。竜王のお側になどいられない。鯛に殺されるか、海蛇か、蛸か。結局結末は変わらないだろう。
それでも浦島を死なせてやれる秘薬を求めて他の王を頼るのは、一つは浦島を思い、一つは竜王を思っての事だった。
◆◇◆
竜宮は他にもある。東にあるのが亀の主、東海王の竜宮。他にも南に南海王、西に西海王、北に北海王が座す。そして竜宮同士を繋ぐ秘密の道が存在する。竜王の代理で他の竜宮にも出入りする亀には慣れた道だった。
目指すは南海王の竜宮。温かく色鮮やかな御仁の住まう御殿であった。
南海王は亀を快く迎えた。それに、亀の方はげっそりとした顔をする。
それというのもこの南海王という御仁の人の悪さが関係している。
「良く来ましたね、亀。随分久しぶりの様な気がしますが」
「お久しぶりでございます、南海王様。ご機嫌うるわしっ!」
突如頭に足が乗る。膝を折って最初から土下座なのに、更に頭が高いと仰せだ。
「白々しいですよ、亀や。私を避けていましたね? 気づかぬと思いますか?」
「め……滅相も!」
「ほぉ? では、何故顔を出さなかったのです?」
「それ……は…………」
言え、言うんだ自分! 事の次第をこの方に話して甘露の中和剤を貰うのが目的だろう。ならば言わなければ!
思うのだが、既に額が床にゴリゴリと押しつけられて痛い。いくら何でも痛い。豪奢な深紅の靴がグイグイ、まるで虫けらを踏み潰す勢いだ。この人にそんな事をされたら亀の頭が間違いなく潰れる!
目的のもの字も言えないままに死ぬのか。エグエグ泣くと、すっと頭の上の重みが消えた。
「本気で泣くのはいけませんよ、亀。興が削がれます。いつものようにわめき散らして楽しませてくれるものと思っていましたが」
「いつもそのように行くとお思いにならないでください!」
思い切りガバリと顔を上げると、見目麗しい顔が目の前にあって驚いた。
南海王という人は、とても華やかで美しい外見をしている。金に近い淡い茶の髪を綺麗に結い上げ、金銀に紅玉のついた冠を頂く。更に簪まで刺している派手な出で立ち。なのにそれに負けないほどに顔立ちが美麗だ。ふさふさと煙るような睫毛と、怪しく光る金の瞳。スッと鼻梁が通り、口は小ぶり。頭が小さくて、長身ですらりとして。
華やかで強かな方だ。
そんな超のつく美しい人が、唇が触れてしまいそうな距離にいる。当然心臓が音を立てているが、逃げを打つこともできずに固まっている。すると面白そうに笑った人が、亀の唇にちょんと口づけた。
「!」
「あははははっ! お前は本当に面白いですね。可愛いものです」
「お、おぉぉぉぉぉ、お戯れは!」
「では、戯れで無ければよいのですか?」
「ひぃぃぃぃ!」
食われる。怖い。いっそ頭から丸呑みの方が怖くない。戯れではないとか、何をする気なんだ。本当に怖いから近づかないでくれ!
エグエグと泣く亀を笑い飛ばした南海王は一通り気が済んだのか玉座に戻る。そして、スッと表情を変えた。
「で? 要件はなんですか?」
「え?」
「何を呆けているのです? お前が慌ててここに駆け込んだのですから、東海王にまた厄介ごとでしょう?」
「あの…………はい」
亀は観念して、全てを南海王に話した。ようやく番が見つかった事。その相手が陸の人間である事。その人物に何も教えずに甘露を飲ませ、快楽に染め上げてしまった事。すでに竜王と交わり、腹に子が出来ている事。その人物が昨日、陸の記憶を思い出してしまった事。
亀の話をジッと聞いていた南海王は、話を聞き終えて深々と溜息をついた。
「まったく……馬鹿な事をしたものです。そのような事をして、相手が全てを知ってしまったらどうするのです。言い訳のしようもありませんよ」
「誠に、申し訳ありません」
「お前が悪い訳ではありませんよ。鯛が一番悪いとは思いますが、乗った東海王も東海王です」
「返す言葉もございません」
ただただ平服する亀に、南海王は溜息をついた。
「それで? 帰りたいと言ったその子に東海王は許しを与えたのですね」
「はい」
「まったく……罪悪感に潰されるくらいなら最初からそのような騙し討ちなどしなければいいのに。確かに、東海王の不幸は同じ竜王としてあまりに辛いと思います。仲の良い番が突然亡くなり、更に発情まですれば気も狂わんばかりでしょう。半身を裂かれたような喪失感と苦しみですからね」
そう言いながら、南海王は考えている。そうして立ち上がると、亀をくいくいと指で招き、奥へと誘った。
玉座の奥は南海王の秘密部屋になっている。秘薬の調合で、この方の右に出る方はいない。他の竜王も所有しているかもしれないし、色んな事情もあるが、一番にここに来たのはそういう事情が大きい。
棚の中を漁る南海王はすぐさま目的の小瓶を摘まみ上げ、それを亀の前で振ってみせた。
「お望みのものはここにありますよ」
「あ、有難うございます!」
お恵みを欲する下僕の心で頭を下げて手を上に。だが、そこに薬が乗る事はない。そろりと彼を見ると、とても楽しげな笑みを浮かべていた。
まずい、絶対に何か要求される。前に頼った時には薬の材料となる薬草を陸で探し回った。南は気温が高い、干からびるかと思った。
更にその前は亀の涙が欲しいと柱にくくりつけられ、延々と擽られて笑い泣き、瓶一杯になるまで離してもらえなかった。
「亀や、実は欲しいものがあるのです」
「……なんでしょうか」
「薬を作るのに、海亀の卵が欲しいのですが……」
サーッと血の気が引いていく。思わず顔を上げ、涙に鼻水つきで首をプルプル振った。第一、一応は雄だ。卵なんてできない!
「む……無理です。僕、雄ですから」
「あぁ、それは大丈夫ですよ。一晩だけ雌に変わる薬がありますし、こちらは発情を促す薬です。直ぐに卵ができますよ。あっ、無精卵で構いませんから」
「当たり前ですよ!」
そんな屈辱、そんな恥ずかしい事したくない。魚類系の人魚達は状況や環境に応じて性が変わる事も多く、全体的にあまりこだわりがない。
だが亀は違う! 雄は雄のままで一生を終えるのだ。海に住んでいるからといって一緒にしてもらっては困る!
だが、これは欲しい。全てを知った浦島が望むなら、楽にしてやらなければ。もしも浦島が竜王を憎んで苛むのなら。
グッと腹に力を入れる。これでも竜王の一の家臣だ。
「わ……分かりました。部屋を一つ、お借りできますか?」
「何を言っているのです? 私の寝所でおやりなさい」
「そ! そんなご無体を!」
「見たいのですよ、貴方の産卵姿。あぁ、勿論亀の姿になるのは禁止です。そのままの姿で、私の目も楽しませて下さい」
にっこりと微笑むこの方を、亀は涙を流して「鬼! 変態! 鬼畜!」と心の中で罵倒するのだった。
ずっと、申し訳無い気持ちで一杯だったのだ。
心優しい浦島を竜王に教えたのは亀だった。そして、騙すように連れてきたのも。
竜王の性格なら、きっと浦島を長く滞在させて口説き落とし、その上で結ばれる。そう思っていたのだが……竜王を心酔する鯛の性格を考慮していなかった。
海蛇は元から鯛を好いていて、竜王を案じていた。だから協力的だっただろう。まさか亀が知らぬ間に浦島を淫蕩に落とすとは考えていなかった。
そして竜王の苦しみも思いのほか深かったのだろう。目の前に現れた好ましい相手を手放したくなくて、甘露を鯛に渡してしまった。
もっと早くに気づけていれば止められたかもしれない。でも、知った時には遅すぎた。
浦島の腹には既に御子がいる。生まれ落ちるのがいつかは予想がつかないが、薄らと腹が膨れて見た目にも妊娠が分かってしまう。
それに、歳月の問題だ。既に地上に浦島の縁者はないだろう。それを知った時、心優しい浦島はどう思うのか。苦しみ、憎み、壊れてしまうのではないか。
そんな姿を、竜王は見続けるのか? 愛した者が壊れ果て、憎しみを込めた罵声を竜王に浴びせる。そうなったら、情の深い竜王は耐えていけるのか。己の浅はかな罪を、延々と悔いて生きなければならないのか。
これはきっと罪だ。浦島次第ではあるが、壊れてしまうのならばせめてこの手で死なせてやろう。供が必要というのなら、自分がなろう。どうせ浦島を死なせたとなれば海では生きられない。竜王のお側になどいられない。鯛に殺されるか、海蛇か、蛸か。結局結末は変わらないだろう。
それでも浦島を死なせてやれる秘薬を求めて他の王を頼るのは、一つは浦島を思い、一つは竜王を思っての事だった。
◆◇◆
竜宮は他にもある。東にあるのが亀の主、東海王の竜宮。他にも南に南海王、西に西海王、北に北海王が座す。そして竜宮同士を繋ぐ秘密の道が存在する。竜王の代理で他の竜宮にも出入りする亀には慣れた道だった。
目指すは南海王の竜宮。温かく色鮮やかな御仁の住まう御殿であった。
南海王は亀を快く迎えた。それに、亀の方はげっそりとした顔をする。
それというのもこの南海王という御仁の人の悪さが関係している。
「良く来ましたね、亀。随分久しぶりの様な気がしますが」
「お久しぶりでございます、南海王様。ご機嫌うるわしっ!」
突如頭に足が乗る。膝を折って最初から土下座なのに、更に頭が高いと仰せだ。
「白々しいですよ、亀や。私を避けていましたね? 気づかぬと思いますか?」
「め……滅相も!」
「ほぉ? では、何故顔を出さなかったのです?」
「それ……は…………」
言え、言うんだ自分! 事の次第をこの方に話して甘露の中和剤を貰うのが目的だろう。ならば言わなければ!
思うのだが、既に額が床にゴリゴリと押しつけられて痛い。いくら何でも痛い。豪奢な深紅の靴がグイグイ、まるで虫けらを踏み潰す勢いだ。この人にそんな事をされたら亀の頭が間違いなく潰れる!
目的のもの字も言えないままに死ぬのか。エグエグ泣くと、すっと頭の上の重みが消えた。
「本気で泣くのはいけませんよ、亀。興が削がれます。いつものようにわめき散らして楽しませてくれるものと思っていましたが」
「いつもそのように行くとお思いにならないでください!」
思い切りガバリと顔を上げると、見目麗しい顔が目の前にあって驚いた。
南海王という人は、とても華やかで美しい外見をしている。金に近い淡い茶の髪を綺麗に結い上げ、金銀に紅玉のついた冠を頂く。更に簪まで刺している派手な出で立ち。なのにそれに負けないほどに顔立ちが美麗だ。ふさふさと煙るような睫毛と、怪しく光る金の瞳。スッと鼻梁が通り、口は小ぶり。頭が小さくて、長身ですらりとして。
華やかで強かな方だ。
そんな超のつく美しい人が、唇が触れてしまいそうな距離にいる。当然心臓が音を立てているが、逃げを打つこともできずに固まっている。すると面白そうに笑った人が、亀の唇にちょんと口づけた。
「!」
「あははははっ! お前は本当に面白いですね。可愛いものです」
「お、おぉぉぉぉぉ、お戯れは!」
「では、戯れで無ければよいのですか?」
「ひぃぃぃぃ!」
食われる。怖い。いっそ頭から丸呑みの方が怖くない。戯れではないとか、何をする気なんだ。本当に怖いから近づかないでくれ!
エグエグと泣く亀を笑い飛ばした南海王は一通り気が済んだのか玉座に戻る。そして、スッと表情を変えた。
「で? 要件はなんですか?」
「え?」
「何を呆けているのです? お前が慌ててここに駆け込んだのですから、東海王にまた厄介ごとでしょう?」
「あの…………はい」
亀は観念して、全てを南海王に話した。ようやく番が見つかった事。その相手が陸の人間である事。その人物に何も教えずに甘露を飲ませ、快楽に染め上げてしまった事。すでに竜王と交わり、腹に子が出来ている事。その人物が昨日、陸の記憶を思い出してしまった事。
亀の話をジッと聞いていた南海王は、話を聞き終えて深々と溜息をついた。
「まったく……馬鹿な事をしたものです。そのような事をして、相手が全てを知ってしまったらどうするのです。言い訳のしようもありませんよ」
「誠に、申し訳ありません」
「お前が悪い訳ではありませんよ。鯛が一番悪いとは思いますが、乗った東海王も東海王です」
「返す言葉もございません」
ただただ平服する亀に、南海王は溜息をついた。
「それで? 帰りたいと言ったその子に東海王は許しを与えたのですね」
「はい」
「まったく……罪悪感に潰されるくらいなら最初からそのような騙し討ちなどしなければいいのに。確かに、東海王の不幸は同じ竜王としてあまりに辛いと思います。仲の良い番が突然亡くなり、更に発情まですれば気も狂わんばかりでしょう。半身を裂かれたような喪失感と苦しみですからね」
そう言いながら、南海王は考えている。そうして立ち上がると、亀をくいくいと指で招き、奥へと誘った。
玉座の奥は南海王の秘密部屋になっている。秘薬の調合で、この方の右に出る方はいない。他の竜王も所有しているかもしれないし、色んな事情もあるが、一番にここに来たのはそういう事情が大きい。
棚の中を漁る南海王はすぐさま目的の小瓶を摘まみ上げ、それを亀の前で振ってみせた。
「お望みのものはここにありますよ」
「あ、有難うございます!」
お恵みを欲する下僕の心で頭を下げて手を上に。だが、そこに薬が乗る事はない。そろりと彼を見ると、とても楽しげな笑みを浮かべていた。
まずい、絶対に何か要求される。前に頼った時には薬の材料となる薬草を陸で探し回った。南は気温が高い、干からびるかと思った。
更にその前は亀の涙が欲しいと柱にくくりつけられ、延々と擽られて笑い泣き、瓶一杯になるまで離してもらえなかった。
「亀や、実は欲しいものがあるのです」
「……なんでしょうか」
「薬を作るのに、海亀の卵が欲しいのですが……」
サーッと血の気が引いていく。思わず顔を上げ、涙に鼻水つきで首をプルプル振った。第一、一応は雄だ。卵なんてできない!
「む……無理です。僕、雄ですから」
「あぁ、それは大丈夫ですよ。一晩だけ雌に変わる薬がありますし、こちらは発情を促す薬です。直ぐに卵ができますよ。あっ、無精卵で構いませんから」
「当たり前ですよ!」
そんな屈辱、そんな恥ずかしい事したくない。魚類系の人魚達は状況や環境に応じて性が変わる事も多く、全体的にあまりこだわりがない。
だが亀は違う! 雄は雄のままで一生を終えるのだ。海に住んでいるからといって一緒にしてもらっては困る!
だが、これは欲しい。全てを知った浦島が望むなら、楽にしてやらなければ。もしも浦島が竜王を憎んで苛むのなら。
グッと腹に力を入れる。これでも竜王の一の家臣だ。
「わ……分かりました。部屋を一つ、お借りできますか?」
「何を言っているのです? 私の寝所でおやりなさい」
「そ! そんなご無体を!」
「見たいのですよ、貴方の産卵姿。あぁ、勿論亀の姿になるのは禁止です。そのままの姿で、私の目も楽しませて下さい」
にっこりと微笑むこの方を、亀は涙を流して「鬼! 変態! 鬼畜!」と心の中で罵倒するのだった。
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