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【アフターストーリー】スキル安産 おかわり!

【エッツェル留学日記】2話

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 翌日、僕は再び人族の区画へと出かけていった。町並みが整っているのは便利な事もある。道が覚えやすい。
 グランを連れてあれこれ。まずは調理器具が売っている店に向かった。フライパンは大きさ違いを2つ程。鍋も2つくらい買った。他にもボールが3つ、ザル、お玉、泡立て器、木べらなんかを買って、今は包丁売り場。これは悩んでいる。

「そんなに悩むのか?」

 僕の後ろでグランが痺れを切らしている。けっこう気が短いのかもしれない。
 とはいえ僕も30分はあれこれ選んで動けなくなっている。でも、包丁は大事なんだ。

「欲しいの買えば」
「無駄に買うのは駄目! それに、包丁は大事なんだよ」

 万能包丁が目の前に3本。どれがいいかを選んでいるけれど、長短あるんだ。でもメインの包丁なんだから切れ味とか大事。でも切れ味ばかりじゃ駄目だ。刃こぼれしにくく手が疲れない扱いやすさも大事。
 持ってみて、触って、腕を組んでようやく1本を選んだ頃にはグランは飽きて座っていた。

「選んだ?」
「うん」
「じゃ、もうお終い?」
「まな板買ったらお終い」
「まだあるんだ」

 魔人族は料理に無頓着。そんな姿を見た気がした。


 食材も買って下宿先に戻ってきた。ランス様にキッチンを借りて、今はコトコト鍋の前。シチューを煮込んで、パンを作っている。今日は焼きたてのパンとシチュー、それにサラダだ。

「いい匂いがする」

 僕の周りをしばらく物珍しそうにウロウロしていたグランは、少しして飽きてしまったように側を離れてのんびり椅子に座っていた。けれど、シチューの煮える匂いに誘われるように今は僕の肩に両腕を回して後ろから抱きついている。

「もぉ、動きづらいったら!」
「ん? でも見てるだけでしょ?」
「そういう問題じゃない! だいいちグラン、重い!」
「そう?」

 横を見れば至近距離に紫の瞳がある。誘惑的な色を浮かべる瞳がにっこりと笑っている。

「エッツェル、どうした?」
「……なんでもない」

 色気のある視線に少しドキドキしたなんて、口が裂けても言わない。

 僕は溜息をついて諦めた。こいつを振り払うのは簡単だけど、温もった背中が少しだけ気持ち良くもあったから。

 少ししてパンも焼けた。焼きたてのパンにグランが目を輝かせたのには笑った。まるで子供みたいだったから。

「おや、美味しそうな匂いがすると思えばパンかい?」
「あぁ、ランス様」
「良い匂いだ。私も少し頂きたいが、良いか?」
「どうぞ」

 焼きたての丸パンを差し出すと、まだ熱いそれを手に取って口に入れる。咀嚼して、次にはほっこりと笑みが浮かぶのに僕はほっとした。

「美味い。お前は意外な特技を持っているものだね、エッツェル」
「ほんと!」
「あぁ、本当さ」

 褒められるのは嬉しい。僕は嬉しくて笑う。その頭を、ランス様が優しく撫でた。

 ランス様は長年生きているせいか少し年寄り臭い。見た目とのギャップが凄い。でも、妙に安心感がある。そして僕はこの人に褒められるのが好きっぽい。

 そうして撫でられていると、不意に後ろから腰を掴まれて引き寄せられた。見上げるとグランがなんとも言えない顔で僕を見ている。泣いてしまいそうなその目に、ちょっと驚いた。

「グラン?」
「……なんでもない」

 何でもないなんてことはないと思う。だって、寂しそうだ。
 僕は腕を伸ばして、そっと前髪を撫でた。僕が寂しい時、母上も父上もこうして頭を撫でてくれた。そして、僕の話を聞いてくれた。
 グランは妙な顔をして僕を見て、次には腰から折れそうなほど僕を引き寄せてくる。思わず「ぐへぇ!」と声が漏れると、グランにもランス様にも笑われてしまった。

 その夜、僕の料理を囲んで食事となった。グラン、ランス様は勿論だけれどもう一人いる。
 赤い髪に赤い瞳なんて赤竜みたいな姿をした美丈夫だけれど、側頭部からは枝分かれした鹿みたいな角がついている。なかなか立派だ。
 この人はベリアンス様といって、なんとランス様の旦那様だ。見事な美女と野獣の図。厳つい感じのベリアンス様はとっても優しい顔でランス様を見ていて、ランス様は知らない甘えた顔でベリアンス様を見ている。
 胸に痛みが走る。これは、僕が欲しかったものだ。優しい見守るような視線を受けて、それに甘えて抱きついていたかった。

 不意に、隣のグランが僕の腰を引き寄せる。驚いて見上げたら、真剣な表情がベリアンス様とランス様に注がれていた。

◆◇◆

 どうしよう、なんだか眠れない……。

 その夜、僕は一人のベッドで小さくなっていた。冬ではないのに、寒くて眠れない。それに、頭の中では幸せそうなランス様とベリアンス様の姿が浮かんでいる。

 僕の理想。僕の欲しかったもの。

 小さな時に暴漢に襲われそうになった僕を助けてくれたガロン様。見つめてくれる優しい視線に僕は恋をした。あの優しい視線が見つめてくれたらどんなに嬉しいだろう。甘えていたくなる。

 でも、その視線も愛も全部がハロルド様のもの。どこか抜けたようなハロルド様は実は凄いって、僕も知っている。我慢強くて、誰にでも明るく優しくて。僕が泣きそうな時にも気付いて慰めてくれた。

 二人が好きだ。ガロン様を愛していて、ハロルド様に憧れて。でもそんな二人を悲しませてしまったのも、僕なんだ。

 もう、会えないのだろうか。自分の事に一生懸命になりすぎて、他の人の気持ちに気付いてあげられなかったから、僕は今ここにいて、謝る事すら出来ずにいる。

 その時不意に、部屋のドアが開いた。
 誰か分からなくて体を起こしたら、そこにはグランが立っていた。

「どうしたの?」
「眠れないから。まだ起きているかと思って」

 そんなの、部屋に灯りがついていなければ寝てるって思うじゃん。

 グランは近づいてきて、当然の様に僕の隣に潜り込む。驚いて睨んでも知らん顔。そのまま、昨日と同じく僕を抱きしめてしまう。

「おやすみ」
「いや、おやすみって!」

 焦って言っても効果なし。あっという間に寝てしまった。こいつ本当に眠れなかったのか?
 なんとなく、気遣ってくれたように思う。不安そうな僕の視線をグランは感じていたっぽい。
 それに、不思議なんだ。こうしてグランが抱きしめてくれると僕も眠れる。気持ちが落ち着いて、温かくて、そのうち余計な事も考えなくなってくる。
 安らげる場所をくれるグランに寄り添って、僕はこの温もりを手放せなくなりそうで怖かった。
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