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【アフターストーリー】スキル安産 おかわり!
おまけ19 ある日のシキ
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毎朝目が覚めるのは、日が昇って少ししてからの事。起き上がり、隣で未だに眠る愛しい魔王の寝顔を十分に堪能するのが、まず最初の幸せです。
私の旦那様、魔人族の王アルファードはとても端正な顔をしています。綺麗なラインを結ぶ顔立ちに、少し彫りが深いのですが濃くは感じません。適度なんでしょうね。肌の色は浅黒く、彫刻のような肉体に長い黒髪を纏わせて眠る姿は美しいと思います。
暗殺を生業としてきた私の隣でこのように無防備に眠る人は今までいませんでした。大概が翌日冷たくなっていましたからね。したのは私ですが。性すらも武器として生きてきた者にとって、こうして毎日隣にある温かな存在というのは貴重です。
この人は、初めて私を必要としてくれた人。私に「愛している」と言ってくれた人です。産まれた事すらも秘匿とされ、戸籍もなく、死のうが生きようがそもそもの存在すらも認められていなかった私は、この異世界で初めて人としての扱いを受けました。何でも無い事に驚き、戸惑う私にアルファードが戸惑っていましたね。
だからでしょう、私はこの人の為に生きたいと、初めて人らしい感情を持ちました。
当時この人にはとある呪いがかけられていました。愛した人と子を結ぶ時、その子を宿した母体は子を産むと同時に死ぬ。しかも、凄惨な死です。
私もまさか内側から腹を裂かれ、心臓を握り潰されるような死に方をするとは思いませんでした。貴重な体験でしたね。
その呪いを知らず最初の伴侶と死に別れ、同時に子まで失った人を半分脅すような形で子を産んだ私は、死んで呪いの元凶となった人と会うことができました。
その人は天人族の祖である神。アルファードの対となる人でした。どんな堅物かと思えばとても弱く優しい人で、思わず感情のままに呪いをかけてしまったがために解きたくても解けないと泣いていました。
感情の複雑さがそのまま呪いの複雑さとなり、込めた感情の波がそのまま呪いの強さになってしまった。しかもアルファードも最初の伴侶を亡くした時に怒り任せにこの人の肉体を吹き飛ばしてしまったらしく、体の再生が追いつかなくて表に出る事もできない。神の領域でエグエグと泣く人を宥めて、一緒に絡まった呪いを解いてようやく、二人の神は和解しました。
私の今の体は、元々が天の神が自らの器として再生させていた肉体です。それに私を移して、今現在アルファードの側にいることが叶っています。
懐かしい思いに微笑み、つんと頬を指で押すと、アメジストのような瞳が薄らと開いて私を見つめる。スッと差し伸べられる手に身を任せて抱き寄せられ、触れる唇の優しさに甘えていられる。これも、毎朝の幸せ。
「早いな、シキ」
「ふふっ、そうですか? おはよう、アル」
「あぁ、おはよう」
するりと額にかかる髪を払い、雄々しい金の角に触れる。根元が気持ちいいのか、撫でると精悍な瞳が薄く細められ、もう一度、今度は深く口づけを受けた。
「朝から誘い込む様なことはしないでくれ。欲しくなる」
「朝議ですよ」
「分かっている。だが、そのように角の根元ばかりを撫でられるとたまらない。そういうのは夜に頼む」
濡れたような声音は実に魅力的で、朝議が二時間後でなければこのまま抱かれるのもいいのですが……さすがにね。
その分たっぷりキスをして、舌を絡めて受け入れて、これで今朝はお預けとしましょう。
「まったく、悪い子だ」
「時間があるときにたっぷりとお相手しますよ、アル」
苦笑したアルファードに微笑みかけて、私は手早く支度を調えた。
アルファードが執務をしている間、私は基本的には暇になります。一応は王妃ですが、そもそも私が国政に関わるような事はあまりありません。関わるとすれば違う方面なのです。
こんな時は大概、メインストリート沿いにあるアパートへ行きます。そこの屋上には引退した元高官、もとい私の事で手を焼いてくれたお節介な人が住んでいて、私が行くと困りながらも受け入れてくれます。
「シキ、お前は人の身で闇を通って移動するな。万が一戻ってこられなくなったらどうする」
「平気ですよ、ランス。もしそうなったら愛しの魔王様が見つけてくれますよ」
表を歩くのも面倒なので、私は魔人族と同じ移動方法をよく使います。空間に穴を空け、繋げたい場所へと繋いで移動するのです。
私には元からあった暗殺技術の他に、この世界で闇魔法に対する絶対的な能力が備わりました。ですのでコツを掴めば究極値の闇魔法を使えるので、何かと重宝しています。
ランス。正式名称はランスロットという白髪の麗人は、整いすぎて冷たい印象すらもある人です。この人も複雑ですが、それはいいでしょう。
「実はお土産があるのですよ。昨日、竜人族の友人とお茶会がありましてね。余ったスイーツをもらってきたので、お茶にしませんか?」
言えばピクリとランスが動く。彼はマコトさんのスイーツの美味しさを知っていますからね。その稀少さも。
竜人、黒龍族の王妃をしているマコトさんは私と同じ異世界からの住人です。私がまだアルファードの呪いを解くために奔走していた頃に偶然知り合い、懐かしさからあれこれ話してしまいました。そこで互いの事を知り、私を案じてくれたのが切っ掛けで今もお茶会に呼んでくれるのです。
程なく庭先でお茶会となり、目の前には沢山のスイーツが並びます。本日はフルーツタルト(オレンジ&グレープフルーツ)に、ブラウニー、紅茶のシフォン、苺大福です。彼は本当に器用で、料理が上手です。最近スイーツ好きのママ友、グラースさんの影響もあってかますます腕を上げています。
「本当に美味しい」
「伝えておきますよ」
これを言えばきっと、彼はまた喜ぶのでしょうね。
お茶を飲みながらスイーツを食べ、それとない話をしている。その中でふと、ランスは気になる事を言い始めた。
「国境の森が、騒がしいのですか?」
問えばランスは少々複雑な顔をして頷いた。
「ヴィクトールの話では、B級ではあるものの大型種と中型種が蠢いているそうだ」
ヴィクトールとは、この国の対モンスター討伐部隊を預かる男です。穏やかで紳士的な者の多い魔人族の中において好戦的で怠惰で誘惑的。けれど私は彼の事を気に入っています。なぜなら彼は元、私の仕事上のパートナーですから。
「久しぶりにやりますか」
「出るのか?」
「それを期待して、ヴィーは貴方に情報を流したのでしょう」
くすりと笑い、私はお茶会のその足で魔人族の軍本部へと足を向けた。
争い事を嫌う魔人族ですが、その周囲はそういうわけにはいきません。ここは闇の魔力が溜まる場所。それに引き寄せられるように闇属性を持つ強いモンスターが結構な頻度で出るのです。
軍は二つ。街の治安を守る街警と、街の外に出るモンスターを討伐する部隊とです。街と森との間には障壁があり、滅多な事では街に被害が出ることはありません。
私が用のある人物はこの、モンスター討伐部隊にいます。
夜番の者が多くいる軍本部で、私はその人物を見つけた。
緩い黒髪に、同色の羊のような角を持つその人物は実に色気のある顔をしています。少し垂れた紫にピンクを混ぜたような色合いの瞳が私を見ると、形のよい唇をニヤリと笑みに変えた。
「久しぶりだねぇ、シキ」
「えぇ、久しぶりですねヴィー」
そこそこの長身で、細く引き締まった彼は楽しそうな笑みを向けてくる。怪しい色気ダダ漏らしの彼こそがヴィクトール。モンスター討伐部隊の中隊長をしている男です。淫魔の血が入っているらしく、色欲そのままの感じがします。
「情報はやいねぇ」
「そのつもりでランスに漏らしたのでしょ?」
「うん。さすが、シキはわかってる。それでぇ? 手伝ってくれるのぉ?」
間延びするような緩い話し方とは裏腹に、ヴィーの視線は鋭い。それに私も頷いた。
「勿論、手伝いますよ。そのつもりで来ましたから」
「助かるなぁ」
「ではその前に、ベリーの所に挨拶に行きますよ」
この魔人族の軍の軍事総長であるベリアンスに一言挨拶すべく、私はヴィーを伴って行くことにしました。
その夜、掃討作戦が決行された。事前にモンスターを1匹狩って、その死体をそのまま放置することで多くをおびき寄せる。血の臭いに誘われたモンスターが集まってきているのを、斥候の者達が伝えた。
「大型種4匹、中型種6匹を確認しました」
「囲んで結界張って。外に出さないようにだけ頼むよ」
緩い声で指示を出すヴィーの背後で、私も武器を手に馴染ませる。久々に触れる刀の感触はいいものだ。
「楽しそうだねぇ。シキ、戻ってくればいいのに」
ニヤリと笑うヴィーに、私も同じように笑う。確かに心は躍るのだが、心配そうに眉根を寄せて出迎えるだろう人を思うと同意出来ないのが本心だ。
「王妃なんてつまらないでしょ? 戻ってきてくれると、僕も楽ができるんだけどなぁ」
「確かに退屈なんですけれどね。でも、アルが悲しむ事はできるだけ避けたいんですよ」
「じゃあ、今日は?」
「緊急事態って事にしておきますよ」
悪い笑みを互いに浮かべ、私はヴィーと一緒に結界の中へと入った。
中は既にモンスターの巣窟となっていた。ただ、まだ低級が多い。
「さすがに多いねぇ」
「散らしますよ」
言うが早いか、私はアンデッドモンスターの群れの中へと走り込んでいた。
抜いた刀は昔に使っていた物を模して作ってもらったもの。日本刀と同じく切れ味がよく、滑らかに刃が滑る。同時に闇魔法を付与した刀は切ればそれだけでアンデッドを塵にする。少し離れてヴィーも同じように戦っている。
彼の戦いはとても優美で綺麗だと思う。指先から微量の魔力を糸のように編み上げ、それを絡めて切り刻む。自在に動かせる糸は強度も張りも自由にできるらしい。闇夜に僅か、紫の煌めきがたゆたう光景は殺戮の場面でもどこか幻想的だった。
場はあらかた片付いた。誘われて現れた中型種も始末して灰にした。既に大型種も3体始末し終えて、残るは1体という所だった。
「鈍ってないよねぇ、シキ。ほんと、手伝ってよぉ」
「また増えたら手伝いますよ」
「普段もやってくれると楽ができるんだけどなぁ」
「では貴方がアルの相手をしますか?」
「……やっぱ、いいやぁ」
心底面倒そうな顔をしたヴィーに私は笑う。そんなに面倒な相手ではないと思うのだけれど、ヴィーは苦手らしくてあまり関わりたがらない。ランスを通して知り合いのはずなのに。
その時、森の奥からズシィィンという重たい音がした。明らかに他のアンデッド系とは違う重量感に、私もヴィーも表情を引き締める。そうして現れたのは見上げるほどに大きなモンスターだった。
「3つ首のキマイラ、ねぇ」
ドラゴン、獅子、雄山羊の首を持ち、胴は虎、尾は蛇の巨大モンスターは目の前の小さな獲物を睨み付けている。獅子は既にうなり声を上げていた。
「面倒そうです。ヴィー、時間稼いでください」
「あぁ、うん。巻き込まないでねぇ」
何をしようとしているか正しく判断したヴィーは離れてキマイラへと一人向かっていく。距離を取った私は、手の中で黒と紫の光の球を作り出した。
魔法はイメージが大事。具体的な大きさや効果、その先がイメージできるなら特別な言葉はいらない。私に魔法を教えたランスのこれは、実に正しいものです。
私は手の中の球にイメージを具体的に組み込んでいく。足元に広がる黒い穴、それは泥沼のようにはまった獲物をズブズブと飲み込んでいく。決して逃れず、騒ぐ者の体は穴より伸びた手が捕まえて離さない。飲み込んだ先は深淵の闇。飲み込んだ者を無へと還す。
「ヴィー、離れなさい!」
魔法のワイヤーで雄山羊の角を切り落とし、獅子を地に縛り付けていたヴィーが反応して私の後ろへと引いた。私は手の中の球体を地上に落とし、その中心をキマイラの胴の下へと設置した。
『沈め、沼底へ』
発動の合図はなんでもいい。ただ、それと分かれば。なので分かりやすく発動の言葉を伝えれば、闇は広がり思うとおりの効果を発揮する。闇の中から現れた無数の手がキマイラの体へ巻き付きドンドンと飲み込んでいく。暴れようとも決して許さず、やがて底なしの沼が獲物を飲み込むように、キマイラは消えて闇は静かに収束した。
「いつ見てもさぁ、シキの魔法ってえげつないねぇ」
「そうですか?」
嫌そうなヴィーが後ろで言う。けれどこれで、今日のお仕事はお終いです。互いにハイタッチをして、健闘をたたえ合いました。
城に戻り汗を流し、寝室に行けば不機嫌な人の姿がある。長身が立ち上がって目の前に来て、噛みつく様なキスを受け入れていく。
「言いつけを守れない悪い子には、お仕置きが必要か?」
耳元で不機嫌に低く流れ込む声に、私の心臓は僅かに加速する。抱き込まれる腕の中、私は笑ってその胸に鼻先を擦り寄せた。
「構いませんよ。貴方が与えてくれるものならお仕置きだろうと、なんであろうと」
そこに必ず愛情があると確信できる。だから私には何一つ刑罰にはならない。貴方の怒りはそのまま私への心配だと受け止められるから、どんなものも怖くはない。
困ったような表情を見上げ、引き寄せてキスをして、徐々に求められていく。抱き上げられてベッドの上に放り投げられたその上に、愛しい魔王は陣取った。
「困った奴だ。怪我は?」
「ありませんよ。なんなら、アルが確かめて下さい」
「あぁ、そうしよう」
バスローブを剥ぎ取り、肌に落ちる唇の熱さに芯が痺れる。触れる手のもどかしさに切なさを覚える。肉欲だけでは無い性行為というものを教えてくれた人の確かな感触は、どれほどに肌を合わせても慣れていかない。いつもあっという間に、私は全てを剥ぎ取られる。
愛しい人の高ぶりを受け入れ、中を暴かれながら吸い付くように。抱き寄せる体にしがみついて、キスをして。私は徐々に貪欲になる。誰にもこの人を渡したくはなくて、熱も気持ちも吸い上げるように絡めて取り込んで。
「アル、愛しています」
喘ぎながら伝える言葉に、深い紫の瞳は穏やかで優しい愛情を乗せて瞬く。抱きしめられる腕に縋り、この身の奥に強く滾る熱を受け入れ、確かな気持ちで穿たれるこの時が私の何よりの幸せ。離さないと示すように激しく交わる口づけに酔いしれるこの時が、何よりの幸せになっている。
私の、たった一人の人。その人の腕の中で眠る毎日が、私の穏やかな時なのです。
私の旦那様、魔人族の王アルファードはとても端正な顔をしています。綺麗なラインを結ぶ顔立ちに、少し彫りが深いのですが濃くは感じません。適度なんでしょうね。肌の色は浅黒く、彫刻のような肉体に長い黒髪を纏わせて眠る姿は美しいと思います。
暗殺を生業としてきた私の隣でこのように無防備に眠る人は今までいませんでした。大概が翌日冷たくなっていましたからね。したのは私ですが。性すらも武器として生きてきた者にとって、こうして毎日隣にある温かな存在というのは貴重です。
この人は、初めて私を必要としてくれた人。私に「愛している」と言ってくれた人です。産まれた事すらも秘匿とされ、戸籍もなく、死のうが生きようがそもそもの存在すらも認められていなかった私は、この異世界で初めて人としての扱いを受けました。何でも無い事に驚き、戸惑う私にアルファードが戸惑っていましたね。
だからでしょう、私はこの人の為に生きたいと、初めて人らしい感情を持ちました。
当時この人にはとある呪いがかけられていました。愛した人と子を結ぶ時、その子を宿した母体は子を産むと同時に死ぬ。しかも、凄惨な死です。
私もまさか内側から腹を裂かれ、心臓を握り潰されるような死に方をするとは思いませんでした。貴重な体験でしたね。
その呪いを知らず最初の伴侶と死に別れ、同時に子まで失った人を半分脅すような形で子を産んだ私は、死んで呪いの元凶となった人と会うことができました。
その人は天人族の祖である神。アルファードの対となる人でした。どんな堅物かと思えばとても弱く優しい人で、思わず感情のままに呪いをかけてしまったがために解きたくても解けないと泣いていました。
感情の複雑さがそのまま呪いの複雑さとなり、込めた感情の波がそのまま呪いの強さになってしまった。しかもアルファードも最初の伴侶を亡くした時に怒り任せにこの人の肉体を吹き飛ばしてしまったらしく、体の再生が追いつかなくて表に出る事もできない。神の領域でエグエグと泣く人を宥めて、一緒に絡まった呪いを解いてようやく、二人の神は和解しました。
私の今の体は、元々が天の神が自らの器として再生させていた肉体です。それに私を移して、今現在アルファードの側にいることが叶っています。
懐かしい思いに微笑み、つんと頬を指で押すと、アメジストのような瞳が薄らと開いて私を見つめる。スッと差し伸べられる手に身を任せて抱き寄せられ、触れる唇の優しさに甘えていられる。これも、毎朝の幸せ。
「早いな、シキ」
「ふふっ、そうですか? おはよう、アル」
「あぁ、おはよう」
するりと額にかかる髪を払い、雄々しい金の角に触れる。根元が気持ちいいのか、撫でると精悍な瞳が薄く細められ、もう一度、今度は深く口づけを受けた。
「朝から誘い込む様なことはしないでくれ。欲しくなる」
「朝議ですよ」
「分かっている。だが、そのように角の根元ばかりを撫でられるとたまらない。そういうのは夜に頼む」
濡れたような声音は実に魅力的で、朝議が二時間後でなければこのまま抱かれるのもいいのですが……さすがにね。
その分たっぷりキスをして、舌を絡めて受け入れて、これで今朝はお預けとしましょう。
「まったく、悪い子だ」
「時間があるときにたっぷりとお相手しますよ、アル」
苦笑したアルファードに微笑みかけて、私は手早く支度を調えた。
アルファードが執務をしている間、私は基本的には暇になります。一応は王妃ですが、そもそも私が国政に関わるような事はあまりありません。関わるとすれば違う方面なのです。
こんな時は大概、メインストリート沿いにあるアパートへ行きます。そこの屋上には引退した元高官、もとい私の事で手を焼いてくれたお節介な人が住んでいて、私が行くと困りながらも受け入れてくれます。
「シキ、お前は人の身で闇を通って移動するな。万が一戻ってこられなくなったらどうする」
「平気ですよ、ランス。もしそうなったら愛しの魔王様が見つけてくれますよ」
表を歩くのも面倒なので、私は魔人族と同じ移動方法をよく使います。空間に穴を空け、繋げたい場所へと繋いで移動するのです。
私には元からあった暗殺技術の他に、この世界で闇魔法に対する絶対的な能力が備わりました。ですのでコツを掴めば究極値の闇魔法を使えるので、何かと重宝しています。
ランス。正式名称はランスロットという白髪の麗人は、整いすぎて冷たい印象すらもある人です。この人も複雑ですが、それはいいでしょう。
「実はお土産があるのですよ。昨日、竜人族の友人とお茶会がありましてね。余ったスイーツをもらってきたので、お茶にしませんか?」
言えばピクリとランスが動く。彼はマコトさんのスイーツの美味しさを知っていますからね。その稀少さも。
竜人、黒龍族の王妃をしているマコトさんは私と同じ異世界からの住人です。私がまだアルファードの呪いを解くために奔走していた頃に偶然知り合い、懐かしさからあれこれ話してしまいました。そこで互いの事を知り、私を案じてくれたのが切っ掛けで今もお茶会に呼んでくれるのです。
程なく庭先でお茶会となり、目の前には沢山のスイーツが並びます。本日はフルーツタルト(オレンジ&グレープフルーツ)に、ブラウニー、紅茶のシフォン、苺大福です。彼は本当に器用で、料理が上手です。最近スイーツ好きのママ友、グラースさんの影響もあってかますます腕を上げています。
「本当に美味しい」
「伝えておきますよ」
これを言えばきっと、彼はまた喜ぶのでしょうね。
お茶を飲みながらスイーツを食べ、それとない話をしている。その中でふと、ランスは気になる事を言い始めた。
「国境の森が、騒がしいのですか?」
問えばランスは少々複雑な顔をして頷いた。
「ヴィクトールの話では、B級ではあるものの大型種と中型種が蠢いているそうだ」
ヴィクトールとは、この国の対モンスター討伐部隊を預かる男です。穏やかで紳士的な者の多い魔人族の中において好戦的で怠惰で誘惑的。けれど私は彼の事を気に入っています。なぜなら彼は元、私の仕事上のパートナーですから。
「久しぶりにやりますか」
「出るのか?」
「それを期待して、ヴィーは貴方に情報を流したのでしょう」
くすりと笑い、私はお茶会のその足で魔人族の軍本部へと足を向けた。
争い事を嫌う魔人族ですが、その周囲はそういうわけにはいきません。ここは闇の魔力が溜まる場所。それに引き寄せられるように闇属性を持つ強いモンスターが結構な頻度で出るのです。
軍は二つ。街の治安を守る街警と、街の外に出るモンスターを討伐する部隊とです。街と森との間には障壁があり、滅多な事では街に被害が出ることはありません。
私が用のある人物はこの、モンスター討伐部隊にいます。
夜番の者が多くいる軍本部で、私はその人物を見つけた。
緩い黒髪に、同色の羊のような角を持つその人物は実に色気のある顔をしています。少し垂れた紫にピンクを混ぜたような色合いの瞳が私を見ると、形のよい唇をニヤリと笑みに変えた。
「久しぶりだねぇ、シキ」
「えぇ、久しぶりですねヴィー」
そこそこの長身で、細く引き締まった彼は楽しそうな笑みを向けてくる。怪しい色気ダダ漏らしの彼こそがヴィクトール。モンスター討伐部隊の中隊長をしている男です。淫魔の血が入っているらしく、色欲そのままの感じがします。
「情報はやいねぇ」
「そのつもりでランスに漏らしたのでしょ?」
「うん。さすが、シキはわかってる。それでぇ? 手伝ってくれるのぉ?」
間延びするような緩い話し方とは裏腹に、ヴィーの視線は鋭い。それに私も頷いた。
「勿論、手伝いますよ。そのつもりで来ましたから」
「助かるなぁ」
「ではその前に、ベリーの所に挨拶に行きますよ」
この魔人族の軍の軍事総長であるベリアンスに一言挨拶すべく、私はヴィーを伴って行くことにしました。
その夜、掃討作戦が決行された。事前にモンスターを1匹狩って、その死体をそのまま放置することで多くをおびき寄せる。血の臭いに誘われたモンスターが集まってきているのを、斥候の者達が伝えた。
「大型種4匹、中型種6匹を確認しました」
「囲んで結界張って。外に出さないようにだけ頼むよ」
緩い声で指示を出すヴィーの背後で、私も武器を手に馴染ませる。久々に触れる刀の感触はいいものだ。
「楽しそうだねぇ。シキ、戻ってくればいいのに」
ニヤリと笑うヴィーに、私も同じように笑う。確かに心は躍るのだが、心配そうに眉根を寄せて出迎えるだろう人を思うと同意出来ないのが本心だ。
「王妃なんてつまらないでしょ? 戻ってきてくれると、僕も楽ができるんだけどなぁ」
「確かに退屈なんですけれどね。でも、アルが悲しむ事はできるだけ避けたいんですよ」
「じゃあ、今日は?」
「緊急事態って事にしておきますよ」
悪い笑みを互いに浮かべ、私はヴィーと一緒に結界の中へと入った。
中は既にモンスターの巣窟となっていた。ただ、まだ低級が多い。
「さすがに多いねぇ」
「散らしますよ」
言うが早いか、私はアンデッドモンスターの群れの中へと走り込んでいた。
抜いた刀は昔に使っていた物を模して作ってもらったもの。日本刀と同じく切れ味がよく、滑らかに刃が滑る。同時に闇魔法を付与した刀は切ればそれだけでアンデッドを塵にする。少し離れてヴィーも同じように戦っている。
彼の戦いはとても優美で綺麗だと思う。指先から微量の魔力を糸のように編み上げ、それを絡めて切り刻む。自在に動かせる糸は強度も張りも自由にできるらしい。闇夜に僅か、紫の煌めきがたゆたう光景は殺戮の場面でもどこか幻想的だった。
場はあらかた片付いた。誘われて現れた中型種も始末して灰にした。既に大型種も3体始末し終えて、残るは1体という所だった。
「鈍ってないよねぇ、シキ。ほんと、手伝ってよぉ」
「また増えたら手伝いますよ」
「普段もやってくれると楽ができるんだけどなぁ」
「では貴方がアルの相手をしますか?」
「……やっぱ、いいやぁ」
心底面倒そうな顔をしたヴィーに私は笑う。そんなに面倒な相手ではないと思うのだけれど、ヴィーは苦手らしくてあまり関わりたがらない。ランスを通して知り合いのはずなのに。
その時、森の奥からズシィィンという重たい音がした。明らかに他のアンデッド系とは違う重量感に、私もヴィーも表情を引き締める。そうして現れたのは見上げるほどに大きなモンスターだった。
「3つ首のキマイラ、ねぇ」
ドラゴン、獅子、雄山羊の首を持ち、胴は虎、尾は蛇の巨大モンスターは目の前の小さな獲物を睨み付けている。獅子は既にうなり声を上げていた。
「面倒そうです。ヴィー、時間稼いでください」
「あぁ、うん。巻き込まないでねぇ」
何をしようとしているか正しく判断したヴィーは離れてキマイラへと一人向かっていく。距離を取った私は、手の中で黒と紫の光の球を作り出した。
魔法はイメージが大事。具体的な大きさや効果、その先がイメージできるなら特別な言葉はいらない。私に魔法を教えたランスのこれは、実に正しいものです。
私は手の中の球にイメージを具体的に組み込んでいく。足元に広がる黒い穴、それは泥沼のようにはまった獲物をズブズブと飲み込んでいく。決して逃れず、騒ぐ者の体は穴より伸びた手が捕まえて離さない。飲み込んだ先は深淵の闇。飲み込んだ者を無へと還す。
「ヴィー、離れなさい!」
魔法のワイヤーで雄山羊の角を切り落とし、獅子を地に縛り付けていたヴィーが反応して私の後ろへと引いた。私は手の中の球体を地上に落とし、その中心をキマイラの胴の下へと設置した。
『沈め、沼底へ』
発動の合図はなんでもいい。ただ、それと分かれば。なので分かりやすく発動の言葉を伝えれば、闇は広がり思うとおりの効果を発揮する。闇の中から現れた無数の手がキマイラの体へ巻き付きドンドンと飲み込んでいく。暴れようとも決して許さず、やがて底なしの沼が獲物を飲み込むように、キマイラは消えて闇は静かに収束した。
「いつ見てもさぁ、シキの魔法ってえげつないねぇ」
「そうですか?」
嫌そうなヴィーが後ろで言う。けれどこれで、今日のお仕事はお終いです。互いにハイタッチをして、健闘をたたえ合いました。
城に戻り汗を流し、寝室に行けば不機嫌な人の姿がある。長身が立ち上がって目の前に来て、噛みつく様なキスを受け入れていく。
「言いつけを守れない悪い子には、お仕置きが必要か?」
耳元で不機嫌に低く流れ込む声に、私の心臓は僅かに加速する。抱き込まれる腕の中、私は笑ってその胸に鼻先を擦り寄せた。
「構いませんよ。貴方が与えてくれるものならお仕置きだろうと、なんであろうと」
そこに必ず愛情があると確信できる。だから私には何一つ刑罰にはならない。貴方の怒りはそのまま私への心配だと受け止められるから、どんなものも怖くはない。
困ったような表情を見上げ、引き寄せてキスをして、徐々に求められていく。抱き上げられてベッドの上に放り投げられたその上に、愛しい魔王は陣取った。
「困った奴だ。怪我は?」
「ありませんよ。なんなら、アルが確かめて下さい」
「あぁ、そうしよう」
バスローブを剥ぎ取り、肌に落ちる唇の熱さに芯が痺れる。触れる手のもどかしさに切なさを覚える。肉欲だけでは無い性行為というものを教えてくれた人の確かな感触は、どれほどに肌を合わせても慣れていかない。いつもあっという間に、私は全てを剥ぎ取られる。
愛しい人の高ぶりを受け入れ、中を暴かれながら吸い付くように。抱き寄せる体にしがみついて、キスをして。私は徐々に貪欲になる。誰にもこの人を渡したくはなくて、熱も気持ちも吸い上げるように絡めて取り込んで。
「アル、愛しています」
喘ぎながら伝える言葉に、深い紫の瞳は穏やかで優しい愛情を乗せて瞬く。抱きしめられる腕に縋り、この身の奥に強く滾る熱を受け入れ、確かな気持ちで穿たれるこの時が私の何よりの幸せ。離さないと示すように激しく交わる口づけに酔いしれるこの時が、何よりの幸せになっている。
私の、たった一人の人。その人の腕の中で眠る毎日が、私の穏やかな時なのです。
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