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十五話 俺の大切な人はただ一人の黒竜だと、今更認識した

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 翌日、モリスンさんは直ぐにユーリスさんに手紙を書いてくれた。役所に行くのではなくて、直接ユーリスさんの元に辿り着くように魔法をかけてくれたのだ。手紙を入れた封筒に魔法をかけ、俺がそれにユーリスさんの顔や姿や声やなにやらと、それはもうひたすらに思い浮かべながら握りしめた。ユンユンユン~と。
 すると封筒は白い鳥の形になってどこかに飛んでいった。これでユーリスさんに届くという。なんて便利で素敵な世界。俺は一切使えないけれど。

 そんな事で、俺は今も落ち着かない気持ちで待っている。今日は二人の気遣いでお店を休みにしてくれた。きっと今日中に何かしらの反応があるだろうから、直ぐに動けるようにとの事だった。
 でもこれがまた落ち着かない。やることないとダメなんだ。なんていうか、いつ来るか、今か! もう少し後か! 明日か! なんて気持ちになってくる。言い方悪くすると『数日中に確実に不幸が訪れます。でもそれは今かもしれないし、一時間後かもしれないし、夜かもしれないし、昼かもしれません。でも絶対に来ます』そう言われている感じだ。
 いや、不幸じゃないんだけどね。不安すぎてそんな風に思えてしまっているけれどね。
 ……落ち着かない。どんな顔をするんだろう。なんて思われているんだろう。怒っているかな? 怒ってるよな。だって、恩のある人なのに何も言わずに飛び出したんだし。
 心配、してるのかな? 少しでもいいから、前みたいに笑ってくれるかな? 俺は、笑えるかな。
 逃げたい気持ち三〇%、不安三〇%、恐怖三〇%、期待一〇%。思い切り後ろ向きな俺は一階の食堂の椅子に腰掛けて、膝を抱えて蹲っている。

 それは本当に突然だった。扉が勢いよく開いて、その音に俺は飛び上がるほどに驚いた。多分数センチ浮いた。

「あ……」

 扉を開けた人を見て、俺は動けなくなった。見慣れたはずの人は久しぶりで、でも記憶の彼と比べても今はとても憔悴して見えて、怪我をしていた時よりも辛そうだった。

「あ……」

 どうしよう、涙出そう。目頭が痛くて、鼻の奥がツンとして、喉が引き絞られるような感じがする。震えていて動けない。目をそらせない。
 ユーリスさんは俺を見つけると、真っ直ぐに駆け足で来てそのまますっぽりと抱きしめた。
 温かくて、強い力が全身を包む。こんなの反則だ、好きなんだって思い知らされる。気がないなら止めてもらいたい。残酷だ。でもやっぱり、俺はこの人が好きなんだ。

「愛している、マコト」

 深く低く、俺の耳元に囁きかけられた言葉は過分に苦しさがある。俺の心臓も痛くなった。止まんなかっただけ偉い。目を見開いたまま、俺はユーリスさんを見た。

「愛している」
「でも」

 じゃあ、なんで拒まれたんだ。どうしてあの時、受け入れてくれなかったんだ。
 でも、俺も悪いんだ。何かを言おうとしていたユーリスさんを俺も拒んだんだ。

「ちゃんと言えば良かった。卑怯な手で君を手懐け、側に置こうとした俺が悪い。何も分からず不安な君を押し切って、ずるずると側に置いた俺が悪かった。気持ちも伝えずにいた俺の間違いだった。すまない、許してくれ」
「ユーリスさん」
「愛している、マコト。君の事が好きだから側にいて欲しかった。手放せなかったのは俺なんだ。理由をつけて旅を長引かせたのは、離れる理由を与えたくなかったからなんだ」

 ジワジワと染みこんでいく言葉が気持ちをくれる。俺の気持ちは、与えてくれるものでパンパンに膨れていく。どうしよう、嬉しすぎる。どうしよう、こんなに好きで。俺もう、今死んでもいい。

「ちゃんと話をしたい。お願いだからもう一度だけ、俺にチャンスをくれないか。ありのままを伝えるから」
「帰っても、いいんですか?」
「勿論だ! あの屋敷を君の家にしてもらいたい。君が受け入れてくれるまで、何度でも口説くから。気持ちを伝え続けるから」

 もう十分伝わっている。これ以上ないってくらい伝わっている。これ以上は胸が本当に張り裂けそうだ。
 嬉しさと幸せに俺は笑った。笑いながら涙腺決壊した。情けないな、俺は。
 そんな様子を少し離れて、マーサさんとモリスンさんが見ていた。とても優しい笑顔を浮かべて。
 俺を離してくれたユーリスさんの腕から離れて、俺は二人の元に歩み寄る。そして、温かく迎えてくれた二人の胸にも飛び込んだ。

「有り難うございます、マーサさん、モリスンさん。俺、本当に二人に助けられて……息子だって言ってもらえて、幸せでした」
「本当に、息子いないはずなのに嫁に出す気持ちよ。マコト、幸せになりなさいね。不幸な顔なんてしちゃだめよ。辛かったらいつでもここに帰ってきなさい。ここは貴方のお家よ」
「マーサさん!」

 俺は抱きついて何度も頷いた。俺はこの世界で、この場所で両親を得たような気持ちになった。同じ気持ちを二人も感じていてくれると嬉しい。
 俺の隣に並んだユーリスさんは、モリスンさんに深々と頭を下げている。

「マコトを助けていただいた事、感謝いたします」
「いえ、王子。私たちも幸せな時間を過ごせました。だからこそ、彼の幸せを心から願います。大切になさってください」
「はい、必ず」

 強い目でそう言ったユーリスさんが、俺の肩を引き寄せる。俺は二人にまた来る事を約束して、大事な場所を離れた。

◆◇◆

 俺はその後、ユーリスさんの手の中に座って屋敷に戻ってきた。朝に送った手紙の返事が昼って、早すぎないかと思ったけれど納得した。竜人は竜になるんでした。ユーリスさんはとても立派な黒龍で、あまりの大きさに少し怖かった。そんな彼の手に包まれた状態で、俺は屋敷に戻ったのだ。所要時間二時間。俺が数日かかった距離が。
 屋敷に戻ると、沢山の人が俺を囲んで口々に無事を喜んでくれた。とても心配させてしまったんだ。

 話を聞くと、俺がいなくなったことを知って直ぐに側を探したけれどいない。盗賊に襲われたのか、国の外に出たのか、もしかして事故に巻き込まれたのか。色々考えてくれて、探してくれて、それでも見つからなくて黒竜の領土全部に立て札を立てたらしい。
 今更ながら大変な事になった。俺は申し訳なくて小さくなったけれど、誰も責めはしなかった。

 その夜、俺はユーリスさんの部屋にいた。柔らかな明かりだけのベッドの縁に、体が触れるくらいの距離にいる。
 俺の心臓は大きく鳴っている。既に軋んでいる。緊張で口からなんか出そう。出たら怖いけれど。

「マコト、そんなに緊張しなくていいから。嫌な事はしないから」
「あっ、うん。分かってる、よ?」

 ならなんで疑問形だよ俺。
 俺の緊張を解すみたいに背中に手が触れ、撫でていく。安心させようとしているのは分かるんだけど、そのサワサワとした布越しの感触が妙にゾワゾワさせる。

「まず、すまない。傷つけたんだと気づいたのは君が部屋を飛び出した後で。本当に、すまない」
「あぁ、いえ。あれは俺も……俺もどうかしてたんで」

 好きなら一番しちゃいけなかった。でもあの時は必死すぎて、自分の気持ちとか相手の気持ちとか見えなくなっていたんだ。

「……君が攫われた時の事を、覚えているかい?」
「え? あぁ、はい」

 忘れる事はできないだろう。王都に向かう途中、ユーリスさんが助けてくれなきゃ俺はどこかに売られていたし、その前に知らない男に犯されていた。まぁ、その後ちょっと大変だったけれど。

「あの時、自分の気持ちに気づいた。討伐を終えて部屋に戻って、君がいないのを知って身が焼ききれるかと思うほどの激情に襲われた。探し出して、乱暴をされる君を見て、血が沸くような怒りに自制がきかなかったほどだ」

 静かに深く言われる。嬉しいと思う。でも、それってかなり怖いんじゃ。

「あの後、媚薬に犯された君に触れて、欲情の深さに驚いた。あんなに必死になったことはないんだ。義務ではなくて、責務でもなくて、欲情で触れたのは初めてだった」
「でも、あの時だって最後までは」

 むしろユーリスさんは俺を慰めるばかりで自分の事を押しとどめた。そこを無理矢理したのは俺だったはずだ。
 でも、ユーリスさんは首を横に振った。とても申し訳なく。

「理性のほとんどを使い切った気持ちだったよ。俺との繋がりは経験のある奴でも痛みを伴うし、傷つけてしまう。マコトは男とそうした関係を結んだことはないし、正直怖いだろ?」
「……はい」
「それを知っていたから必死だった。なのにあんな……受け入れてくれるから、驚いて、その……すまない」

 いや、咥えて飲み込んだの俺の意志だったと思うけれど。謝る事なんて何もないのに。

「顔、上げて下さい。俺がしたかったんです。嫌悪とかもなかったし、俺もユーリスさんに気持ちよくなってもらいたくて」
「マコト」

 トロンと蕩けるような笑みが落ちてくる。この美丈夫がこんな顔したら、鼻血出そうだ。

「君が愛しい。側にいてもらいたい。思ったのはそこからで。でも男を恋愛対象に見られない君をどうやって口説けばいいかも分からなくて、後は色々と理由をつけて不慣れな君を国まで引っ張ってきた。屋敷で時間を過ごせば気持ちが変わるかもしれない。俺を、受け入れてくれるかもしれないと」
「宿でエロいことしたのに?」
「あれは媚薬のせいもあっただろ? そうじゃなくて、心から受け入れて欲しかった。その時間が欲しくて連れてきたんだ。すまない、騙すような形で」

 また項垂れるユーリスさんの頬を、俺は両手で包んだ。触れた肌が熱い。緊張なのか、恥ずかしさなのか。ユーリスさんの肌はほんのりと朱に染まっている。

「もう、謝らないでください。俺、恨んだり怒ったりしてないんで」
「だが……」
「卑怯だって言うなら、それにまんまと乗っかった俺もそうです。俺も、貴方と離れるのが嫌でついてきたんです。だから、お互い様です」

 知らない世界でこんなに縋っていいのか迷って、それでもついてきた。離れるのが嫌で、隠し事もして一緒にいたんだ。そんな俺がずるくないはずがない。

「あの、それならどうして俺が迫った時に抱かなかったんですか?」

 ふと思う。そんなに俺の事を好きでいてくれたなら、あの時抱いたっておかしくなかったじゃないか。俺はそのつもりだったし、構わなかったのに。
 綺麗な黒い瞳が悲しみの色を滲ませる。俺はそれを見て、やっぱりあれは俺の間違いだったんだと改めて認識した。

「抱けないだろ。いや、嬉しくはあったし、正直欲は疼いた。でも、あそこでマコトを抱いたら俺は、マコトを子を成すために利用してしまうように思ったんだ。スキルだけを求めて抱くことなんてしたくなかった」
「今まではそうだったんじゃ……」

 あ、もの凄く傷ついた顔をしてる。

「過去がどうとか言わないし、正直聞くのも赤裸々すぎて耐えられないし! だからあまり大きな意味があるわけじゃ」
「いや、いいんだ。そうだ、過去にはそうした事を繰り返していたんだ。でもそれはそういう商売の相手だけであって……心から欲しいと思う相手じゃなかったから。相手も、金で割り切る者だったから。責務もあって、焦っていて」

 ううっ、ごめんなさい。困らせたり悲しませたかったわけじゃないよ、本当に。過去に嫉妬もしないよ、本当だよ。
 不意に手が頬に触れる。弱い目で見つめてくる。それが徐々に柔らかく、愛おしく細くなっていくのを見るのは結構好きだ。

「だからかな。過去の相手と一緒にしたくなかった。心から求めて、気持ちを繋げて抱き合いたかったから受け入れられなかった。そう、あの場で言えばよかったんだ。ただ押し返すのではなくて、抱きしめて、愛しているからこそ今は抱けない。君の心ごと欲しいと言えていればこんなことにはならなかったのに」

 恥ずかしくて耳まで真っ赤だ。なのに、嬉しいんだ。たまらない気持ちが溢れてくる。柔らかな瞳が俺を捕らえて動きを封じて、近づいてきた唇が柔らかく重なって俺の心をどうしようもない切ないものに変えていく。
 体の芯が痺れる。熱くて、切なくて、もどかしくてたまらない。俺はこの人が好きで、この人も俺が好きで、触れてくれるのが嬉しい。
 吐息が熱い気がする。潤んだ瞳で見返すと、ユーリスさんの大きな手が耳から頬へと触れていく。

「マコト、改めて言う。俺は君の事が好きだ。君の気持ちを尊重していきたいし、共にあれるなら幸せだ」
「俺も、ユーリスさんの事が好きです。どうしようもなく好きです。大した役には立てないけれど、この気持ちだけは本物です」

 俺にあるのはたった一つのスキルだけ。そのたった一つだって、どのくらい役立てるか分からない。でも、スキルに頼ってはいけないんだ。気持ちを繋いでおくのに一番重要なものを、俺は持てているかな。伝えることしか出来ないけれど、それでもいいかな。
 柔らかく唇が触れた。そして舌が、俺の唇をくすぐる。少しくすぐったくて、それ以上に先を期待させて、俺は素直に唇を開いた。するりと入ってきた舌が俺のと絡まってクチュと音を立てる。気持ちが良くて、頭の中がぼーっとする。夢中で吸った舌の感触とか、掠める気持ちの良さに全身が熱くなっていく。

「マコト、怖いか?」

 俺は首を横に振る。怖いなら受け入れてない。嫌悪もない。ただ、とても欲しい。触れて、触れられたい。
 俺はユーリスさんの首に抱きついて、そこにキスをした。

「欲しいです、ユーリスさん」
「マコト」
「最後まで……いえ、貴方の子供、産みます。大好きな人となら何も怖くないです。ちゃんと、気持ちも全部貴方のもので、貴方も俺ので、そこに形ができると幸せです」

 俺が言うと、ユーリスさんはビクリと震えた。とても恐る恐る俺の顔を見る。本当にいいのだろうか。そんな様子で。

「でも、マコトは怖いんじゃないのか? 男としたことはないだろ? それなのに」
「怖くないわけじゃないけど、それ以上に欲しいです。ユーリスさんの愛情、全部。それに、俺が出来る事は全部したい。俺にはこのスキルしかないけれど、最初は呪いみたいだって思ったけれど、今はこのスキルでよかったって思います。だって俺、大事な人との間にちゃんと命を繋げることが出来るんだから」

 気持ちがなければ怖い。道具にはなりたくない。誰でもいいわけじゃない。でもこの人の子供なら、産みたいし育てたい。俺は家族の形に憧れがあるから愛情持って育ててあげたい。そして隣にずっと、この人がいればいい。
 ユーリスさんはとても悩んで、考えて、そしてベッドの端に小瓶に入った白い薬を置いた。
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