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四話 胃袋を掴むのはどこの世界でも必須項目なのか?

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 翌朝、俺達は遅めに出立した。主に俺が起きられなかった。一晩経つとあれこれ痛んで起き上がれなかった。ユーリスさんが『ヒール』の魔法をかけてくれてようやくだった。

「肉体的なダメージが大きかったんだな。すまない、昨夜の時点で気づいてやれなくて」
「あぁ、いえ。俺も自覚できなかったので、ユーリスさんのせいじゃないです」

 ユーリスさんにかなり手伝ってもらいながら、俺は森を抜けている。時々どこかで吠える声が聞こえてビクッとなるけれど、隣のユーリスさんが笑って「かなり遠いよ」と言ってくれるので安心だ。

「そういえば、俺が昨日捕まったあの植物って、結局俺に何をしたかったんですか?」

 ふと疑問になって聞いてみる。するとユーリスさんは大分困った顔をして「聞きたいか?」なんて言ってくる。
 うっ、聞いて後悔しそうだが、こうなれば気になって仕方がない。

「後学のために」
「そうか。あれはタネヤドシという食肉植物で、小型の動物やモンスターを餌にしている。普段ならマコトぐらいの大きさは獲物にしないんだが、今は奴らの繁殖の時期。この時期だけは大型の生き物を捕らえるんだ」
「何でですか?」
「奴らは根を生やした場所から動く事ができない。だから自分の種を大型の種族に植え付けて遠方へと運ばせるんだ」

 ってことは、俺はまさに種付けされるところだったってことなのか?
 考えるとゾワゾワして、思わず自分を抱いてブルッと震える。ユーリスさんはその様子に気の毒そうな顔をした。

「あの、種を植え付けられるとどうなるんです?」
「植え付けたら解放して、種を運ばせる。種は約一ヶ月程度で発芽するが、そうなるとお終いだ。腹の中で発芽して、そのまま体を突き破る。宿された者は絶命し、そのまま養分だ」
「うえぇぇぇっ」

 俺ってば本当に命の危機だったじゃないの! てか、そんなサイコな光景想像したくない。俺の腹は俺のであってお前のじゃないぞ!
 ユーリスさんは笑って、よしよしと頭を撫でて慰めてくれる。俺は本格的にこの人に頭が上がらない。大恩人だ。

「まぁ、一ヶ月もあれば人のいる町に辿り着く。病院に駆け込めば正しく処置してもらえるよ」
「処置で除去できるんですか?」
「あぁ、可能だ。一週間以内なら薬を飲んで落とす事ができる。その日は苦しむらしいがな。ただ、二週間を過ぎると少し厄介だ。二週間腹の中にあると細かい根を腹の中に伸ばし始める。そうなると簡単には取れない。根を弱らせる薬を直接投与して、十分に根が弱ってからじゃないと除去できない。三週間になると腹を切って取るしかなくなる。命がけだ」
「うわぁぁぁ! ユーリスさん有り難うぅ」

 思わず腰に抱きついて泣きそうになると、笑いながら肩を叩かれ背を撫でられ「良かったな」と言われた。本当にその通りです。

◆◇◆

 町には昼を大分過ぎてから着いた。関所でユーリスさんが俺の事情を伝えてくれて、簡単な身体検査をされて通された。そうして入った町は、結構賑やかなものだった。
 関所から真っ直ぐに道が延びていて、その両側がお店っぽい。食べ物、武器や防具、薬屋、宿屋。国境の町という感じだ。

「贔屓の宿がある。今日はそこにしよう。明日もここに留まって今後の旅の備えをしよう。マコトの服ももう少しいるし、護身用にナイフくらいはあったほうがいい」
「有り難うございます」

 もう言われる通りにしよう。俺はこの世界の常識だったり日常だったりを知らないのだから、素直に従う。親切も今は受け入れよう。そんでもって、俺に出来る恩返しを考えよう。
 ユーリスさんは進んでいって、少し大きな宿屋に入った。中に入ると一階は食事処っぽくなっていて、木のテーブルに椅子が沢山、カウンターの奥にはキッチンとお酒の棚がある。
 受付に立っていた六十代くらいの男の人がユーリスさんを見て、親しげな笑みを浮かべた。

「こりゃ、ユーリスさん。クエストの帰りかい?」
「あぁ。二人部屋を頼むよ」
「二人部屋?」

 人のいい初老の主人は首を傾げ、そしてユーリスさんの後ろに半分隠れた俺を見つけて目を丸くした。

「おや、彼は?」
「迷いの森で知り合ったんだ。異世界人で、あの森に落とされたらしい。もう少しでタネヤドシの餌食になるところだった」
「それは災難でございましたね。いやはや、それにしても異世界人とは珍しい」

 そう朗らかに言うばかりで、老人はとても親切そうに笑った。

「ですが、最初に出会ったのがこの方だったのは幸運ですよ。この方は紳士ですし、何より腕が立つ。存分に甘えても大丈夫ですよ」
「ははっ、そうも行かないですけど……程々に?」

 あんまり頼ると俺がダメ人間になる。これでもそれなりに苦労してきたんで、そう簡単に甘えるとかできません。今現在も凄く心苦しいですから。
 ユーリスさんは苦笑して、老人から鍵を受け取った。部屋は二階の角部屋。室内はとても清潔で、けっこう広かった。

「明日は朝から買い物になるから、今日はゆっくり休む。歩き疲れただろ?」
「ははっ、ちょっと」

 意外と距離があったし、何より俺とユーリスさんではコンパスに違いがありすぎる。腰から下が長いんだよ、やっぱり。俺は平均だと思ってたけど、それは思い違いだったのか?

「風呂もあるし、ベッドも清潔。荷物を置いたら先に食事にするか?」
「あっ、はい。あの、昨日で食料のストックが無くなったって言ってましたよね? それって、どうするんですか?」

 俺はずっと思っていた事を聞いた。そして願わくば少しでも恩を返したかった。俺に出来る事なんて本当に微々たるものなんだけど、それでもこの人が喜んでくれそうな事をしたかった。

「あぁ、そうだった。食材を買って、ここのキッチンを貸して貰って軽く作るか」
「あの、それなら俺が」
「ん?」

 首を傾げて、ユーリスさんは俺を見る。俺の方はけっこう慌てて言いつのった。

「俺、家事はそれなりに出来ます。料理も、困らない程度には。なのでよければ、作らせてください」
「いいのか? けっこう手間だが」
「俺がやらせて欲しいんです。俺がユーリスさんに返せる事って他に思いつかないし。それに、俺も何かをしたいですから」

 食い下がってみた。お返しをしたいという純粋な気持ちもあるが、俺はこの人の喜ぶ顔が見たい。笑うとちょっと精悍さが薄れて子供っぽい無邪気さがある。そういう顔をしてもらえると、なんだか「俺も何かできるぞ」という気持ちになるのだ。

「あまり気にしなくていいんだが……そうだな。実を言うと、その申し出は有り難い。俺も単純な料理はできるが、手の入ったものは作れない。それに、同じ味になりがちで飽きるしな」

 苦笑して任せてくれた人に、俺は満面の笑みを浮かべて力強く頷いた。
 それでも今夜は一階の食事処でご飯。俺はシチューとパンを頂いている。対面のユーリスさんは凄い量だ。シチューとパンは一緒だが、そこにサラダとステーキとお酒が並ぶ。しかも俺より一つの量が多い。

「マコトはそんなに少しでいいのか?」
「お腹いっぱいですよ」

 苦笑すると、マスターさんが側にきて笑う。そして、俺の前に人間サイズのグラスを置いてお酒を注いだ。

「ユーリスさん、人間と竜人とでは食べる量が違いますよ。彼は人間としてはごくごく普通に食べています」
「そうなのか。つい自分の基準で見てしまうな」

 苦笑して、食事を進めていくユーリスさんの食べっぷりはいっそ気持ちがいい。こんなに食べてくれるなら作りがいがあるだろう。そして俺は気合いを入れた。明日、頑張ろう。

「あぁ、そうだマスター。明日キッチンを借りたいんだが、空いているか?」
「えぇ、どうぞ。よろしければまた、何かお作りいたしますよ」

 二人はこんな会話をしている。どうやらユーリスさんはここで作って貰って、それを持ち歩いているようだ。

「いや、今回は彼が作ってくれるそうだ」
「ほぉ、この子がですか。それはよろしいですね」

 ニコニコと言ったマスターさんが俺を温かく見る。そして何度も頷いた。

「竜人の方はそれは食べます。今お出ししている量でも腹八分なのです。作る時には量を多く作らないと、あっという間に無くなってしまいますぞ」
「はい、心得ました」

 本気で気合い入れないと。大鍋って、あるよね。
 食事はどんどん進んでいく。俺は頂いたお酒をちびちび飲んでいる。甘くて、ほんのりと果物の香りがして飲みやすい。そこそこ飲めるから、この世界のお酒は楽しめそうだ。

「それにしても、本当に食べるんですね」

 清々しいというか、呆気にとられると言うか。テーブルの上の料理はあっという間に消えていく。当然のようにお酒は水のように飲み込まれていく。

「竜人族と獣人族は食べる量が多いな。だが、エルフは小食で菜食を好む。魔人族などは食べ物は食べずにひたすら酒ばかりを飲むんだ」
「酒ばっかり!」

 エルフの小食はなんかイメージのままだ。でも、魔族は酒で生きてるのか。

「本来は食事を取らなくてもいいらしい。体を巡る膨大な魔力を循環させて、それで生命活動ができる。食事や飲酒は嗜好品らしいが、奴らは特に酒が好きなんだよ」
「凄すぎて俺には理解が及ばないです」

 腹減らないんだ、魔人。

「明日の買い出しは一緒に行こう。ここで馬を借りて五日。途中に町もあるが、二日ほどは野宿がある。途中で何度か馬を休めながら行くから、その合間に昼食を取ろう」
「分かりました」

 よし、俺の本番は明日。とりあえず一つ、役に立てないとな。

◆◇◆

 翌日、店の開く時間を狙って行動開始だ。まずは俺の日用品を揃えに衣料品店へ。そこで二枚ほど服を追加した。黒の七分丈くらいのズボンに、白い長袖シャツ、緑のベストは襟元が革紐で編み上げになっている。同じようなのをもう一つ買って、これでおしまい。
 ナイフは握りやすいものにした。俺では戦うなんて出来ないから、食材を切ったりも出来そうなものにした。
 後は食材。市場では俺の知ってる食材がそのままの名前で売っていた。俺はそれらをとにかく買って、宿屋に戻ってきた。
 キッチンを貸してくれたマスターさんが、調味料は好きに使っていいと言ってくれたので甘える事にした。ユーリスさんにはのんびりと過ごして貰って、俺は食材とそれを保存するための容器をとにかく見つめ、腕をまくった。

「よし、やるぞ!」

 まずは煮物を作ろう。味がしみるのに少し時間がかかる。芋、人参の皮を剥いて、椎茸はがくも使おう。玉葱も忘れずに。肉は一口大。みりんと醤油と酒。砂糖は別で用意。味を調えたら根菜から順に鍋に入れて水を入れて、肉を重ねて砂糖を入れる。蓋をして煮えてきたら合わせておいた調味料も投入して、コトコト落とし蓋で煮ていく。
 肉じゃがって、いつから家庭の味になったんだろうね。

 次は大根と鶏手羽の煮物。やっぱり骨付きのほうが出汁が出て美味しいんだよね。
 大きな鍋に煮物が二種類。コトコトコトコト煮えていく。
 汁気も少し飛んできたら、火を止めて冷ます。この冷めたときに味が染みるんだよね。
 この間に野菜をもう一品。小さめのジャガイモを油で炒めて味付け。バターを使うとコクが出る。
 肉料理も少し。今日は鶏肉を買ったので唐揚げにします。塩とレモン汁で下処理して、生姜、ニンニク、みりん、醤油で味付け。溶き卵をつなぎに、小麦粉を入れて衣をつけたら揚げるだけ。
 なんだか一人暮らしを思い出す。まぁ、当時はこんな大量に作らなかったけど。今のこれって炊き出しと変わんない感じがする。

「美味しそうだな」
「え?」

 不意に背後から声がかかって、手が伸びる。揚げて間もない唐揚げを一つ摘まむと、ユーリスさんはパクリと食べてしまった。熱くないだろうか。

「美味しい」
「本当ですか?」

 なんだか安心して笑みがこぼれる。こんな家庭料理で喜んでもらえるなら、いくらでも作ろう。

「こっちは芋か?」

 そう言いながら煮っ転がしも一つ。実に美味しそうに食べてくれる。ただ困ったのは、つまみ食いが本気食いになりそうな雰囲気があることだ。

「ダメですよ、これは今後の食事なんですから」
「あぁ、そうだったな。だが、本当に美味しい。マコト、もしも王都でいい就職先が無かったら、俺の料理番をやらないか?」
「俺が、料理番?」

 示された就職先はなんだか誘惑が多い。俺は別に贅沢が好きなわけじゃないし、食べて行ければいい。慣れない場所で慣れない仕事をするよりは、親切なこの人の側で仕事をする方がいいかもしれない。
 だがそれではおんぶに抱っこ。この人の善意にどこまで甘えるつもりだよ。男たる者ちゃんと自立して生計立てられるようにならないと、いざこの人がいなくなったら路頭に迷う。

「あの、候補に入れとく程度で」
「遠慮しなくていいんだぞ。A級の冒険者ともなると、体調管理も必要ではあるし、ほとんどが旅暮らしだ。食事に多少気を使ってもいいんだが、俺はからっきしでな。見かねた贔屓の宿屋や食堂の人が料理を作って俺に持たせるほどだから」

 自嘲気味にユーリスさんは笑うが、俺は半笑いだ。体が資本のお仕事なのに、管理は適当ってダメじゃんか。

「あの、俺がついて行ける間は料理します」
「あぁ、助かるよ」

 そう言って俺の頭をくしゃくしゃと撫でていく。うーん、身長差的に撫でやすいのかな。
 何にしても俺はその後も数種類のおかずと、おにぎり、サンドイッチなんかを作って粗熱を取り、携帯容器に入れてどんどんウエストポーチの中に放り込んだ。宿が忙しくなる夕方前に全てを終えられてほっとしている。

 その夜も宿でご飯を頂いていると、マスターさんがニコニコしながら俺にお酒のグラスをご馳走してくれた。俺が作った料理を少し味見したいと言われて応じたんだけど、気に入ってくれてレシピを書いた。そのお礼らしい。

「これでユーリスさんも食事の心配いらないね。いや、ほっとするよ」
「あぁ、俺も嬉しいかぎりだ。優秀な料理番ができて頼もしい」
「そんな、俺はそんなに。料理だって、家庭料理ばかりだし」

 昔婆ちゃんが教えてくれた料理の数々。好きだって言ったものは全部教えてくれたし、レシピも残してくれた。俺の数少ない宝物だ。

「マコトはどこでこの料理を覚えたんだ?」
「婆ちゃんが教えてくれたんです。小さい頃から手伝ってて、それで興味もって」
「マコトの、お婆さん?」

 ユーリスさんが少し怪訝な顔をする。もしかしてこっちの世界って、祖父母と一緒に暮らす事ってないのかな。

「マコトは両親と死別でもしたのか?」
「え? いや、健在だとは思うんだけど。俺の両親は俺が小さい頃に離婚して、俺は親父に引き取られたんだけど仕事人間で。結局育児放棄状態になって、親父の祖父母に育てられたんだ。優しくていい人達だったよ」

 俺にとってはもうどうでもいい話で、疎遠なんて当たり前すぎる。むしろ今更干渉されるほうが嫌かもしれない。それに、祖父母はとってもいい人だったんだから。
 でもユーリスさんの目は気遣わしげに細くなる。マスターさんもそんな感じ。湿っぽいのは苦手だから、俺は思いきり笑った。

「気にしないでよ。最初からこうだと、両親との縁とか本当に感じないし。それに、俺の家族は祖父母だよ。料理も裁縫も洗濯も掃除も、婆ちゃんが教えてくれた。爺ちゃんは仕事してたから、俺を養ってくれて上の学校まで出してくれて、しかもちゃんと貯金もしてくれた。もう死んじゃったけど。でも、俺は本当に幸せだったよ」

 ユーリスさんの手が伸びて、よしよしと頭を撫でられる。俺はなんだか少しだけ、寂しいような気持ちがわいた。

「マコトは強いな」
「強い?」
「いや、いい。マコトの料理が美味しい理由は、よく分かったな」
「?」
「幸せな思い出と味がするから、美味しいんだろ」

 ちょっと恥ずかしい事をとてもすんなりと言ったユーリスさんに、俺の方が赤くなる。そんな風に言われるととっても恥ずかしい。てか、顔がまともに見られない。
 思わず俯いてしまうと、マスターさんは笑ってもう一杯、俺にお酒を奢ってくれた。
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