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12章:ルシオ・フェルナンデス消失事件

8話:ルシオの思い

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 ファウストの許可を得て密かにアネットの所を訪ねたランバートだったが、そこにはルシオはいなかった。その代わり、「頼まれただけよ」と言った彼女から封筒を受け取った。
 封筒の中に書かれた場所は、古い墓地だった。西地区の奥、古い貴族達が眠るそこはうち捨てられたように草が生えている。時代遅れの霊廟が多く立ち並ぶここに近づく人は今は少ない。ここに眠る家の多くは、五年前の謀反に加担したとして家がなくなっている。
 ランバートはその中でも目を引く霊廟の前に立った。円形の霊廟は白を基調とし、柱や壁に精緻なレリーフが施されている。その扉の前に、待ち人はいた。

「やぁ、本当に一人できてくれたんだね」
「指定したのはそちらだと思いますが」
「それでも、クラウルなりファウストなりがついてくると思っていたよ」

 「まぁ、その場合にはたどり着けないけれどね」なんて言いながら、ルシオ・フェルナンデスは穏やかに笑った。

「用件を先に聞きましょう」
「性急だね。もう少し話したいと思っていたのだけれど」
「伝わらなければ困る事を先にしてください。人に見られる事は俺も避けたいので」

 遊ぶような薄い笑みを浮かべるルシオに苛立つようなランバートは、一定の距離を保つ。彼を危険視したわけではない。誰かに見られた時、親密ではなく対峙に見える距離だ。
 長い銀の髪を靡かせ、薄い笑みを絶やさないルシオの緑色の瞳が真剣な光を帯びる。この瞳を見ると、人が彼を希代の政治家と言うのが分かる気がした。

「大聖堂は危険だ。この理由は既に分かっているだろうけれど、一応ね。教会の内部に協力者がいる。五年前のカール暗殺に失敗した家の者が庇護を求めて教会に入っている。そういう者が、協力者だ」
「火薬は既に大聖堂の中にあるのですね」

 問うと、ルシオは静かに頷いた。

「それともう一つ。レンゼール・ブラハムが王都付近をうろついている。何か企んでいると思うから、気をつけてほしい」
「分かりました」

 それだけ伝えたルシオは、霊廟に背を預けた。どこか寂しげで、諦めたような疲れた表情だった。

「後悔するくらいなら、こんなことをしなければよかったじゃないですか」

 思わず口をついた言葉に、ルシオは片眉を上げて笑う。疲れている事を隠さない表情で。

「君は案外辛辣だな」
「違わないだろ?」
「まぁ、ね。後悔か……あの時はしないと思っていたんだよ。側にいられなくても助けられる。それに賭けていたんだ」

 柔らかな笑みはどこか似ている。カーライルに、クラウルに。人を思う憂いのある笑みだった。

「五年、長かったな。本当に、落ちれば落ちるものだ。私はね、これでも自分を褒めているんだよ。カールの治世を助けられたと。例え忌みとなり、嫌われる者となっても。私の姿は人を守る法の中にひっそりとあれる。それでいいんだ。いいと、思っていたんだ」

 泣き顔にも似た歪んだ笑み。そうする事で己を保っている。そう、ランバートには見えた。そして同時に、ランバートが思っていたルシオのイメージは正しかったのだと知った。

「諦めるのですか?」
「嫌いな言葉だけど、仕方がないよ。二人が私を裁く事だけはさせたくない。でも、もう疲れた。国は私がいなくても人を大切に回っていく。完璧ではないけれど、私がどうにか出来る事はもうない。ここからは騎士団の役割だ。私にできるのは、目障りなレンゼールを道連れにする事だけだ」
「道連れ?」

 違和感のある言葉だ。ルシオは武に訴えない。そんな人が、武闘派のレンゼールをどうにか出来るなんて思えないのだが。

「まぁ、気にしないで。私は場所を変えながらユーミル祭の終わりまではいる。これが終わったら、もう姿を現さない。ルシオ派は解散させてきた」
「死ぬつもりですか?」
「どうだろう」

 本気か冗談かも分からないような表情だが、ランバートには肯定に見える。「疲れた」そう言った彼の表情がそう物語っている。心がもう力をなくしているのだろう。友を遠くに思い、我が身を呪い、後悔を重ねて生きるのは大変だ。

「さぁ、行くよ。ランバート、君も気をつけるんだよ」
「何がですか」
「私と似た顔をする。辛いよ、心と現状があまりに遠いと。夢が呪いになっていくんだ。輝かしいほど、憎らしくなる。私は今、地獄の闇に飲まれ頭だけを出して、輝かしい天の光を見つめ続けている。懐かしい光を見続けている。そんな生き方をしてはいけないよ」
「しません」
「そう、願うよ」

 それだけを言って、ルシオは背を向けて歩き出していく。消えていく背を見ながら、ランバートは苦しくなった。
 彼のようになった可能性はある。殺人鬼の影を胸に秘め、露見した時に絶望した。あの時、悪魔は側にいて腕を引いていた。ランバートにはルシオほどの強い使命と願いはない。簡単に楽になる方法を即座にとった。
 あの時、ファウストがいてくれなかったら。受け入れて、引き留めてくれなかったら。庇ってくれなかったら。他の団長達が飲み込んでくれなかったら。心は冷たく死は甘くランバートを誘い続けただろう。
 ランバートの瞳に、強い光が宿る。強く暗い光だ。
 このままではいけない。ルシオも、カーライルも、クラウルもこのままでは壊れていく。誰か一人でも壊れてしまえば深く傷を残す。それをしたくない。
 踵を返すランバートの頭の中では、何をすればいいかが分かっている。ルシオを生きたままカーライルとクラウルの隣に戻す方法。離れていたけれど、使える力はまだある。嫌いだとか言っている余裕はない。
 そのまま、ランバートの足は生家ヒッテルスバッハの屋敷へと向かっていた。
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