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2章:ロッカーナ演習事件
18話:君に誓う
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休日、まだ朝日が弱い早朝に、ランバートは馬で外出した。その足が向かったのは、ロッカーナだった。
誰もいない墓地へと辿り着いたランバートは、探すように墓碑銘を見ながら進み、程なく目的の墓を見つけた。
そこにはロディの名が刻まれている。そこに花を手向け、ランバートは膝をついて瞳を閉じ、祈った。
全てが終わったタイミングで、彼には報告しなければいけないような気がしていた。死者なのだから全てを見ていたかもしれない。が、だからと言ってこの事件に関わった者としての義務は果たすべきだと考えたのだ。
軍におけるロディの死は、自殺から他殺へと変更された。自殺は不名誉な事であり、教会でも最も愚かな事とされ、地獄行と言われる行為だからだ。これは、エドワードの強い願いでもあった。
この一件は騎士団でも重く受け止められ、早々に対策がされた。地方の砦に侍医として、医療府の者が派遣されることになった。軍医兼カウンセラーとしてだ。どの砦でも医務室という密室は悩みを打ち明けやすい。また、隊員の異変に真っ先に気づくのは医者だというエリオットからの提案だった。
もしも疑わしい事例があれば直ぐに王都、及び砦を預かる責任者へと報告がされ、個別面談や内監が入る仕組みだ。
勿論これで全ての問題が解決するわけではない。それでも一歩、踏み出した。
一通り、事の顛末を心の中で報告し終えた。垂れた頭を上げようとしたその時、不意に顔の横から人の気配が伸びてくる。驚いて剣の柄に手をかけた。だが、その手は相手に静かに押さえられた。
「ファウスト様!」
「墓地で剣を抜くな、ばか者」
背後から伸びた手が、同じくロディの墓に花を手向ける。そして、まだ驚きの覚めないランバートの隣に膝を折り、同じく祈る。その顔は真剣で、厳しいものだった。
「何を祈ったのですか?」
顔を上げたファウストに問う。ファウストは厳しい顔を崩さないまま、口を開いた。
「謝罪と、誓いだ」
「誓い?」
「もう二度と、こんな事件は起こさせない。その為に力を尽くすと」
生真面目に言うファウストの苦しみを、ランバートは知っていた。
今回の一件は他の兵府からかなり厳しく責められた。報告を遅らせたこと、独断で動いたこと、意見を仰がなかったこと。それにも関わらず、関係者の全面的な擁護に回ったのだから余計にだ。
そうは言っても、みなファウストとは仲がよく、その人となりを知っている。責任者としての罰は受けたが、感情的なものは穏やかだったそうだ。
ファウストの処分は始末書、必ず相談するようにという誓約書、半年の減俸、一週間の謹慎。そして嫌がらせのように一週間のトイレ掃除だ。
この人にトイレ掃除をさせるのかと驚いたが、本人は「懐かしいな」と言って嫌な顔はしない。現在これは実行されている。
だが、こんな事よりも精神的な苦しみがあっただろう。王都に戻ってきても、思い悩む姿を何度か見た。そして今も、それは変わっていない。
「そんなに背負い込むものではありませんよ。貴方一人の微力など、大した力ではありませんから」
呆れたような物言いをすると、ファウストの瞳が苛立たしげに歪む。だがそれでも、ランバートは表情を変えない。おどけて見せるような、悪びれない表情だ。
「これはきっかけです。この事件を広く知らせることで、個人が何を感じるか。その思いが、組織という大きなものを動かすのです。貴方一人が頑張っても、それは所詮その場限り。伝え続ける事こそが大事です。力んだってダメだし、すぐに成果の出る問題でもありませんから」
「ランバート……」
柔らかく笑い、ランバートは立ち上がってファウストに手を差し伸べる。しばらくその手を見ていたファウストも、やがて手を取った。
空は明けて、暖かな秋の日差しを届けてくれる。陰鬱に見えた墓地にも、明るい光が差し込んでくる。
ランバートは大きく伸びをして、子供のような顔でファウストを見た。
「せっかくなんで、少し遠回りをして帰りませんか? 気分転換に」
「あぁ、いいな」
鈍色だった空は青く澄み、歩む先は陽の光が照らす明日へと通じていた。
誰もいない墓地へと辿り着いたランバートは、探すように墓碑銘を見ながら進み、程なく目的の墓を見つけた。
そこにはロディの名が刻まれている。そこに花を手向け、ランバートは膝をついて瞳を閉じ、祈った。
全てが終わったタイミングで、彼には報告しなければいけないような気がしていた。死者なのだから全てを見ていたかもしれない。が、だからと言ってこの事件に関わった者としての義務は果たすべきだと考えたのだ。
軍におけるロディの死は、自殺から他殺へと変更された。自殺は不名誉な事であり、教会でも最も愚かな事とされ、地獄行と言われる行為だからだ。これは、エドワードの強い願いでもあった。
この一件は騎士団でも重く受け止められ、早々に対策がされた。地方の砦に侍医として、医療府の者が派遣されることになった。軍医兼カウンセラーとしてだ。どの砦でも医務室という密室は悩みを打ち明けやすい。また、隊員の異変に真っ先に気づくのは医者だというエリオットからの提案だった。
もしも疑わしい事例があれば直ぐに王都、及び砦を預かる責任者へと報告がされ、個別面談や内監が入る仕組みだ。
勿論これで全ての問題が解決するわけではない。それでも一歩、踏み出した。
一通り、事の顛末を心の中で報告し終えた。垂れた頭を上げようとしたその時、不意に顔の横から人の気配が伸びてくる。驚いて剣の柄に手をかけた。だが、その手は相手に静かに押さえられた。
「ファウスト様!」
「墓地で剣を抜くな、ばか者」
背後から伸びた手が、同じくロディの墓に花を手向ける。そして、まだ驚きの覚めないランバートの隣に膝を折り、同じく祈る。その顔は真剣で、厳しいものだった。
「何を祈ったのですか?」
顔を上げたファウストに問う。ファウストは厳しい顔を崩さないまま、口を開いた。
「謝罪と、誓いだ」
「誓い?」
「もう二度と、こんな事件は起こさせない。その為に力を尽くすと」
生真面目に言うファウストの苦しみを、ランバートは知っていた。
今回の一件は他の兵府からかなり厳しく責められた。報告を遅らせたこと、独断で動いたこと、意見を仰がなかったこと。それにも関わらず、関係者の全面的な擁護に回ったのだから余計にだ。
そうは言っても、みなファウストとは仲がよく、その人となりを知っている。責任者としての罰は受けたが、感情的なものは穏やかだったそうだ。
ファウストの処分は始末書、必ず相談するようにという誓約書、半年の減俸、一週間の謹慎。そして嫌がらせのように一週間のトイレ掃除だ。
この人にトイレ掃除をさせるのかと驚いたが、本人は「懐かしいな」と言って嫌な顔はしない。現在これは実行されている。
だが、こんな事よりも精神的な苦しみがあっただろう。王都に戻ってきても、思い悩む姿を何度か見た。そして今も、それは変わっていない。
「そんなに背負い込むものではありませんよ。貴方一人の微力など、大した力ではありませんから」
呆れたような物言いをすると、ファウストの瞳が苛立たしげに歪む。だがそれでも、ランバートは表情を変えない。おどけて見せるような、悪びれない表情だ。
「これはきっかけです。この事件を広く知らせることで、個人が何を感じるか。その思いが、組織という大きなものを動かすのです。貴方一人が頑張っても、それは所詮その場限り。伝え続ける事こそが大事です。力んだってダメだし、すぐに成果の出る問題でもありませんから」
「ランバート……」
柔らかく笑い、ランバートは立ち上がってファウストに手を差し伸べる。しばらくその手を見ていたファウストも、やがて手を取った。
空は明けて、暖かな秋の日差しを届けてくれる。陰鬱に見えた墓地にも、明るい光が差し込んでくる。
ランバートは大きく伸びをして、子供のような顔でファウストを見た。
「せっかくなんで、少し遠回りをして帰りませんか? 気分転換に」
「あぁ、いいな」
鈍色だった空は青く澄み、歩む先は陽の光が照らす明日へと通じていた。
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