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1章:騎兵府襲撃事件

6話:旧友

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 城ではここ数日、団長会議が毎日のように行われている。議題はランバートの報告に関するものだ。潜入成功の報告から始まり、内部の様子、見取り図、スタッフの印象。そして重要な敵に関する情報。

「敵は三人。おそらく偽名だが、名前も分かった。外見的な特徴も細かく書いてある。まったく、あいつは何をやらせてもそつなくこなす」
「暗府も欲しくなったかえ?」
「まさか。あんなに目立つのでは俺の所では使えない。顔を覚えられるからな。だが、あえて隠さないのがいいのだろう。様子を見てみたが、リフという人間になりきっていた」

 クラウルの感心したような言葉にシウスは満足そうに頷く。ただ一人ファウストだけが、複雑な顔をしていた。

「ファウスト?」

 様子の違いに気づいたクラウルが、気遣わしげに声をかけてくる。腕を組んで考え込んでいたファウストは顔を上げ、苦笑を浮かべた。

「どうした?」
「いや。あいつは本当に、なぜ騎兵府を選んだのかと思ってな。楽しそうだからとは言っていたが」
「選んだ本人にしか分からない理由があるのだろう」

 クラウルの言葉以上のものは出てこない。結局この問いは、ファウストの中で飲みこむことになる。だが、心はスッキリとはしなかった。


◆◇◆

  ランバートは早めの食事を終えると、こっそりと仮住まいを出た。そうして向かったのは、馴染みにしていた酒場だった。
 いくつかある四人掛けのテーブルセットには、既に柄の悪い男の集団が座っている。カウンターの奥では、やはり柄の悪い男が酒を振る舞っている。

「ジン!」

 声をかけると、カウンターの中にいたスキンヘッドの筋肉男が顔を上げ、ランバートを見ると明らかに嬉しそうな様子を見せた。

「リフじゃないか!」

 その名を聞いた店内の客もザワザワと動く。そして数人の常連が親しげに、ランバートに近づいて肩をドンと叩く。

「何だお前さん、最近顔を見せないと思ったら突然じゃねーか!」
「悪いって、ちょっと来れない理由があってさ。元気してたか?」

 悪い友人との会話を楽しむように、ランバートは慣れた様子で男達に招かれる。ジンと呼ばれたスキンヘッドの店主も分かっているように、冷えたエールのジョッキを差し出した。

「噂じゃお前、騎士団にいるらしいじゃないか。らしくないって笑ってたが、今回も続かなかったのか?」

 声を潜めて聞かれた事に、ランバートは苦笑を漏らした。
 彼らはランバートの正体を知っている。だが、彼らの流儀に従っているうちに誰もランバートを貴族のお坊ちゃん扱いしなくなった。そして、秘密の名前をランバートにつけた。それが『リフ』なのだ。

「辞めてないよ、失礼な奴だな。今回は気に入ってるんだ。悪いけど、今は仕事中だよ」
「もしかして、ここいらで起こってる襲撃事件か?」

 一人が声を潜めて言うのに、ランバートは困った笑みを浮かべる。彼らにはこれで十分伝わった。

「噂じゃ、ルシオ派が動いてるらしいな。奴ら、腐ってる街のごろつきまで取り込んでるらしい」

 定職につかず貧乏を嘆き、それを国のせいにしている若い奴らは多い。だが実際はそうではなく、奴らの素行の悪さが原因だ。

「国の政策に難癖をつけて、奴らを煽ってるらしい」
「そこんとこ、もう少し聞きたいんだけどさ。何か知らないか?」

 ランバートの問いかけに、彼らは顔を見合わせて黙る。彼らも知っているのはここまでらしい。ただ、街のごろつきが多く集まる場所や、過去勧誘していた場所は知っているらしく教えてくれた。明日の報告は実りのあるものになるだろう。

「それで、リフ。お前が仕事中にわざわざ来る理由は、情報だけじゃないだろ?」

 ジンの鋭い言葉に、ランバートは口の端を上げる。そして不敵な笑みを浮かべた。

「ちょっとね。奥、空いてる?」

 それだけで知っている者には意味が通じる。ジンは肩を竦めてみせた。

「なんだ、手持ち無沙汰か?」
「俺は今一般人だからな。物騒なものは持てないんだ」
「やれやれ、お前は本当に怖いな。どれ、こっちだ」

 先に立って歩いて行くジンに続いて、ランバートはエールを飲み干してついていく。悪友たちはその後を追わない。そうして二人は店の奥へと消えていった。

 この酒場の奥には、いくつもの扉がある。目的があって作られた店だ。その扉の一つに、ジンはランバートを案内し、明かりをつけた。
 壁に掛かっているのは剣や槍。他に見た事のない奇妙な形の武器もある。ここはモグリの武器屋でもあるのだ。

「騎士団の人間をここに案内する日がくるとはな」

 違法であることを知っているジンがぼやくが、そこはランバートを信頼しているのだろう。勿論ランバートも口外する気はない。だからこそこっそりと出てきた。
 ランバートに監視などはついていないが、私服姿で街に溶け込む暗府の人間や、その協力者はいる。あの八百屋の主人もその一人だ。それらの目を盗んでここまできた。

「悪いな。ただ俺も、いざという時の武器くらいは持っておかないとさ。剣は持てないし」
「携帯できる小型の武器となると、暗殺系ばかりになるが」

 そう言って出してきたのは、投げナイフや仕込みのブレード。だがこれはコートや上着が無いと隠せない。迎賓館の制服に、こんなものを仕込む場所はない。毒もあるが、突発的な事態には適さないだろう。
 そうした中に、目を引く物があった。見た目はただのトランプだが、材質は少し硬く、側面にエッジがある。それを手に取ると、ランバートは誰もいない壁に向かって一枚投げた。手裏剣のように飛んだカードはそのまま壁に突き刺さる。

「殺傷能力はないぞ」
「相手の気を引いたり、威嚇が出来れば十分だ。俺も殺すつもりはない」

 ランバートは投げたカードを引き抜くと、それをセットにして懐にしまう。肝心なのは殺傷能力ではなく、いかに日常的なものに擬態させられるかだ。普段持っていても怪しまれない物でなければならない。明らかな武器は禁物だ。

「なんだ、そういうものを御所望か。それならいいのがあるぞ」

 そう言うと、ジンはなにやらゴソゴソと棚の中をあさる。そうしていくつかの箱を出してきて、それをランバートに見せた。

「靴?」

 入っていたのは一般的な靴だ。紳士物の革靴はそれなりに仕立てがいい。だがジンは首を横に振り、一足を履いてからランバートを近くに呼んだ。

「まずは踵を一つ鳴らす。んでもって、つま先を強く蹴ると」

 言う通りの動作をするジン。それを食い入るように見ていたランバートの目の前で、銀色に光るものが飛び出した。

「仕込みか」

 踵部分から伸びる銀色の刃物はナイフほどの長さがある。両刃で、使い勝手は悪くなさそうだ。何よりも隠すのにちょうどいい。

「お前、たしか足癖悪かったよな」
「華麗な足技と言え。けど、これは使えるな。デザインは他にもあるのか?」

 ずらりと出された靴は、色合いもデザインもそれなりに豊富だ。ランバートはその中から仕事先で使う靴に一番似ている物を選んで履く。サイズも丁度いい。

「金額書いてくれ。全部終わったらこっそり支払う」
「んなこと気にすんな、俺とお前の仲だ。それよりも気をつけろよ。奴らは得体が知れない。気味が悪いからな」

 その意見には同意する。ランバートもなかなか相手を掴みきれていない。トカゲの尻尾ばかりが見つかって、本体は未だ闇の中だ。

「有難う」
「またこい」

 礼を言ったランバートをジンが送る。そうしてランバートもまた、着々と準備を整えつつあった。
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