【拾話怪異譚】盲目の語り部

凪瀬夜霧

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余談:ヨリのみぞ知る真実

ヨリのみぞ知る真実

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 田中と別れ布団へと入ったヨリは、だが眠れないまま寝返りを打つ。そうして思うのは、田中にも伝えていないあの魔物の真実だった。

 あの魔物……与助の記憶が断片的だったというのは嘘だ。与助は全てを託すようにヨリへと伝えてきた。ただその思いが……知ってくれという与助の思いが強すぎて容量を超え、気を失ってしまったのだ。

 与助が妻と死に別れ、慣れた土地を追われた所まではその通りだ。だがそこから僅かな間を、ヨリは田中には伝えなかった。

 町を追われ、行く当てのない与助を助けたのは与助が入信した異国の宗教の伝道師……宣教師と彼らは言うが、その人物と共にいた男女。
 男の方は黒く短い髪に色が白く、金の瞳をした異人っぽい男。丈の長い黒い服を着て、年齢はよく分からない。壮年くらいにも見えるし、もっと若いような気もする。
 女の方は黒と紫を程よく混ぜたような長い髪に、目元を薄い布で覆った線の細い女で、やけに肌を晒す目立つ格好をしている。何より目立つのは、その手に持っている物だった。一応布をかけてはいるが、華奢な女には似合わない大きな斧を持っている。
 この二人は与助に、「異国の語り部です」と伝えた。

 語り部の男の事を、与助は「森巣《もりす》」。その用心棒を「土竜《どりゅう》」と思い込んでいた。そしてこの二人に連れられて、与助は同じ入信者達が集まる小さな村へと行ったのだ。

 妻を亡くした与助を、村の者達は温かく迎えてくれた。人の温かさに触れ、与助もまた心の傷を癒やすはずであった。
 だが、それは違った。与助が一番に仲良くなった者が、何故か話しかけてこなくなった。何故かそそくさと逃げるのだ。
 それは一人、二人と増えていく。与助は戸惑い、唯一話を聞いてくれる森巣へと泣きつく。森巣はいつも穏やかに与助を迎え、励まし、優しくしてくれる。
 が、この森巣の表情が気に入らなかった。薄く笑うのだ、苦しむ与助を見て。それはまるで彼の不幸な姿に至福を感じているように。

 この村にいられなくなった与助は次の村に。だがそこも一ヶ月程度で同じようになり離れる。なかなか居着くことができずに転々とし、与助は身も心も疲弊していった。そしていつしか、人を信じられなくなった。
 村を出る頃には色んな人が与助を見てコソコソと何か話をして、声をかけると逃げていく。自分が何をしたというのか。分からず、与助は苛立ちを募らせ森巣がくれる酒を飲む。
 徐々に酒に体を蝕まれ、精神は違うものですり減らした与助は、森巣だけに依存していった。
 そうして味方などいない。誰も信じられないと疑心暗鬼がかなり進行した頃、森巣は突然与助に伝えたのだ。

 「私たちは船に乗って違う地へを行かねばなりません」と。
 与助は当然連れて行ってもらえると思っていた。だが、森巣は与助を切り捨てた。
 「村の食料を盗み食いしたり、物を盗んだり、挙句の果てに金品まで盗んだような人を連れてはいけません」という森巣に、覚えがないと与助は訴える。が、それは聞き入れてもらえなかった。
 船が去り、森巣もいなくなり。信じた者が全て消えて絶望した与助。そこに、村で知り合った男が声をかけてきて、全ての犯人は与助だと森巣が言っていたと知らされた。
 何故そんな事を言ったのか。信じていたのに、影で犯罪者に仕立てたのか。
 与助はますます心を病み……やがて、生まれた村へといきついた。

 村の者達は与助を快く迎えた。懐かしいと昔の友が肩を叩いても、もう与助の心には届かない。
 こいつもいつか裏切るのでは。こっちを見ている奴らは皆自分の悪口を言っているのでは。皆自分をあざ笑っているに違いない。
 引きこもってもその妄想は止められない。むしろ悪化し、酒を飲み、体を壊し伏せるようになった。人を恨み、憎み、信じず、絶望したのだ。
 そしてあの日、与助は血を吐いたのを見てとうとう耐えられなくなり、手に妻の残した十字架を巻き、火箸の一本を持って自分の喉を突いたのだ。

 そこからの記憶は断片的だった。魔物に落ちた結果、記憶よりは思いが先走ったのだろう。憎さと絶望、幸せそうな村人への羨望。それらが破壊行動や殺戮へと与助を走らせる。
 だが同時に、たらふく人を食らった後で冷静になる瞬間もあった。知っている人を自分が殺した。醜い自分の姿を見て、与助は更に混乱と絶望に追い詰められて山の中へと逃れた。そして飢えが来るまで森の中に潜んでいたのだが、飢えには勝てず次の村を襲い、そこでキョウに狩られたのだ。

 ヨリは静かに息をつく。この話を完成させる事はできる。だが、この話は語らないと決めている。なぜならどこにも、救いがないから。
 どんな話にも教訓や、救いがある。ヨリが話すときにはだいたい、因果応報というものがある。悪事を働く者、悪い心で他人を貶めた者には必ず報いがあるのだと。
 だが与助の話にはそれもない。悪人は今ものうのうと生き、与助も被害者であり可哀想なのに加害者。そして犠牲になった村人は誰一人悪くない。その場に居合わせたが為に惨く殺されてしまった。

 妻を亡くし、住み慣れた町を追われた時に生まれた村へ戻っていれば、このような結果にはならなかっただろう。今頃心も癒え、勤勉さを取り戻して良い相手がいたかもしれない。
 分かっている、詮無きことだと。もしもの話などに、意味はないのだと。それでも、思うのだ。

 せめてあの語り部と出会っていなければ良かったのだ。奴は語り部の力を使って与助の心を覗き、語り部の声を使って心に届くような言葉で彼に絶望という種を植え付けた。
 与助は彼らをこの国の音に当てはめていたが、ヨリには確かに異人の名として聞こえていた。
 語り部はモーリス。用心棒はドール、と。
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