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3話:盲の語りと異教の凶鬼

魔物の正体

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 寺に到着すると、僧侶はそれは驚いた。見知らぬ少年は連れているし、ヨリは倒れているし、キョウも田中もボロボロだ。
 とりあえず急いで大事な事だけを田中は僧侶に伝えた。魔物はもういないこと。村がもう一つ犠牲になってしまったこと。そしてこの少年はその村の生き残りである事。
 布団をもう一組用意してくれた僧侶がそこに少年を寝かせ、キョウは元々使っている部屋にヨリを寝かせる。そうしてとりあえず腹を満たした後で、田中は僧侶に詳しい話をした。
 勿論、キョウが人ではないということは省いて。
 それで頷いてくれた僧侶は皆を労ってくれて、休むよう言ってくれた。

 が、なかなか眠りは訪れない。疲れているはずなのに目が冴えてしまっている。しばらくは布団でゴロゴロしていたのだがどうにもならず、諦めて廊下に出るとヨリ達の部屋から微かな明かりが漏れている。
 キョウがまだ起きているのかもしれない。そう思い、先ほどの詳しい話を聞こうと足を向ける。そうして声を掛けると、思いがけない人物から応答があった。

 戸を開ける。するとそこには死んだように眠るキョウの側に座すヨリがいた。

「お前、大丈夫なのか?」
「えぇ。ご心配をおかけしました」
「それは、構わないが……」

 部屋へと入り、ヨリの側に座りキョウを見下ろす。そしてそっと、手に触れた。布越しではない彼の手は体温を感じない。思えば彼は触れるとき、布越しだったのだと思い出した。

「……本当に、キョウは死んでいるのか」
「そうですね」

 淡々とした声が肯定する。ヨリの横顔は平時とあまり変わりがないように思え、それが逆に辛そうにも見えた。

「……こいつは、魔物か?」
「さぁ?」
「さぁ? って」
「分からない、と申しましょうか。死んでいますが、魔物のように人を食らわない。普通に食事をします。では幽霊かと言われると、そんな実体のない者でもない」
「どうして、そんな事になった」

 問うと、ヨリはふっと深く息を吐く。しばし間が開いて、ヨリは改めて口を開いた。

「私が語り部として独立して、数年後の話です。運悪く、魔物と出くわしてしまったのです」

 物語を語るような声音だったが、実体験であるからか声が揺れる。その時の事を思い出したのか、ヨリの眉根が寄った。

「キョウはどうにかその魔物を倒しましたが……油断、でしょうね。反撃にあい、致命傷を負ったのです」
「……死んだのか」
「分かりません」
「分からないって!」
「必死でした。死なせたくなくて、必死だったのです。息を引き取った……のでしょうね。キョウが私への未練で取り憑いたのをいいことに、私は語り部の目を依り代とし、それをまだ温かい彼の体に移す事で生前と同じように動けるようにしました。そして私の目はキョウが持つはずの魔物の目をもらい、現を映さなくなった」

 一気に語ってしまったヨリが息をつく。そして白銀の目を開けた。

「この目は人ではない者を映し、その心を見通す。この目は人ではなく魔物や幽霊の物語を私に伝えてくれるのです。どうせ人の道から外れたのならば、私にしか伝えられない者の物語を紡ごう。そう思い、今も旅をしているのです」

 青い月を思わせる瞳。その目は先ほどの魔物とは違い澄み切っている。その強さが余計に、冴え冴えとした月を思わせるのだろう。

「……では、先ほどの魔物に何があったのかも、お前は見えたのか?」

 問うと、ヨリは瞳を閉じて少し考え、曖昧な様子で首を横に振った。

「伝えてくるものが断片的で、しかも一つ一つが強かった。人を恨み、憎み、苦しんだのです。そうして、自ら命を絶ったのです」
「分かるところだけでいい、お前の推測が入っていてもいい。教えてくれないか」

 頼むと、ヨリは困ったように笑った後で頷いた。

「あの男は真面目で、勤勉だったようです。港町に奉公に出て、そこで綺麗な奥さんをもらったんです」
「幸せそうだが」
「えぇ。彼の奥さんは異国の神を信仰していて、その影響で男もそちらに入信しています」

 ヨリは懐から何かを取り出す。粗末な木片を縄で十字に組み、首からかけられるようにしたものだった。

「これは、その異国の神を信仰する時に使う……数珠のようなものですかね」
「それは、キョウが拾ったものか?」
「えぇ。魔物は物に取り憑くことが多いのです。これに、あの魔物は取り憑いていたのです」
「なに!」

 物珍しく間近で見ていた物が途端に禍々しい物に思えて、田中は後ずさる。そんな田中にヨリは笑い、それを懐へとしまった。

「……大丈夫なのか?」
「問題ありません。魔物となった魂自体はもうありません。これは、ただの物です。念のため、こういう物を預けられる知り合いのところに収めますが」
「そうか?」

 大丈夫な物には見えないのだが。

「それで、その男はどうして魔物となったんだ」
「異教の神を祀る者を、その町の貴族は毛嫌いしていた。そして男の奥さんが美しかった」
「……まさか」
「えぇ。貴族は男から無理矢理奥さんを奪い取り、男を痛めつけた。そして奥さんが抵抗すると手を上げて、殺してしまったのです」

 それを、恨みに思っていたのか。愛する者を理不尽に奪われ、更には殺されて。恨む気持ちも、分からないではない。

「しかも貴族は男がわめくのが気に入らず、町から追い出してしまった。男は彷徨い、同じ宗教の者としばらく暮らしていましたが、その者が他へ移る事になって実家のある村へと戻ってきたようです」

 ここで、ヨリは何故か眉根を寄せる。だが、何も言わなかった。

「奥さんを亡くし、村に戻ってもどこか余所余所しいと感じてしまう。村人達はそういうつもりでは無かったのでしょうが、男の心が他人を受け入れなくなり、ありもしない妄想を抱いてドンドン村人を遠ざけ、遠ざけているのは自分なのに他人のせいにしていった。そして、幸せそうな村人皆が憎くなり」
「……自ら命を絶った」

 ヨリは静かに頷いた。
 誰かを恨む事もあるだろう。田中だってそう綺麗な考えなど持っていない。が、これはあまりに酷い結末だ。

「これはあの魔物が私に送ってきた思念を繋げ、私が補完したもの。ですが、おおよそこのような事だと思われます」
「救いようのない、だな」

 ヨリは静かに俯き、それ以上言葉を発しなかった。

◇◆◇

 数日後、田中は祥の都に戻る事になった。その側にはあの時助けた少年がいた。
 少年の名は波田真之介。あの村の長の子だそうだ。
 真之介はこの寺で修行して僧侶となるか、田中について行くかを迫られ、田中について行くことを決めたのだ。

 キョウは腕を切り落とされ、胸を裂かれたのにピンピンしている。話によれば斬られた腕はくっつければ付くのだという。ただ、一ヶ月ほどは外れやすくなるから注意とかで、ヨリが慣れたように針と糸で縫っているのを見て鳥肌が立ったものだ。
 胸の傷はさらしをまいているが、まだ残っている。こちらも数日で勝手に元通りになるそうだ。「魔物擬きの回復力です」とキョウは笑ったが、正直笑える感じがしない。

 田中は帰る為に、そしてキョウとヨリは祥の都を次の目的地と考えて進む。

「お前達、今日の宿は決まっているのか?」

 問うと、二人は当然の様に首を横に振った。

「それなら、俺の屋敷にこないか?」
「田中様の屋敷に、ですか?」

 ヨリが首を傾げるが、田中は笑って頷いた。

「お前の本気の語りを聞いてみたい。屋敷の者にもな。対価に宿と食事を提供しよう」
「そういうことでしたら、私の得意な語りをお聞かせいたしましょう」

 にっこりと笑うヨリに期待し、田中は歩を進める。
 まさかその後、ヨリの得意な怪談で屋敷中が大騒動になるとは梅雨とも知らず。

◇◆◇

 この事件から七年、真之介もよく育ち、ヨリとキョウとも不思議な縁ができた。
 が、あの事件は今でも思い出す。魔物の攻撃を防いだ時、ほんの僅かに爪がかかって血が流れた。その時は気づかないくらいの些細な怪我だというのに、未だに跡が残っている。これを見ると、あの時を思い出すのだ。

「その傷が貴方の身を穢さなかったのは、大元の魔物が既に消えている事。傷が擦り傷にも満たない些細なものであったこと。そしてあの寺の温泉のおかげでしょうね」
「身の穢れを払う効果があるとは、知らなかったよ」
「御坊が真面目に日々のおつとめを果たして下さっているからですね」

 そうらしかった。

「ヨリ、あの魔物は不幸を植え付けられたと言っていたが、誰がそんな事をしたんだ? 何の目的で?」

 田中が問うと、ヨリは困って首を振った。

「それが分からないのです。強いて言うならば、他人の不幸を求めた者が男に絶望を与えたとしか」
「そんな者がいるのか?」

 何の楽しみがあってそんな事をするのか。田中には想像がつかないが。
 ヨリは静かに頷く。そして、胸元を握った。

「あの魔物の映像では、嫌な感じがしました。異国の服を着た男女で、おそらく同じ宗派の者です。男の方が魔物となった男に囁くのです。希望を囁く一方で絶望を囁き、喜びを見いだしたのにそれを踏みにじる。他を信じられないようにして、自分は不幸だと思い込ませ、最後には味方だと思わせていた男女も消える。魔物となった男は希望を見失ったのです」

 もしもヨリの言葉が本当なら、あの魔物はなんて悲しく、なんて哀れだったのだろう。

「田中様も、お気をつけ下さい」
「あぁ。お前もな」
「えぇ」

 お猪口の酒を飲み干し、ヨリは立ち上がる。そして就寝の挨拶をすると消えてしまった。
 残された田中も杯を空け、自室へと戻っていった。


【盲の語りと異教の凶鬼・完】
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