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30章:婚礼祭

1話:羨ましいのは皆同じ?(ルイーズ)

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 西のテロが収まったのが、九月の頭。今は十月の中程となった。
 王都はすっかりカール四世の結婚に湧いて、お祝いモードとなっている。当日は教会から王城までのパレードもある。
 収穫の祝いもあり、大変なお祭り騒ぎが予想された。

「あの、どうでしょうか?」

 純白のドレスに身を包んだデイジーが、はにかんだ笑みを浮かべながらルイーズの前に出てくる。白に純白のレース、刺繍、ビーズを施したそれは芸術のように美しい。後ろは長く尾を引き、顔を覆うヴェールは花々をあしらった花冠で固定している。

「お美しいですよ、デイジー様」
「有り難うございます。なんだか、嬉しいような恥ずかしいような感じです」

 ほんのりと頬を染めるデイジーは、それでも俯く事は少なくなった。


 西の事件は少なからず彼女を悲しませた。慕った叔父が人質に取られ、首謀者の一人は従兄弟だ。
 泣き崩れ、「私は陛下の妃に相応しくありません」と頭を下げて謝ったデイジーを覚えている。華奢な肩が震えているのを、とても苦しく見ていた。

 だがカールは土下座するデイジーの手を取って助け起こし、その手の甲に口づけを落とし、気遣わしく、そして優しく微笑んでいた。

 「君以外を妻とするつもりは、もうないんだ。私を、幸せにしてくれないだろうか」

 優しく囁いたカールの言葉に、デイジーは余計に泣き崩れ、それを受け止め抱きしめるカールは慈悲深い笑みを浮かべていた。


「うわぁ、綺麗だね」
「オスカル様」

 背後から声がかかり、ルイーズは振り返る。そこにはオスカルが単身立っていて、デイジーの花嫁姿を見て嬉しそうにしていた。

「これは国中の女性が嫉妬するなぁ」
「そんな! 馬子にも衣装ですわ」
「そんな事ないよ。本当にに合っているもの」

 機嫌良くニコニコとしているオスカルの左手薬指には、シンプルな指輪が光っている。エリオットの瞳の色に似せた宝石が、控えめだがしっかりと輝いている。


 西の異変を知ったカールの判断は速かった。デイジーとの婚礼を急ぎ整える事を指示したのだ。本来は来年の春を予定していただけに、近衛府もバタバタしていた。
 これは国の不安定化を懸念した事と、西と帝国の関係強化、なによりもデイジーが子の結婚を見送ると言う機会を早々に奪うためだった。

 政略結婚だったはずが、思わぬ事態で七月より逗留することになったデイジーとカールの仲は急速に縮まっていった。これはもう、恋愛結婚と言ってもいい。
 柔らかく穏やかな空気を望むカールにとって、それを体現するようなデイジーは理想だったのだろう。
 そしてデイジーも意外な芯の強さを見せてカールを迎えていた。流石に従兄弟の事を聞いた時は取り乱したが、その後カールの愛情を知って落ち着いてくれた。


 その中で上官オスカルは、忙しく宿舎からも消えたエリオットへの恋慕が余程に募ったらしい。裏に戻れば愚痴が酷く、そのうちに「前線行きたい!」とまで駄々をこね始めた。
 このようなこの人は珍しく、余程に不安と恋慕が募るのだろうと思う事にした。

 そこでルイーズからオスカルに提案したのだ。疲れて帰ってくるエリオットへ、プロポーズと証を送ってはと。正直、この人の低気圧はひっそりと騎兵府を凍り付かせるものだったのだ。仕事にならない。
 これを提案した途端、オスカルはむしろ機嫌が良くなり毎日楽しそうにしていた。おかげでいつも以上に効率よく、全ての準備が整ったのである。

「陛下は幸せだね。こんなに可愛いお嫁さんだもん」
「そんな! 私よりもずっと、美しい方は……」
「あと数年、二十歳くらいになったら見違えるよ。これ、僕のカンね」

 軽くウィンク一つ。だがこの方のカンは女性の事では外した事がない。おそらく、デイジーは今後美しくなるだろう。
 それでなくても愛される事で人は強く美しくなる。それはルイーズ自身も感じている事だ。だから、自信を持って言えた。

 はにかむような笑みを浮かべるデイジーには、既にその片鱗が現れているようにすら思えた。


 その夜、ルイーズは久しぶりに宿舎に戻った。
 近衛府は城の夜間警備も行っている。特にデイジーやカールの身辺警護ともなれば城勤務が多い。
 それでも最近宿舎に帰っていない事を心配したオスカルが、今日は帰るようにと言ってくれたのだ。

 おかげで、彼に会える。西の遠征から戻ってからも近衛府がばたついていて、ゆっくりと時間を取ることが難しかったがようやくだ。

 恋人コナンとのしばしの蜜月が嘘の様に、この二ヶ月すれ違い生活をしている。
 西の遠征にコナンは参加し、大きな怪我もなく自信をつけて戻ってきた。弓兵として役立てた事や、民間人を助けて必死になっていた事が、王都帰還後の彼に変化を与えた。
 幾分逞しくなったコナンの輝くような瞳がとても愛しく、そして狂おしくなる。
 もう少し余裕があれば、すぐにあの体を抱きしめて可愛い唇から愛らしい声を聞く事ができたのだが。

 部屋に戻るとコナンがいる。事前に連絡をしていたから、ソファーに座って待っていてくれた。

 急に、狂おしい愛しさがこみ上げてくる。他の隊員とは違い、副官のルイーズは一人部屋だ。帰ってきても誰かがいることはほぼない。
 今まではそれが普通だった。けれど今は……。

「お帰りなさい、ルイーズ様。お疲れ様……!」

 嬉しそうに立ち上がり、軽い足取りで近づいてくるコナンを待てず、腕を伸ばして強く抱きしめ、驚く彼の顎を取って深く口づけていた。
 腕の中で小柄な体がヒクリと震える。小さな舌を絡め、吸い上げ、喘がせているだけで体中が熱くなる。愛しくて、たまらなくなる。

「ルイーズ様? っ!」
「ふっ……」

 戸惑うように揺れる緑色の瞳に吸い込まれて、息を継ぐような時間さえも惜しくて、何度も何度も口づけた。
 コナンの体から力が抜けて、胸に縋るようになってくる。腰に腕を回し、引き上げて更に。ようやく気持ちが落ち着いた頃には、コナンはすっかり力が抜けて、瞳は濡れて欲情を示していた。

「欲しい、コナン。すまない、こんなに性急にするつもりじゃなかったのだが」

 自分の欲深さに驚くが、それも受け入れた。どうして欲しくて欲しくてたまらない相手を前に禁欲し続けて、良しと言われて我慢できる。それほど出来た人間ではない。

 腕の中で、コナンは真っ赤になっていた。だがすぐに嬉しそうに微笑んで、小さくコクンと頷いてくれた。


 灯りを落としたベッドが軋む。
 甘い声が鼓膜を犯し脳を侵食する。
 クラクラとするような陶酔の中、貪るように彼の柔肌を味わった。

「はぁぁ! ルイーズ様それは……」

 白魚のような体を艶めかしくくねらせ、恥ずかしそうに手の甲で口元を覆いながら、コナンは喘いでいる。
 小さな乳首は既に可憐に色を増して硬く尖り、指でコロコロと転がせばたまらない声で鳴いてくれる。

 ルイーズは彼の昂ぶりを口に含むと深くまで咥え込んだ。音を立てるようにすると興奮が増し、肌の色が増していくのを知っている。だからこそ、口の全てを使い彼を悦ばせた。
 先端が弱いらしく、舌で探るようにすれば腰が跳ねる。吸われれば今にも果ててしまいそうな切迫した声で内股が痙攣する。
 その内股に指を這わせれば、我慢出来ずに足が開いていく。

 ルイーズは奥の窄まりへと指を伸ばした。付き合い始めてから、未だここを使った事はない。だが柔らかく慣らして、何度も何度も受け入れる事を教えてきた。
 指が触れ、押し込めば受け入れてくれる。やんわりと飲み込んだ指を捻りながら奥まで、触れる熱い部分が掠めると、口の中の昂ぶりからトロリと甘露が溢れ出る。

「あぁぁ! やぁぁ」

 我慢できない声、握られるシーツ。直接的な刺激なんて何もなくても、この艶めかしい姿と声と匂いに興奮している。下肢が熱くなり、脈打つように欲している。

 欲しい……か

 指を二本に増やし、丁寧に寛げて貫き、探り、落とし込んでいく。虚ろになるコナンの瞳が、快楽の深さを教えてくれる。
 更に三本目を飲み込んだコナンの声は悲鳴すらも甘くなっていく。緩んだ口元から溢れる唾液を舐め、キスをして、そのタイミングでルイーズは中の指を激しく抽挿した。

「ふぅ! んぅぅぅぅ! はぁぁん!」

 これに弱いのを知っている。案外激しい事が好きなのだ。
 内襞が絡まり、ローションが中で泡立つような音がする。ルイーズすらも興奮に多少息が荒くなっていく。

「コナン、そろそろ怖くはなくなったか?」

 耳元で囁いた。既に理解するだけの理性が残っているのかは、疑問だったが。

「君が欲しい。私を、受け入れてくれないだろうか?」

 問いかける、その唇を奪うようにコナンはキスをする。驚いて目を丸くするその前で、閉じた瞳からポロポロと涙がこぼれていった。

「欲、しい……ルイーズ様が、欲しいです……」

 切なく訴えるような声と表情。これだけで、理性のタガは外れた。

「あぁぁぁぁ!!」

 十分に慣らしても、小柄なコナンのそこは成熟した男の肉杭を受け止めるには狭い。ゆっくりと傷つかぬようにしても不安が残る。ピンと伸びたそこは、少し動くだけでも傷ついて血を流しそうな気がした。

「痛くは、ないか?」

 問う声が震える。予想以上に気持ちがよくて、腰が震える。
 狭く熱く絡みつく内襞が、欲しいと吸い付いて刺激していく。クラクラと目眩がしそうだ。
 それでも自身を叱責し、奥までしっかりと彼を穿った。

「はぁぁぁん!」

 ゴリッと、既に存在を隠せない快楽のツボを抉った途端、中が痙攣する様に締まって思わず呻いた。
 吐き出す事はしていないコナンは、それでも一度擦るだけで震えて泣き、全身を細かく痙攣させている。前からは透明な先走りがタラタラと溢れて止まる事がない。

「苦しいか?」
「あっ、だめぇ、おかしく、なるっ!」
「あぁ、すっかり壊れたようだ。だが、私に落ちてくれ。どんな姿でも、君はこんなにも愛しく愛らしい」
「はぁぁぁ!」

 深く抉り、繋がっていく。ずっとドライで達しているコナンの焦点が定まらなくなっていく。いけないことだ、これに興奮を覚えるのは。愛しい人を大切にと思う反面で、壊し尽くしても欲しいと思う欲深さを感じる。

「コナン、愛している」

 意味のある言葉を言えないかわり、コクンと頷いてくれる。これだけで、満足だ。

 穿つ深みを増し、獣の様に激しく交わって、ルイーズは初めてコナンの中に欲望の全てを吐き出した。胸に落ちた安堵感と、満足感。求めた人をようやく手に入れた、そんな気持ちになる。

 コナンは未だ吐き出せないまま、ピクリピクリと痙攣して弛緩している。泣いた瞳は赤くなり、口元は緩み、呆けたようになっている。

 ルイーズは彼の中から抜け出して、優しく張りつめた前を口に収めた。
 掠れた嬌声を上げてすぐ、跳ね上がるように腰をくねらせながらコナンは濃い白濁を吐き出した。その全てを飲み干していく。それでもまだ足りないと、残滓の全てを吸い上げた。

「すまない、コナン」

 肌に触れる事すらもビクンとするコナンを抱きしめる。小柄な彼は簡単に腕に収まる。

「少し、眠ろう」

 背をあやし、髪を撫で、額にキスをする。だがその頃には腕の中の愛しい人は疲れ果てて眠ってしまい、後には静かな寝息だけとなった。

 目が覚めたのは深夜の事だった。少し興奮が過ぎたかもしれない、自己嫌悪に溜息が出る。
 ふとその頬に、手が触れた。見れば緑色の瞳がしっかりとこちらを見ている。

「すまない、辛かっただろ?」
「いえ、大丈夫です」

 大丈夫ではない。声が掠れている。ルイーズは立ち上がり、水差しから水を注いで手渡した。ゆっくりと飲み込むコナンが笑みを浮かべる。その隣りに座り、ルイーズは困っていた。

 部屋で待っていたコナンを見つけて、喜びを感じた。これが常であれば、どれだけ幸せだろう。帰ってくる事が待ち遠しくてたまらなくなるだろう。そして、日々愛しさがこみ上げてくるのだろう。

 それを思っていて、幸せそうなデイジーを見ていた事もあって、気付くと口を突いていた。

「コナン、結婚しないか?」
「え?」

 とてもスラリと出てしまった言葉に、ルイーズ自身が驚いてしまった。見ればコナンもコップを持ったまま目を丸くしている。
 時期尚早だ、思い続けた時間は長くとも、付き合い始めたのは今年の初夏、今は秋だ。いくら何でも短すぎる。受けてもらえるはずもなく、焦りすぎてもいる。
 こんな事が出てしまったのはきっと、幸せな二人が羨ましく思ったから。コナンを誰にも取られたくはないから。一人で寝る夜の寂しさに、耐えきれなくなってきたから。
 結婚すれば彼はこの部屋に越してくる。常に共にいられる。

「すまない、焦っているな。忘れて……」
「はい、お受けいたします」
「……え?」

 とても静かな、柔らかな声。驚いて見れば、コナンは静かな笑みを浮かべている。白い肌がほんのりと色づき、幸せそうに緑色の瞳を僅かに細めて笑っている。

「あの、コナン? 言った私がこれを言うのは違うと思うが、まだ付き合い始めて三ヶ月程度だ。焦らなくても……」
「でも、思っていた時間は長いように思いますし。それに僕、あの時にもう決めていたんです。ルイーズ様がプロポーズしてくださるなら、いつでもお受けしようと。ただ急で、驚いてしまって」
「あの時?」

 ルイーズは首を傾げる。いったい、いつのタイミングだったのか。
 だがコナンにとっては大きな事で、静かに頷いて真っ直ぐにルイーズを見ていた。

「貴方が僕の退団を止めてくださった時です」
「あぁ……」

 思いだして、胸の奥が苦しくなる。今でもあれは恥ずべく自身の失態であり、二度と繰り返さない汚点だ。

「あの時、ルイーズ様が僕を止めてくれなければ、僕は今頃男娼館で、名も知らない男の慰み者になっていたでしょう」
「そんな事には絶対にさせない!」
「勿論、僕ももうそんな道は選びません。貴方が僕を、愛してくださいましたから」

 しっかりとした瞳がこちらを見ている。清々しく、凜々しく。彼はこんな顔をしていただろうか。こんなにも魅力的な輝きを、持っていたのだ。
 胸が更に締まる、甘く強く。抱きしめて、微笑んだ。

「愛している。これからもずっと、愛すると誓う」
「僕も、貴方を愛しています。あの時僕を救ってくれた貴方を、ずっと」

 見つめ合い、微笑みあい、キスをする。深く、だが疼く様なものではなく、互いの思いを確かめ合うようなものだ。
 満たされていく。愛を確かめた時よりもずっと、深く。

「あっ、婚姻届ってすぐに受理されるのでしたっけ? 僕、何も分からなくて」
「いや、私達の場合は少しかかる。上官のオスカル様とファウスト様の承認と、それとは別に二人ずつ友人代表の署名があってそれからになるんだ。それに、数日後には陛下の婚礼もあるし、指輪なんかも用意をしたい。何よりも君の両親に挨拶を」
「僕の両親への挨拶は必要ありませんよ」

 コナンは苦笑する。その笑みは少し寂しげだが、吹っ切れているようだった。

「僕は口減らしに騎士団に入りました。だから生家とは切れています。今更言って何かを言われるのも嫌なので。ルイーズ様は?」
「私も必要ない。騎士団に入る時、ならば縁は切って行けと言われている。男色の私など、あの人達にとっては不要なものだろう」
「それなら、僕たちと祝って欲しい人だけでいいです」
「そう、だな」

 それもいいだろう。ここに来た時に家など捨てたのだから、今更だ。

「陛下の結婚式が無事に終わったら、ですね」
「指輪を一緒に見てくれるか?」
「勿論です! 憧れます」

 にっこりと笑うコナンの愛らしい唇にもう一度触れたルイーズは、背中を抱いて何度も「有り難う」を言う。コナンの手が背に触れて、撫でてくれる。それがとても幸せで、噛み締めるようにルイーズはずっと抱きしめていた。
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