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27章:リリー平定戦

おまけ1:この手に残るもの

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 夢を見ている感じがした。大嫌いな日常の夢。

『でしゃばるなルース。お前は兄の後ろに控えていればいい』

 何故なんだろう。何故、やりたいと思う事をしてはいけないのだろう。剣が好きだ。戦う事が好きなんだ。

『チェスで俺に勝つなよ、ルース』

 どうして勝ってはいけないのだろう。兄が弱いから勝ってしまう。その度にどうして殴られるのだろう。間違った事をしているのだろうか。

 分からなかった。母の身分が低いから表に出てはいけなくて、勝ってもいけないのだろうか。認めてはもらえないのだろうか。

 好きな事がある。剣を振るう時間は無心になれた。本を読む時間はその本の人物になれた気がした。本の中ではいつも強い勝者で、英雄だった。

 そうか、英雄になればいいんだ。


 十歳の頃、思った夢はとても単純だった。バカみたいな無知な願いだった。
 知ったのは、世界は物語とは違う事。望んでも立場が変わるわけでも、血筋を越えられるわけでもない事。下女の子である自分が家を継ぐことはできず、将来もそう明るくはない。

 自分は威張るばかりの父と無能な兄の下について、ずっと頭を押さえつけられて生きていくのか?

 否、そんな人生になんの意味があるんだ。

 騎士団に入ったのは父の命令もあったが、それ以上に自らの力を示す為。何を踏み台にしても上にいく。誰よりも高い場所にいて、これまで見下してきた全ての者を見下してやる。

 なのに、全てが上手くいかない。
 同期はどれも強かった。
 シウスは作戦の立案、広い視野を持っていた。
 オスカルは周囲に溶け込む事が上手く、仲間のサポートが上手かった。
 クラウルは諜報活動に長けていて、暗殺などの汚れ役を買ってでた。
 エリオットは頼りなく見せて衛生兵として仲間を助ける事に長けた。

 戦場に、黒衣がはためいている。いつも背を見せつける男。圧倒的な武を誇るそいつの背に、何度も庇われた。

 だめだ、ここでも敵わないのか? ここでも惨めなのか? 上に立つ事はできないのか?

 自分が価値のないものに思える。その辺のクズと同じに思える。
 だから、自分よりもクズを使った。弱いなりの価値をつけた。国を守る為に散るのなら、本望だろう。それが騎士団の役目なのだから。

 なのにどうして、皆非難の目を向ける。どうして怒るんだ。命をかけて国を守った、弱い彼らを英雄にしたのに……。


 結局、バカな父の尻拭いだ。結局ファウストには敵わなかった。
 知っている、訓練で互角に戦えたのはあいつが本気を出していないから。こちらは全力なのに、あいつは本当の強さを押し殺したままだ。

 悔しかった。結局価値などないのだと思えてきた。惨めで……


『ルース様』

 聞こえた声は、唯一気を許した相手。十歳の正義感が庇ったただ一つの命。
 同じに見えた。低い身分から抜けられず、散ろうとしているブレアを見て、他人に思えなかった。

 下女の子供が下男をつけるのか?

 兄は似合いだと嘲笑った。でも、良かったのだ。私はこいつを側に置く事で自らを慰めていた。こいつにかける心で、私は自らを許した。こいつがかけてくれる心に、安らぎを感じていた。

『ブレア』
『お迎えに上がりました、ルース様』

 とても穏やかに手を差し伸べるブレアを見上げ、頷いて手を握った。
 向かう先は知っている。罪人が落ちるなら、地獄だろう。

 だが、不思議と恐怖はなかった。
 隣りにある唯一が、この手を離す事はないと思えるから。
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