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26章:宣戦布告

1話:傀儡(キフラス)

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 外出から戻ってきてから、レーティスの姿が見えない。ハクインとリオガンの行方も分からなかった。
 嫌な予感がする。キフラスはすぐにルースの部屋を訪ねた。何かするとしたらこいつしかありえない。

「ルース!」

 睨み付けるように部屋に入れば、ルースは涼しい顔をしている。側にはブレアという腹心の男だ。両方、気にくわない。

「おや、どうしました?」
「とぼけるなっ」

 胡散臭い綺麗すぎる笑みを見て確信した。こいつがやったんだと。

「レーティスをどこにやった」
「おや、私は知りませんが」
「とぼけるな!!」

 チェルルが死んだ。ハクインとリオガンの行方も分からない。このうえ、レーティスまで……。
 なぜこんな事になってしまったんだ。転落がどこからかは分かっている。だが、ここまで落ちて仲間がバラバラになってしまったのはこいつに関わってからだ。

 ルースは溜息をつく。そして、側に立つブレアを見上げた。

「ハクインとリオガンについては、騎士団によって捕まったか死んだという報告があります」
「聞いた。ベルーニの町周辺で騎士団とおぼしき集団が二人の若者を囲ったと」
「その通りです。騎士団が……」
「あいつらはそんな卑怯をしない!」

 腰の剣に手をかけながら一歩前に出る。闘気の中に殺気が混じり、今すぐにでも斬りかかろうという気配がする。
 ブレアも流石に一歩引いた。だがルースだけは座ったまま余裕だった。

「随分騎士団を買っているのですね」
「当然だ。奴等とこれまで何度もぶつかった。バカがつくほど真面目でいっそ清々しいやつらだ。大人数で二人を囲い込み、まして殺すような事はしない!」

 ベルーニ方面から来た人々に尋ね歩いて、話を聞いて、確信した。騎士団はこんな事をしない。西の奴等は確かに帝国を嫌っているが、それでも『卑怯者』とは言わない。今の団長になって策を弄しても決して弱い者を嬲るような事はしなかったのだ。

「仕方がありませんね」
「ルースっ」
「えぇ、私が命じましたよ」

 目の前の男は、どうしてこんなに綺麗に笑うのか。手を組んだ、しかもまだ若い二人をはめて殺しておいて。
 憎しみが溢れる。キルヒアイスに対するものに近い憎しみが体中から滲み出るようだ。

「仕方がないじゃありませんか。貴方の腰が重いから、起爆剤になればと思ったのですよ」
「なんだと!」
「今動かなければ騎士団はこちらへの警戒網を完全に終えてしまいます。裏をかき、こちらから仕掛けるには今からでも遅いくらいです。奴等はベルーニに兵糧や兵を集め始めました。本格的に、私達と戦おうとしているのですよ」
「だからって!」
「貴方が彼らを殺したのですよ」

 こいつは、疫病神か死神か。綺麗過ぎる笑みを浮かべたルースが、チラリと隣のブレアを見る。頷いた男は頷き、隠すように背を向けているソファーへと近づいていく。
 不自然だと思っていた。ソファーの位置が違ったから。

「さて、キフラス。貴方に質問です。私に協力して今すぐ兵を動かすのか。それとも、たった一人残った仲間すら失うのか」
「!」

 ブレアが引き立て、首にナイフを突きつけた相手。虚ろな目、力の入らないらしい様子は知らない。彼はいつも姿勢正しく歩き、誰よりも仲間を思って駆け回っていたのに。

「レーティスに何をした!」
「まぁ、少し。北の薬は本当によく効きますよね」
「なっ!」

 人を傀儡とする北の薬。溺れればそればかりを求め、元の人格は残らないと言う。虚ろな目、虚脱感。薬が切れると途端に倦怠感が強くなり、幻覚や幻聴も起こすと聞いた。

「彼、綺麗なお人形になりそうですよね。いいんですよ? 血の気の多い男達の中に、薬に漬けて放り込んでも。今で十分色気がありますから、きっと」
「止めろ!」

 そんな事、絶対にさせない。幼馴染みで、共に今まで戦ってきたんだ。本当は誰よりも優しく、争う事に心を痛める奴なんだ。そんな……どうしてここまで落ちてきたんだ。

「キフ……ラス」
「レーティスっ」
「だめ、です。お願い、私は……」

 辛そうにしながら、泣きそうに言う彼を見てどうして捨てられる。今はもう、二人だけだ。他の仲間も失われてしまった。主も……生きているのか分からない。

 キフラスはルースを睨み付ける。だが、剣から手を離した。それだけで満足そうに、綺麗な口元に三日月のような笑みを浮かべた。

「賢明な方です」
「これ以上レーティスに薬を使ったら」
「分かっていますよ」

 満足そうな極上の笑みを浮かべ、ルースは早速地図を出す。そして、キフラスへと当然の様に命じた。

「兵糧の道、行軍の道を分断します。今すぐ兵を配備してください。ベルーニから港へと続く道筋と、ベルーニからここ、ジュゼット領リリーまでの道に兵を伏しておいてください。騎士団の行軍を分断しますよ」
「お前はどうする」
「私達はこの屋敷で、客人を招いて見ています。上手く騎士団を叩ければ、貴方達を解放しましょう」

 大軍に大軍をぶつけようというのか。行軍や退路を断つような奇襲はほぼ、生きて帰る事を念頭に置かないものだ。
 それでもこれしかないのなら、やるしかない。例え最後の一人となって討ち取られるのだとしても……もう、いいように思った。

「ダメ……キフラスっ」

 悲鳴の様な弱い声。それに、キフラスは背を向けた。全てを振り払うかのように、心に冷たい鬼を宿して。
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