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19章:幼き記憶のその先に

4話:神子と呼ばれた少年(シウス)

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 ラウルからダンと名乗る男の話を聞き、シウスは腕を組んだ。ほぼ国としての交流のない場所の事で内情が分からなかった。とは言え、知らなかったで済ませるにはあまりに悔しい話だった。

「では、この銀のお守りは死んだとされる王太子と関わりがあるやもしれぬのだな?」
「そう見ています。その方がどのような物を贈ったのかは分からないので、推測ですが」
「うむ」

 確かに推測でしかないが、お守りの正体と言うならすんなりと筋が通る。蓄財を好む現王が下の者にこのような高価な物を渡すとも、一般人が揃いの意匠のお守りをそれぞれ揃えて作ったとも考えがたい。
 だがそうなると解せぬのが、何故彼らが現王に従っているかだ。恩義ある王太子を暗殺したとまで噂のある現王を、新たな主と認め命を削って戦う理由はなんだ。
 裏切ったのか。心変わりをしたか。もしくは、従わねばならない理由があるのか。

「あの、シウス様」
「どうした?」
「その王太子様なんですが、ダンの話では……」

 ラウルは僅かに言い淀む。シウスは首を傾げ、そんなラウルを珍しく見ていた。

「どうした?」
「……その王太子の方は、どうやら白髪だったようです」
「なに!」

 シウスは目を丸くして思わず立ち上がった。
 白髪。ならば王太子はエルの人間である可能性が高い。シウスもそうだが、エルでは片親が外界の人間である事はそう珍しくなかった。そうした者の中にいたのかもしれない。そしてシウスは、その相手を知っているかもしれない。複数顔が浮かぶがどれもが幼い少年のもの。決め手がない。

 そんなシウスを見て少しオロオロしながらも、ラウルは意を決してテーブルの上に銀のお守りと、布でくるんだ木像を出した。
 シウスが静かに布を取って行く。そうして現れた像を見て、動きを止めた。

「これが、エルの居住区から出てきました。お守りと、どことなく面立ちが似ています。目の感じも。ダンは言っていました。ジェームダルではこのようなデザインの女神は見た事がない。特注だって」

 ラウルの言葉を、シウスは肯定する。何故思い出せなかったのか。救いを求め訴える人々に温かく優しい手を差し伸べるこの神の手は、国は違えど同じだ。見守るように優しく慈悲に溢れたこの瞳は、まさにあの人と同じだった。
 知らず、シウスの目から温かな涙が伝った。木像を撫でながら、止めどなく。こんなに焦っているのに、申し訳なく苦しく思うのに、不思議と涙がそうした感情を諫めるように撫でていく。絶対的な許しを与えてくれるようだ。

「シウス様!」

 驚いたラウルが側に来て手を握る。それに視線を向けたシウスは、涙を流しながらも穏やかに笑った。

「アルブレヒト兄じゃ」
「え?」
「ジェームダルの死んだとされる王太子は、アルブレヒト兄じゃ。この木像は、アルブレヒト兄が幼き頃にフェレスに作った物じゃ。一族を率いるようになる者に、神の加護があるようにと」

 その昔、神を降ろし声を聞き、姿を見ていた優しい兄。白髪に、薄い紫の瞳をしたその人をシウスは本物の兄と慕っていた。

「そうか、あの人はジェームダルの人であったか」

 一体、何があったのか。十四年前のエルの悲劇を前に散り散りとなり、今の今までその行方を知ることも出来なかった彼の人に、一体何があったのか。

「確かめねばならぬ」

 本当に慕った人がジェームダルの王太子だったのか。死んだというのは真なのか。恩義ある王太子を殺したと目される現王に、何故彼らは従っているのか。本当に、死んだのか。

◆◇◆

 その夜、シウスは団長達を集めて会議を行った。
 概ねはラウルの報告をメインとして語った。皆、それぞれが難しい顔をしている。特にファウストとクラウルは眉根に皺が寄っている。

「ラン・カレイユの現状については、暗府を忍ばせておく。危険なようならすぐさま帰還するように伝えておこう」
「それにしても、後一年も国が保たないなんてさ。ちょっと信じられないよ」
「そう難しい事ではないわ。沈む可能性が大きくなった泥船に、いつまでもしがみついていられる者はどのくらいいる? できるだけ傷が浅いうちに大きな船に乗り換えたいと思うのが、人の心と言うものぞ」

 薄情だとは思うが。

「それにしても、一年か。その間に国内を纏めねば、宣戦されても対処が後手となる」
「分かっておる。だが、東も北も落ち着いた。正体の知れぬテロリストの暗躍に四苦八苦してはおるが、案外国内はまとまってきておる」

 東のエルは帝国へと帰順した。北のスノーネルもハリーの一件で落ち着き、そこで手に入れた百の兵力は現在騎士団の一員としてやってくれている。今の所衝突などもなく、待遇も一律で偏見もなくやれていると聞く。

「問題は、西だな」
「デイジー嬢の婚姻、早く纏めてしまいたいね。陛下と彼女がめでたく結婚して、彼女が正妃の座につけば西も溜飲が降りる。軽んじられていると言う奴らも少し落ち着く。何より彼女が帝国の下にくれば、大手を振って西の監視と一掃が可能になる」

 だからこそ邪魔があると考え、警戒している。現在彼女の側にはそれとなく暗府の人間がつき、正式に近衛府の人間が寄り添っている。西の領主の側にもこれを面白く思わない者がいるだろうから、警戒しているのだ。

「あーぁ、いっそ大きく動いてくれれば堂々と討伐ができるのに。やれないかな?」
「滅多な事を言うな。西と帝国の戦はまだ数年しか間がない。テロリスト討伐が目的でも、騎士団が大人数で攻め入れば当時の感情を持ち出す者も多い。そうなれば、無用の争いだって起こりかねないんだぞ」
「わかってるよ、ファウスト。それにしてももどかしいって事」
「一度帰順した者を虐げては、従うものも従わなくなる。一度そのような例を見せれば、後に帰順を考える者が尻込みをする。だからといってその地に住まう者を根絶やしとすれば、国家のあり方として歪む」
「帝国は独裁国家だと噂が立てば、他国との関係もギクシャクしてくるからな」

 大国であるが故のもどかしさであり、良き国家である為の難しさがそこにはあるのだ。

「まぁ、そっちはできるだけ早くデイジー嬢との婚姻をって事でいいとして。問題はゲリラ戦をしているジェームダルのテロリスト達だよね。そいつら、やっぱりあの国の命で動いてるの?」

 オスカルが気の無い声で言う。だが瞳だけはギラギラと光っていた。

「分からぬ」
「はぁ? だって、このお守りを贈ったのはあの国の王太子なんでしょ? それなら」
「オスカル、聞いていなかったのか? その王太子はとっくの昔に死んだ事になっている。仮にこれを贈ったのが王太子だったとして、従っていた者が今も国家と繋がって暗躍しているかは証明できていない」
「何より、このお守りを王太子が贈ったと考える事すら推測で確証ではない。国家が国家を疑い訴える時、推測で物を言えば批判は訴えた側にくる」
「そうだけどさ!」

 オスカルはイライラした様子でいる。どうにも事態が出戻りになるために苛ついているのだろう。

「そもそも、何故そいつらは今も現王に従っている。俺なら、主を殺したかもしれない相手を主とは認められない」

 ファウストの鋭い声に、この場にいる全員が頷く。皆それぞれの考えがあるとは言え、その忠義心は疑いようがない。シウスも同じだ。カールに従うのであって、カールを殺して誰かが玉座に着けばその相手には従えないだろう。

 ならば、従わねばならない理由があるのだ。金で買われたか? 忠義など捨て強い方へと靡いたか? それとも。

「結局、王太子とテロリスト達の関係は結びつけられそうだが、テロリストと現王を結びつける物は分からないままだ。ここを結ばなければ正々堂々と乗り込む事ができない」
「……王太子は、エルの人間じゃ」

 脈絡もなく口にしたシウスの言葉に、その場の空気が凍る。視線が一斉に集まってくる。
 シウスは彼らの前に木像とお守りを並べて置いた。オスカルがそれを見て、難しい顔をした。

「同じ人間が型を作ったように見える。これもラウルが?」
「左様。そして私はこれを作った者をよう知っておる。名はアルブレヒト。神を降ろし対話する神子じゃ」
「神を降ろす!」

 まじまじとオスカルが見て、難しい顔をする。その顔にも納得がいく。
 シウスはよりしっかりと、事を説明し始めた。

「彼は私より上で、父が外界の人間であった。だが、名は決して明かさなんだ。問うた事もあるが、いつも『アルの父だよ』と言ってはぐらかされた。子供としてはそれで事足りる故、それ以上を問わなかった事が悔やまれるが」
「まぁ、子供にとってはそれで十分だな」

 ファウストが息をつきシウスを肯定する。他の者も苦笑して頷いた。

「彼の人はエルの中でも唯一、神の声を聞き、届ける声を持ち、姿を見た。時にその身に降ろす事すらあり、エルの中では聖ユーミルの再来と呼ばれるほどであった」
「その人物も、十四年前の悲劇で散り散りとなったのか?」
「いや、アルブレヒト兄は事件の一日前に姿を消した」
「姿を消した?」

 シウスはしっかりと頷く。そして、当時の記憶を辿るように口にした。

「彼の母はその頃には既に亡かった、病気でな。エルに留まっておったのは彼の希望であった。それが悲劇の前日、突然別れを言われ父と共に姿を消した。だが、その時に彼が言った言葉のおかげでエルは全滅を逃れた」
「どういうことだ」
「大人達に警告を発して行った。『森が揺れる。弱い者を早く避難させてくれ』と」

 記憶が鮮やかに戻った今なら、ありありと思い出せる。アルブレヒト兄は森の異変を口にした。神が彼に囁いたのだ。

「おかげで子供や女性は比較的助かったし、教会に助けを求めた私の様な者もおった。不意打ちでもあれだけの数が生き残った背景には、このような事があったのだ」
「不思議な話だね」

 オスカルまでもが目を丸くしている。だが、これは事実なのだ。

「アルブレヒト兄は、未来を語る。年単位ではないが、近々起こる事をな。だが、自らの事は鈍る。自らの運命を知る事はできず、出来たとしてもぼんやりとじゃ」
「生きていると、思っているのか?」

 ファウストを見て、シウスはゆっくりと頷いた。

「恩義ある王太子を辺境の勇士皆が裏切ったとは思えぬ。また、皆を金で雇い入れたとも思えぬ。ならば脅したのだろうが、全員に有効な脅しとなれば」
「王太子は死んだ事になっているが、実は生きている。身の安全と引き換えに従わせている。俺が意に添わないながらも従うなら、それしかない」

 クラウルの言葉に、この場にいる全員が頷いた。酷く複雑な表情で。

「最低だね、ほんと。クズ」
「憶測でしかないが……考えればゾッとする。恩義ある主を、そう簡単には裏切れない」

 オスカルとファウストも酷く憎らしい顔をした。
 しばし沈黙が訪れる。それを破ったのはシウスだった。

「生きているなら、手は打てよう」
「どうする」
「探しだし、救い出す」
「簡単ではないぞ」
「分かっている。だが、これが出来れば戦の形が変わる」

 シウスは自信に満ちた笑みを見せる。それに、残りの三人は顔を見合わせた。

「アルブレヒト兄を手中に収めることができれば、問題の辺境義勇兵団はこちらにつく可能性が高い。元より意に添わぬ相手に使われておると考えれば、元の主に帰順するだろう。そうして得た兵力と、ジェームダルの正当の王族がいれば、国の奪還に帝国がバックにつく形になる。直接表立たずにいられる」

 これは戦の後に響いてくる。バックについた側が勝ち、政権を取り戻せばそことの同盟や今後の関係は円満になる。それは今後、戦の憂いを断つ事に繋がる。しかも相手側の国内も安定するものだ。
 これが帝国が攻めて勝ったとなれば、敗戦国の感情はいいものではない。位置として、間違いなく下に来るからだ。歴史の長い国では特に下につく事を嫌う。こちらが対等と思っていても、あちらの感情は違ってくるのだ。
 これが後々、争いの火種になる。現王族を一掃して併合しようが、国民に根付いた感情までは取り除く事ができないのだ。

「国家間の争いではなく、あくまでジェームダル国内の内紛に帝国が手を貸す形にするのか」
「負けられぬが、それは国家間紛争でも同じ事。ならば正当の王太子に手を貸し、不人気な王を廃するほうがよほどジェームダル国内の感情が安定する」
「……どうする?」
「まず、ラン・カレイユの様子は知りたい。同時に、ジェームダル国内の情報が欲しい。出来ればそれとなく国内に人を置きたい。そして、ダンをいう者と話がしたい」
「例の傭兵か」

 シウスは頷く。それというのも、怪しんでいた。これだけの情報を持つ人物がたかが一般兵であるはずがない。おそらくもっと深い部分を知っている。事情を知らなければ説得する事もできない。
 シウスの中では、すでにジェームダルのテロリスト達も説得したい対象だった。

「王都に来たら、ジンを訪ねると言っていたんだな?」
「実際は分からぬがな」
「それならランバートがいる。ジンの所なら、あいつに情報が集まる。それとなく接触できるだろう」
「よいのか、ファウスト」
「あいつが嫌だと言わなければ、俺に否やはない」

 ファウストが力強く頷く。その隣りではクラウルが複雑な顔をしていた。

「ラン・カレリユについては問題ない。だが、ジェームダルに人を送る事は慎重にならなければならない。商人として入れるしかないが、長く潜伏は難しい。可能な限りはやるが」
「すまない、クラウル」
「じゃ、僕とシウスは国内の調整だね。デイジー嬢の結婚、来年と言わず今年中に頑張ろうか。少し急になるけれど、整える。煩く反対している奴も黙らせておくよ」
「うむ、頼む。私も先方との話を進めておく。先月知り合って、今年中とは行儀がないが説得すれば分かってもらえるだろう」

 全員が頷き、今後の方針は決まった。そうして去った全員の目には、相手の分からぬ不安はもうなかった。
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