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18章:貴方だけが欲しい
4話:疑わしい現場(エリオット)
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事態は全員に伝えられ、バイロンやジェイソンは顔色を悪くし、オーレリアは倒れた。
談話室に全員が集まり、怪我をしたリアムをエリオットが診察、手当をした。
「深い傷ではありません。頭部の怪我は派手に血が出ますが、傷自体は浅いものです」
「すみません」
「大丈夫ですよ。目眩や吐き気はありませんか?」
「大丈夫です」
「普段と違うと感じた時には、直ぐに言って下さい。頭の怪我は油断できませんからね」
ソファーにリアムを慎重に横たわらせると、側にオスカルが腰を下ろした。
「少しだけなら、話できるかな?」
「無理がないくらいなら」
「そう。リアム、詳しい話を聞かせてくれる?」
オスカルの問いに、リアムは静かに頷いた。
「皆様がサロンにいらっしゃる頃、物乞いの男が戸を叩いたので残り物を渡すのに戸を開けました。男が中に入ってきて私はキッチンに立っていたのですが、そこを後ろから襲われて気絶して」
「その男が、シェリーを連れて出ていった?」
「はい。丁度気付いた時、ぼやけてはいましたが大きな陰と、小柄な女性の影が出ていくのが見えたので」
「……」
オスカルは考えている。そして、不意に立ち上がった。
「念のため、もう一度部屋を確かめてくる。皆この部屋から出ないように。鍵をかけておいて」
「兄様、騎士団に連絡した方が」
「もう深夜だし、今から馬を走らせるのは少し危ない。それは明日明るくなってからにしよう」
オスカルにしては冷静に思えた。血相を変えて騎士団に連絡をすると思ったけれど。
「エリオット」
「はい」
「少し、手伝ってくれる?」
オスカルの声にエリオットは立ち上がる。そして、二人でサロンを出て行った。
オスカルが立っていたのは二階のシェリーの部屋だった。
室内はそのまま、荒れ放題になっている。けれどオスカルはとても冷静に室内を観察し、はっきりと断言した。
「偽装してるっぽい」
「え?」
「不自然な部分が多すぎるよ」
オスカルは言って、落ちているオルゴールやらを手にする。それはまったく壊れていない。かたや花瓶などは派手に割れていた。
「おかしいと思わない? 側にあった花瓶は粉々で、オルゴールは無傷なんて」
「そうですね」
「このオルゴールは母さんが誕生日にシェリーに送ったものなんだ。それに、傷ついている衣服とそうじゃない物がある。傷ついてないのはオーレリアや僕が贈ったものだ」
オスカルの言いたい事が伝わってくる。そしてそれは、違う怖さをもっている。
「シェリーさんの事をよく知っている誰かの仕業だと?」
「ついでに、この別宅の事を良く知っている奴ね」
言いつつ、オスカルは階段を降りていく。途中の部屋を点検しながら。
「もしも物取りなら、そこらに無防備に置いてある調度品やキッチンの銀器に目がいかないわけがない。他の部屋だって物色する。なのに他の部屋は荒らさず、調度品も無視して真っ直ぐシェリーの部屋に向かっている。最初から狙いはあの子だった証拠」
「近しい人物で、この屋敷に来たことのある人間の仕業ですね」
「間違いなくね」
階下へと下りたオスカルはキッチンへと向かう。そして、灯りを灯した。
キッチンも荒れている。おそらく大きな音はここで起こったものだろう。床には多くの食器が割れ、銀器が散らばっている。
「派手だね。あの音はここでした音で間違いないね」
サロンからこのキッチンは廊下で真っ直ぐに繋がっている。丁度対角線上だ。音も響いただろう。
「やっぱり、全体的に不自然」
「音、ですか?」
オスカルは静かに頷いた。
「そもそも、この音を出したのは誰なのか。倒れていたリアムは動けない様子だった。それなら連れ去られたシェリーが暴れて壊したのか。暴れるほど嫌なら、どうして叫ばなかったのか」
「確かに、そうなのですよね」
見知らぬ男……いや、知っている男でも夜間に連れ出そうとすれば抵抗するだろう。だが、叫べば流石にわかるはずだ。ピアノの演奏などはあってもあの音が聞こえていたのなら。
考えられるのは一つ。シェリーが自らついていった場合だ。
「エリオット、リアムの傷の検分したよね? どうだった?」
問われ、エリオットは困った顔をした。それというのも不自然な所見があったからだ。
床に散らばる食器類を見る。中には花瓶とおぼしきものもある。生地の厚い壺のようなものも。
「……証言と、残された傷とに合わない部分があります」
「なに?」
「リアムさんの証言では、背中を向けて立っていた所を殴られたと言っていました。傷の形状や傷口に付着していた陶器の欠片からおそらく薄手の花瓶や壺だと思うのですが、人を気絶させようと思う時にそんないかにも壊れやすそうな物で殴りますか?」
「適当に掴んだとか?」
「リアムさんはこの時点でまったく相手に警戒をしていなかった。地面には厚手の壺の破片もありますから、そうした物も表に出ていた。なら、より確実な物を選ぶのが心理だと思います」
襲われて咄嗟に掴んだとか、他に適当な物がなかったという状況ではない。現に床に散らばっている陶片を見ると、表に出ていた物が割れたと考えるのが適当だ。そうなれば、より重い物があったはずだ。
だが犯人が選んだのは軽く薄く華奢そうな物。これで殴るという選択は不自然に思える。まるで、深手を避けたようだ。
「それと、傷の形と位置がおかしいのです」
「なに?」
「普通、人を背後から殴るとすればどのようにしますか?」
オスカルはキョトッとして、手に何かを持って斜め上から振りかぶって殴った。そう、こうなるはずなのだ。
「貴方のしたようになると、傷は後頭部、やや側面側につくんです。けれど彼の傷はそこじゃない」
「じゃあ」
オスカルは今度は真後ろから真っ直ぐに振り下ろす。それもよく見る所見だ。
「その場合、後頭部のやや上側から下への力が加わって、傷口は下側へも大きく残ります」
「リアムの傷は?」
「ほぼ真上から、花瓶の底をぶつけたような形です。縁が当たったと思える形状の傷ではありませんでした」
そう、まるで上から真っ直ぐに落としたかのような脳天へのダメージだった。薄手のものだったので切れたのだろうが、これは大分不自然だ。
「リアムさんは一七〇センチくらいあると思います。しゃがんでいたのなら説明がつきますが、彼は『立って』と証言しています。そうなれば、立った状態の彼の真後ろに立ち、縁ではなく底面を叩き下ろした事になる。一七五センチ……威力を考えると一八〇センチ以上の身長が欲しいですね」
「でも、この足跡の人物はそんなに長身ではないよね?」
オスカルがキッチンの床を指さす。戸口には靴跡がついていた。中に入ったもの、出ていったもの。それらがあるが、どちらもそれほど大柄な者の足跡ではない。もっと小柄だ。
「正直に言って」
「……リアムさんの怪我も偽装している可能性があります。傷はやや前方。丁度、両手で物を持ち、真っ直ぐぶつける感じだと同じような傷がつくと思います」
エリオットは物を持っているふりをして、それを自分の頭上にかかげ、落とすようにする。これでも場合によっては脳しんとうくらいは起こすし、凶器が薄手な理由も説明がつく。誰だって自殺以外で自分を傷つける時、必要以上の怪我などしたくはないものだ。
そうなると、この事件はリアムが一枚噛んでいる。お勝手だけは中から閂で閉じられていて鍵がない。中に居る人間ならば開ける事が可能だ。
あの時一緒にいなかったのはリアムとシェリーだけとなる。リアムが外部から人を呼び込んで彼女を攫ったのか、もしくは……。
オスカルも同じ所に行き着いたのかもしれない。深刻な顔で項垂れていた。
オスカルとエリオットはサロンへと戻ってきた。その頃にはオーレリアも気付いていて、よろよろとオスカルへと歩み寄った。
「兄様、シェリーは?」
その問いかけに、オスカルは深刻そうに首を横に振る。それに、気丈な彼女はポロポロと涙を流した。
「俺……街に行って騎士団を呼んでくる!」
我慢出来ない様子でジェイソンが椅子から飛び降りて駆け出そうとする。だがそれはエリオットが止めた。
「どけよ!」
「できません」
「お前には関係ないだろ!」
「貴方に何かあればオスカルが悲しみます!」
言えば、ジェイソンはピッタリと止まって傍らのオスカルを見上げた。
「悲しまないよ」
「そんな事はありませんよ」
「兄様は俺達よりもあんたが大事なんだ! 俺達に何かあったって、あんたが無事ならそれでいいんだよ!」
「そんな事を言ったのですか?」
ジロリと睨むエリオットに、オスカルはばつの悪い顔をする。そして次には穏やかな表情でジェイソンへと向き直った。
「売り言葉に買い言葉、その場限りの事ですよ」
「兄様はそんな短慮じゃない」
「案外短気で短慮ですよ。思ってもみない事を言う事だってあります」
主にエリオットとカールに関わる事に気が短いのだが、それは言わない事にした。
ジェイソンは年相応の子供の顔をする。張りつめた感じが抜けて、十代相応の幼い顔で思い詰めた顔をする。
「ムカつく」
「え?」
「兄様はこれまで年四回は戻ってきて、その度に俺に剣の稽古を付けてくれたり、一緒に釣りに行ったり、馬に乗って遠くに行ったりしたのに、去年は一回しか帰ってこなかった。なのにあんたの事を書いた手紙は沢山送ってきて……兄様返せぇ」
子供っぽい言葉でなじっていたジェイソンがボロボロと泣いている。気持ちは伝わった気がした。大好きな兄の突然の変わりぶりに困惑し、戻ってきて欲しいのに戻ってこない事に寂しさを感じていたのかもしれない。その原因がエリオットだと。
チラリとオスカルを見れば、ばつの悪い顔だ。エリオットは分かっている。夏の頃に一度実家に帰っただけで、その他の時間はエリオットの側にいた。仕事が忙しかったのは勿論ある。それでも一日や二日帰る事は可能だっただろう。
あながち、ジェイソンの訴えは間違っていないのだ。
「オスカル」
「今年はもう少し戻ってくるよ」
途端、ジェイソンが顔を上げて嬉しそうな顔で笑った。
「それで、本当に騎士団へは?」
「シェリーを連れたままではそう遠くへは行けないし、辺りは真っ暗だしね。明日、明るくなったら行ってくる」
オスカルはチラリとリアムの様子を見た。
リアムが犯人だとすれば逃げなかった事に意味がある。何かしらの狙いがあるなら彼から離れるべきではない。それに、事を急いで大がかりな捜索などをする方が追い込まれてバカな事をするかもしれない。
それが、オスカルとエリオットの判断だった。
談話室に全員が集まり、怪我をしたリアムをエリオットが診察、手当をした。
「深い傷ではありません。頭部の怪我は派手に血が出ますが、傷自体は浅いものです」
「すみません」
「大丈夫ですよ。目眩や吐き気はありませんか?」
「大丈夫です」
「普段と違うと感じた時には、直ぐに言って下さい。頭の怪我は油断できませんからね」
ソファーにリアムを慎重に横たわらせると、側にオスカルが腰を下ろした。
「少しだけなら、話できるかな?」
「無理がないくらいなら」
「そう。リアム、詳しい話を聞かせてくれる?」
オスカルの問いに、リアムは静かに頷いた。
「皆様がサロンにいらっしゃる頃、物乞いの男が戸を叩いたので残り物を渡すのに戸を開けました。男が中に入ってきて私はキッチンに立っていたのですが、そこを後ろから襲われて気絶して」
「その男が、シェリーを連れて出ていった?」
「はい。丁度気付いた時、ぼやけてはいましたが大きな陰と、小柄な女性の影が出ていくのが見えたので」
「……」
オスカルは考えている。そして、不意に立ち上がった。
「念のため、もう一度部屋を確かめてくる。皆この部屋から出ないように。鍵をかけておいて」
「兄様、騎士団に連絡した方が」
「もう深夜だし、今から馬を走らせるのは少し危ない。それは明日明るくなってからにしよう」
オスカルにしては冷静に思えた。血相を変えて騎士団に連絡をすると思ったけれど。
「エリオット」
「はい」
「少し、手伝ってくれる?」
オスカルの声にエリオットは立ち上がる。そして、二人でサロンを出て行った。
オスカルが立っていたのは二階のシェリーの部屋だった。
室内はそのまま、荒れ放題になっている。けれどオスカルはとても冷静に室内を観察し、はっきりと断言した。
「偽装してるっぽい」
「え?」
「不自然な部分が多すぎるよ」
オスカルは言って、落ちているオルゴールやらを手にする。それはまったく壊れていない。かたや花瓶などは派手に割れていた。
「おかしいと思わない? 側にあった花瓶は粉々で、オルゴールは無傷なんて」
「そうですね」
「このオルゴールは母さんが誕生日にシェリーに送ったものなんだ。それに、傷ついている衣服とそうじゃない物がある。傷ついてないのはオーレリアや僕が贈ったものだ」
オスカルの言いたい事が伝わってくる。そしてそれは、違う怖さをもっている。
「シェリーさんの事をよく知っている誰かの仕業だと?」
「ついでに、この別宅の事を良く知っている奴ね」
言いつつ、オスカルは階段を降りていく。途中の部屋を点検しながら。
「もしも物取りなら、そこらに無防備に置いてある調度品やキッチンの銀器に目がいかないわけがない。他の部屋だって物色する。なのに他の部屋は荒らさず、調度品も無視して真っ直ぐシェリーの部屋に向かっている。最初から狙いはあの子だった証拠」
「近しい人物で、この屋敷に来たことのある人間の仕業ですね」
「間違いなくね」
階下へと下りたオスカルはキッチンへと向かう。そして、灯りを灯した。
キッチンも荒れている。おそらく大きな音はここで起こったものだろう。床には多くの食器が割れ、銀器が散らばっている。
「派手だね。あの音はここでした音で間違いないね」
サロンからこのキッチンは廊下で真っ直ぐに繋がっている。丁度対角線上だ。音も響いただろう。
「やっぱり、全体的に不自然」
「音、ですか?」
オスカルは静かに頷いた。
「そもそも、この音を出したのは誰なのか。倒れていたリアムは動けない様子だった。それなら連れ去られたシェリーが暴れて壊したのか。暴れるほど嫌なら、どうして叫ばなかったのか」
「確かに、そうなのですよね」
見知らぬ男……いや、知っている男でも夜間に連れ出そうとすれば抵抗するだろう。だが、叫べば流石にわかるはずだ。ピアノの演奏などはあってもあの音が聞こえていたのなら。
考えられるのは一つ。シェリーが自らついていった場合だ。
「エリオット、リアムの傷の検分したよね? どうだった?」
問われ、エリオットは困った顔をした。それというのも不自然な所見があったからだ。
床に散らばる食器類を見る。中には花瓶とおぼしきものもある。生地の厚い壺のようなものも。
「……証言と、残された傷とに合わない部分があります」
「なに?」
「リアムさんの証言では、背中を向けて立っていた所を殴られたと言っていました。傷の形状や傷口に付着していた陶器の欠片からおそらく薄手の花瓶や壺だと思うのですが、人を気絶させようと思う時にそんないかにも壊れやすそうな物で殴りますか?」
「適当に掴んだとか?」
「リアムさんはこの時点でまったく相手に警戒をしていなかった。地面には厚手の壺の破片もありますから、そうした物も表に出ていた。なら、より確実な物を選ぶのが心理だと思います」
襲われて咄嗟に掴んだとか、他に適当な物がなかったという状況ではない。現に床に散らばっている陶片を見ると、表に出ていた物が割れたと考えるのが適当だ。そうなれば、より重い物があったはずだ。
だが犯人が選んだのは軽く薄く華奢そうな物。これで殴るという選択は不自然に思える。まるで、深手を避けたようだ。
「それと、傷の形と位置がおかしいのです」
「なに?」
「普通、人を背後から殴るとすればどのようにしますか?」
オスカルはキョトッとして、手に何かを持って斜め上から振りかぶって殴った。そう、こうなるはずなのだ。
「貴方のしたようになると、傷は後頭部、やや側面側につくんです。けれど彼の傷はそこじゃない」
「じゃあ」
オスカルは今度は真後ろから真っ直ぐに振り下ろす。それもよく見る所見だ。
「その場合、後頭部のやや上側から下への力が加わって、傷口は下側へも大きく残ります」
「リアムの傷は?」
「ほぼ真上から、花瓶の底をぶつけたような形です。縁が当たったと思える形状の傷ではありませんでした」
そう、まるで上から真っ直ぐに落としたかのような脳天へのダメージだった。薄手のものだったので切れたのだろうが、これは大分不自然だ。
「リアムさんは一七〇センチくらいあると思います。しゃがんでいたのなら説明がつきますが、彼は『立って』と証言しています。そうなれば、立った状態の彼の真後ろに立ち、縁ではなく底面を叩き下ろした事になる。一七五センチ……威力を考えると一八〇センチ以上の身長が欲しいですね」
「でも、この足跡の人物はそんなに長身ではないよね?」
オスカルがキッチンの床を指さす。戸口には靴跡がついていた。中に入ったもの、出ていったもの。それらがあるが、どちらもそれほど大柄な者の足跡ではない。もっと小柄だ。
「正直に言って」
「……リアムさんの怪我も偽装している可能性があります。傷はやや前方。丁度、両手で物を持ち、真っ直ぐぶつける感じだと同じような傷がつくと思います」
エリオットは物を持っているふりをして、それを自分の頭上にかかげ、落とすようにする。これでも場合によっては脳しんとうくらいは起こすし、凶器が薄手な理由も説明がつく。誰だって自殺以外で自分を傷つける時、必要以上の怪我などしたくはないものだ。
そうなると、この事件はリアムが一枚噛んでいる。お勝手だけは中から閂で閉じられていて鍵がない。中に居る人間ならば開ける事が可能だ。
あの時一緒にいなかったのはリアムとシェリーだけとなる。リアムが外部から人を呼び込んで彼女を攫ったのか、もしくは……。
オスカルも同じ所に行き着いたのかもしれない。深刻な顔で項垂れていた。
オスカルとエリオットはサロンへと戻ってきた。その頃にはオーレリアも気付いていて、よろよろとオスカルへと歩み寄った。
「兄様、シェリーは?」
その問いかけに、オスカルは深刻そうに首を横に振る。それに、気丈な彼女はポロポロと涙を流した。
「俺……街に行って騎士団を呼んでくる!」
我慢出来ない様子でジェイソンが椅子から飛び降りて駆け出そうとする。だがそれはエリオットが止めた。
「どけよ!」
「できません」
「お前には関係ないだろ!」
「貴方に何かあればオスカルが悲しみます!」
言えば、ジェイソンはピッタリと止まって傍らのオスカルを見上げた。
「悲しまないよ」
「そんな事はありませんよ」
「兄様は俺達よりもあんたが大事なんだ! 俺達に何かあったって、あんたが無事ならそれでいいんだよ!」
「そんな事を言ったのですか?」
ジロリと睨むエリオットに、オスカルはばつの悪い顔をする。そして次には穏やかな表情でジェイソンへと向き直った。
「売り言葉に買い言葉、その場限りの事ですよ」
「兄様はそんな短慮じゃない」
「案外短気で短慮ですよ。思ってもみない事を言う事だってあります」
主にエリオットとカールに関わる事に気が短いのだが、それは言わない事にした。
ジェイソンは年相応の子供の顔をする。張りつめた感じが抜けて、十代相応の幼い顔で思い詰めた顔をする。
「ムカつく」
「え?」
「兄様はこれまで年四回は戻ってきて、その度に俺に剣の稽古を付けてくれたり、一緒に釣りに行ったり、馬に乗って遠くに行ったりしたのに、去年は一回しか帰ってこなかった。なのにあんたの事を書いた手紙は沢山送ってきて……兄様返せぇ」
子供っぽい言葉でなじっていたジェイソンがボロボロと泣いている。気持ちは伝わった気がした。大好きな兄の突然の変わりぶりに困惑し、戻ってきて欲しいのに戻ってこない事に寂しさを感じていたのかもしれない。その原因がエリオットだと。
チラリとオスカルを見れば、ばつの悪い顔だ。エリオットは分かっている。夏の頃に一度実家に帰っただけで、その他の時間はエリオットの側にいた。仕事が忙しかったのは勿論ある。それでも一日や二日帰る事は可能だっただろう。
あながち、ジェイソンの訴えは間違っていないのだ。
「オスカル」
「今年はもう少し戻ってくるよ」
途端、ジェイソンが顔を上げて嬉しそうな顔で笑った。
「それで、本当に騎士団へは?」
「シェリーを連れたままではそう遠くへは行けないし、辺りは真っ暗だしね。明日、明るくなったら行ってくる」
オスカルはチラリとリアムの様子を見た。
リアムが犯人だとすれば逃げなかった事に意味がある。何かしらの狙いがあるなら彼から離れるべきではない。それに、事を急いで大がかりな捜索などをする方が追い込まれてバカな事をするかもしれない。
それが、オスカルとエリオットの判断だった。
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