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8章:亡霊は夢を見る

8話:ノーラント王家の終わり

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 静かな夜だった。既にここにきて一週間くらいになったのだろうか。ファウストは、心配しているだろうか。
 とても静かな、空気が凍るような寒い夜だ。

「ランバート」
「ハリー、どうした?」

 ヴィクトランと話ているはずのハリーが戻って来て、ランバートは視線を向ける。ここにきて、ハリーは日に日に元気がなくなるように思えた。

「……兄上を、救ってやりたい」
「ハリー?」
「俺、このまま騎士団に戻っていいのかな?」

 とても揺らいだ表情でハリーはそう言った。ランバートはゆっくりと近づいて、ハリーの前に立った。

「どうしたんだ?」
「兄上が歩んできた道を、知った。王家再興を目指して、散り散りになった人をかき集めて、他国に協力することでノーラント王家を残そうとしてた。十七年だよ、それを。俺がのほほんと過ごしている間、あの人の上に幸せなんてなかった。そう思ったら、なんか……俺ばかり幸せだなんて、いいのかと思って」

 服の裾を握りしめるハリーはグッと唇を引き結ぶ。その様子に、ランバートは静かに目を閉じて抱きしめた。
 ランバートも知っていた。ヴィクトランが歩んできた道がどれほどに苦しいか。オーギュストはずっとそれを側で見ていた。歯がゆい思いをし、好きにさせていた。彼は分かっていたはずだ。既に決まってしまった体制を覆す事の困難さを。分かっていても逆らって生きなければならなかったのだと言っていた。

「ハリー」

 泣きそうな表情で何かを背負い込もうとするハリーを支えて、ランバートは首を横に振る。そしてしっかりと、揺らぐ瞳を見て言った。

「あの人の不幸を背負って、お前まで飲まれたらいけないだろ。お前は、あの人とこのままここで足掻くのか?」

 問えばビクリと肩が震え、次には首が弱く左右に動く。それを確かめて、ランバートは微笑んだ。

「どうしたいんだ?」
「……兄上を助けてやりたい」
「それなら、終わらせてやろう。どうしたってあの人の先に望みなんてない。酷かもしれないけれど、ノーラント王家がこの地を支配することはもう、ないと思う」

 ランバートの言葉に、ハリーも頷いて「分かってる」と呟く。そして手を握った。

「俺もそう思う。王家としてはもう、残れない。兄上も冷静になれば分かると思う。ただ、拒絶してるだけだ」
「あぁ」
「どうしてあの夜、突然攻め込まれたのか分からないんだ。普通だったはずなのに、本当に突然だった。兄上は帝国がはめたって言ってる。でも、その証拠もない」

 改ざんされた資料では何も分からないだろう。ランバートも頷いた。

「今更もう、何を言っても、何をしても変わらない事だってある。それでも兄上はそこを認めない。ここ数日ずっと兄上の相手をしているけれど、俺の知らない兄上のままなんだ」

 ハリーはそう言って、肩を落として俯いていた。

 その時、俄に階下が騒がしくなった。ランバートとハリーは思わず窓の外を見る。そこに、確かな松明の列があった。

「あれって」
「騎士団だよ!」

 ハリーは途端に表情を明るくさせ、ランバートの手を取って振った。ここ数日で一番明るい笑みにランバートも頷く。希望だった。ここでの生活を終わらせられるんだ。
 そう思って抱き合った、その時だった。バタンと音がして、見ればヴィクトランが憎悪に瞳を揺らしていた。

「ハインリヒ、そいつから離れなさい」
「兄上?」
「帝国の奴らがくる。下で応戦している間に逃げますよ」

 ツカツカと歩み寄ってくるヴィクトランはハリーの腕を掴もうとした。だがすかさずランバートはその手を取って払いのけた。

「何をする、従者の分際で!」
「あいにく、その演技はこれっきりだ」

 掴んだ手を捻りあげ、ランバートはヴィクトランを床に投げた。そしてハリーに目配せをする。

「剣はこの人の部屋にあるそうだ。頼む!」
「うん!」

 猛然と走り出すハリーを追おうとするヴィクトランの前にランバートは立つ。相手は剣を持っていない。ならば、どうにでもなるだろう。
 思っていたその背後から差した影に、ランバートは間一髪一撃を避けた。オーギュストがなんとも言えない渋面を作ってそこに立っていた。

「良くやりました、オーギュスト! そいつを捕まえておきなさい。後でたっぷりと躾けてやります」

 大股に部屋を横切りハリーを追うヴィクトランを阻止しようと、ランバートは前に出る。だがそれを遮るようにオーギュストは前に出た。

「どうして。アンタだってこのままではいられないと思ってるはずだ。終わらせたいと思っているはずだ。なのになぜ邪魔をする」
「……主は主なんだ」
「本当の臣だと言うならどうして、主が間違った方向へと向かう事を諫めない!」

 ランバートの言葉は痛かったのだろう。精悍な表情が苦しげに歪む。だが、ランバートの前に立つことは止めなかった。
 重量のあるオーギュストとの肉弾戦はグリフィスを思い出す。だが、グリフィスほどトリッキーな動きはしない。それに、体と目が覚えている。
 大柄な相手はよく見れば初動が軽量級よりも目立つ。右からの拳をさけ、続く左もよけた。受けても腕が痺れるだろうし、今は隙がない。一発もらえば確実にダメージが大きいからこそ、よけ続ける事が大事だった。これも、グリフィスが教えてくれたこと。相手のスタミナ切れを少しでも促進させるように、ランバートはできるだけオーギュストを動かした。
 そのうちに、階下から剣がぶつかり合う音と人の怒号、悲鳴が聞こえてくる。足音がし始めている。オーギュストはそちらが気になるのだろう。時折視線が外へと流れていく。ランバートがその一瞬を逃すはずはない。
 気もそぞろに甘く入った腕を取り、ランバートは自分よりも長身で重いオーギュストを背負い投げる。大柄な体が宙を舞って石の床に叩きつけられた。
 オーギュストは目を丸くしたが、次には穏やかに微笑んだ。憑きものが落ちたような、そんな穏やかなものだった。

「行け、ランバート」
「アンタはどうする」
「どうするもなにも、俺はここから動けない。主を、一人残す事はできない」

 ここでヴィクトランと心中するのか。ランバートは諦めたようなオーギュストを睨み付けた。

「アンタは生きなきゃいけないだろ」
「では、主を一人で死なせろと? 苦しみ、もがいてきたあの方にはもう、誰もいない。俺くらいは付き添ってやらなければ」
「アンタは馬鹿か!」

 ランバートは怒鳴るようにオーギュストに言った。死なせたくはなかったのだ。彼もまた、苦しんできたのが分かった。慕ったかまでは分からないが、それでも長年仕えたヴィクトランの苦しみを間近で見て、受け止めていたのはこの人だ。
 思うのだ、もしもヴィクトランが途中で憎しみを捨てて穏やかな生活に戻りたいと言えば、この人も喜んだはずだ。この銀色の世界で、穏やかに懐かしい時間を語り、思い出を分け合えたはずなんだ。なのに。

「どうしてそこまでしてやれる! なんだって進んで死ななきゃいけない! アンタの人生はアンタのもんだ! 決して、ヴィクトランのものじゃない!」

 生きて欲しい。無駄に死なないで欲しい。ランバートは既にこのオーギュストという人に情があるのだ。不器用で真面目で忠義者で、ランバートの事を知って庇ってくれていた。ハリーの事を案じて、騎士団での様子を話せば嬉しそうに笑ったんだ。

「ハリーだって、アンタに生きてもらいたいだろ」
「……」

 オーギュストは眉根を寄せて、そして息を吐いた。既に体は離れている。倒れた体を起こしたオーギュストは、そのまましばらく動かなかった。

「ヴィクトラン様の願いは、ノーラント王家の名誉の回復も含まれていた。それは、叶うのだろうか」
「……それは分からない。でも、それこそ生きてないと出来ない事だろ?」
「……そうだな」

 もうこれ以上、何を言っていいか分からない。喧騒はより激しくなっている。ランバートはそのままオーギュストに背を向けた。これ以上を判断するのはこの人なのだ。だが少なくとも今の彼は、そう簡単に死を選ぶようには見えなかった。
 そうしてそのまま、先に行ったハリーの元へと走ったのであった。

◆◇◆

 ヴィクトランの私室に飛び込んだハリーは室内を見回す。相変わらず本が多い室内は、記憶に残っている兄の印象を色濃く残している。途端、苦しくなった。本が好きで、膝に乗って読んでもらった記憶がある。何度も同じ本を読んでもらって、それでも文句を言わなかった。記憶の中のヴィクトランは、いつも優しい顔をしていたはずなのに。
 素早く室内を見回し、ハリーは衣装タンスを開けた。覚えている、大事な物はここにしまうんだ。ベッドから見えるここに置いておくのが一番安心出来る。そういう人だ。
 剣と上着が二人分ある。ハリーは手早く動きづらい今の服を脱いで騎士団の上着を着て、剣を腰に差した。そしてもう一セットを手に持った所で、入って来たヴィクトランと目があった。

「どうして……どうして父上や母上達、兄上の仇である帝国に従うのですか!」

 叫ぶようなその言葉は、そのままヴィクトランの悲鳴のように聞こえた。虚像のような今までのものではなくて、むき出しの感情が溢れ出ているようだった。
 だからハリーもそのままの言葉を口にした。

「俺にとって騎士団は、大事な仲間がいる場所なんだ! そりゃ、薄情だとは思う。両親の事や兄上の事がどうでもいいわけじゃない。それでも、俺にとっては帝国が長年暮らした大事な場所なんだ! 俺の今の家は騎士団なんだ!」

 ハリーの言葉に、ヴィクトランは傷ついたように表情を歪めた。室内に入ってきたヴィクトランは、涙はないが泣いているように見えた。

「貴方の家は、ここではないのですか?」
「ここも大事だ。両親も兄上達も大好きだ。ちゃんと覚えてなくても、気持ちは覚えてる。俺の中には楽しかった思い出しかない。オーギュストがいつもオロオロしてて、ダリウスが俺に拳骨しながら説教してて。父上と母上が困ったように微笑んで、シュバリエ兄が楽しそうに笑っていた。そこにはヴィクトラン兄だっていただろ。そういう大事なものを思いだした。でももう、戻れないんだよ!」

 ハリーは叫ぶように言った。死んだ人は戻らない。思い出だけでは進んでいけない。大事なものは持っておくけれど、そこに縋って生きてはいけない。ヴィクトランを見て、ハリーはそれを知った。
 だが次の瞬間、悲しげに歪んだヴィクトランの顔を見たハリーは胸の内が苦しくなった。ハリーにとってはそうでも、ヴィクトランにとっては全てだった。それを知らされるような気がした。

「兄上、もうやめよう。お願いだから、俺と一緒にいこう。俺が必ず弁明するから。だから!」
「私には必要ありませんよ」

 ヴィクトランはそう言うと、ついたままの暖炉へと近づいていく。そしてそこにくべてある薪の一つを拾い、積み上げられている本へと放り投げた。

「兄上!!」
「私は、帝国の世話にはなりません。私にとっての家は、ここです」

 炎は乾燥した空気と沢山の紙であっという間に燃えていく。ハリーは捲かれる前に手を伸ばした。だが、ヴィクトランはその手を払いのけて更に部屋の奥へと行き、カーテンに、家具にと炎を移していってしまう。

「兄上、早くこっちに!」
「……ハインリヒ、お前だけが行きなさい」
「そんな!」
「行くんです。私はもう、いいんです。もう……疲れました」

 炎に赤く映るヴィクトランは、初めて穏やかな笑みを浮かべていた。知っている、優しい兄の顔だ。こんな時に、こんな状況で、ようやく兄の姿を見つけられた。

「いや、だ……兄上!」
「兄……貴方がそう呼んでくれることが嬉しかった。それに満足していれば良かったのでしょうね」

 ヴィクトランは柔らかく微笑んでいる。膝の上で本を読んでくれた、あの兄の姿だ。やんちゃを笑って許してくれた兄の姿だ。

「私だって、分かっていますよ。どんなに抵抗しても、拒んでも、もう何も戻ってはこないのだと。それでも誰かを恨まなければ、何かを憎んでいなければ立てなかったのです。家族を失い、故郷が急速に変わっていく姿を見て、拒まなければ全てを忘れてしまうように思ったのです。私だけは、この痛みも含めて覚えておかなければと意地になってしまったのです」

 何日も話をした。どれもが懐かしい話だった。覚えている事、覚えていないこと、沢山あった。でもその間、この兄は弱い部分を見せなかった。本心が見えなかった。何を思っているのか、分からなかった。
 でも当然かもしれない。ハリーは五歳だったが、当時ヴィクトランは十歳だ。忘れてやり直すには大人だったんだ。年齢以上に精神的に成長していたようにも思う。そんな人が移りゆく国を見て苦しまないはずはないんだ。

「だからこそ、貴方が見つかったと知っていてもたってもいられなかった。でも会ってみれば貴方は騎士団にいて、記憶も曖昧で……裏切られたと、思ったんです。せっかく見つけた家族が、同じ気持ちでいないことに苛立ってしまったのです」

 燃えていく。周囲にまで広がる炎が室内を埋めようとしている。でもまだ、まだどうにか出来る。手を伸ばし続けた。取ってくれるまで、伸ばそうと思った。

「ハリー!」
「ランバート!」

 戸口に立ったランバートが側にきてハリーの後ろから腕を引く。それに、ハリーは抵抗した。このまま兄を置いて行くことができなかった。こんな悲しい思いを持ったまま、苦しそうに微笑む人を放っていけなかった。
 けれど、ヴィクトランは穏やかに見るばかりだ。ハリーを、そしてランバートを。

「行きなさい、ハリー」
「!」

 初めてだ、『ハインリヒ』ではなく『ハリー』と呼ぶのは。苦しそうに笑いながら、それは拒絶に聞こえた。

「お前の生きる場所は、そちらです」
「兄上!」
「ランバート、私からの最後の命です。ハリーを連れてゆきなさい。直に炎は回る。私は、そちらの世界では生きられません」

 ランバートがギリリと奥歯を噛み、それでもハリーの腕を掴んで部屋から引っ張り出す。ハリーはそれに抵抗するようにいつまでも手を伸ばして踏ん張った。それでも、部屋から出されてしまう。炎の奥へと姿が見えなくなったヴィクトランを、ハリーは見ていた。

「ハリー、直ぐに一階へ行かないと!」

 炎は徐々に壁を伝い、既に隣の部屋からも煙が出てきている。このままここが燃えれば階段へ続く廊下に火が移る。ラグも、カーペットも、カーテンも燃えやすい。大きな暖炉のある兄の部屋の両隣は熱気を移すために上部に穴がある。そこから炎が両隣に移っていた。

「ランバート、ダメだ俺いけない! 兄上を一人にできない!」
「だからってお前を死なせられない!」

 肩を掴まれ、揺さぶられて、ハリーはそれでも捨てきれない。顔を合わせていた別人のような兄のままでいれば捨てられた。でも最後は……あれは間違いなく優しい兄の姿なんだ。
 持っていた剣と上着を、ハリーはランバートに押しつけた。そして、笑った。

「ごめん、勝手をする。ランバートは行って」
「ハリー!」

 押しのけて、ハリーはヴィクトランのいる部屋へともう一度飛び込んだ。炎を上着で払いのける。その背後で、大きな家具や天井の一部が音を立てて崩れた音がした。

◆◇◆

 ハリーを追おうとしたその目の前で天井が崩れた。見れば隣の部屋の隙間から煙と共に炎が廊下へと移り始めていた。ランバートは剣と上着を掴み、階段のある方向を睨んだ。

「なっ!」

 既に廊下に敷かれたカーペットに炎は移ってしまっている。乾燥した冬の空気が炎を燃え上がらせている。それに、多分壁紙だ。燃えやすい素材なのだろう。
 状況が分からない。だが、まだどうにかできる。下に騎士団がいるなら人を呼んでハリーを救出しなければ。
 焦ってはいたが、冷静に階段のある方向へと走るランバートは、だがその先の光景に足を止める。

「どうして、こんな場所からも炎が」

 ヴィクトランの部屋から離れた場所、一階への階段があるエントランスホールの近くから炎が上がっている。そしてその方向から、色んな人の声がしている。
 もしかしたら一階で戦っていた誰かが火をつけたのか? もしくは予想外に出火したのか。

「くっ!」

 熱気に肌が痛む。口元を覆い、炎の小さな場所へ向かって走る。どこかにあるはずだ、まだ無事な場所が。
 そうして彷徨うようにエントランスホールに面した廊下に出たランバートは、呆然とした。一階は既に炎が回っている。そして階段は途中で崩れ落ちてしまっていた。

「そんな」

 どうすればいい。今から外へ通じるバルコニーや窓を探すか。二階も火が回る。今、どのくらい移動が可能だ。
 さすがに焦った。周囲を見回し、道を探す。既に無傷では通れないだろう。だが、逃げなければ死ぬのは間違いない。

「ランバート!!」
「!」

 焦る気持ちに届いた声に、ランバートは敏感に反応した。エントランスホールの先、ランバートのいる場所の下に、会いたくて恋しくてたまらなかった人の姿があった。

「ファウスト!」

 名を呼べば、安堵したような笑みが返ってくる。泣きそうだった。挫けそうだった時もあった。今も挫けてしまいそうなのをどうにか立っている。
 でも、この距離をどうしたらいいのだろう。高さがかなりある。無事では。

「飛べ、ランバート!」
「でも!」
「必ず受け止める! 俺を信じて飛べ!」

 黒い瞳が真剣にランバートを見つめ、腕を広げる。ランバートはその姿に、覚悟を決めた。剣を上着に包んで背に負って縛り付け、廊下の手すりに足をかける。そしてただ一人、愛しい人の胸へと向かって飛んだ。
 熱気が頬にかかる、体が宙を落ちて行く。思わず目を閉じたランバートは、だが強い力に抱きとめられた。鼻孔をくすぐる彼の匂い。力強い腕の感触が全身を包む。

「ファウスト」
「まずは出るぞ。歩けるか?」

 言われ、ランバートは二階を振り仰いだ。

「ダメだ……ハリーがまだ上にいるんだ!」
「なっ!」

 ランバートは走り出してどうにか二階へ行けないか道を探した。だが、道はどこにもない。

「ここにいた奴らが逃げる為に火をつけたんだ。一階はもう火の海だ」
「二階でヴィクトランが自分の部屋に火をつけた。ハリーがまだそこに」

 だが、今にも天井や家具が倒れ落ちてしまいそうな状況でここに居続ける事もできなかった。
 ファウストがランバートの腰を捕まえて抱え上げ、そのまま荷物のように持って入口へと走り出す。ランバートも抵抗らしい抵抗ができなかった。
 夜風が涼しい外に出ると、ようやく新鮮な空気で肺が満たされた。周囲の雪に投げられ、その冷たさが心地よかった。燃え上がる炎は一階から二階へと回っている。屋敷全体が燃えているようだ。

「ランバート!」

 クリフとチェスターが走り寄り、安堵から崩れる。けれどすぐにハリーの姿がない事に気づいた。

「ハリーはどこだ」
「まだ、屋敷の中に」

 チェスターが睨むように屋敷を見て、全身に水を被って屋敷へと走り出す。だがそれを止めたのは、オリヴァーだった。

「オリヴァー様、止めないでください!」
「馬鹿を言うんじゃありません! これ以上の犠牲を許せると思うのですか!」

 そう言いながらも、オリヴァーは苦しげだった。食いしばる歯、見上げる瞳に焦りがある。そして、他の隊員に忙しく指示を出した。

「川から水を吸い上げてポンプで水を! 他の者も水を掛けて少しでも消火してください!」

 沢山の人が入り乱れるように消火活動をしている。祈るようにその様子を見ていたランバートは立ち上がり、水を運ぶ人々の中へと入っていった。
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