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6章:ぞれぞれの新年

5話:帰り道(ゼロス編)

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 一人で西砦へと帰る道は楽しさの余韻はあるものの、どこか物足りなさもある。
 それでも笑っていた。ようやく触れた事に満足はしていた。当然足りないのだが。
 憧れがそのまま恋になる。そんな貴族のお嬢様みたいな恋愛を馬鹿にしていたが、自分がそのケースに当てはまるとは思わなかった。いっそ笑い飛ばしたい。だが、悪くない心地よさもあった。

 厳つい人。それが初めだったはずだ。だが入団試験の時に向けられた僅かな優しさと穏やかな笑みに、厳ついのはこの人の仮面だと思った。
 そこからは単純な興味。少し遠くから見るだけの人は、案外笑顔の多い人に見えた。
 そこに手をかけられないか。そう思った切っ掛けは、間違いなくランバートの存在だ。彼がもがくようにファウストの懐に入っていった。そして努力して、今その隣に並ぼうとしている。その姿を見て、ゼロスも諦めかけていた憧れを思いだしたのだ。

 普通に考えれば、なんて無謀な事だ。何の接点もなく、立場も違い、切っ掛けもない。同じ場所で生活しながらも、そこには超えられない壁がある。目に見えないその高い壁を登る方法を、ゼロスは知らなかった。
 だからこそ昨日のあれは間違いなくチャンスだった。友人の慌てぶりに人手がいるだろうと応援をかってでた先で見た人は、かっこよく雄々しいはずなのに頼りない。ふらつく足から絶対に酒が入っているのだと思った。しかも、かなりだ。
 あらぬ方向へと歩いていくのを見て、酒が回ったのだろうと思って追った。そしてその先で、触れる事ができた。交わらないはずの道が僅かに交わった。
 これを逃がす気はない。それっぽい理由でボリスを遠ざけ、連れ込んだ。眠ってしまった人を脱がせて、自分も汚れた服を脱いで寒さから隣に寝転んだ。温かな体に縋るように眠る事が心地よく、本当に気持ち良く眠った。
 そして目が覚めた時、頭を抱えているあの人を見て「これはもう少し触れられるかもしれない」と思ったのだ。
 ただ、その先はあの人の怒りを買ったのだと思った。何せ覚えてもいなかったと、ある意味当然のことに腹を立てて、誤解を助長させる事を言ったのだ。悪質だと取られただろう。だからこそ、風呂から上がって予備の着替えを持ってきたボリスを見て、これ幸いと逃げた。

 なのにこれだ。正直食事が始まるまで完全に警戒していた。どこかに連れ込まれて仕置きされるかと思ったのだ。
 だがまさか、警戒心ゼロとは……あの人大丈夫か?
 服装が、髪型が、様子が違った。最近団長達は何か大変そうだとランバートから聞いていたが、その影響なのかまったく警戒せずに側にいる人に、こうなれば触れたい。髪に、手に、触れてみると更に貪欲になる。
 最後に触れたあの唇は、意外と柔らかかった。至近距離で見た驚いた目は、実年齢以上の若さがあった。

 多分、恋愛未経験なんだろう。そうなると確実に初物だろうな。

 思うと少し疼きはするが、あの人を抱くという方向性には考えが及ばない。だが同時に自分が足を広げて誘い込むのかと言えば、それも想像が難しい。これまで抱く側はあっても抱かれた事はない。まぁ、抱く側も女性相手だったが。

「さて、どう転ぶか」

 案外初心そうなあの人がこのまま振り回されてくれるのが本当は理想。そうならないならランバートに頼んでもう一度くらいアタックをかけてみるのもいい。それがダメなら潔く諦めるのもまた一つ。元々、交わる事など期待していなかった関係だ。

「新年早々、神のご加護があったな」

 くくくっと笑ったゼロスは、上機嫌で砦へと入っていった。
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