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6章:ぞれぞれの新年
1話:覚えが無い……(クラウル編)
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何がどうしてこうなった?
クラウルは一人、覚えのない宿のベッドの上で自問自答を繰り返している。寒い季節、室内も冷たい空気を纏う中、クラウルは隣に寝る見覚えのある若い男を見下ろしている。
新年の翌日にしてはあまりにショッキングな事だ。確か、協力者や親類の家を回って挨拶をして、そこそこで料理と酒を多めに振る舞われていた。毎年の事だが、今年は少し前に嫌な案件も抱えたことから多少羽目を外した。
確か最後は、ルシオの所だったはずだ。アネットという若い女性を口説き落としているというあいつと、二時間は話して酒を飲み、昔のように楽しい時間を過ごした。そうだ、そこで深酒をしたんだ。
だが、どれだけ記憶を漁ってもそこから先が思い出せない。どうして隣で眠る彼に行き着いたのか、その過程が完全に抜けている。
頭を抱えて更に考えていると、不意に隣の男が身じろいだ。
記憶が確かなら、ランバートの友人で二年目のゼロスという隊員だ。薄い茶色の髪に、精悍な顔立ちをしている。体格もよく、引き締まった腕の盛り上がりや割れた腹筋はそのまま彫刻にしても見劣りはしないだろう。
だが何が問題かと言えば、隣のゼロスが一糸まとわぬ姿なのだ。そしてなぜかクラウルも裸だ。
これは、もしかしなくても何かしら……やらかしたのか?
再び自問自答だが、当然酒に酔っての記憶など残っていない。普段こんな失態などしたことがないクラウルは大いに焦っていた。
「んっ」
緩く発せられた声のあと、身じろいだゼロスは目をあける。髪と同じ薄茶色の瞳がクラウルを見上げ、フッと笑みを浮かべた。
「おはようございます」
「あぁ、おはよう」
ごく普通の、何事もないかのような挨拶が逆に気になる。戸惑うクラウルの横でゼロスは起き上がり、平然と水差しから水を注いで飲み込んだ。
「その様子では、昨夜の事は覚えていませんね」
「え?」
「まぁ、仕方がありませんよ。随分とお酒を飲まれていたようですから」
「……ぁ」
この言いようだと、絶対に何かをしたはずだ。そもそもそうでなければこの状況は生まれないはずだ。
思いだして、もう少し先まで覚えていた。ルシオは泊まっていけと言ったんだ。だがクラウルは事実婚とはいえ新婚の雰囲気のあるルシオの家に泊まる事を断った。そうして、街まで降りたのは覚えている。そこから先だ、何かあったのは。
見れば、ゼロスはニヤリと男臭い笑みを浮かべる。その印象は以前とはまったく違うものだ。ランバートの側にいるときのこいつはとても真面目で友人思いな隊員に見える。
だが今はどこか男臭く、誘い込む様な雰囲気まで漂わせてクラウルの反応を見ている。いっそ似ている別人かとも思えて、クラウルは問いかけた。
「ゼロス……だよな?」
戸惑いながら問いかけると、ゼロスは僅かに目を見開き、次にはスッと細くする。明らかに機嫌が悪い。そういう態度を隠さない事にも驚いた。あまり感情の起伏が激しいようには見えなかったからだ。
「いや、すまない! 何か、印象が違ったもので」
慌てて弁明すれば、次には薄い笑みが返ってくる。どこか見下すような、蔑むような様子まで滲むその視線がクラウルを更に混乱させた。
「ゼロス?」
「なんでしょうか、クラウル様」
「あの、俺は昨日」
「お気になさらず。酒に酔っての事をあれこれと騒ぎ立てるほど、器の小さな男ではありません。それに、貴方のお立場も分かっているつもりですので」
「あぁ、いや!」
これは絶対に何かしたんだ。思ったクラウルは慌てて弁明をしようとした。だが、出来る材料がない。やってしまったことを後であれこれ言い訳なんて見苦しいし、クラウルに記憶がなくてもゼロスにはある様子だ。圧倒的にクラウルは加害者だろう。
なおもゼロスは薄い笑みを浮かべている。強姦者を見下すようなその視線に、クラウルは小さくなってしまった。
「お気になさらず。俺もこれで騎士団の人間です。男色をとやかく言うつもりはありませんし、否定もしません。それに同じ男として、時にそうした衝動があるのも分かっています」
「いや、そういう事じゃ」
では、どういうことなのか。問われたって分からずに口ごもるのは間違いがない。
しどろもどろになるクラウルの隣から、ゼロスは這い出してローブを纏う。そしてタオルを手に取ると、フッと笑みを浮かべた。
「すみません、体が気持ち悪いので先にお湯をもらってきます。クラウル様は先にお帰りください。このような姿を他に見られては、余計な詮索をされますので」
「あっ、待てゼロス!」
何があったのかをちゃんと確かめておきたい。そう思ったのだが無情にもドアが閉まり、ゼロスは行ってしまう。クラウルはベッドに全裸で座ったまま、本当に昨日何があったのかを自問自答し続ける事となった。
それからしばらく、クラウルはゼロスが戻ってくるのを待っていた。置いてあった服を着て、何があったのかをまず聞きたいと思っていたのだ。
だが、待てど暮らせどゼロスは戻ってこない。不審に思って階下へと降りて宿の主人に問いかければ、予想外過ぎる答えが返ってきた。
「あぁ、あの人なら迎えがきて戻りましたよ」
「な!」
さすがに大焦りだ。風呂に行って、そのまま戻った! それでは二度と聞けないだろう。避けられていると考えるなら、これ以上しつこくするのもどうなんだ。
思わずカウンターに突っ伏したクラウルに、宿の主人は大いに戸惑った様子だった。そして、思いだしたように一枚の伝票を差し出した。
「あぁ、支払い」
「いや、それはさっきの男の人がしてったんでいいんだが、クリーニングの受け取りがね」
「支払い? クリーニング?」
そして支払いまでさせてしまったのか……。
情けなさで死ねそうなクラウルの手に伝票が渡る。それはクリーニングの受け取り伝票だ。
未だ大混乱のままだ。こんなに気持ちの悪い事はない。何が起こったのかまったく分からず、尚且つ何かあったのだけは確かで、その被害者が何も語らず拒絶するような様子で消えてしまった。
「最悪だ」
人生においてこれが一番の失態なのではと、クラウルは頭を抱えて騎士団宿舎へと戻っていった。
クラウルは一人、覚えのない宿のベッドの上で自問自答を繰り返している。寒い季節、室内も冷たい空気を纏う中、クラウルは隣に寝る見覚えのある若い男を見下ろしている。
新年の翌日にしてはあまりにショッキングな事だ。確か、協力者や親類の家を回って挨拶をして、そこそこで料理と酒を多めに振る舞われていた。毎年の事だが、今年は少し前に嫌な案件も抱えたことから多少羽目を外した。
確か最後は、ルシオの所だったはずだ。アネットという若い女性を口説き落としているというあいつと、二時間は話して酒を飲み、昔のように楽しい時間を過ごした。そうだ、そこで深酒をしたんだ。
だが、どれだけ記憶を漁ってもそこから先が思い出せない。どうして隣で眠る彼に行き着いたのか、その過程が完全に抜けている。
頭を抱えて更に考えていると、不意に隣の男が身じろいだ。
記憶が確かなら、ランバートの友人で二年目のゼロスという隊員だ。薄い茶色の髪に、精悍な顔立ちをしている。体格もよく、引き締まった腕の盛り上がりや割れた腹筋はそのまま彫刻にしても見劣りはしないだろう。
だが何が問題かと言えば、隣のゼロスが一糸まとわぬ姿なのだ。そしてなぜかクラウルも裸だ。
これは、もしかしなくても何かしら……やらかしたのか?
再び自問自答だが、当然酒に酔っての記憶など残っていない。普段こんな失態などしたことがないクラウルは大いに焦っていた。
「んっ」
緩く発せられた声のあと、身じろいだゼロスは目をあける。髪と同じ薄茶色の瞳がクラウルを見上げ、フッと笑みを浮かべた。
「おはようございます」
「あぁ、おはよう」
ごく普通の、何事もないかのような挨拶が逆に気になる。戸惑うクラウルの横でゼロスは起き上がり、平然と水差しから水を注いで飲み込んだ。
「その様子では、昨夜の事は覚えていませんね」
「え?」
「まぁ、仕方がありませんよ。随分とお酒を飲まれていたようですから」
「……ぁ」
この言いようだと、絶対に何かをしたはずだ。そもそもそうでなければこの状況は生まれないはずだ。
思いだして、もう少し先まで覚えていた。ルシオは泊まっていけと言ったんだ。だがクラウルは事実婚とはいえ新婚の雰囲気のあるルシオの家に泊まる事を断った。そうして、街まで降りたのは覚えている。そこから先だ、何かあったのは。
見れば、ゼロスはニヤリと男臭い笑みを浮かべる。その印象は以前とはまったく違うものだ。ランバートの側にいるときのこいつはとても真面目で友人思いな隊員に見える。
だが今はどこか男臭く、誘い込む様な雰囲気まで漂わせてクラウルの反応を見ている。いっそ似ている別人かとも思えて、クラウルは問いかけた。
「ゼロス……だよな?」
戸惑いながら問いかけると、ゼロスは僅かに目を見開き、次にはスッと細くする。明らかに機嫌が悪い。そういう態度を隠さない事にも驚いた。あまり感情の起伏が激しいようには見えなかったからだ。
「いや、すまない! 何か、印象が違ったもので」
慌てて弁明すれば、次には薄い笑みが返ってくる。どこか見下すような、蔑むような様子まで滲むその視線がクラウルを更に混乱させた。
「ゼロス?」
「なんでしょうか、クラウル様」
「あの、俺は昨日」
「お気になさらず。酒に酔っての事をあれこれと騒ぎ立てるほど、器の小さな男ではありません。それに、貴方のお立場も分かっているつもりですので」
「あぁ、いや!」
これは絶対に何かしたんだ。思ったクラウルは慌てて弁明をしようとした。だが、出来る材料がない。やってしまったことを後であれこれ言い訳なんて見苦しいし、クラウルに記憶がなくてもゼロスにはある様子だ。圧倒的にクラウルは加害者だろう。
なおもゼロスは薄い笑みを浮かべている。強姦者を見下すようなその視線に、クラウルは小さくなってしまった。
「お気になさらず。俺もこれで騎士団の人間です。男色をとやかく言うつもりはありませんし、否定もしません。それに同じ男として、時にそうした衝動があるのも分かっています」
「いや、そういう事じゃ」
では、どういうことなのか。問われたって分からずに口ごもるのは間違いがない。
しどろもどろになるクラウルの隣から、ゼロスは這い出してローブを纏う。そしてタオルを手に取ると、フッと笑みを浮かべた。
「すみません、体が気持ち悪いので先にお湯をもらってきます。クラウル様は先にお帰りください。このような姿を他に見られては、余計な詮索をされますので」
「あっ、待てゼロス!」
何があったのかをちゃんと確かめておきたい。そう思ったのだが無情にもドアが閉まり、ゼロスは行ってしまう。クラウルはベッドに全裸で座ったまま、本当に昨日何があったのかを自問自答し続ける事となった。
それからしばらく、クラウルはゼロスが戻ってくるのを待っていた。置いてあった服を着て、何があったのかをまず聞きたいと思っていたのだ。
だが、待てど暮らせどゼロスは戻ってこない。不審に思って階下へと降りて宿の主人に問いかければ、予想外過ぎる答えが返ってきた。
「あぁ、あの人なら迎えがきて戻りましたよ」
「な!」
さすがに大焦りだ。風呂に行って、そのまま戻った! それでは二度と聞けないだろう。避けられていると考えるなら、これ以上しつこくするのもどうなんだ。
思わずカウンターに突っ伏したクラウルに、宿の主人は大いに戸惑った様子だった。そして、思いだしたように一枚の伝票を差し出した。
「あぁ、支払い」
「いや、それはさっきの男の人がしてったんでいいんだが、クリーニングの受け取りがね」
「支払い? クリーニング?」
そして支払いまでさせてしまったのか……。
情けなさで死ねそうなクラウルの手に伝票が渡る。それはクリーニングの受け取り伝票だ。
未だ大混乱のままだ。こんなに気持ちの悪い事はない。何が起こったのかまったく分からず、尚且つ何かあったのだけは確かで、その被害者が何も語らず拒絶するような様子で消えてしまった。
「最悪だ」
人生においてこれが一番の失態なのではと、クラウルは頭を抱えて騎士団宿舎へと戻っていった。
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