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7章:クシュナート王国行軍記

12話:出発の日(ボリス)

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 翌日、腕の中で目を覚ましたフェオドールは昨日の幼子どこいった? と言いたくなるほど変わらなかった。
 うん、こっちはからかいがいがあるからよし。

「なーに照れてるの? そっちが熱烈に誘ったんでしょ?」
「それは! そう、だけど……でもお前のエロさは!」
「卑猥な事、沢山言ってたけれど。なんだっけ? 俺の子種汁?」
「うわぁぁぁぁぁ!!!!」

 両手で頭を抱えて真っ赤になって身もだえ、シーツみの虫になっている。背を向けるその項にキスをすると、やっぱり快楽には弱い。この狼狽えっぷりと恥じらいに反するような甘い「あぅん!」という声が返ってきた。

「ほら、こっち向いて。いじけなくてもいいでしょ? 俺は可愛いと思うけれど」
「かわい……私は、そんな……」
「今も可愛いよ、フェオドール。ほら、こっち向いて。おはようのキス、してあげる」

 耳元に吹きかけるように言えばピクリとして、逡巡のあとこちらを向いた。真っ赤な顔で不器用に唇を突き出しギュッと目を瞑った不細工な顔。それに笑いながら、ボリスは優しくキスをした。

 こんな甘い朝は久しぶりだった。もう何年もこうしていない。甘い夜もご無沙汰過ぎる。爛れた夜はあれこれあるけれど。
 これ、幸せっていうのかな。だとしたら、ちょっと癖になるかもしれない。


 その後、ダダを捏ねまくり逃亡しようとしたフェオドールをシーツで縛り、説得をして城の医者を呼んだ。当然、乳首とあそこに開いた穴を診察してもらうためだった。
 真っ赤になって拒むフェオドールの体を無理矢理ひん剥いて差し出せば、診察をした医者の爺ちゃんがオイオイ泣いていた。

「なんて、なんて無体な……」
「じいや……」
「お辛かったでしょうな。なんて惨い事をなさったのか」
「……うん」
「その穴、塞がる?」

 しんみり泣きそうなフェオドールにかわって聞けば、医者の爺ちゃんは難しい顔をした。

「男性器に開けられたほうは、まだ固まりきっていないようですのである程度は。薬も使って治療する価値はあるかと思います。ですが、傷は残るでしょうな」
「……だよね」
「乳頭のほうは、残念ながら。ただ、とても綺麗に一発で開けられて、その後の手入れも綺麗になさっておいでなので心配には及びません」
「……あ、そう」

 あいつ、一体どれだけこんな事してたんだ。普通、ボディーピアスは慣れてないと開けるのは難しい。綺麗に開けるのだって苦労する。しかも一発だ。これが初犯じゃない。
 あぁ、ダメだ。あいつを今すぐ拷問でもなんでもしたい。最大限の屈辱と陵辱をしてやりたい。せめてここに一ヶ月いられたら、あの男を家畜のようにしてやるのに。

「あの、じいや」
「なんですかな?」
「この事は、その……他の人には言わないで欲しい」

 消え入りそうな声でお願いをするフェオドールに、医者の爺ちゃんは「勿論ですとも!」と胸を叩いて誓った。

 でも残念、俺はそんな気ない。

 ボリスの瞳にはやはり、青い炎が奥底で燃えているようだった。


 午後の時間を使って、フェオドールには「騎士団の仕事」と言ってアルヌールにアポを取った。そして二人きりになってピアスの事を話した途端、案の定悪魔も真っ青な顔をした。

「あいつ……どうしてくれる……人の、しかも王弟を傷物にしたとは……!」
「あぁ、うん。落ち着いてよ」
「お前はよく落ち着いてられるな!」
「はぁ? そんなわけないじゃん。とりあえず、王様のプラン聞きたい」
「即刻あいつのあそこにピアス開けて、乳首にも開けて重しつけて吊してやる!」
「わーお、いい趣味」

 まぁ、ナニ切り落とすのは散々に惨めったらしくしたあとでもいいよね。付いてるからこその恐怖や屈辱もあるし。

「お前はどうしたい?」
「ん?」
「聞いておいてやる。代行は任せろ」
「竿が使い物にならなくなったら切り落としてディルドにしてさ、それであいつの後孔ガバガバにするとかどう?」
「……うん、改めておっかない事考えるな、お前。騎兵府よりも暗府の拷問担当とかになったらどうだ?」
「俺、喋らせる前に壊しそうだからダメ」
「……頼むから、フェオドールを壊すなよ? あいつが望んだ事でも、兄ちゃん悲しくなる」
「しないよ。フェオドールはもっと大事にしたいんだ。壊すなんて勿体ない事しない」

 あれはもっと愛しい存在だ。もっと溺れて欲しい。もっと求めて欲しい。尻軽じゃなくて、自分だけによがるように心も体も調整して、言葉一つでも乱れてくれるようにしたい。

「なぁ、ボリス」
「はい?」
「お前さ、いつからだ?」
「っていうと?」
「その性癖」
「あぁ。多分、物心ついた頃には」

 ふと思い出した幼少の記憶では、これが正しい。生まれながらにして何かの因子を持っていたとしか言いようがない。それくらい、幼い頃に何かを自覚した。

「俺の家庭は、おっとりしたお嬢様な母さんと、ごく普通で穏やかな父さんと、弱虫で泣き虫でいつも苛められてた兄さんがいて、俺は子供の頃から兄さんを守ってたんだ」

 近所のクソガキ共に囲まれて泣いて、擦り傷を作る兄のナイト。気付いた時には気の強かったボリスは負けん気と腕っ節も強くて、年上の子供とも平気で喧嘩をしていた。

「兄さんを守ってる間に、俺はふと気付いたんだ。血を見ると興奮する。泣き顔を見るとゾワゾワする。負けた奴等の言う『ごめんなさい』に、深い部分が満足する」
「真性だな」
「だね。でも、常識もあるわけ。人を傷つけちゃいけない。暴力を振るっちゃいけない。だから、自分が異常なんだとすぐに思った。これを当然と受け止めちゃいけない。こんな事に喜んでいたら、おかしな人間になるって」
「真っ当でもあったか。それなら、苦しんだだろ」
「それなりに、かな」

 そう、かなり苦しんだんだ。家族の中で自分だけが異質だと思った。兄を助けるという大義名分の元で、本当は楽しんでいた。泣かせてやりたいと思ったし、這い上がるような暗い喜びを味わっていた。
 いけない、悪い子だ。

「でも、これは序の口。十二歳くらいになるとこれが性欲にも結びついてるんだって分かってさ。そしたらどん底。どうしていいかも分かんなくって荒れまくって、気付いたらそこらの不良の一番になってた」
「お前な……」
「しかたないだろ? 十二やそこらのガキがはけ口を知るわけもない。んで、どうにもならない欲求不満を経て、十四の時に俺と似た性癖の集まりに参加し始めた。そこで話してるとさ、楽になったんだよ」

 自分だけが異常じゃない。仲間がいる。そんな気分だったけれど、右も左も分からない世界で十四歳は幼すぎた。そんな時に、大事な出会いがあった。

「その集まりで、四つ年上の綺麗な人に出会って、その人に色々教えて貰った。俺の今はその人のやり方。相手を見て、傷つけるのではなくすり込むように染め上げていく。そういう事に長けた人でさ。俺はその人に染まったの、かな?」
「お前、後ろも初物じゃないのか」
「違うよ。俺の初めては全部その人だったから。後ろも、筆下ろしも、調教の仕方も。でも、結局俺は染められるよりも染めたいんだと気付いたし、その人も俺の事を分かってくれた。だからテクを引き継いだら相手をしなくなって、恋人と今もよろしくしてる」

 初恋だったのかもしれない。そして、初めての失恋の相手。かっ攫っていった男は大人で、包むようにその人を抱き込んでいた。ガキでも分かる、明らかな敗北だった。

「そんなこんなで荒れてたのが少し落ち着いたくらいでやる事なくてさ。どうせ暴れるなら合法がいいし、仕事とか将来とか考えないとなと思って騎士団に入ったんだ。最初はネコ被って、でも今じゃこの仲間とは本性晒していける。居心地よくて好き」
「……ここに、残る気はないか?」
「ないね。今が好きだから」
「だよな……」

 苦笑したアルヌールは、きっと期待していなかっただろう。でも一縷の望みをかけて言ったに違いない。ボリスがここに残ればフェオドールもここにいる。互いに危険なんて冒さない最善の方法だ。

 でも、それはできない。これでも家族の居る祖国は大事で、騎士団の仲間が大事だ。期待も、裏切りたくない。

「悪い、変な事を言ったな」
「いいよ、それだけフェオドールの事を思ってるってことだろ?」

 言えば、ほんの少し照れて笑った。

「そう言えば、お前はフェオドールの相手になるんだろ?」
「だね」
「てことは、お前は俺の義弟になるのか?」
「……ん?」
「……嫌だ、こんなサディストな弟」
「言っとくけど、フェオドール完全にマゾ墜ちしてるからね」
「あぁぁ、言うなぁぁ!! 認めたくないし想像もしたくない」
「可愛かったよ? ボク、って言うんだね」
「貴様、俺をからかって楽しいか!」
「楽しい。からかいがいがあるところが、兄弟似てるなと思う」
「ったく、悪趣味め」

 睨み付けながらも、アルヌールは小さく笑った。

「まぁ、色々落ち着くまでに時間もかかるだろう。だが五年後の息子の祝いには来てくれ。俺もフェオドールの顔を見たい」
「いいわけ?」
「非公式だろうとは思うが、家族だ。実家帰ってくるのに良いも悪いもないだろ」
「……そっか」

 家族か。なんか、ムズムズした。

「お前の無事を俺も願う。これに嘘はない」
「アルヌール様」
「あの国が今どうなってるのか、まったく分からない。だが、帝国の強さを俺は信じている。カーライルや、団長達の強さを信じている。無理せずに、無事でいろ」
「……有り難う」

 ムズムズ、ムズムズ体の芯がくすぐったい。でもこのくすぐったさは全然、不快じゃなかった。


 翌日は流石に今後の話をする事となった。
 ここからラン・カレイユへは、輸送隊の護衛として服装を変えて侵入する。その為、邪魔になる騎士団の制服はここに置いて行き、後に帝国に送ってもらえる事となった。近況報告や、今回の事件の礼なども含めてするからついでだと言われた。
 帝国の騎士である事は一切隠す。だから何かがあって死んでも、死体は無縁仏になる。ランバートから最後の覚悟を問われて、怖じ気づく者は今更いなかった。

 ラン・カレイユとクシュナート王国とは表だった国交などはない。だが、貿易は盛んなのだという。
 クシュナートの特産は羊毛などで作られるニット製品や毛糸、織物だ。また、外海で捕れる豊富な海産物がある。冬の寒風で作る干物なども人気らしい。
 こうした物をラン・カレイユや帝国とやりとりしている。その大きな隊列に紛れる。十人もの大所帯だ、中途半端な部隊にこの人数は不自然になると大きな商隊を組んでくれた。
 勿論この部隊の荷物には今後必要になる物もあれこれ紛れ込ませている。

 今後の動きはラン・カレイユに入ってから決める事になった。
 事態が動いていなければ傭兵か何かに紛れるつもりでいるし、事態が悪化していればより目くらましができる方法で中にはいる。
 この『目くらまし』についてはチェルルからの提案が採用された。クソみたいな方法だが、確かに一番安全な方法でもある。そしてジェームダルという国の内情をよく知っている彼の言葉はとても説得力があった。


 出立の日、世話になったアルヌールやジョルジュが見送りに出てくれた。傭兵風の動きやすく頑丈な服に着替え、それぞれの武器を腰に差して城の前に立ち、旅立ちの挨拶をしている。

 だが、その中にフェオドールの姿はない。

 ほんの少し寂しく思う。もしかしたら臍を曲げたのかもしれない。昨日は結局打ち合わせやらで時間をくってまともに会えなかった。簡単に事情を言えば「仕事の事は仕方がない。しっかりやってきてくれ」と、寂しそうな顔で了承してくれた。

「ボリス、平気か?」
「ゼロス」
「王子様、見えないな」
「……拗ねたんだよ」

 疑いはしない。けれど、やっぱり寂しい。目は自然と探してしまう。
 肩を叩いたゼロスに促されて城に背を向けた、その時だ。軽い足音が背後でした。

「ボリス!!」

 強く呼ばれた名に振り向いた。その腕に、まるで突進するような勢いで飛び込んできた体を受け止めた。首に回された腕は離さないとギュッと絡みついてくる。そしてそのまま、求めるように強く唇を押し当ててくる。

「「おぉ!」」

 情熱的というか、必死というか。そんな体当たりなキスシーンに周囲が声を上げる。数人は拍手までしている。

「んぅ……」

 物欲しそうにしながらも絡めていた舌を離したフェオドールは、潤んだ瞳で見上げてくる。可愛いその顔に笑みを浮かべて髪を撫でた。

「姿が見えないから、拗ねたのかと思ったよ」
「ん、ごめん。探し物してたら、遅くなって」
「探し物?」

 頷いたフェオドールは体を離し、ゴソゴソとポケットの中から何かを取り出す。そしてボリスの首に手を伸ばして、留め金をはめた。

 金のチェーンに、金の小さな指輪がついている。赤ん坊の指にもはめられないだろう大きさのそれは、きっと指輪の形をしたネックレストップだろう。そして指輪には、乳白色の優しいピンクの小さな宝石がはまっていた。

「私の、誕生指輪なんだ。加護を与えるって言われてる」
「もらえないよ」
「貸すだけだ! いいか、返せよ」

 腕を組んでぷんっとそっぽを向く耳が真っ赤になっている。そして気持ちを受け取った。

「分かった、返しに行くよ」
「ボリス……」
「ほら、泣き虫直しなよ。あと、体力つけないと気持ちいい事できないからね」
「んっ、ご飯も食べる」
「食べ過ぎてぶくぶくのブヨブヨになったら相手しないよ」
「そんなにならない! 分かった、食べ過ぎはしない」

 焦った顔が赤くなって可愛い。笑って、あたふたしてるのをからかって、お別れのキスをした。切なそうな目が、やっぱり胸に刺さった。

「それでは、行きます」

 ランバートの言葉で出発して、待たせてあった商隊とも合流をして王都の門を出た。このまま半日ほど歩いて、次の町で休む事になる。国境までは数日だそうだ。

 コンッと、チェスターが小脇をつついてくる。顔は随分ニヤニヤだ。

「大物釣りめ。お前だって人の事言えないじゃないか」
「予定にはなかったの」
「またまた。最初からけっこうその気だったんじゃないか?」
「もう、煩いなぁ」

 弄られるのは、慣れてない。弄る方ばかりだったから。

「それにしても他国の王族を引っかけるとは。一番出世するかもな」
「ゼロス」
「戦争終わって落ち着いたら、あっちの家に嫁ぐんじゃないの? ボ~リス」
「レイバン!」

 ゼロスが、レイバンがニヤリと笑って楽しんでいる。そのすぐ側ではデカイ図体をしたドゥーガルドが耳を真っ赤にして聞かないふりをしている。

「ドゥー、お前はなにに照れてるのさ!」
「いや、だってあんな、ひっ、人前でキス、とか」
「お前、ディーンともっと凄い事してるだろうが!」
「うわうわうわ!! や、だってそれは部屋の中の話……で…………うがぁぁ!」

 逃げるように前方に走ったドゥーガルドをゼロス達は笑う。

「さーて、これからは俺達がボリスを弄れるのか」
「うっ」
「だねー。俺達、散々言われたしね。平和ボケだっけ? ボリスも今、随分締まりのない顔してるよねー」
「あぁ、もう!! 悪かったってば! もう言わないから勘弁してくれ!」

 ゲラゲラ笑う仲間を追い払い、これまでの行いを一応は反省している。すると、楽しそうなランバートが側にきた。
 こいつこそ、弄ってしまった。かなり気まずい。

「悪かったって」
「別に、もう俺は言い訳しないしいいよ」
「流石、心が広い」

 ちょっとだけ安心して言えば、心底穏やかな顔をされる。安堵? そういう視線だ。

「これで、死ねなくなったな」
「……だね。俺が死んだら、何年でも泣き暮らすって」
「ははっ、凄い脅し文句。でも、気合入るな」
「……うん」

 そうだ、死ねない。そう思えるくらいの気合は入った。あいつをこれ以上泣かせたくない。それを、自分がするのは嫌だ。

「全員で、帰るぞ」
「勿論」

 自分に気合を淹れ直したボリスは、先の空を見据えた。
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