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1章:祝福の家族絵を(エリオット)

おまけ1:補佐官始動

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 休日明け、新たな職場はファウストの執務室となった。そこに、補佐官用のデスクが追加され……

「なに、これ……」

 執務室を開けた途端に溢れんばかりの紙束がドサリと机を埋め尽くしているのを見て、ランバートは開けたドアを一旦閉めた。
 いや、考えておくべきだった。何日休んだんだ。一週間、一週間だ! 通常業務は他の師団長やシウスあたりがサポートに入ってくれたかもしれない。だがファウストにしか片付けられない仕事もある。主に書類仕事だ。

「ランバート?」
「……ファウスト様、先に訓練を見てあげてください」
「はぁ?」
「今は心臓に悪い!」

 少し遅れてきたファウストの背中をグイグイと押して、ランバートは強引に訓練へと向かわせる。そして自身は深呼吸をして、改めて素早く室内へと入った。

 それにしても凄い。何時間で整理をつけられる? 何時間……何日……考えてはいけない!

「やるしかない!」

 考えるよりも前にまずは行動あるのみ!
 訓練用の通常制服の袖をめくり、ランバートは早速山の様な紙束へと向かい合った。


★ファウスト

 ランバートへ押しやられたファウストは言われるがまま訓練へと足を向けた。今日は第三の訓練を予定していたが、予定よりも早い登場に第三の面々もウルバスも驚いた顔をしていた。

「どうしたのですか、ファウスト様」
「ん? いや、ランバートに部屋を追い出されてしまったんだ」
「あぁ……」

 思い当たるのか、ウルバスは苦笑している。まぁ、大体の予想はついているのだが。

「そんなにか?」
「まぁ、戦後の書類はもうありませんが……何かと」
「どうして俺を追い出すんだ、あいつは」
「貴方をよくご存じだからだと思いますが」

 書類整理が苦手……ではなく、一般人レベルなだけだ。ただ、あまりに数が多いとやる気を著しく挫かれるというのも現実だ。

 ウルバスは可笑しそうにクスリと笑う。穏やかな慈愛を感じる笑みだ。

「よい補佐官ですね、ランバートは。貴方をよく分かっていて、貴方の助けになろうとしている」
「ん?」
「有能な人間はこの騎士団には五万とおりますが、貴方を思い貴方を理解している人は彼以上にはいませんよ」
「そうだな」

 それに関してはまったく異論がない。むしろその恩と愛情にどう報いていけばいいのか。それをずっと考えている。

「訓練厳しくして、騎士団に貢献する事が俺の出来る事かもしれないな」
「え!」
「やるぞ。今日は槍の訓練だったな」
「あっ、はい。え! あの!」
「死ぬ気でかかってこいよ」

 訓練用の木製の槍を手にしたファウストを見て焦るウルバス。ただならないやる気に満ちた団長の登場に戦々恐々とする第三師団。
 この日の訓練はおかしい。訓練なのに死ぬかと思った。そんな話しが騎士団内を駆け巡ったのは、言うまでもないことであった。


★ランバート

 始業後三時間。昼の鐘が鳴る前にようやく分類分けが終わった。ほぼ日報とは言えこの量になると辟易もする。整理しながらざっと中身を確認したが、これといっておかしな事はない。
 それにしても、内容が浮かれていた。そして、ほんの少しくすぐったかった。

 「補佐官就任の準備、楽しいです!」「ランバートならファウスト様の事を安心して任せられる」「これに胡座かいて訓練サボるなよ!」なんて、手紙かと言いたくなる。
 みんな、分かっていたんだろう。これが処理されるのは就任式後。ランバートも見るだろうことを。

「ったく、日報は日々の報告で、伝言メモじゃないんだぞ」

 そう言いながらも口元がにやけるのが止まらない。手元の日報をファイリングしながら、手にした第二師団の書類を見てランバートは手を止める。

『補佐官になってもお前は第二師団だからな。顔出せよ』
『事務仕事ばかりしてたら体鈍るぞ。訓練しに来いよ』
『今度第二だけで酒盛りするぞ!』
『頑張ってください、先輩! 俺も先輩を目標に訓練頑張ります!』
『ランバートは僕の自慢の部下だよ。息抜きにまた訓練来てね。待ってるからね』

 日報の最後の一行に書き添えられた言葉を読んで、ランバートは目頭が熱くなった。離れたというのに寄せてくれる仲間の思いが嬉しい。ファウストの直下という立場になっても、変わらないでいてくれる事が嬉しい。

「ランバート、そろそろ……ランバート?」
「ファウスト……」

 読んでいた日報を胸に抱いたまま振り向いたランバートに、ファウストは驚いたように目を丸くして駆け寄ってくる。

「どうしたんだ。何があった? 仕事なら無理をしなくても……」
「違います! これ……」

 そう言って手元の書類をファウストに見せると、彼もまた温かな笑みを浮かべる。
 仕事中に甘えはしないと思っていたのに、思わず胸に顔を埋めた。ファウストもしっかりと受け止めてくれて、背を優しく撫で下ろしていく。

「よかったな」
「うん」
「落ち着いたら訓練参加してこい」
「いいの?」
「勿論だ」

 優しい声で言われ、ランバートは頷く。今はもう昼休み。ほんの少し、甘えていられる時間だった。


 それから数日、ランバートは鬼のような処理スピードで溜まっていた書類を片付けた。そしてその間、ファウストは鬼のように訓練をつけている。
 一部では「補佐官が優秀過ぎる」と悲鳴が上がっている。これまで書類仕事で忙殺されていたファウストの手が空き、その分を隊員の訓練にあてる事になる。ファウストの訓練時間が増えるのだ。

「ふふっ、騎兵府は今週随分と面白いの」
「笑い事ではない様子ですが」

 仕上がった決算書を手にシウスの執務室を訪れたランバートに、シウスは楽しそうに笑う。勿論書類はなんの問題もなく「可」の印が押された。

「やれ、これからはこのような決算書が回ってくると思うと喜ばしくてたまらぬ。丁寧すぎるほどにきっちりとしておるし、文字も読みやすい。ファウストは急ぐと文字に癖が出るでな」
「訓練の状況報告書、備品のチェックリスト、上がってきた小さな不満や改善案などについてはもう少しお待ちください」
「備品のチェックリストは早めに持ってきておくれ。金の動く話しは何かと厄介じゃからな」
「心得ております。ルース討伐の最終的な報告書もまだですよね?」
「大きな戦であったからな。陛下への報告も、大臣達への報告も既に終わっているが、それらを踏まえたファイリング資料はまだじゃ。会議の議事録や大臣達への報告時の議事録、経費、被害額、王都で起こった事、当初の作戦などは宰相府で纏める。騎兵府で起こった報告や戦況、結果などは騎兵府で頼みたい。暗府の動きはクラウルに任せている」
「畏まりました」

 事務的な確認をすませたランバートに、シウスは楽しげな笑みを浮かべる。

「少しは慣れたかえ?」

 ニコニコと問われ、ランバートは頷く。慣れたも何も、これまで何度か手伝った仕事でもある。それでも気持ちの面ではもう「お手伝い」ではなく「仕事」という切り替えはできていた。

「これから、ジェームダルとの戦も視野に入ってくる」
「……はい」
「ファウストには打診しているのだがの、お前にも大きく動いてもらう事になりそうじゃ」
「と、言いますと?」
「年が明け、雪が溶け始める頃にチェルルを連れてひっそりと、ジェームダル内部へと潜入してもらいたい」

 声が一つ低くなる。その声音に本気を感じ、ランバートも表情を引き締めた。

「行方の分からないアルブレヒト殿下の捜索でしょうか」
「あぁ。どうもラン・カレイユが全面降伏するのが年が明けてからとなりそうじゃ。現在家臣達が慌ただしく動き回っておる。全面降伏したとしても戦後処理というのは時間がかかる。強引にしても数ヶ月。それまではこちらとの戦争など始まらぬ」

 上がってきている書類整理の片手間のような話。だが、その内容はとても片手間に出来るものではない。
 とうとう、始まろうとしているのか。

「お前には先行して入ってもらい、捜索を頼みたい。可能ならば救出までじゃ」
「メンバーも考えておりますか?」
「ゼロス、レイバン、コンラッド、ハリー、クリフは確定しておる。全員機転が利く故、上手くやれるであろう。だがこれだけでは心許ないのでな、残りはもう少し考えている最中じゃ」
「分かりました」
「言うなよ」
「言いませんよ」

 鋭い一睨みに苦笑して、ランバートは退室する。だがその心は囚われたままだ。
 とうとう見えてきたジェームダルとの戦い。ここが平定できれば、帝国にとっての脅威はとりあえずなくなる。

 補佐官として何ができるのか。ファウストの背中を守るばかりが役目ではない。直接的に助けるのではなくても、ファウストの助けとなり、仲間の助けとなりたい。
 ランバートは真っ直ぐに前を見る。その目はやるべき事と果たさなければならない事、その両方を見据えていた。
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