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最終章:最強騎士に愛されて

2話:共にいる誓い

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 安息日にヒッテルスバッハの実家に行って婚礼衣装を着せられた。ご丁寧に別々の部屋でだ。
 正直、ちょっと恥ずかしくて、それ以上にドキドキした。流石にドレスではないけれど、仕立てが良くて肌にも心地よくて、着ているうちに「俺、結婚するんだ」という気持ちが湧いてきた。
 その後ファウストと指輪を受け取りに行った。
 思った通りの物が出来上がっていて、サイズを確かめるのに試着をした。薬指にぴったりとはまる。互いの指にはまった指輪を見て照れくさい気持ちもありながら、顔を見合わせて笑っていた。

 そして今日はもう一つ、大事な日になる。


 夕食も食べ終わって、ファウストの部屋。そして俺の目の前には書類が一つ置かれている。婚姻届だ。
 ファウストが書く欄はもう埋まっていて、拇印も押してある。後はランバートだけだ。

「なんか、緊張するよな」

 書類を前に俺は生唾を飲み込んでいる。緊張で心臓おかしくなりそうだ。勿論拒む気持ちなんて微塵もないけれど、色んな思いがあるのだ。
 隣でファウストがおかしそうに笑う。互いにリラックス出来る格好だ。

「色々あったからな」
「うん。本当に色々あった」

 出会って、一緒に居ることが楽しくて仕方がなくて……何度かここに居ることを諦めた事もあった。

「俺、本当にここまできたんだな」
「ん?」
「……ヒュドラとか、俺の過去とか、二人の関係とかさ。俺、何度か逃げそうになった」

 途端、ファウストは眉根を寄せる。分かっている、これらの事はこの人にとってまだ少し痛いんだって。
 手が肩に触れて、そっと抱き寄せてくる。それに従ったランバートは静かに目を閉じた。

「ごめん、ファウスト」
「どうして謝る」
「俺がバカやったから、ファウストに辛い思いさせたよなって」

 ランバートを狙っていたヒュドラにトレヴァーが捕まり、あいつの要求を飲んで捕まり、死ぬ所だった。痛みはなく、徐々に閉じていく世界の中で思い続けたのはファウストとの時間ばかりだった。この人に迎えにきてほしい、例え亡骸でもいいから。そんな思いに苦しくなって、泣きたくなった。

 親友のデュオを殺したクソ野郎を始末して回っていた事を知られた時も、終わりだと思ったのに踏ん切りがつかなかった。もう居場所なんてない。本当に居たい場所は騎士団なんだと気づいて、もうそれは適わないんだと分かって泣いた。あの時この人が強引に連れ戻してくれなかったら、団長達の言葉がなかったら今はなかった。

 ファウストの事が好きだと気づいて、勢いで告白をして、同時にこの人のトラウマに触れる事を知って別れを告げた。あの時もボロボロで、諦めようと必死になっていた。そして、諦められない事に絶望していた。騎士団を離れようとも思っていた。心にぽっかりと穴が開いたまま、それでも何でもなく側に居続ける事ができなかった。アシュレーが、シウスが繋いでくれなかったら、きっと今はなかったんだ。

「俺も、お前に辛い思いをさせてきた」
「え?」
「お前の告白を聞いて、頭が真っ白だった。それでも今まで通りでなんて思った俺は本当に最低だった。頑固で、融通がきかなくて……臆病で。シウスやアシュレーがいなければ、俺は今の幸せを手にできなかった」
「俺もだよ」

 今ここにある幸せは、色んな人が助けてくれたから。温かく頼もしく見守って応援してくれた師団長達。世話を焼き、時に叱咤激励をくれた団長達。とても近くで応援してくれた同期の仲間達。何が欠けても今はなかった。

「なぁ、ファウスト」
「ん?」
「俺は今、ファウストの背中を守れているかな? 隣に、立っているかな?」

 恋人になって見た目標はあまりに高かった。ファウストの背中を追いかけて、守りたい。恋人という立場を得て、公私共にと思った。
 けれど最初は上手くいかなくて、ファウストは過保護で、ランバートは焦っていた。空回った事もある。こんなんじゃダメだと今も思う事がある。

 ファウストはクシャリとランバートの頭を撫でて、穏やかに微笑み頷いた。

「それは、ルースの時に証明しただろ?」
「あっ」
「俺の隣に最後まで立っていたのはお前だ。俺を最後まで支えてくれたのはお前だった。ルースと戦っていた時、お前の声が聞こえた気がしたから俺は自分を守った。お前には公私共に助けられている」

 ジェームダルのテロリストだったチェルルやキフラス、ハクイン、リオガン、レーティス。彼らも巻き込んだ主なき騎士団との戦いはあまりに苛烈で、辛い戦いだった。
 その最中に彼の国の実情を知り、チェルル達を助けて主なき騎士団のボス、ルースと戦った。罠にはまって二人しか辿り着けず、更にファウストは負傷していた。
 あの時、ランバートも深手を負って命はないものと思った。それを助けてくれたのはファウストと、エリオット、そして実兄のハムレットと、敵だったチェルルだった。

「俺の背を預けられるのは、ランバートだけだ。俺の全部を任せられるのはお前だけだよ」
「俺、そんなに背負えるかな?」
「俺は背負っていくつもりだぞ」
「……うん」

 凄く、恥ずかしくて俯いてしまった。心臓がドキドキする。

「長く離れても、お前を信じている」
「俺もだよ。ファウストがいてくれるから、長期遠征も不安はなかった」
「それでもあれは長すぎたな」
「あはは、本当にな」

 何ヶ月も遠征をしたのは、あれが初めてだった。
 アルブレヒト奪還の為、同期達とクシュナート経由でラン・カレイユへと渡り、更にジェームダルへと渡った。雪深い時期に出て来たのに、帰り着いた時は春を過ぎていた。更にそこから続けて前線だ、まったく気の抜けない時間だった。
 そういえば、あの時にファウストの本気を見てちょっと引いた。いや、直接は見ていないけれどその後の戦場を見てしまったのだ。
 あれは、ないな……。

「どうした?」
「あぁ、いや。ファウストの本気はあまり見たくないなと思ってさ。ってか、俺全然背中守れてないよ」

 アレの背中を守れるって、どうしたらいいんだろう。
 言ったら、ファウストは笑っていた。

「落ち着いても色々あったよな」
「お前も大変だっただろ」
「ファウストだって」

 言って、互いに今だから笑える。でも当時はあまりに辛かった。

 ランバートの消えた記憶が綻び、一時的に拒絶した事があった。正体の分からない恐怖に支配されて、ファウストを拒んだんだ。あの時は本当に焦ったし、凄く辛かった。触れて安心したいのに、触れられる事が怖いなんて。
 でも仲間が頑張ってくれて、ファウストがどっしりと構えていてくれて助かった。記憶が戻り、受け入れた今、ランバートは大事なものを取り戻した。

 そしてファウストのお家騒動。シュトライザー家に纏わる色々な哀しい出来事もあった。ファウストが攫われた時、焦りと苦しさと憎しみが混ざり合って胸の中が酷く気持ち悪くなった。
 そして焼け落ちた屋敷を前にした時、彼の死を拒絶した。
 きっとファウストの母マリアが守ったのだろう。焼け落ちた瓦礫の中、ファウストとアーサーの居場所を教えてくれたのは間違いなく彼女だったのだから。

「なんか俺たち、この五年くらいで一生分の苦労とか事件起こってないか?」

 ふと思い返してみると恐ろしい。よくもこれだけの事が起こったものだ。
 でも、今があるから笑える。確かに駆け足どころか全力疾走な日々だったけれど、今は幸せだ。
 隣でファウストも苦い顔をする。そしてそのままの顔で「気のせいだ」と言ったので笑ってしまった。

 目の前の書類を改めて見る。自然と緊張は和らいでいる。微笑んで、ランバートはペンを手に取った。
 必要な項目を記入して、拇印を押す。後はこれを持って行って了承の印を貰えば受理される。これは直ぐに通るだろう。これまで散々相談もしているし、皆が快く承諾してくれているのだから。

「ランバート」

 呼ばれて、振り向くとそこに幸せそうに目尻を下げるファウストがいる。自然と近づく距離、触れる唇。甘えて、少しだけ身を預けて。それになんの不安もない。ただただ甘い幸せが広がっていく。

「色んな事があったけれど、全てがここに繋がっていたんだと思えば良い思い出として受け止められる」
「うん、俺もだよ」
「改めて、有り難う。お前がいてくれて、俺は誰かを愛するという事を知った」
「俺も、だよ」

 優しく甘く蕩けるような微笑みで言われるには恥ずかしい。耳まで熱くなっていく。
 でも、嬉しい。胸の奥がジワジワ痺れてくる。ギュッと思わず服を握ってしまった。

「今日から、俺たちは夫婦だ」
「うん」
「よろしく、ランバート」
「俺の方こそ、よろしくファウスト」

 ちゃんと伝えたい気持ち。恥ずかしくても真っ直ぐに見つめたランバートは、吸い込まれるような黒い瞳を見据えている。この目の中に自分だけがいる、この腕の中は自分だけの場所だ。今日からこの人は、自分のものだ。
 意識したら嬉しいやら興奮するやら。情緒がちょっと大変だ。

「落ち着けランバート」
「あぁ、うん。いや、嬉しいんだけどなんか涙が出て来てさ。俺、ファウストといると泣くようになったんだな」
「いいさ、辛そうじゃないし。それに、それだけ俺の事を頼ってくれてるってことだろ?」

 笑っているのに涙が出て、嬉しいのに止まらなくて。なんだか大変なランバートの前に腕が広げられる。飛び込む事を疑わないファウストがいる。まぁ、勿論飛び込むのだが。
 抱き留められる厚い胸、鼻先を掠める少し甘く感じる匂い、頬を寄せて聞こえる鼓動、自分よりも少し高い体温。全部がランバートの宝物。全部が今日から、愛しい旦那様。

「辛い事、隠すなよ」
「ファウストも」
「泣く時は俺の腕の中だ」
「泣かせるなよ」
「二人なら、どんなことでも乗り切っていける」
「最強だよな」
「あぁ、勿論だ」

 甘く溶かされてしまいそうな夜。確かにこの日、二人は夫婦になったのだ。
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