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15章:憧れを胸に

2話:合宿開始

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 合宿は馬で半日の距離にある、森の中の施設で行われる。
 元々は王族の夏の避暑地だったらしいのだが、訓練施設としてよい距離と立地ということで騎士団に払い下げられたらしい。
 手前の小さな町から細く曲がりくねった山道を登っていくとその中腹に綺麗な湖がある。その湖畔にあるのだ。
 元王族の持ち物だった建物は古いがしっかりしていて、宿泊人数も多い。騎兵府百人程度は余裕で宿泊する事ができる。
 周囲は山ということもあり木々が多く、野生の動物もいるという。

 引率には各師団の教育係をしている者が多くついた。第一師団からはコンラッドとゼロス。第二師団はチェスター。第三師団からトレヴァーとトビー。第四師団からはハリーとクリフ。第五師団からレイバンとドゥーガルド。ほぼ五年目で実績のあるメンバーがついた事になる。
 更に全体の責任者としてランバート、ウェイン、オリヴァーがつき、医務員としてリカルドが同伴している。

 ほぼ初めてと言ってもいい馬での長距離移動は不慣れな者からすると足腰に響くものがある。
 「騎士たる者、馬に乗れて当然」と思うかもしれないが、これが当然ではない者が多いのが現状だ。移動は馬車という者も多ければ、長距離移動などしないから徒歩という者もいる。乗馬を好み師をつけて鍛錬をしている者は少ない。なぜなら、馬を自身で所有している貴族も今では少ないからだ。

 ジェイソンはオスカルがいたから自宅で馬をちゃんと飼育し、鍛錬もしていた。何より遠乗りが好きでよく出かけていたからこのくらいの移動はなんら苦痛にはならず、むしろ走り足りないくらいだ。
 だがスペンサーやユーインは太ももが筋肉痛で尻が痛く、腰もしんどいと休憩の度にへたり込んでいた。

「情けないぞー」
「リーは平気なのかい?」
「おう、余裕だ!」
「お尻、痛い……です」
「大丈夫か、ユーイン?」

 ヘタレるユーインの腰をもみもみするコリーと、整体のようにリーに背中を伸ばされるスペンサー。そんなのを見て、ジェイソンは「これが普通か」 と思ってしまった。

「このくらいは余裕か、ジェイソン?」
「ランバート様!」

 不意に後ろから声をかけられ、ジェイソンは驚いて声を上げる。そこには周囲を見回しながら笑っているランバートがいる。自分たちと同じ形の訓練用の制服をきっちりと着ている人は凜々しくてかっこいい。強い金色の髪と華やかな見た目は、静かで威厳あるファウストの隣に並ぶと本当に絵になる。
 この二人が恋人で、結婚こそしていないが公認だと噂で知った時には誰もが納得したものだ。

「オスカル様に鍛えられてたか?」
「はい。ですが、最近はエリオット様が連れ出してくれて教わりました」
「エリオット様からも教えてもらっていたのか?」
「はい。とても熱心に訓練をつけて頂きました」

 一応顔合わせはオスカルの結婚式で済ませているが、今は立場が違う。ランバートはそれこそ見上げるほどの憧れであり上官である。
 それは実の兄や義理の兄も同じ事だった。

「そうか。エリオット様の方が厳しかっただろ」
「……はい」

 苦笑して答えたら、ランバートは楽しそうに笑った。

「後少しで到着する。頑張れ」
「はい!」

 元気に答えると、ランバートは他へと流れて違う人にも声をかけている。その姿は優雅で、これまでの移動など何の負担にもなっていない様子だった。

「くぁぁ、やっぱかっこいいな、ランバート様」
「リー」

 いつの間にか隣にきていたリーが、ランバートの後ろ姿を見て笑う。視線はとても真っ直ぐに注がれている。

「見ろよあの立ち姿。細いのに凄いんだぜ」
「戦ってる姿、見たことあるのか?」
「前に一度。夜に目が覚めて眠れなくてよ、散歩しに行った時に見たんだ。アシュレー様と手合わせしてたんだけど、これがまたかっこよくてさ。アシュレー様の方が経験長いのに負けないのな。伸びがあってしなやかで、動きも綺麗でさ。あんな風に動けるようになりてー」

 武者震いのように拳を握り、とても好戦的な顔で笑うリーを見て、ジェイソンは視線をランバートへと戻す。そして、一つ頷いた。

「俺も、先輩達みたいになりたい」
「お?」
「大事な人や、場所を守れる人になりたい」

 オスカルがそうだったように。エリオットが、守ってくれたみたいに。

「いやはや、相当長い道のりだよ?」
「スペンサー」

 肩や首を回して近づいてきたスペンサーが、真っ直ぐにランバートを見る。側にはゼロスやコンラッドも合流して、楽しそうに笑っていた。

「第三期黄金期の筆頭。それは同時に、実力がなければ死んでいてもおかしくはない死線を何度も抜けてきた証だよ。俺達を指導してくれている人達はみな、他よりも過酷な現場を何度も抜けて勝ち上がってきた実力ある人達ばかりだ」

 いつ死んでもおかしくはない経験を何度もしてきた人達。だからこそ厳しく訓練をしてくれる。ゼロスが時々、リタイアしそうになる新人に言う言葉がある。

『諦めた時に死ぬ。死にたくなければ踏ん張れ』と。

「休憩は終わりだ! 出発するぞ! もう休まないからしっかりついてこいよ!」

 ランバートの通る声がして、各が馬にまたがる。道のりは残り三分の一。後は山道を登って行けばいいだけだった。


 結局目的の合宿場へと辿り着いたのは、けっこう遅い時間だった。遠く空が茜色になりそうだ。
 それぞれが馬を繋ぎ、今日は第三が馬の手入れをする。
 中は綺麗だが人の気配がない。それにジェイソン達は色々と戸惑った。

「あの……コンラッド様。誰もいないんですか?」

 恐る恐る聞く隊員に、コンラッドは片眉を上げたあとにっこりと頷いた。

「勿論。ここにいる四日は自分たちの力で生活していくんだ」
「え……食事とか」
「勿論俺達で作るんだよ。まぁ、今日はこの時間だから作れる奴で作るけれどな」

 コンラッドがランバートへと目配せすると、ランバートもニッと笑って上着を脱いだ。

「さて、ここでは自分たちだけで生活していく! 基本、お前達がやらなければ誰もやらない。今日は俺がメインで動くが、料理が出来る奴は一緒にきてくれ」

 良く通るランバートの声に一年目は皆動揺する。自分たちだけで身の回りを全部する事への戸惑いを口にする者もいるが、それ以上にランバートが料理するということに驚く者が多かった。
 勿論ジェイソンも驚いた。そして、とても期待した。

「第四と第五で薪を拾ってきますよ」
「第一は風呂掃除と風呂の火起こしだ」
「第二は今は休憩。けれど夜には警備に立ってもらうから、今のうちに休むように」

 第四と第五がオリヴァーについて森へと入っていき、第一が浴場へと向かう。ジェイソンはゼロスについて浴室の掃除をして、水を引き込む。そうしたら火をおこして湯を沸かすのだ。

 期待が大半、不安は少し、楽しさMAX。体は疲れていてもジェイソンはずっとニコニコしていた。

◇◆◇

 その日の夕食は品数こそ少なかったが、もの凄く美味かった。料理を担当した隊員に聞いたら、本当にランバートが指示を出し、全ての味付けをみてくれたらしい。手際がよくて、しかも味を直したりもして、本当に大貴族の子息なのかと疑う人もいたらしい。
 そしてコンラッドも凄く上手で、元はレストランで働いていたらしかった。

 夜になって、ジェイソンは部屋で見張りの時間まで仮眠を取ることにした。建物の警備は普段、騎兵府は行わない。城の警備を行う近衛府が持ち回りで宿舎もしてくれているのだが……第一、これだけ実戦経験の豊富な軍の宿舎に殴り込みを掛ける奴もそうはいないものだ。

 なので、夜の警備は初めての経験。ジェイソンの担当は明け方のほうで、今から寝れば四時間以上寝られる。
 興奮状態で疲れている感じはあまりなかったが、ベッドに横になると疲れていたんだと気づく重みがある。

 体を休める有り難さを実感していると、そこに同室のアーリンが戻ってきた。

「アーリン、どこ行ってたんだ?」
「っ!」

 食事の時にはいたし、風呂の時にも今日はいた。けれどその後姿が見えなくなっていた。
 アーリンは暗がりを選んでいるみたいで、顔とかは見えない。けれど微かに土の臭いがする気がする。外にいたのだろうか。

「アーリン?」
「なんでもない。寝てろよ」
「ん……」

 正直横になって暖まると眠りがきて、瞼が落ちそうになっている。うつらうつらしているジェイソンに、アーリンは珍しく穏やかな声で言ってくれた。それが少し嬉しくて、ジェイソンは寝ぼけながらにへらと笑った。

「なんで笑うんだ」
「だって、アーリン俺の事嫌いだと思ってたからさぁ」
「はぁ?」

 やや素っ頓狂な声。そんな声も初めて聞いたように思う。いつもは避けられて、邪険にされるから。

「俺はね、アーリンとも仲良くなりたい。だって、一緒に剣を下賜されたんだよ? しかも同室だしさ」
「そんなの……」
「どうして? 俺は沢山仲間が増えるの、凄く嬉しいのに。アーリンは違うの?」

 喋ることで少しだけ覚醒した意識で、ジェイソンは問いかけた。アーリンは相変わらず暗がりの中、どんな顔をしているのかは分からないままだ。
 けれど息づかいが、震えているように思った。

「お前は何も知らないから、そんなことが言えるんだ」
「アーリン?」

 なんだか感じが変だ。寝ぼけながらも立ち上がろうとしたジェイソンを、アーリンは「くるな!」という強い言葉で押しとどめた。

「……俺の事を知ったら、お前も俺を嫌うだろう」
「え? なんで?」
「……やっぱり、お前なんて大嫌いだ」

 背を向けて出て行くアーリンに手を伸ばすも、掴むものは空気ばかりで何も無い。ジェイソンは空の手を見つめる。そしてグッと拳を握った。
 今、アーリンを手放してはいけないと、本能みたいなものが警告している。何があるのか分からないけれど、放っておく事なんてしたくない。
 彼から目を離さないようにしなければ。ジェイソンは改めて気持ちを新たにするのだった。
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