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15章:憧れを胸に

憧れの入団式(ジェイソン)

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 四月、待ちに待った瞬間をジェイソンは真新しい制服姿で迎えた。
 城の大広間に集められた総勢百五十人の新人騎士が、割り振られた兵府ごとに整列している。ジェイソンは騎兵府の前から二番目に立っていた。

 皇帝カール四世が言葉を述べるその隣に、式典用の白い制服を着たオスカルがいる。キリッとした視線や表情は家族に見せるものとは全く違って別人に見えてくる。そしてかっこいい。
 一段下がった所には各兵府の団長がやはり式典用の白い制服で立っている。中でもファウストと、その隣に立つ暗府団長クラウルは迫力がある。
 一転、端のほうにいるエリオットは穏やかで優しい視線を皆に向けている。遠目で見ても優しい義兄も、ジェイソンにとっては誇らしい人の一人だ。

「これより、剣の授与式を行う。各兵府の主席、次席は前へ」
「「はい!」」

 ジェイソンの前にいる金髪の青年が動き、続いてジェイソンも動く。ジェイソンは今期の騎兵府の試験で優秀な成績を収めて見事式典での剣の下賜を受ける事となったのだ。
 各兵府から二名が出て、それぞれの団長の前に膝を折って手を前に平行に出す。ジェイソンの前にはファウストが立っていた。
 まずは主席の金髪の青年が剣を下賜される。続いてジェイソンが。手にずっしりと乗った剣の重みは、決して物理的な重みだけじゃないはずだ。

 この日からジェイソンは帝国騎士団の一員になった。華々しい日々が始まるんだ!
 そう思って疑わなかったのだが、現実はちょっと違っていた。

◇◆◇

 騎士団に入団してもうすぐ一ヶ月。数日後には騎兵府一年目の合同合宿が行われる。
 そんな時期でも日々の訓練はまったく変わらない。今日もジェイソン達はクタクタになるまでしごかれて芝生の上に転がった。

「しんどい!」
「マジで死ねるね……」

 うつ伏せに芝生の上に転がったジェイソンの隣に腰を下ろしたのは、同じ第一師団のスペンサーだった。
 短い銀髪に汗を光らせた彼は青い瞳で流し目をくれ、ふわっと笑みを浮かべた。

「でも無防備だよ、ジェイソン。色々狙われているんだから、気をつけないと」
「お前が言うと意味が色々ありそうで怖いよ!」

 ジェイソンはバッと体を起き上がらせて芝生の上に座った。

 周囲はジェイソンやスペンサーと同じく、厳しい体力訓練に倒れた同期が多い。今日は午後からとにかく走らされた。勿論適度な休憩もくれたが、走り込みの回を重ねるごとに休憩時間が足りないと感じていた。
 それでもまだジェイソンはこうして話す事ができて、なおかつ最後まで生き残った。半数が途中で脱落したのだ。

「よう! お前らも生き残り組だな!」

 後ろから声をかけてきた人物へと視線を向けたジェイソンは、これだけの訓練後だというのに涼しい顔の同期をげっそりした顔で迎えた。

「リー、お前平気なのかよ」
「ん? あぁ、今日の訓練も大変だったな!」
「ジェイソン、リーに言ったところで話しは合わないよ。何せこいつ、筋トレバカだからね」

 スペンサーが呆れ、ジェイソンが頷く。だが当のリーは首を傾げ、流れる汗を爽やかに拭っている。

 ジェイソン、スペンサー、そしてリーの三人は登用試験の時に知り合い、あっという間に意気投合して仲良くなった。
 面倒見のいいスペンサーが意外な個性を持っていたり、リーはどこまでも筋トレバカだったり。でも気持ちのいい二人の性格がジェイソンは好きだった。

 三人で話していると、その脇を一人の青年が通り過ぎる。強い色合いの金髪の青年は大量の汗をかいているのに、水分補給もまだの様子だった。

「アーリン!」

 心配になって呼び止めると、彼は足を止めてジェイソン達の方へと視線を向ける。話しかけてくれるなと言わんばかりの目だった。

「大丈夫か? 水飲んだ方が……」
「既にそうした。平気だから放っておいてくれ」
「いや、平気って……」

 平気そうに見えないからこそ声をかけたのに、返ってきたのはつっけんどんなそんな言葉。彼は休む事もなくどこかへと歩き去ってしまった。

「相変わらず孤独だな、アーリンの奴」
「どうにも一人浮いているといか、他を寄せ付けないというか」
「……」

 スペンサーもリーも素っ気ない声で言うが、ジェイソンは心配だった。去って行く背中がとても孤独で、一人で立っているような感じがしてならないのだ。

「さて、風呂とメシ行こうぜ。汗だくだってのに入浴時間短いからな」
「少し上に行ければ、もう少し入浴時間長く貰えるのかな?」
「どうかな? 団長とか補佐官レベルにならないと、ゆっくり風呂って感じにはならないみたいだけど」

 落ちてくる汗を拭い、汗だくの服に鼻を近づけて眉根を寄せる。かなり臭う。

「風呂!」
「よーし、行くか!」
「のんびり暖まって体を解したいものだよ」
「スペンサー、おっさんくさいよ」
「お二人に比べればおっさんだよ?」
「たった一歳違うだけだろ!」

 ジェイソンは今年十九歳。リーも同い年だ。スペンサーだけは一歳年上だという。
 三人固まって大浴場へと向かう中、主に途中リタイアした隊員の目はどこか冷たいものがあった。


 一年目の風呂は一番最初。それというのも訓練自体が真っ先に終わる。
 一番風呂に入れるのは一年目で、訓練を最後までリタイアしなかった奴の特権である。それでも他の師団も合同だし、時間は二十分。大人数で入るからもたもたしてると時間が足りない。
 ジェイソン達が大浴場に行くと、脱衣所の籠は三分の一が既に埋まっていた。

「おーい、ジェイソン、スペンサー、リー!」
「コリー、ユーイン、お疲れ!」
「あの、お疲れ様、です。ジェイソンさん」

 脱衣所で待っていたのは第二師団のコリーとユーイン。二人も登用試験中に知り合って仲良くなった。
 コリーは明るいキャラメル色の髪に、オレンジがかった瞳の色のムードメーカー。表情も豊かで元気いっぱいで、ジェイソンは気があう。
 その隣に控えめに立っているのは、同じく第二師団のユーイン。グレーの髪を長くしていて目元があまり見えないし、恥ずかしそうに俯く事が多いけれど、知識と勇気があると思う。それに実は大きな青い瞳が可愛いのだ。

 二人は三人分の籠を確保してくれていた。それというのもこの籠がなくなったら満杯で、次を待たなければならないのだ。

「第一師団は今日何をしたんだ?」
「ひたすら走ったー。最初は修練場の外周を十周。十五分休憩してまた十周。終わったら障害物のある場所を走り込んで、筋トレして、最後は修練場の外周五十周」
「うげぇ」

 コリーは想像だけで腹が痛いと言っている。それにスペンサーは何度もうんうんと頷いた。

「おっさんにはとても辛いんだよ、これがね」
「スペンサー、おっさんって年じゃないだろ」
「そう、だよ。訓練してる教官のコンラッドさん、と、ゼロスさん、は、もっと上です」
「あのお二人を引き合いに出すのは、そもそも間違いなんじゃないかな? ユーイン」

 苦笑するけれど、確かに教官二人は規格外だと思う。
 第一師団の一年目を見てくれているのは、五年目のコンラッドとゼロスだ。ゼロスは最近怪我から復帰したが、本当に厳しい。コンラッドはちょっと甘い所もあったが、ゼロスは妥協を許さない。その為、脱落者が多いのが現状だ。

「ゼロス先輩、いい体してるんだよな。腹筋とか上腕とか、触ってみてぇ!」
「リーは相変わらず筋肉バカだよなー」
「でも、ダメだよ、リー。ゼロス先輩に手、出したら、クラウル団長がきっと、怒るから」
「それ、冗談になってないな……」

 ゼロスはとてもシンプルだが、指輪をしている。そして同じデザインの指輪をクラウルもしているのだ。どうやら二人は婚約しているようで、正式な結婚も秒読みじゃないかと気づいた者は話している。
 同じく、この騎士団では手を出してはいけない人というのが結構居る。暗府のラウル、各師団長、補佐官のランバート、医療府のエリオットは勿論の事、リカルドも売約済みだとか。
 まだ男ばかりの社会に馴染んでいない一年目はこの暗黙のルールに戸惑う者もけっこういるのだ。

 風呂場はまだ若干の余裕がある。綺麗に体や髪を洗って汗や埃を流して浴槽につかると、窮屈ではあるもののホッと息が出る。

「極楽極楽」
「スペンサー」
「おや、失礼。ですが、そんなにおっさんくさいですかね? 俺、ここに来て初めておっさんなんて言われたんだよ?」
「見た目は変わんないけど、言い方がさ」
「テラスで茶飲みながら孫自慢とかしてるのが似合う感じ?」
「おやおや、酷いなぁ」

 肩をすくめるスペンサーを笑ってゆったりと暖まっていると、徐々に人が減ってくる。前半組はそろそろ終わりなんだろう。
 ジェイソン達も上がると、脱衣所にはリタイア組が既に待っていた。

 リタイア組はペナルティとして、風呂の簡易掃除が自分たちの風呂の後にある。洗い場の泡を洗い流し、浴槽のゴミを簡単に取る。その後、他の先輩達が入るのだ。

 いそいそと着替えて出て行く瞬間、すれ違った奴らがチラリとジェイソンを見て口の端を上げた。

「兄貴のおこぼれのくせに」

 その言葉に、傷つかないわけではない。けれど反論したところで何も変わらず、問題を起こしてオスカルやエリオットに余計な手間をかけさせるのも分かっている。だからこそ、グッと押さえ込む事ができた。
 けれど周囲の友人達は凄い顔で睨み付けている。特にリーとコリーは喧嘩腰の顔をしている。だからこそ二人の腕を掴んで、ジェイソンはさっさと浴室を後にした。

「ジェイソン、なんで言い返さないんだよ!」
「そうだぜジェイソン! 事実と違う事はちゃんと訂正するべきだ!」

 茜色になり始めた空の下、一端自室へと戻るその道中、コリーとリーが言ってくれる。その気持ちはとても有り難かったが、ジェイソンは苦笑するだけだった。
 本当の事を言えば胸ぐら掴んで思い切り殴ってやりたい。自分がずるをしていると言われることじゃなくて、オスカルやエリオットを汚された事が許せないのだ。

「ジェイソンは、オスカル様に迷惑をかけたくないんだよ」
「スペンサー」
「気持ち、は、分かります。でもこういうこと、は、ちゃんと伝えた方がいい、と思います」
「ユーイン」

 二人は気遣わし顔をする。
 でも、言いたくない。頑張っていればきっと伝わると思うんだ。実力でここにいること。それに、オスカルやエリオットは関係ないこと。

「大丈夫! 俺が頑張っていればそのうち言われなくなるって!」
「ジェイソン……」
「よーし! 明日も頑張るぞー!」

 大きな声で自分を鼓舞したジェイソンは人好きのする笑みを仲間達に向ける。こう言わなければそのうち、自分が倒れてしまいそうだった。

 一端部屋に戻って、時間になったら食堂で。そういう約束でそれぞれ別れた。
 ジェイソンが自室に戻ると同室のアーリンが着替えている所だった。
 その腕に、真新しい包帯が巻かれている。そして腹に薄い痣が見えた。

「アーリン、どうしたんだお前!」

 驚いて声をかけると、アーリンはビクリと体を震わせて自分の体を隠した。

「なんでもない!」
「何でもないわけないだろ! エリオット様の所行こう。痣、それって……」

 どこかにぶつけたにしては範囲が狭いというか、ポイント的だったと思う。棒みたいな物の先端が強く当たったか、もしくは……

「お前、もしかして……」

 ジェイソンが言葉にするよりも前に手が伸びて、ジェイソンの胸ぐらを掴む。間近に迫ったアーリンの目は、憎らしくて頑なだった。

「お前に関係ないだろ」
「でも!」
「構うな!」

 突き放し、ルームウェアーを着るアーリンの背中はやっぱり孤独で、頑張って立っている感じがする。ジェイソンはその背中を見るのがとても寂しかった。折角同期で同じ第一師団で、同室で、主席と次席という関わりもあるのに。


 その後、食事の時間になってジェイソンが部屋を出た後も、アーリンは部屋を出なかった。誘ったけれど相変わらず背中が「構うな」という空気を出している。
 そして食事を終えてジェイソンが食堂を後にしても、アーリンは食事に現れなかった。
 部屋に戻るとアーリンの姿はなかった。時間を見たら風呂の時間はギリギリ。そういえば風呂でも会わなかったから、ギリギリで行ったのかと思ってベッドに寝転がる。
 疲れた体は沈み込むような疲労を訴えているのに、頭の方は冴えてしまって眠れる気配がない。思い浮かぶのはアーリンの腹と背中の痣だった。

「エリオット兄ちゃんなら、聞いてくれるかな……」

 思ったけれど実際に足は伸びない。騎士団に入って実際の距離は近づいたのに、気持ちの距離は遠ざかったように思う。主にジェイソンが距離を置いているのだ。

 「兄貴のおこぼれ」という陰口は、入団して割と早いうちに言われ始めた。最初は腹が立ってたまらなかったけれど、同時にここで問題を起こしたらこの場にいられないと思った。そして、オスカルに迷惑をかけると。
 きっとオスカルは話しを聞いてくれるし、気持ちも分かってくれる。けれどそんなオスカルに、もしかしたら頭を下げさせる事になるかもしれないんだ。愚かな自分の行いで。そう思ったら、聞かないようにするしかなかった。
 エリオットについてもそうだ。義理とはいえ兄だ。優しいし、面倒も見てくれる。けれどそれに甘えてはいけないと思うのだ。

 早く……早くもっと強くなりたい。今陰口をたたいている奴らが「こいつ凄いな」って言うくらい頑張りたい。倒れそうになっても、倒れたくない。今日も何回か弱い自分が「リタイアしたい」と訴えたけれど、ジェイソンはできなかった。
 今は結果が伴わないけれど、まだまだ苦しいけれど、苦しくないようにしたいんだ。

 思ったら、こうしてここで寝転がっているのが勿体ない気がしてきた。
 起き上がり、トレーニング用の服を着て部屋を出る。そうして向かったのは修練場だった。

 修練場にこの時間は人の影はない。ジェイソンは体を解してから軽く走りこむ。その後は筋トレをして、習った体術の基礎を復習した。
 これを教えてくれたときのコンラッドとゼロスの手合わせはとても凄かった。基本的な型しかしていないのに、迫力とか凄かった。

「ちくしょ! 俺もあんな風になるんだぁ!」

 日中のダメージは意外とあって、すぐに体が悲鳴を上げる。喉も渇いて立ち上がり、井戸へと向かったそこに先客がいた。

「え?」

 思わず隠れたジェイソンの視線の先にはアーリンがいる。彼は井戸から汲んだ水にタオルを浸して上半身を脱ぎ、体を拭いている。
 そんなことをしなくても風呂はある。これは風呂の時間に間に合わなかった隊員がやることだ。一年目ならほぼ入れるはずだ。なのに……

 腹と背中に、薄らと痣がある。包帯の下の腕にも痣が……強く握られたような跡がある。太ももにも包帯があって、そこは色が変わるほどの痣がある。
 確信した。これは訓練中の痣とかじゃない。きっと……

「誰だ!」
「!」

 アーリンの視線がこちらを強く見ている。ジェイソンは大人しく出ていった。

「ジェイソン」
「アーリン、その怪我……誰にやられたんだよ」
「っ!」

 睨み付けるアーリンを、ジェイソンは冷静な目で見ていた。これは誰かが故意につけたものだ。執拗に痛めつけたものなんじゃないのか。
 だがアーリンは頑なに否定するように睨み付けてくる。どうして本当の事を訴えないのか。ジェイソンは奥歯を噛んでアーリンの手首を掴んだ。

「アーリン!」
「お前には関係ないだろ!」
「関係ないかもしれないけど! でも……放ってもおけないよ」

 知ってしまったのだから、見て見ぬふりはできない。手首を掴んだままジェイソンはアーリンを見ている。
 だがアーリンはそんなジェイソンを鼻で笑った。

「甘ちゃんだな」
「な!」
「そんなだから、兄貴のおこぼれなんて言われるんだ」
「っ!」

 痛い言葉に思わずアーリンを睨み付ける。互いに互いを睨み付けたまま、アーリンが乱暴にジェイソンの手を振り払った。

「お節介はしないでくれ」

 服を着直して行ってしまうアーリンの背中を、ジェイソンは追えなかった。
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