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3章:温泉ラブラブ大作戦
6話:出発前
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翌日、妙な体の疲れはあったが痛みはなかった。ファウストが自分を押しつけなかったから無事だった。
けれど、それもちょっと申し訳ない気がする。意識が浮いてはいたが、ファウストだってかなり煽られていたと思う。一緒に眠るその腰の辺りに触れていた昂ぶりは、硬く熱くなっていたように思った。
「ファウスト?」
体を起こして辺りを見ると、サイドボードにメモがある。
『水浴びてくる。朝食は一緒に食べたい』
たったこれだけのメモが嬉しいなんて、生娘みたいな感情に少し恥ずかしくなる。けれど手に取って、思わず緩く笑ってしまった。
「俺も一緒に食べたいよ」
喧嘩はもうやめ。片付けて、この後は思い出の温泉で過ごすのだから。
ファウストと食事を一緒にして、その後執務室へと向かうと憑きものの落ちたようなギルバートがタバコをふかしていた。側にアレクセンの姿がない。
「おう、起きられたみたいだな」
「おはようございます、ギルバートさん。アレクセンさんは?」
「抱き潰しちまってな。フラフラしながら仕事と抜かしやがるから、午前休入れた。俺の部屋にいるぞ」
「仲直りなさったのですか?」
問えば多少バツの悪い顔をするギルバート。どうやらこちらも一段落らしい。
ファウストと二人で執務室のソファーに腰を下ろすと、すぐにいくつかの書類が出された。意外にも丁寧な文字で書かれたそれらに目を通しながら、ギルバートは報告を始める。
「まず、怪我した隊員は無事だ。昏倒させられただけで傷も深くねぇ。今日は休ませたが、すぐ復帰だ」
「血がかなり出ていたと思いますが」
「解体した鶏の血だってよ」
それを聞いて安心した。それというのも暗がりで感じた出血はとても多くて、深い傷だと思ったのだ。
「やった奴等はこれまでの経緯もあり、力不足とやる気の無さもあり、補佐官殿への暴行もありでめでたく除隊。ファウスト、これで手を打ってくれ」
「殴らせろ」
「貴族のお坊ちゃんの頬骨砕けるっての」
「顔など殴らん」
「じゃ、肋骨イカレんな。許可できん。俺の給料半年減俸でいいから、手を打てよ」
「庇うのか?」
「あんなんでも二年、面倒みたからな。五体満足に放牧しとく。一応あいつらの実家には事の経緯を送っておいた。これで満足しないなら改めて裁判にする」
「……わかった」
「悪いな。補佐官殿も悪いが、これで納得してくれ」
隣のファウストは苦虫を噛みつぶしたような顔をするが、ランバートはこれで構わないと頷く。色々あったが、結果オーライでもあるのだから。
「助かる」
「それとは別件で、兵を育てろ。やる気はあるだろ」
「……半年後、鍛えて出す。王都でもう一度確かめて割り振ってくれ」
「ギルバート?」
妙にしっかりとした上官の顔をしたギルバートに、ファウストも少し驚いた様子だった。何かが吹っ切れた、そんな感じだ。
「こんなクソ野郎を、愛してるって言うバカ野郎がいるんだ。ったく、背負わせやがって。これじゃ、腐るに腐れねぇよ」
バツの悪い様子で髪をかくギルバートを見て、ファウストとランバートは顔を見合わせる。そして次には安心して笑ってしまった。
結局ギルバートの減俸と、犯人達の反省文、後に除隊ということで手を打った。
話がついてファウストは訓練に、ランバートはアレクセンを訪ねる事にした。
「アレクセンさん」
「はい! あの、開いています」
声があってドアを開けると、ローブ姿のアレクセンが顔を赤くしてアタフタしている。その体には昨夜の情事を思わせる痕が沢山散っていて、それらを隠そうと彼は前を握り絞めていた。
「あの、大丈夫ですか?」
「なっ、何がですか!?」
「あぁ、いえ……大丈夫じゃないですよね」
「……」
ボンッと爆発でも起こしそうなくらい赤くなるアレクセンが、少し可愛い。そしてこの気恥ずかしさはランバートにも覚えがある。ファウストと付き合い始めた頃は、こんなだった。
「仲直り、できましたか?」
問いかける。まぁ、言わずもがななのだが。
「貴方も、出来ましたか?」
逆に問われ、互いに弱った笑みを浮かべた。
お茶を淹れて、アレクセンはベッドの中。ランバートは側に座っている。そして、互いの話を少しだけした。
「よかった、無事に仲直りが出来たのですね。ランバートくんの事、少し心配していました」
「ご心配おかけしました」
「いえいえ」
「アレクセンさんも、仲直り出来たんですね。スッキリした顔をしています」
「まぁ、今回は。根本がダメな人なので、これからも引き締めていかなければなりませんが」
こんな事を言うが、アレクセンは嬉しそうだ。幸せそうで、ランバートもほっとする。
「それにしても、ギルバートさんは案外弱い部分があったんですね。ファウストを庇った怪我、そんなに深かったんですか」
生死の境を彷徨ったと聞いていたが、今に残る程のものだったとは。
アレクセンは苦笑して、頷いた。
「どちらかと言えば、トラウマが深いようです。当時、傷ついたファウスト様を担いで全身傷だらけになって戦場を戻ってきて、倒れたらしいのですが……その時の恐怖があるようです。私も経験がありますが、痛みを感じるようなリアルな夢を見ることがあります」
「そんなに……」
ランバートもあまり人の事は言えない怪我をしているが、そんな夢を見たことはない。むしろこの傷は名誉に思っているのだ。
ファウストもそのような話を聞かない。彼もまた、過去の傷は癒えればそれまでのようだ。
「精神的に弱いのです、私も彼も。戦場が怖いと、足が竦むのです」
「そういうもの、ですかね」
「向き不向きがあるのでしょう」
それで納得できる。そんなアレクセンの表情に、ランバートも頷いた。
「それに、これでいいのです。戦場に出るばかりが騎士団を支える事ではない。私達のやりかたで戦えばいい。そう、思っております」
「頼もしいです」
「まぁ、これからは少し落ち着くだろうと思いますが。三国同盟が無事に締結されれば、もはや脅威はほぼ無いと言えます。円熟の時代が来ることを願うばかりです」
「そうですね」
本当に平和になって、戦いも多くなくなれば安心していられる。国内にはまだ問題も燻っているけれど、それらを片付けた先には穏やかな日々が待っている。そう、信じている。
「明日、出られるのですよね?」
「はい、その予定です」
「見送りは出られる様にします。少しの間ですが、とてもお世話になりました」
「こちらこそ、お世話になりました」
「こちらにいらした時にはまた、顔を出して下さいね。大した事はできませんが、歓迎いたします」
「本当ですか! それ、とても嬉しいです」
とても穏やかな時間には、小さな笑みがとても多く感じる。互いに少し情けない部分を晒したからか、ランバートにとってアレクセンとの時間は心地よいものになっていた。
その夜、改めてファウストと穏やかな時間を過ごしている。ほんの少しお酒を飲みながら、月を眺めているような。
「もう、体も平気か?」
「あぁ、勿論。ごめん、ファウストに我慢させた」
昨夜は眠れなかったかもしれない。自分の事で精一杯で、ファウストの事を気遣う余裕がなかった。
ファウストは苦笑したが、穏やかなままだ。手を伸ばして、そっと触れてくる。愛しい者に触れる、そんな様子で。
「昨日のお前を抱くのは、流石にできなかった。俺の理性も切れるだろうしな」
「それでも仕方がない感じだっただろ?」
「大事な奴を抱き潰すのは、後々に後悔が多いんだ」
「普段も後悔してるのか?」
「……反省はしてる」
都合の悪い話に視線がそれる。それを笑うと軽く睨まれて、でも次には困った笑みが返ってくるばかりだ。
「俺ばかりじゃないけれどな」
「ん?」
「クラウルもよく、反省している顔をする。どうにも理性が切れた途端、やらかすらしい」
「ゼロスに怒られるあの人を想像できないんだよな」
まぁ、そういう日の翌日はゼロスを見ると分かる。少し怠そうで溜息が多くて、それでも満たされた顔はしている。そしてお互い顔を合わせると、苦笑してしまうのだ。
「あいつはしっかりしているから、クラウル相手にも物怖じせずに説教するらしい。クラウルも惚れた弱みだろうな、大人しく叱られるそうだ」
「それ、見てみたいような……」
「ある意味恐ろしい光景だな。冷酷無情と言われた暗府の長が、一隊員に正座で説教らしいから」
「あははっ」
想像するに面白いが、それをしているのがゼロスというのもまたなんとも。
「なんにしても、上手くいってるんだな」
「そうだな」
互いに笑って、自然と距離が近づいていく。寄り添うように触れる肩に凭れて、ランバートは自然と笑った。
「ごめん、ファウスト」
「もういいと言っただろ。俺も悪かった」
「うん」
混乱したまま謝り倒したのを覚えている。あの時は苦しくて、切なくて、不安がこみ上げるようでどうしようもなかったから。
「お前に話していない事も、多いんだろう。隠すわけじゃなく、重要と思っていなくて話していないことも」
「そうかもね」
「そういう時は言ってくれ。鈍感だから気付かない事が多い」
「わかった。ファウストは俺に、聞きたい事はないのか?」
今回の事が色々思う事があった。ランバートはファウストの事をあまり知らない。知り合ってからの事は鮮明に覚えているが、それより以前の事は分からない事が多い。
大抵の事は問題無いし、何より今知ってもどうしようもない過去なのかもしれない。ランバートだって今を疑っているわけじゃないんだ。今回はただ、隠された事が……その隠された部分を他人から聞かされた事が嫌だったんだ。
でもこれは、ファウストも同じかもしれない。ランバートだって過去を多く語るわけじゃないし、それでファウストがモヤモヤしている事もあるかもしれない。
いい機会だから、今のうちに吐き出してしまいたかった。
「幾つかあるが……」
「なに?」
「お前、リッツとは何もないよな?」
「……はぁ?」
出てきた名前に驚き、思わず目を丸くしてファウストを見た。何ともバツの悪い感じで視線が合わない。ないと思っているけれど、完全に疑惑を拭えていない。そんな感じだった。
「ないない! あいつとは悪い友人みたいなもんだよ。付き合いは子供の頃からだったけれど」
「絵を描くんだったか」
「うん。元は写生仲間。その後は下町を立て直すのに一緒に動いてくれた仲間ってだけだよ。それにリッツは今、グリフィス隊長と交際してるだろ?」
「聞いている。グリフィスがたまに精根尽き果てた顔をしている」
「……リッツ、どれだけだよ」
子供の頃から知っていて、互いに思春期なんて時代も知っている間柄だ。リッツの好みにグリフィスがピッタリきたのも頷ける。逞しくて男臭い相手が好きだと言っていたし。
だがまさか、グリフィスに落ちるとは思わなかったが。
「お前の面倒を見ていたデュオという人物とも、何もなかったのか?」
「ないな。第一あいつ、彼女いたし。男は論外だった」
「求められたら?」
「……拒まなかったかもしれない。恋愛感情はないけれど、嫌いな相手じゃなかったし、嫌悪もないと思う」
そこまで言って、ふとファウストとギルバートの関係を思った。同じじゃないかと。
ファウストは少しホッとしたような、穏やかな表情で「そうか」と頭を撫でる。多分、同じ事を思ったんだろうとわかった。
「俺、初物じゃないけど、初恋はファウストだよ」
改めて伝えたくなって伝えると、ファウストは驚いた後で嬉しそうに笑う。
「分かっている。俺もそうだ」
「沢山遊んだかもしれないけれど、でも……」
そういえば、初めての相手って、誰だっけ?
ふと思って、思い出そうと記憶の断片を探っていく。けれど、上手くいかない。最初は女性だったはずだ。でも、男で初めての相手は?
その時ふと、しまい込んでいたものが不意に見つかったような感じがあった。
突然フラッシュバックしたのは、手足をばたつかせて暴れている自分と、顔の見えない何者か。悲鳴と、拒絶。
それらが断続的に目の裏に焼き付くような強烈さで思い出されたのだ。
「ランバート!」
「え?」
ふと声に気が向いた途端、それらの白黒の記憶は霧散して、まるでなかった事のように消えていく。
強く抱きしめられたまま、ふと自分が涙を流している事に気付いた。悲しいわけでは、なかったのに。
「ごめん、なんでだろう? どうしたんだ、俺」
気恥ずかしくて笑ったけれど、空回りしている。涙は止まらないままで、でもどうして泣いているのかはさっぱり分からない。奇妙な感じがして必死に止めようとしているのだが、どうしようもない。
「それはこっちのセリフだ。どうしたんだ」
「分からない。ただ、俺の初めての相手って誰だったかと思っただけなんだ」
本当に、ただそれだけ。それに一瞬思いだしたモノクロの映像は、なんだったんだ。
分からない。何の感情も感じていないのに。
「その話はもういい。俺も知りたいとは思わないから」
「うん。ごめん、なんか」
「いいんだ」
抱きしめられたまま胸元に寄り添うと、穏やかで優しい気持ちが戻ってくる。落ち着いてきたら涙も止まって、息をついた。
ふと浮かんだ疑問は、だが長続きはしないまま。甘やかしてくれる腕の中にいるうちに、ランバートは些細な事を忘れてしまった。
けれど、それもちょっと申し訳ない気がする。意識が浮いてはいたが、ファウストだってかなり煽られていたと思う。一緒に眠るその腰の辺りに触れていた昂ぶりは、硬く熱くなっていたように思った。
「ファウスト?」
体を起こして辺りを見ると、サイドボードにメモがある。
『水浴びてくる。朝食は一緒に食べたい』
たったこれだけのメモが嬉しいなんて、生娘みたいな感情に少し恥ずかしくなる。けれど手に取って、思わず緩く笑ってしまった。
「俺も一緒に食べたいよ」
喧嘩はもうやめ。片付けて、この後は思い出の温泉で過ごすのだから。
ファウストと食事を一緒にして、その後執務室へと向かうと憑きものの落ちたようなギルバートがタバコをふかしていた。側にアレクセンの姿がない。
「おう、起きられたみたいだな」
「おはようございます、ギルバートさん。アレクセンさんは?」
「抱き潰しちまってな。フラフラしながら仕事と抜かしやがるから、午前休入れた。俺の部屋にいるぞ」
「仲直りなさったのですか?」
問えば多少バツの悪い顔をするギルバート。どうやらこちらも一段落らしい。
ファウストと二人で執務室のソファーに腰を下ろすと、すぐにいくつかの書類が出された。意外にも丁寧な文字で書かれたそれらに目を通しながら、ギルバートは報告を始める。
「まず、怪我した隊員は無事だ。昏倒させられただけで傷も深くねぇ。今日は休ませたが、すぐ復帰だ」
「血がかなり出ていたと思いますが」
「解体した鶏の血だってよ」
それを聞いて安心した。それというのも暗がりで感じた出血はとても多くて、深い傷だと思ったのだ。
「やった奴等はこれまでの経緯もあり、力不足とやる気の無さもあり、補佐官殿への暴行もありでめでたく除隊。ファウスト、これで手を打ってくれ」
「殴らせろ」
「貴族のお坊ちゃんの頬骨砕けるっての」
「顔など殴らん」
「じゃ、肋骨イカレんな。許可できん。俺の給料半年減俸でいいから、手を打てよ」
「庇うのか?」
「あんなんでも二年、面倒みたからな。五体満足に放牧しとく。一応あいつらの実家には事の経緯を送っておいた。これで満足しないなら改めて裁判にする」
「……わかった」
「悪いな。補佐官殿も悪いが、これで納得してくれ」
隣のファウストは苦虫を噛みつぶしたような顔をするが、ランバートはこれで構わないと頷く。色々あったが、結果オーライでもあるのだから。
「助かる」
「それとは別件で、兵を育てろ。やる気はあるだろ」
「……半年後、鍛えて出す。王都でもう一度確かめて割り振ってくれ」
「ギルバート?」
妙にしっかりとした上官の顔をしたギルバートに、ファウストも少し驚いた様子だった。何かが吹っ切れた、そんな感じだ。
「こんなクソ野郎を、愛してるって言うバカ野郎がいるんだ。ったく、背負わせやがって。これじゃ、腐るに腐れねぇよ」
バツの悪い様子で髪をかくギルバートを見て、ファウストとランバートは顔を見合わせる。そして次には安心して笑ってしまった。
結局ギルバートの減俸と、犯人達の反省文、後に除隊ということで手を打った。
話がついてファウストは訓練に、ランバートはアレクセンを訪ねる事にした。
「アレクセンさん」
「はい! あの、開いています」
声があってドアを開けると、ローブ姿のアレクセンが顔を赤くしてアタフタしている。その体には昨夜の情事を思わせる痕が沢山散っていて、それらを隠そうと彼は前を握り絞めていた。
「あの、大丈夫ですか?」
「なっ、何がですか!?」
「あぁ、いえ……大丈夫じゃないですよね」
「……」
ボンッと爆発でも起こしそうなくらい赤くなるアレクセンが、少し可愛い。そしてこの気恥ずかしさはランバートにも覚えがある。ファウストと付き合い始めた頃は、こんなだった。
「仲直り、できましたか?」
問いかける。まぁ、言わずもがななのだが。
「貴方も、出来ましたか?」
逆に問われ、互いに弱った笑みを浮かべた。
お茶を淹れて、アレクセンはベッドの中。ランバートは側に座っている。そして、互いの話を少しだけした。
「よかった、無事に仲直りが出来たのですね。ランバートくんの事、少し心配していました」
「ご心配おかけしました」
「いえいえ」
「アレクセンさんも、仲直り出来たんですね。スッキリした顔をしています」
「まぁ、今回は。根本がダメな人なので、これからも引き締めていかなければなりませんが」
こんな事を言うが、アレクセンは嬉しそうだ。幸せそうで、ランバートもほっとする。
「それにしても、ギルバートさんは案外弱い部分があったんですね。ファウストを庇った怪我、そんなに深かったんですか」
生死の境を彷徨ったと聞いていたが、今に残る程のものだったとは。
アレクセンは苦笑して、頷いた。
「どちらかと言えば、トラウマが深いようです。当時、傷ついたファウスト様を担いで全身傷だらけになって戦場を戻ってきて、倒れたらしいのですが……その時の恐怖があるようです。私も経験がありますが、痛みを感じるようなリアルな夢を見ることがあります」
「そんなに……」
ランバートもあまり人の事は言えない怪我をしているが、そんな夢を見たことはない。むしろこの傷は名誉に思っているのだ。
ファウストもそのような話を聞かない。彼もまた、過去の傷は癒えればそれまでのようだ。
「精神的に弱いのです、私も彼も。戦場が怖いと、足が竦むのです」
「そういうもの、ですかね」
「向き不向きがあるのでしょう」
それで納得できる。そんなアレクセンの表情に、ランバートも頷いた。
「それに、これでいいのです。戦場に出るばかりが騎士団を支える事ではない。私達のやりかたで戦えばいい。そう、思っております」
「頼もしいです」
「まぁ、これからは少し落ち着くだろうと思いますが。三国同盟が無事に締結されれば、もはや脅威はほぼ無いと言えます。円熟の時代が来ることを願うばかりです」
「そうですね」
本当に平和になって、戦いも多くなくなれば安心していられる。国内にはまだ問題も燻っているけれど、それらを片付けた先には穏やかな日々が待っている。そう、信じている。
「明日、出られるのですよね?」
「はい、その予定です」
「見送りは出られる様にします。少しの間ですが、とてもお世話になりました」
「こちらこそ、お世話になりました」
「こちらにいらした時にはまた、顔を出して下さいね。大した事はできませんが、歓迎いたします」
「本当ですか! それ、とても嬉しいです」
とても穏やかな時間には、小さな笑みがとても多く感じる。互いに少し情けない部分を晒したからか、ランバートにとってアレクセンとの時間は心地よいものになっていた。
その夜、改めてファウストと穏やかな時間を過ごしている。ほんの少しお酒を飲みながら、月を眺めているような。
「もう、体も平気か?」
「あぁ、勿論。ごめん、ファウストに我慢させた」
昨夜は眠れなかったかもしれない。自分の事で精一杯で、ファウストの事を気遣う余裕がなかった。
ファウストは苦笑したが、穏やかなままだ。手を伸ばして、そっと触れてくる。愛しい者に触れる、そんな様子で。
「昨日のお前を抱くのは、流石にできなかった。俺の理性も切れるだろうしな」
「それでも仕方がない感じだっただろ?」
「大事な奴を抱き潰すのは、後々に後悔が多いんだ」
「普段も後悔してるのか?」
「……反省はしてる」
都合の悪い話に視線がそれる。それを笑うと軽く睨まれて、でも次には困った笑みが返ってくるばかりだ。
「俺ばかりじゃないけれどな」
「ん?」
「クラウルもよく、反省している顔をする。どうにも理性が切れた途端、やらかすらしい」
「ゼロスに怒られるあの人を想像できないんだよな」
まぁ、そういう日の翌日はゼロスを見ると分かる。少し怠そうで溜息が多くて、それでも満たされた顔はしている。そしてお互い顔を合わせると、苦笑してしまうのだ。
「あいつはしっかりしているから、クラウル相手にも物怖じせずに説教するらしい。クラウルも惚れた弱みだろうな、大人しく叱られるそうだ」
「それ、見てみたいような……」
「ある意味恐ろしい光景だな。冷酷無情と言われた暗府の長が、一隊員に正座で説教らしいから」
「あははっ」
想像するに面白いが、それをしているのがゼロスというのもまたなんとも。
「なんにしても、上手くいってるんだな」
「そうだな」
互いに笑って、自然と距離が近づいていく。寄り添うように触れる肩に凭れて、ランバートは自然と笑った。
「ごめん、ファウスト」
「もういいと言っただろ。俺も悪かった」
「うん」
混乱したまま謝り倒したのを覚えている。あの時は苦しくて、切なくて、不安がこみ上げるようでどうしようもなかったから。
「お前に話していない事も、多いんだろう。隠すわけじゃなく、重要と思っていなくて話していないことも」
「そうかもね」
「そういう時は言ってくれ。鈍感だから気付かない事が多い」
「わかった。ファウストは俺に、聞きたい事はないのか?」
今回の事が色々思う事があった。ランバートはファウストの事をあまり知らない。知り合ってからの事は鮮明に覚えているが、それより以前の事は分からない事が多い。
大抵の事は問題無いし、何より今知ってもどうしようもない過去なのかもしれない。ランバートだって今を疑っているわけじゃないんだ。今回はただ、隠された事が……その隠された部分を他人から聞かされた事が嫌だったんだ。
でもこれは、ファウストも同じかもしれない。ランバートだって過去を多く語るわけじゃないし、それでファウストがモヤモヤしている事もあるかもしれない。
いい機会だから、今のうちに吐き出してしまいたかった。
「幾つかあるが……」
「なに?」
「お前、リッツとは何もないよな?」
「……はぁ?」
出てきた名前に驚き、思わず目を丸くしてファウストを見た。何ともバツの悪い感じで視線が合わない。ないと思っているけれど、完全に疑惑を拭えていない。そんな感じだった。
「ないない! あいつとは悪い友人みたいなもんだよ。付き合いは子供の頃からだったけれど」
「絵を描くんだったか」
「うん。元は写生仲間。その後は下町を立て直すのに一緒に動いてくれた仲間ってだけだよ。それにリッツは今、グリフィス隊長と交際してるだろ?」
「聞いている。グリフィスがたまに精根尽き果てた顔をしている」
「……リッツ、どれだけだよ」
子供の頃から知っていて、互いに思春期なんて時代も知っている間柄だ。リッツの好みにグリフィスがピッタリきたのも頷ける。逞しくて男臭い相手が好きだと言っていたし。
だがまさか、グリフィスに落ちるとは思わなかったが。
「お前の面倒を見ていたデュオという人物とも、何もなかったのか?」
「ないな。第一あいつ、彼女いたし。男は論外だった」
「求められたら?」
「……拒まなかったかもしれない。恋愛感情はないけれど、嫌いな相手じゃなかったし、嫌悪もないと思う」
そこまで言って、ふとファウストとギルバートの関係を思った。同じじゃないかと。
ファウストは少しホッとしたような、穏やかな表情で「そうか」と頭を撫でる。多分、同じ事を思ったんだろうとわかった。
「俺、初物じゃないけど、初恋はファウストだよ」
改めて伝えたくなって伝えると、ファウストは驚いた後で嬉しそうに笑う。
「分かっている。俺もそうだ」
「沢山遊んだかもしれないけれど、でも……」
そういえば、初めての相手って、誰だっけ?
ふと思って、思い出そうと記憶の断片を探っていく。けれど、上手くいかない。最初は女性だったはずだ。でも、男で初めての相手は?
その時ふと、しまい込んでいたものが不意に見つかったような感じがあった。
突然フラッシュバックしたのは、手足をばたつかせて暴れている自分と、顔の見えない何者か。悲鳴と、拒絶。
それらが断続的に目の裏に焼き付くような強烈さで思い出されたのだ。
「ランバート!」
「え?」
ふと声に気が向いた途端、それらの白黒の記憶は霧散して、まるでなかった事のように消えていく。
強く抱きしめられたまま、ふと自分が涙を流している事に気付いた。悲しいわけでは、なかったのに。
「ごめん、なんでだろう? どうしたんだ、俺」
気恥ずかしくて笑ったけれど、空回りしている。涙は止まらないままで、でもどうして泣いているのかはさっぱり分からない。奇妙な感じがして必死に止めようとしているのだが、どうしようもない。
「それはこっちのセリフだ。どうしたんだ」
「分からない。ただ、俺の初めての相手って誰だったかと思っただけなんだ」
本当に、ただそれだけ。それに一瞬思いだしたモノクロの映像は、なんだったんだ。
分からない。何の感情も感じていないのに。
「その話はもういい。俺も知りたいとは思わないから」
「うん。ごめん、なんか」
「いいんだ」
抱きしめられたまま胸元に寄り添うと、穏やかで優しい気持ちが戻ってくる。落ち着いてきたら涙も止まって、息をついた。
ふと浮かんだ疑問は、だが長続きはしないまま。甘やかしてくれる腕の中にいるうちに、ランバートは些細な事を忘れてしまった。
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