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3章:温泉ラブラブ大作戦

4話:嫉妬

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 翌日朝から、ランバートは昇格試験を行っていた。そして、思った以上の不甲斐なさに憤慨していた。

「お前等……もう少し根性出せ!」
「はいぃ!」

 乱取りだけでもうかなりの数をやっているが、誰一人ランバートを倒す事ができない。一対複数なのにだ。
 乱取りは剣を使わない肉弾戦で、主に投げ飛ばす事が多い。引き倒し、腕を固めて捕縛する初歩。殴る蹴るとはまた違う感じだ。
 通常は一対複数となるとかなり手こずる。事実これを同期組でやると三〇分もたないのが普通だ。
 だが、既にランバートは一人で数十回投げ飛ばし、捻りあげ、転がしている。

 それでも褒められる事もある。弱いが、何回投げられても闘志が萎えない者が意外といる。必死にくいついていこうとしている。そういう隊員は育てればどうにかなるかもしれない。何も戦うばかりが騎士団ではないのだ。

 ただその中で五人、ランバートの疲弊を待っているような奴等がいる。
 明らかに育ちがよさそうで、投げられている隊員を見て馬鹿にしたように笑っている。確信を持ってこいつらが問題行動を起こしている奴等だ。

「お前達、サボるな!」

 ランバートが睨み付けて声をかけて、ようやくといった感じで出てきた彼らが強いわけがない。それぞれ簡単に転がされ、睨み付けてそのまま下がっていく。明らかにやる気がない。
 これは、誰であっても腹が立つだろう。

「よし、そこまで!」

 ファウストの声で全員が止まり、服を土まみれにした隊員は頭を下げて「有り難うございました!」と大きな声で言う。これにはランバートも嬉しくて、嫌な事は忘れられた。


 ギルバートの執務室に戻って評価をつける。問題のある五人が、やはりやる気無しだ。

「こいつらには除隊勧告を出す。嫌なら明日、俺と組ませる」
「ファウストが出るのか? 団長自らとはご苦労なこった」
「どうせ来ないだろうがな。これで俺とやりあえるっていうなら、多少認めてやる」

 腕を組んだファウストの言葉に、ギルバートもアレクセンも苦笑する。
 王都の騎士団なら喜んでファウストと手合わせしたがる人物が多い。滅多にできないし、強い奴と戦う事が楽しい者が多いのだ。
 最近、コンラッドやレイバン、ゼロスも手合わせを願い出るようになった。そしてトレヴァーも強くなるんだと言いながらよく転がされている。ボロボロだがやりがいがあるらしい。
 チェスターもウェインに手合わせを願い出て、もの凄い勢いでボロボロになる。どうやらウェインの怪我が彼なりに響いているようで、力を付けたいと思っているそうだ。
 そんなチェスターの思いを汲んでいるウェインも嬉しいらしく、訓練が苛烈している。

「それにしても補佐官殿、あんた強いな!」
「ここのが弱いんだと思いますが。まぁ、でも彼らの目は死んでないので、嫌いじゃないです」

 伝えると、ギルバートは少し嬉しそうな顔でそっぽを向いた。

「午後からは訓練が入っていますが、一部の隊員からはランバートくんにお願いしたいと申し出がありました。どうしますか?」
「俺?」

 自分を指さしながら、僅かに頬が緩むのが分かる。ご指名とは嬉しい事だ。

「私もつきますが、如何でしょう?」
「俺でよければ」
「では、お願いできますか? いい刺激になりますし」

 アレクセンの申し出にランバートは快く応じる。だがその隣で、ファウストは難しい顔をしていた。

 結局昨日はあの後一言も交わさなかった。何となく何を言っていいか分からなかったし、ランバートとしては謝るのは違う気がした。
 だからといって謝って欲しいわけでも、言い訳が聞きたいわけでもない。本当に、感情だけの話なんだと思う。
 拗らせるつもりなんてなかった。ファウストから話して欲しかった。
 けれど互いに声をかけそこなって、そのままな様子があって胸に支えていた。


 昼食を軽く取った後に訓練を見て回ったが、やる気だけは王都騎士にも負けていない。なのにそこに実力が伴わないのがもどかしい事だった。

「そこ、目を瞑らない! その瞬間に斬られるぞ!」
「はい!」

 小柄な隊員が剣を怖がり目を瞑っているのを見て檄を飛ばし、勢いで攻めようとしている若い隊員に「突出するな」と声をかけ。
 素直に従おうとしている。そういう部分はやっぱり評価できる。それぞれ個別に構え方を直し、声をかけ、時には手合わせをしていく。

 そのうちに休憩となり、ランバートも少し離れて腰を下ろす。そこにアレクセンが来てそっと水を手渡してくれた。

「的確な指導を有り難うございます」
「礼を言われるような事はしてません。やる気はあるので、それにこちらも応えたいなと思うだけなんで」
「有り難うございます。本来はギルバートの仕事なのですが」

 そう言ったアレクセンは苦笑して、次には寂しそうな顔をする。どことなく落ち込んだ様子だ。

「何か、ありましたか?」
「え? あぁ……そのように思いますか?」
「まぁ」

 憂いという様子が見て取れる苦笑に、ランバートは何となく同じ臭いを感じている。もしかしたらこれが、ギルバートの抱えている問題のようにも思えた。

「実は、一ヶ月ほど前に喧嘩をしてしまいましてね。もう理由も覚えていないような、くだらないものなんだと思います。ただ、謝る切っ掛けを逃してしまったんですよ」
「謝る切っ掛け……」

 丁度昨日、逃したばかりだ。

「っていうか、それって……」
「あぁ。一応は付き合っているはず、なのですがね。あの通りつかみ所もなく、据え膳は食べてしまう人なので細かな喧嘩は絶えなくて。いい加減、それに疲れてきてしまっているのですよね」
「別れるのですか?」
「それも考えていたのですが……やはり難しいですね。惚れてしまったので、気付けば彼の事を考えて腹を立て、後悔をしている自分がいます。それを含めてあの人の事が好きなのでしょう。遊び歩く事を辛いと感じるくらいには」

 本当に困ったように笑うアレクセンを見ると、ランバートも苦しくなる。
 もしもファウストと別れる事になったら? そんな未来、考えられない。側を離れる事を考えていない。二人でいることを疑ってすらいないのだ。

 意地になったことを謝らなければ。探るようにしてしまった事を謝らなければ。既に過去なんだし、そもそも出会ってすらいない時代の事だ。それにランバートだって遊んでいたじゃないか。ファウストを責める資格なんてない。
 何より、今はファウストもランバートも互いだけを大事にしている。それは何よりも感じられる確かな事なんだ。

「ランバートくんも、喧嘩したのですか?」
「え?」
「様子がお互いに違ったので。申し訳ありません、ギルバートとファウスト様の事を聞いていたのに、呼んでしまった事が間違いでした」
「あぁ、いや」

 素直に頭を下げられて、ランバートの方が慌ててしまう。
 何よりここにくる事を提案したのはランバートだった。ファウストは最初から難色を示していたのだ。きっと、こういう関係があったからだ。
 押し切ったのはランバート。意地になっているのも、ランバートだ。

「俺が青臭いんですよきっと。変に意地を張って、子供みたいだ」

 ドンドン落ち込んでいく。大人の対応ができれば、笑って過去の事だからと言えたのに。今回は変に拘っている気がする。
 けれどアレクセンは苦笑して、肩を叩いてくれた。

「好いた惚れたの世界に、大人も子供もありませんよ。世慣れたと思っている人も不意に、バカみたいな事に拘ったりするものです。意地になったり、素直じゃなかったり。天使みたいな人は、そうはいないのだと思います」
「そうですか?」
「えぇ、そうですよ。特に相手がファウスト様みたいないい男では、不意に不安になるでしょ?」
「……かも、しれません」

 変な部分を言い当てられて赤面する。絶対に言わない事なんだ。
 ファウストはモテる。それは男女共にそうなんだと思う。貴族のパーティーの護衛でも、騎士団の中でも、ファウストの存在はとても目立つ。それを少し離れて見ると不意にこみ上げる感情がある。「この人は俺のだ」という、子供っぽい独占欲だ。
 それを口にしないのは、言えば困らせるしファウストにその気がないから。だから大丈夫、そう思って見ないふりをする。
 けれどその度、何かが溜まっていたのかもしれない。口にしない小さなモヤモヤが、今不意に出てきたのだろうか。

「謝るべき部分は謝って、話をするのが多分いいですよ」
「そう、ですね」
「……私も、もう一度ちゃんと向き合わなければいけませんね。少なくとも今のままではいられません」

 何かを決意したらしいアレクセンの横顔を見て、ランバートも今夜話をしようと決意した。
 何よりこの後、彼の誕生日を祝うのだ。こんな気持ちでは一緒に祝うなんて、とても出来ないのだから。


 その夜、ランバートは食堂で他の隊員達に囲まれていた。訓練を付けたことで壁が薄くなったようだ。
 人懐っこい隊員が多い。それに好奇心も強い。王都の様子やジェームダルの戦の話を聞きたがって、ランバートもそれに応じている間にちょっと時間が遅くなった。

 一時間も食事に費やして、少し急いで食堂を出る。そうして部屋に戻る途中で、突然「うわぁぁ!」という悲鳴を聞いて立ち止まった。

「どうした!」

 声をかけても返事はない。声のした方へと足早に向かうと、日中訓練をつけていた隊員が一人、頭部付近から血を流して倒れていた。

「大丈夫か!」
「うっ」

 後ろから殴られたのだろう隊員を抱き上げると、薄ら目を開ける。意識はあるみたいだ。

「何があったんだ」
「わから、ないです。突然、殴られ……」

 そう言って見上げた隊員が、不意に目を大きく開いて「危ない!」と口にする。だがその警告が届くよりも前に、ランバートは後頭部に鈍い痛みを感じて倒れ込んだ。そこに追い打ちをかけるように何かを口元に押し当てられる。
 薬の臭いと、徐々に薄れていく意識の中でいくつかの足が見えたのが最後だった。


 気付いた時、ランバートは手も足も縛られた状態で暗い狭い部屋に押し込まれていた。口には猿ぐつわを嵌められている。
 そして、体がおかしい。熱くて、ゾワゾワと疼いて、妙な焦燥感があって気持ちが乱れてしまう。

「お目覚めだぜ」

 嘲笑うような声に視線を上げると、知っている顔がある。問題のある五人がそこにいて、ニヤニヤと笑ってランバートを見下ろしていた。

「いい姿じゃん、補佐官殿。これから自分がどうなるか、分かる?」

 もの凄く嫌な感じで言われ、目を見開いた。この感覚は、きっと何かの薬を使われたんだろう。でもまだ完全に効いてはいない。理性が残っているし、逆らおうとしている。
 それもいつまでだろう。体に感じる熱や疼き、胸の苦しさや言いようのない寂しさや不安は増していく。このままじゃ、理性が切れる。

「んぅ!!」
「暴れても無駄だって。まぁ、俺達は男の相手なんてしないけれどな」
「よくも恥をかかせたな。その分しっかり、恥ずかしい思いをしてもらうか」

 下卑た笑いが不愉快だが、動けない。後ろ手にキツく縛られた手首が擦れて痛い。怖いのはその痛みすら痺れるような快楽になりそうな予感だ。

「男色趣味の奴を呼んでるけど、遅いな」

 一人がそんな事を言って辺りを見回す。その時軋むようにドアが開いて、その戸口に人影が立った。

「っ!」

 呆れた様子のギルバートの登場に、驚いたのはランバートだけじゃない。他の五人も驚いて、途端にしどろもどろになった。

「お前等……いい加減にしないと庇いきれないぞ。そいつが誰の恋人か、お前等わかってんのか」
「恋、人?」
「軍神の恋人に手を出して、ただで済むと思ってんのかって聞いてんだよ」
「軍神!」

 途端に慌てた彼らがバタバタ動き出し、口々に「やばい!」「死にたくねぇよ!」と言っている。そしてバタバタとその場から逃げていった。
 入ってきたギルバートはランバートの後ろに回り、真っ先に猿ぐつわを外してくれた。跡が薄ら残るくらいしっかり縛られていた口元が楽になったが、溢れたのは甘い声だった。

「あっ、んぅ……」
「どうした」
「体、おかしい……」

 同じくしっかりと縛られた手の拘束を解こうとしているギルバートが声をかける。それに、吐息混じりに答える事しかできない。
 感覚が鋭くなって、他人の熱にすら反応してしまいそうだ。触れられるそこからジクジクと疼いて、快楽を知る体が反応している。

「あいつら、薬まで使ったのか。ったく、隠しようがないぞ」
「あぁ! いっ、あっ」
「我慢しろ。このままじゃ血が止まる」

 出来るだけ触れないように、でも手早く縄を解いてくれたギルバートが足を縛る縄も解く。その間に体は熱く火照り、どうしようもない疼きに身動きが取れなくなっていた。

「強いの使われたな。まぁ、効果は持続しないだろ」
「ふぅ……ぅ」
「色っぽい顔するなっての。これでもあいつの物には手を出したくないんだ」

 苦々しい表情で言ったギルバートは側にあった毛布をランバートの頭からすっぽりと被せて包み、抱き上げる。
 膝裏、脇に触れた熱にビクンと反応する。切ない感覚に頭の中がおかしくなりそうだ。
 それでも求めるのはたった一人。他の誰かなんて一切浮かんでこない。

「ファウ、スト……っ」
「医務室運ぶ。この時間なら誰もいないからな。すぐに呼んでやるから、頑張れ」
「んっ……」

 唇を噛み締めて耐えた。その間にギルバートは出来るだけ足早に、ランバートを無人の医務室へと運び入れてくれた。

 ベッドに寝かされ、布団にくるまっても熱は薄れない。切なさや不安、足の震えはより増していく。心臓が苦しくなって、押し潰されるように涙がこぼれた。

「ランバート!」

 バタンとドアが開いて、慌てたようにファウストが駆け込んで来る。その姿を見ただけでダメだった。声だけで、ダメだった。

 ベッド脇まできたファウストの首に抱きついたランバートはそのまま彼の名を呼んで泣いていた。「助けて」と、頼りなく口にした。
 少し遅れてアレクセンも来て、この様子に眉を寄せる。離れていたギルバートも、何とも言えない様子だった。

「何があったんだ」
「廊下に血が撒かれてるのに気付いて探したら、近くの使ってない物置に怪我をした隊員を見つけた。そいつが、ランバート拉致を知らせてくれたんだ。アレクセンや他の隊員も探して、怪しい動きをしている隊員を見つけて尋問すると場所を吐いた。俺が行ったら、既にこの状態だ」
「……犯人は」
「言わずもがなだな。ただし、殺しはなしだぞ」

 睨み付けるファウストの体から、怖いくらいの殺気が放たれる。肌や気配まで尖ったように敏感だからそれを強く感じて、ランバートは余計にしがみついた。

「こ、わい。ファウスト、いや……」
「っ! 悪い、怖がらせた。大丈夫だ、側にいるから」
「くる、しい」

 訴えると抱きしめてくれる。辛いけれど安心出来る臭いと体温を感じて、ランバートは甘く声をあげた。

「アレクセンが既に捕まえて全員牢にぶち込んだ。とりあえずそいつ、どうにかしてやれ」
「悪いな」
「元々は俺の面倒をそいつが被ったんだ、謝んのはこっちだ。悪かったな」

 力ないギルバートの声に反応して、ランバートは首を横に振る。彼が悪いんじゃないと思う。多分、恨みを買ったんだ。

「後の事はこっちでやっとく。明日には処理できるようにしとくさ」
「私も側について、ちゃんと仕事させます。ファウスト様はどうかランバートくんを」
「すまない」

 ふわりと体が浮く。その浮遊感すらも反応する。体に毛布を巻いて顔を隠すようにして連れて行かれる間もずっと、ランバートの切なさは増していく感じがした。
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