月は夜に抱かれて

凪瀬夜霧

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5章:ルルエ平定

25話:谷底の真実

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 ユリエルの元へ教皇選挙の結果がもたらされたのは、一週間も経ってからの事だった。街に潜ませていたクレメンスの部下が伝えた内容を聞いて、ユリエルは力が抜けた気がした。

「おめでとうございます、陛下」

 クレメンスが穏やかに笑って頷き、グリフィスも安堵している。側にはアルクースもいて、皆力の抜けた顔をした。
 ユリエルは直ぐに動けるように兵をラインバールまで進めていた。その数十万。これまでにない大がかりな兵の待機に王都までもが緊張した。
 それは部隊を預かるグリフィスも同じ。クレメンスと二人で指揮をするとはいえ、前線で戦い指示を出すのはグリフィスだ。それを思うと気苦労はあったのだろう。
 だがこれで、ルルエへの総攻撃は回避できる。後は和平の使者を送り、正式に日を設けて国の要人も交えて協議をすればいい。ユリエルはシリルに相談し、レヴィンを使者に立てて今回の結果を支持する旨を伝え、正式に和平協定を結ぶ前段階として休戦協定を結びたい事を書簡として認めた。

 それから一週間ほどでレヴィンは戻って来た。そしてユリエルに概ね合意の書簡を渡し、こちらに使者を向かわせていると伝えてきた。
 その日の夜だった。クレメンスとグリフィス、そしてアルクースとこれまでの戦いを労うように飲んでいたユリエルの元へ、レヴィンが混ざり込んできた。

「レヴィン?」
「実はさ、ここにいる全員に会いたいっていうお客さんが来てるんだけど……ちょっと顔出してもらっていいかな?」

 この言葉に、ユリエルは嫌なものを感じた。知らず引きつった表情をするユリエルに、クレメンスはいち早く気づいて立ち上がる。

「構わない。他もいいか?」
「別に構わないが」
「俺も?」
「勿論アルも。陛下もね」

 悪戯っぽく言ったレヴィンを睨むが、軽くいなされてしまう。そうして全員が立ち上がれば拒む事などできはしない。逃げて終われるわけがない。
 レヴィンがつれて行くのは、やはりリゴット砦の物品庫。この扉は一度しか使っていない。ここでルーカスと蜜月を過ごした間、ユリエルは他のより安全な通路を使っていた。
 物品庫の隠し通路をレヴィンが暴くと、クレメンスは忌々しい顔をし、グリフィスとアルクースはただ感心していた。レヴィンに腕を引かれ、ランプを持つ彼の後ろを進む。
 心臓が痛む。この先に彼はいるのだろうか。どんな顔をしている。どんな顔をすればいい。部下の前で王の顔をするのか恋人の顔をするのか、それすらも分からない緊張と不安が押し寄せていた。
 やがて足は地面につき、扉が開かれた。谷底に綺麗な月の光が注ぐ。その前に、彼はいた。

 背後にヨハンとガレス、そして何故かシリルを率いた愛しい人は、王の顔などしていなかった。とても優しい、包み込むような温かな視線と笑みをユリエルへと投げる。その表情に、ただ胸底が甘く音を立てた。

「なっ!」
「陛下、お下がりを!」

 クレメンスが、グリフィスが警戒の声を上げて剣に手をかけたのが分かった。アルクースが驚きに息を呑んだのも分かった。だが、僅かに歩み寄った人が大きく手を広げてこちらへと微笑んだのを見れば、もうそこに逆らえるものはなかった。
 駆け出すように走り寄り、ユリエルはルーカスの腕の中に飛び込んだ。受け止めてくれる腕の確かさに安堵し、触れる熱に沢山のものが溶け出していく。あまりに長く、そして険しかった。あまりに苦しく、愛おしかった。その思いがない交ぜになって、甘く甘く締め付けていた。

「待たせてすまなかった、ユリエル」

 確かに背に腕がまわり、強く抱きしめられている。ユリエルも背に手を回して確かめた。上向いたそこに、柔らかな金の瞳がある。優しい笑みがある。それがそっと落ちてきて、唇に触れた。
 甘えて受け入れたその熱がゆっくりと去って行く。余韻のある行為に瞳を潤ませたユリエルは、ふと背後が凄い空気を発しているのに気づいて振り返った。

 グリフィスが真っ赤になってアワアワしている。クレメンスは頭が痛いと手を額に当てて唸っている。アルクースが魚のように口をパクパクさせて声にならない声を発している。そしてレヴィンとシリルが寄り添ってニヤニヤしていた。
 そして同じようにルーカスの背後ではガレスが今にも鼻血を噴きそうな顔をして、ヨハンが呆れた顔をしている。
 そうした双方のど真ん中で人目もはばからずキスをした自分に、ユリエルも言葉をなくしてしまっていた。

「くくっ」
「ちょっ、ルーカス!」
「いいじゃないか、知らせようと思ってレヴィンに協力してもらったんだ」

 そう言ったルーカスはユリエルの腰に腕を回し、ギュッと引き寄せる。離さないと言わんばかりのその力に、ユリエルも従って側にいた。

「これは陛下、あの、一体!」
「つまり、陛下がルルエに忍ばせていた協力者というのはルーカス王その人であったと、そういう事だ」

 呆れたと言わんばかりのクレメンスは、だが立ち直りも早かった。恨みがましい目が睨み付けるものの、苦笑したユリエルにただ溜息をつくばかりだった。

「まったく、とんでもないお人だ。敵国の王と通じて自軍と敵軍をそれぞれ思うがままに操っていたとは」
「人聞きの悪い言い方をしないでください、クレメンス。それでは私が両国をいいように牛耳っていたようではありませんか」
「おや、違うので?」
「違いますよ!」

 反論するも胡乱な目で見られ、ユリエルは更にムキになって声を出そうとする。だがそれは、ポンポンと宥めるルーカスの手によって止められた。

「ユリエルはタニス軍を率いていただけだ、クレメンス将軍。ルルエ軍を率いていたのは確かに俺だ。互いの状況を伝え合い、戦局を操作したことは間違いないが、全てをきっちりと決めていた訳じゃない。そもそもそれをしていたら、このリゴット砦を落とされるのはさすがに止めた」

 ルーカスの言葉に、クレメンスもしばし考えて頷いた。

「確かにあの夜戦は手抜きなどとは思えないものでした。ですがあの時点ではもう、互いに協力者であったのでは?」
「そうだ。だが国の王として、また兵を預かる責任者として手を抜くことはできない。あんなに心労の溜まる戦いは後にも先にもなかった」
「それは! 何度も謝って納得できる説明もしたではありませんか。貴方だってそれに頷いて」
「ユリエル、納得と感情は必ずしも一致しないんだ。あの一戦は俺の中では最も辛いものだったよ。君を殺してしまわないかという不安と、兵と国を守らなければという責任に板挟みになった」

 そう苦しそうに言いながらなおもあやすような手の動きに、ユリエルはしょぼくれた顔をする。それを見たクレメンスとグリフィス、そしてアルクースが顔を見合わせ、次には困った顔で笑った。

「いやはや、これはまた困ったが……なんとも反対しづらい」
「ユリエル様にお仕えして十年近くはなりますが、このようにこの方を諫めてしまわれる方には会ったことがない」
「お似合い……と言っていいのかは分からないけれどね」

 部下達のその言葉に、ユリエルは視線を向ける。皆が困ってはいる。だが、反対も反発もない。そのことにひたすら安堵が押し寄せた。

「さーて、場所を変えようか?」

 そう言い出したのはヨハンだ。背後のガレスは複雑な顔をしつつも緊張感はない。むしろこの場の空気に飲まれて薄ら涙すら浮かべていた。

「谷底の家に案内する。そこで、ちゃんと話をしよう」

 ルーカスに促され、ユリエルも確かに頷く。そして二人連れ添って、谷底の家へと向かっていった。

◆◇◆

 谷底の家に到着した一行は、まず事の経緯を知りたがった。ユリエルは酒を出し、それを飲みながらこれまでのあらましを語った。

「最初は、王都を奪われた後でした。様子を見に行ったその先で、旅人に扮したルーカスと出会ったんです」
「そんなに昔ですか?」

 当時ユリエルを近くまで迎えに来ていたクレメンスが声を上げる。それに、ユリエルも頷いた。

「あの時に王都で出会い、少し言葉を交わしただけなのに、彼は私の中に居座った。また機会があれば会いたい、そう思っていました」
「その時点でおかしいとか思わなかったの?」

 アルクースの言葉にユリエルは苦笑し、頷いた。

「旅人は歴史を追いかける。近くにいれば事件現場にいてもおかしくはありません。何より私は他人の正体よりも、自分の正体がばれないかを気にしなければなりませんでした。そして、敵地に長居もできませんでした」
「俺も詩人がいるとしか思わなかったからな。彼らはどこへでも気が向けば行くものだ。何より彼の歌はその正体を疑わせないものだった」

 互いにあそこまでは疑いなど持たなかった。いや、持てるほど時間がなかったのだろう。

「それから二度、マリアンヌ港、そして解放後の王都で巡り会い、その頃には愛しさが募るようになっていました。多少の疑いを持ったとしても、自らを偽っている以上話す事はできない。だから、彼の言葉を飲み込んでいました」

 クレメンスが溜息をつき、グリフィスが困った顔をする。言いたい事はわからんではない。だが、あの時は短い逢瀬を楽しみ、寄せられる情を受ける事しか望んでいなかった。

「そうなると、互いの正体を知ったのはラインバールの戦いですか?」
「えぇ」
「それは……辛くなかった?」

 アルクースに問われ、ユリエルは苦笑する。今でもあの時の苦しみは忘れない。同時に、喜びも。

「辛かったのは確かです。ですが同時に、あの時にようやく偽らぬ形で互いを求められた。そして、互いの状況を知ったんです」
「親書の件ですね?」

 クレメンスに、ユリエルは頷いた。

「被害を最小限に抑えつつ、互いに国内の反乱を抑え込む。そうして両国が落ち着きを取り戻し、真に王の手に国政が戻ってきたら、和平を結ぶ。そう決めたのがこの時です」

 共犯者となった。国を裏切る共犯者に。だがそれは一時の事。国を思い、互いを思うからこそやれたこと。その中に不安がないかと言われれば不安ばかりだった。それでも進まなければ先はなかったのだ。

「つまり今、互いの目的は達せられた。これでもう争う事はなくなった。和平を結び、両国の関係を改善させてゆく。だからこそ、互いの関係を我々重臣に明かしたのでしょ?」
「まだ、これからです。ようやくスタートラインに立ったんですよ」
「え?」

 クレメンスは驚いた顔をして、隣のグリフィスを見る。グリフィスも多少不安そうな顔はしたが、ここまで来れば黙って聞くつもりだろう。ジッとユリエルを見ていた。

「和平協定を結び、両国の通行手形を容易に出せるようにします。同時に、互いの領地で犯罪を犯した者を共通の法で裁きます」
「それは」
「殺人、放火については基本極刑。盗み、違法な売買についても厳しい法は設けます。ですが、どちらの国の者でも丁寧に話を聞き、厳正に裁きます。その為の場所は、ラインバールの砦を改良して作ります」

 クレメンスとグリフィスは戸惑った顔をした。何をしようというのか、理解し始めているのだろう。そしてヨハンは驚かない。知っているのだろう。

「国や人、身分によらず厳正な裁判を行い、それによって事情も鑑みて罰を与える。徐々にそれは、両国の法とします」
「お待ち下さい陛下、それは!」
「後に、二国を一国に統合します」

 言い切ったユリエルを、タニス側の面々とガレスは驚きに絶句した。ヨハンは、深く息を吐く。そしてルーカスとユリエルは確かな目で一同を見回した。

「互いを知れば、法が同じであれば、国境が薄くなれば、そこに国の境はなくなっていく。互いの技術や知識を互いの国の発展の為に遣い、時をかけて歩み寄っていく。人々を見て、頃を見計らい、国をまとめます」
「王は、どうなるのですか?」
「二王となるでしょう」
「そんな無茶な! 国に王子が二人いるだけで波瀾となるのに、王が二人並び立つなんてことは無茶です!」

 クレメンスの言葉は確かだった。だが同時に、もっと確かな事もあった。

「では、私が王の座を退きましょう。私は今の地位に一切拘りはありません」
「そんな! それでは我らタニスの臣が納得しません!」
「では、俺が王位を返そう。ユリエルの下でただ蜜月を過ごすのもいい」
「それはダメだ、ルーカス! そんなの納得いくわけが!」
「「……」」

 そう、こうなるだろうと思ったのだ。互いの国にとって互いの王は確かにカリスマなのだ。だからどちらが退いても反発がある。副王としても、こればかりは上手く収まらないのだ。

「故に、二王です」
「「そうですね」」

 納得いったように、両国の臣が溜息をついて頷いた。その息の合った応対に、ユリエルとルーカスは顔を見合わせて笑った。

「和平協定は一年以内に確かな形で締結をしたい。その為の法の準備も互いにつめていました。必要な場を設け、人々からの要望を聞いて必要ならば両国を跨ぐ機関を作ります。公共工事、技術の分野でも助け合いをしていけばより発展していきます」
「五年程度でラインバール砦を両国共に廃止し、関所を取り払う。それと同時に、国の統合を両王から宣言をしたい。新たな王都はラインバールの地に作る」

 ここまで話をつめたのだ。谷底の家で互いの国について話し、譲れない部分、協力したい部分、法整備、新王都への遷都。時はあっという間に過ぎていった。互いの体に触れて確かめ合う夜など、本当に数えるほどしかなかった。石橋崩落からの数ヶ月、二人は恋人よりも王でいたほうが多かった。
 場は、どこか戸惑ったように静かだった。そんな重臣達を前に、ユリエルは頭を下げた。

「ここからは、私たちだけの力ではどうにもなりません。助けてもらいたい。お願い、できませんか?」

 隣でルーカスも同じように頭を下げる。これに皆が戸惑い、それと同時に苦笑を漏らした。そして丁寧に、二人の王の前に膝をついて臣下の礼を取った。

「「我らが王に、輝かしい未来よあらん」」

◆◇◆

 「そういう事なら、どうぞ今夜は良い夜を」などと言って、部下達は二人を置いて戻っていった。谷底の家にはユリエルとルーカスだけがいる。

「案外すんなりと受け入れられたな」

 苦笑したルーカスが隣に座り、なんとも暢気な声で言う。それに対するユリエルは僅かに睨み付けた。

「悠長な。もしも戦いになったらどうするつもりだったんですか」
「斬られるわけにはいかないからな。まずは応戦しようと思っていた」
「まったく」

 恨み言を吐きながら、ユリエルも息が抜けた。
 もっと、反発があるだろうと思った。抵抗があるだろうと思った。だが、そうではなかった。これに何より安堵したのは、ユリエルでありルーカスだっただろう。

「互いに、部下たらしなのかもな」
「出来た部下を持てて、王として頼もしい限りです」
「まったくだ」

 くくっと笑うルーカスが、ユリエルの頬に触れる。その瞳は僅かに気遣わしげだった。

「アルクースが言っていた事は、本当か?」
「あぁ……」

 なんとも言えない顔をすれば、ルーカスの双眸がきつくなる。こうなると、ユリエルも隠しきれなかった。

 あの後、互いの憂いを話していた。ルーカスはアンブローズの身柄を抑えられなかった事を正直に明かした。それは残念な事だし、できるだけ早く片付けてしまいたい事ではあった。だが、今は少しでも協議を進めて行く方が先決だとして、それとなくヨハンが探る事に決まった。

「ユリエルは、憂いは全部絶てたのか?」

 問われ、ユリエルは苦笑して頷いた。だがそれは脇からの抗議によって覆されてしまった。

「何言ってるの陛下! 陛下にしつこく毒を盛ってる奴がいるでしょ!」
「毒!」
「あ……」

 知られたくなかった事を知られてしまい、ユリエルは視線を外したのだが後の祭り。きつく金の瞳が怒りすら表しているのを無視する事は出来なかった。

「平気ですよ。十分に気を付けていますし、その毒はもう私には簡単に効きはしません。耐性も出来ていますから」
「ダメ! 解毒の茶がこんなに長い間美味しく飲める事が異常事態なんだから。分かってるの? 金属毒じゃなくたって長く体に留まっていればそれだけ体には負担がかかるんだよ。今は若くて体力があるから症状出ないけれど、年齢を重ねればこの分のダメージは確実にくるんだよ」

 アルクースは睨み付けてユリエルに迫った。そしてルーカスの瞳がより険しいものになった。双方に挟まれたユリエルは、実に居心地の悪い気分で頷くしかない。

「毒は効かなくても、毒を体内で処理する臓器は弱るんだ。将来的にそこから何らかの病気にでもなったら、早死にする可能性さえあるんだよ。さっさと憂いを絶って!」
「ユリエル、彼の言うとおりだ。それに毒殺を許しておく理由もないだろ」
「許しているわけでは。ただ、下っ端を追っても大元になかなか辿り着かないから、面倒になったというか……」
「面倒がるな! いいかい、君が万が一にも毒に犯され倒れるような事があれば、俺は怒り任せに君の臣を責め立てるかもしれない。血の粛清すら厭わなくなるぞ」

 脅すような低い声に、ユリエルの方が目を丸くしゴクリと喉を鳴らす。ユリエルサイドも緊張した顔をして顔を見合わせた。

「ルーカス様、その件に関してはこちらで捜査をすると約束しよう」

 クレメンスが頭を下げて伝えるので、ルーカスも引き下がった。それにユリエルは安堵し、他の面々も息をついた。

「陛下の彼氏、怖いよ」

 アルクースの言葉に、ユリエルも苦笑するしかなかった。

 ルーカスは重く溜息をついて、そっとユリエルの頬に口づけをする。それに甘え、ユリエルも瞳を閉じた。

「今は、大丈夫なのか?」
「勿論ですよ」

 微笑めば、ルーカスも安堵したように表情を緩め、ユリエルを抱きしめた。

「これからは堂々と会えるだろうが」

 名残惜しい様子で触れてくる手に、ユリエルは微笑んで手を伸ばす。頬に触れ、距離を近づけてそっと触れるようにキスをした。

「忍んで会いに行きますよ。統合できれば、その後は同じ寝室にしてしまえばいいんですし」
「そうだな」

 穏やかに、夢見るように微笑むルーカスが抱き上げて、そのまま寝室へと連れて行かれる。丁寧におろされて、手を伸ばしてユリエルは誘った。

「森の家ではさすがに出来ませんでしたからね」
「無理だな、あれは」

 何せ二部屋しかない場所で、隣の部屋にアルナンとヨハンがいた。その状況ではさすがに無理だし、互いにあの時はそんな気分ではなかった。

 ゆっくりと押し倒され、衣服を脱いで素肌に触れる。頬を、首筋を、脇を、ルーカスの指が滑っていく。ユリエルは肩に手を置き、肩甲骨へと滑らせて受け入れた。
 含まれる胸の飾りが、愛撫を受けて硬く起立していく。知っている欲望に痺れが走る。隠す事なく熱い吐息と共に声を上げ、促すように逞しい体にも触れた。
 見上げる金の瞳が欲情に濡れている。鋭さのある男の顔に、支配される悦びのようなものを感じる。彼によって変えられていく体は、こんなにも淫らに男を受け入れ快楽を得るようになった。触れられていないのに濡れて熱を持ち、緩く頭をもたげるようになった。

「正直になってきたな」
「私は正直者ですよ」
「ベッドの中では、かな?」
「愛を囁く時もです」

 ルーカスの頭を抱え、キスをねだった。その間に下肢に手を伸ばして、熱くなったルーカスの昂ぶりを握って扱けば低く甘い声が響く。この声にだって欲望をくすぐられる。腹の底が熱くなっていく。たまらず、ユリエルは自身の昂ぶりも合わせて握り込み、上下させていた。自分とは違う温度、硬さのそれとが擦り合うと、それだけで意識が白む気がした。

「はっ、あっ、あぁ……」

 卑猥な水音がひっきりなしに溢れて、手も腹も昂ぶりもヌルヌルにしていく。手の動きを止められなくなっていると、不意に力強い腕が片足を持ち上げ、奥へと指を忍ばせた。

「んぅぅ!」

 グチリと硬い蕾が割られ、節のたつ指を飲み込んでいく。苦痛を感じたそこは、徐々に心得たように解れていった。

「はぁ、ぁ……ふっ……」
「あまり前を弄ると後が辛くなる。縛るか?」
「それは嫌です。何度でも、貴方の熱を感じたい……」

 言えば精悍な表情が歪む。熱に、欲に染まっていく。それを証拠に、後ろを解す指が性急に増えた。香油に濡らされた後ろはいとも簡単に彼の指を飲み込んで締め付ける。多少激しくされても痛みはない。そして快楽は溢れるほどに感じている。
 浅く荒く息を吐きながら、ユリエルは自らの根元を握り込んだ。気持ち良すぎて達してしまいそうで、ギリギリまで我慢したかった。けれどその手はルーカスに捕まって解かれ、その代わり彼の大きな手が前を扱きあげた。

「あぁ!」

 あまりに強い心地よさに目眩がする。後ろで指を、前は握られ、どうにもならずにユリエルは陥落した。激しく上下する胸の奥で、鼓動が早鐘を打っている。酸欠で口をパクパクさせて、その後はぐったりと力が抜けた。

「挿れるぞ」

 耳元で低く囁く濡れた声に、ユリエルは「はい」と小さく答える。首に手を回し、押し当たった熱い昂ぶりを感じながら息を吐く。ゆっくりと開かれていく体は奥で感じる快楽に期待して蠢き始めている。招き入れ、もっと奥へと誘いこむ内壁が絡みついていく。

「はっ」

 耳元でセクシーな声が響くのが心地いい。彼もまた、感じてくれている。それを思えば満たされる。一度達して力は入らないが、それでも抱き寄せた。
 やがてピッタリと重なって、貪るようにキスをした。上も下も満たされていく。そのうちに、腰が奥を突き崩すように動き出すのを受け入れて、ユリエルは鳴いた。腰骨の辺りが重く痺れる。一度達したのに、前はまた熱く滾りだしている。

「今日は随分熱烈だ。誘い込む様に絡む」
「凄く、気持ちいい」
「あぁ、俺もだ」

 力強い抽挿が、より深く奥を穿つ。揺さぶられ、気を飛ばしそうなくらい心地よく、求めるように言葉が溢れる。「欲しい」「もっと、奥へ」と。どれほど卑猥でも、浅ましくても今だけは平気だ。この人の前でだけは、求めるままに全てが言葉になる。感情を押しとどめる必要がない。

「あぁ、どれほどでもやろう。俺が君に与えられるものなら、全て」

 ルーカスの鋭い瞳がそう言って切なく笑う。抱き込まれ、体を合わせ、すり寄るように穿たれて、ユリエルは強く抱きしめたまま達した。腹に熱く白濁が散る。更に数度奥へと強く貫かれて、ルーカスも達した。
 自らの中で受け止める男の熱を、もう何度感じたか。気怠くも幸福な時間を、大切に過ごしてきた。穿たれたまま、もう一度深く口づけて抱きしめて、いつもこのままならいいのにと思う。自らを貫くこの昂ぶりも、その奥に感じる滴りも、抱きしめる熱く引き締まった体も、注がれる優しくも熱を孕む金の瞳も。

「このままなら、いいのに」

 呟きを聞き、ルーカスは強くユリエルを抱いた。彼もまた、同じように思ってくれている。それと分かる情に、ユリエルは目を閉じた。

「こんなにも愛しいのに、明日には離れねばならないなんて……残酷です」
「言うな、ユリエル。手放せなくなる」

 切なげな瞳が見下ろして、苦しげな声が呟く。張り付いた髪を払われ、額にもキスが落ちてくる。ユリエルも頬にキスを返して、腕を伸ばした。

「時よ止まれと、希うのは愚かでしょうか」
「いいや。俺は何度も、そう願ったよ」

 抜け落ちていく熱に縋るように、受け入れていた部分が惜しんでいる。それでも時は止まらない。抱きしめられ、抱きしめて眠るその夜を、ユリエルは大切に思い目を閉じた。
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