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二章

36話 覚えたぞ

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「第三ラウンドだ」

 駆け付けたタロウとの言葉は不要だった。

 ちらりと横に立つタロウを盗み見ると、どういうわけか血は止まっているようでしっかりと二本足で立っている。
 戦えるのなら今はそれで充分。
 今は共闘するのみ。

 俺とタロウはゆっくりと動き出す。

 一歩、一歩、グリードを中心として、左右に円を描くように別れる。

 グリードは俺たちの動きを視線で追うだけで、両手に持った大鉈の切っ先は雪に刺さったままだ。

 暗い雪の夜、パチパチと聞こえる篝火の音と、ギュッと足で潰される雪の音。

 雑音のように混じる俺たちの息遣いは粗い。

 タロウはあとどれくらい動けるんだろうか。

 グリードはあちこちに浅い切り傷ができているが、戦意の衰えは見えない。

 そして俺の体力はこれまでの戦いにより限界に近い。
 
 正直に言うと、手に持った大剣、撃鉄はあまりにも重く、今にも捨ててしまいたいほどには腕に疲労がたまっている。

 これがグリードと撃ち合う資格を得るための重さだとすれば、振るうたびに体が悲鳴を上げている俺はグリードを相手するには軽すぎるのだろう。

「ふぅ……」

 息が整った。と同時に俺とタロウはグリードを挟んだ対角線上で足を止める。

 タロウとの挟み撃ちだ。

 整えたはずの呼吸が、ドクンッドクンッと跳ね上がる鼓動にあわせて深くなっていく。

 タロウと合わせる。

 そのタイミングは今か?

 違う。

 ほんの数cmだけ足を進める。

 此処か?

 まだだ。

 タロウがほんの少しだけグリードの背中側へ足をずらす。

 次か!

 俺とタロウの動きに反応することのないグリードが視線を合わせてきた

 駄目だ。攻撃を仕掛けるタイミングがわからない。

 タロウと同時に仕掛ける必要がある。

 息を吸い込み、止める。

 聞こえやしないが、タロウも息を止めた。

 ここだ。
 
 俺の踏み込みを支えるには弱すぎる雪が爆ぜた。

 蹴り足から得た推進力に比例して、慣性の法則通りその場に残ろうとする撃鉄が俺の腕を引っ張ってくる。

 まるで駄々っ子してその場に残ろうとする子供のようだが、俺はそれを許さない。

 俺を置いてその場に残ろうとした撃鉄だが、時と共に俺と共に動き出し、やがて追い抜き、我先にと敵へ向かう。

 俺が選んだ攻撃はグリードの腹を真っ二つにするための横なぎだ。

 死ね。死ね。片手で受けようと思うなよ。

 そうすればそのまま真っ二つにしてやる。

 それだけの一撃。

「っ?!」

 グリードが俺に背を向けた。

 俺を完全に無視し、タロウに向かって両腕の大鉈を振り上げている。

 それは俺と同じく、一撃必殺しか考えていない、全力の一撃だった。

 俺とタロウは同時に動いた。それと同じく、同時、まったくの同時に、グリードもタロウへと向かったんだ。
 非力なタロウが受け止めればそのまま真っ二つにして前へ、受け流せばそのまま体当たりなり、なんなりして押しのけてやはり前へ。
 そうすることで俺の一撃の間合いの外へ逃げる気だったんだろう。

 タロウは非力。
 それは純然たる事実、のはず――――――

「ぐぅっがああ!ミナト!!」
「はあ?!」

 タロウを押し込もうとしたグリードの背中は、変わらず俺の間合いから離れていない。
 タロウは雪に足を埋もれさせながら、膝をつきながら、受け流すこともなく、受け切った。
 あのタロウがだ。

 どうやったんだろう。
 男としては非力なタロウが、俺より遥かに強いグリードの攻撃を正面から受け止められるはずがない。が、今はどうでもいい。
 好機。

「ああ!!」

 迫る俺に対して、グリードが何かしようと肩が膨らませた。だが、タロウがそれをさせない。

「俺を忘れるなああ!!」
「ちっ!!」

 グリードの大鉈の力がそれ掛けた瞬間、タロウは剣を押し上げ、あわよくばグリードの首を狙おうとした。
 その圧力に一瞬グリードの動きが止まる。
 そして、初めて俺の撃鉄がグリードの背中を真横から叩いて吹き飛ばした。
 
「硬い……」

 グリードが雪面を何度も跳ねる。
 重たい鉄の塊は人に使えば一撃必殺だ。
 人より遥かに大きい獣を狩るための武器。

 にもかかわらず、グリードの背骨は未だ繋がっている。
 三度雪面をはねた瞬間、グリードは猫のように空中で態勢を立て直し、雪面に足の筋を残しながら立ち上がった。

「……ってぇなぁ……」

 悪態をついたグリードは気怠そうにしているが健在。
 撃鉄に感じた感触は明らかに硬い何かにぶつかっており、毛皮を割いた感覚ではない。

「どんな鎧だよ……」
「……」

 グリードの鎧の防御力が俺の攻撃力を上回っていたという事。
 一見、毛皮で出来た鎧だが、その下には金属も仕込まれているのだろうか。やたらと硬かった。
 また、どんな獣の毛皮を使っているのかわからないが、その毛皮自体も切断できていない。

 戦っている間、金属が擦れる音が聞こえなかったためわからなかったが、正面がアニカに斬られているという事は背中側だけ補強してあるという事か?
 背中のみ手厚く守る意味が分からない。

 グリードが深くため息をついた。
 グリードが夜空へ見上げ、大鉈をだらりと下げたまま口を開く。

「戦いの音が聞こえねぇ。親父はどうなった?」
「そうだ!ミナト!あっちはどうした!」

 相変わらずタロウはうるさい。
 肩で息をしているし、ふらふらしているし、衣服についた血の量的に元気なはずがないのだが……

「お前がいるってことは……親父が…負けた…のか…」
「そうだ」
「てことは……アッシュもだな」
「……」

 アッシュていうのが誰かはわからないが、多分戦っていた女達の一人なのだろう。
 わざわざ名前を出してきたっていうことは恋人だったんだろうか?
 意味が分からない。
 こんなことをしてきたくせに。

「やっぱお前嫌いだわ」

 俺は撃鉄を大きく振り上げ接近する。

 グリードが俺のがら空きとなった腹に向けて右手の大鉈で薙ごうとする。
 俺の大剣がグリードの脳天をカチ割るより先に、大鉈が俺を真っ二つにする方が早い。
 攻撃を中断し、重い武器を捨てて回避に専念するか、明らかに俺より速い攻撃に構わず振り切るかという究極の二択。
 タロウがいる今、俺は当然後者を選んだ。

「ふんっっぐ!!」

 そこにタロウが大鉈に対して剣ごと体当たりするように割り込んでくる。

 グリードの右腕の大鉈はタロウにより受け止められ、残る左手の大鉈を頭上に掲げる。
 すると大鉈と俺の撃鉄がぶつかった。

 武器同士のぶつかり合いに骨まで重く響く衝撃が手に伝わってくる。そのせいで一瞬視界が途切れた気がするが、俺の意識はまだあるため斬られたわけではない。
 が、俺の足が地面を掴んでいる感覚が消えた。

(マジかよ……)

 俺の体は、振り下ろした撃鉄ごと迎え撃ってきた大鉈により持ち上げられ、宙に浮きあがってしまったようだ。 
 やはり真正面からの力比べでは分が悪い。
 だが俺が驚いたのは勿論俺の攻撃が弾かれたことにもあるのだが、それよりタロウだ。

 速い。

 タロウの脚力、剣速、明らかに昨日より速い。
 技術云々ではない。
 明らかにタロウの筋力が増している。

 故にタロウにグリードの攻撃に対する防御を任せたわけだが、俺の思っている以上に力強い。

 タロウは剣を手放しながら一瞬後退し、グリードの大鉈から力を抜いて振りぬかせるが、すぐに新たな剣は引き抜いてグリードの腹に向けて斬撃を見舞う。
 グリードの左腕は俺を打ち上げたため頭上に、右手は大鉈を振った勢いのまま雪面に刺さる。
 両手が違う方向に動いているグリードは大きな隙を見せている。

 そこをタロウが狙う。

 だがグリードは横なぎを繰り出していた右手の大鉈の力をそのままに、回るように飛んで剣を下から蹴り上げた。

 タロウの剣はグリードの体の上に反らされてしまったが、タロウはその剣を手放して既に次の剣を地面から引き抜いている。
 足を上げたグリードに、タロウがその足を斬り落とそうと地面から雪煙を上げながら振り上げる。

 そして俺はやっと地面に足が着いた。

 すぐに撃鉄と共にグリードへと向かう。

 やれる。

 タロウと俺なら。

 あまりの攻撃の当たらなさに、心のどこかでグリードに本当に勝てるのか?という疑念を持ってしまっていた。
 だが、グリードはアニカにより傷つき、鎧に防がれたとはいえ攻撃が当たった。
 アニカが傷つけているという事は、俺の攻撃を防いだ毛皮の下の金属は全身を覆っているわけではないということ。

 非力なだけで、俺より遥かに剣の技量があるタロウが、どういうわけか足りない筋力をこの短時間で身に着けてきた。

 今の俺とタロウならグリードに勝てる。

 そう思い、俺はタロウの横をすり抜け、グリードに斬りかかろうとしたのだが、グリードはまた俺に背をむけていた。

「逃げるのか卑怯者!!」  

 タロウが横で叫んでいる。
 意味が分からなかった。

 お前たちが襲ってきたんだろう?

 戦いが好きなんだろう?

 アッシュとかいう女の仇じゃないのか?

 混乱する俺をよそにグリードは森へ向けて走る。

 グリードは逃げたのだ。






 敗走するグリードは森へ向けて走る。
 その疾走はまさに獣のごとく。
 いつの間に現れていた狩猟衆達に背後から矢が飛んでくるが、まるで見えているかのように恐ろしいほど精確なタイミングで向きを変えて避け続ける。


 このまま森へ入れば、グリードの身体能力を考えればミナト達が追いつくのは不可能だろう。
 身体能力で劣る女達が走ったところで追いつくはずもないため、矢を射るだけで女たちが追うことはない。

 矢を避け続ければグリードは森へと逃げ込むことができる。
 あとは一人だけ先回りしていたのか、一人迎え撃つように森の前に立つ女だけなんとかすればグリードの逃走は完了するだろう。

 グリードは森の前で立つ女に対して、注意を払うことなく片付けようとした。
 いつも通り少し力を込めて叩いてやれば女は壊れる。

 先ほどやりあったアニカのような女などほんの一握りの存在で、目の前の女がそういう類の女だとグリードは認識していなかった。
 故に、無感動にグリードは女に向けて右手に持った大鉈を振り回した。

 避ければそのまま逃げる。
 受ければ殺して走り抜ける。

 それだけのことだとグリードは考えていた。
 だが現実は違った。
 大鉈は空を切り、グリードの腹から血が噴き出す。
 行われた攻防は極単純、グリードの右手に持った大鉈を上から下へ向かって振り下ろされるのを、鋭く、自然に、避けて斬りつけただけ。

「覚えたぞ」
「願い下げ」

 グリードはその女の顔を覚えた。
 同時に思い出した。グリードがこの村で飲んでいる時に現れた同年代の男と一緒にいた女の一人だということを。
 確かセツと呼ばれていたということも。
 彼は脳裏に刻み込んだ。
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