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二章

28話 ファーストキス

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 タロウと対峙するのはグリード、同じ男であり歳もほとんど変わらない二人だが、その戦闘力には隔絶した差があった。
 一刀の元、受けた剣ごと押し切られ敗北する。そうなるはずだ。

 現実はどうか。

 グリードの右手に持った大鉈の横薙ぎ、それをタロウは咄嗟に受け止めるが、剣を通じて与えられる衝撃にタロウの握力では耐えきることが出来ず、剣を取り落としてしまう。
 阻むものが無くなったグリードの大鉈は、タロウの胸に当たると皮の胸当てを難なく引き裂いた。

 やはりタロウとグリードの腕力には大きな差がある。
 それでもタロウはこの攻撃では死ななかった。
 タロウはグリードの攻撃を受けた瞬間に、受け切ることが出来ないと判断。直ぐに体を後方に反らしていたのだ。

 だが、グリードの大鉈には先端が鉤爪のようになっており、その先端の鉤爪をよけきることが出来ずタロウの胸を引き裂いていた。
 幸い傷は浅く、肋骨を痛めたが内臓には到達しておらず致命傷には程遠い。
 タロウがまだ戦闘不能ではないのは、グリードも手応えで把握しており、直ぐに左手に持った同じ形状の大鉈で追撃を始める。

 それに対してタロウは着ている皮鎧を切り裂かれたことで、体を大鉈に引っ張られ、体勢を崩してしまっていた。
 武器はない、避けるのは不可能。グリードの次の斬撃は必中である。
 迫る死に選択肢を迫られるタロウ。

 タロウは考えた。生き残る方法を。
 使えそうな情報が並列してタロウの脳内に描写される。

 自分の今の体勢、弾き飛ばされた剣の位置、雪面の状況、アニカの立ち位置、グリードの攻撃の軌跡、背中の方の雪面に刺さる剣。

 タロウの脳内で鮮明に映し出されるそれらの情報は、彼が生き残る唯一の方法を導き出した。

 タロウは腕を可動域限界まで後ろに延ばし手を握る。
 そこにはタロウの記憶通り、剣の柄があった。

 地面に刺さった剣を握ったタロウは、無理やり体を剣に引き寄せ、体勢を崩した体を後方へと投げ出す。
 グリードの二の太刀は空振りに終わり、タロウは雪面を転がりながらも直ぐに立ち上がった。

「はっ! やるじゃねぇか!」

 予想外の避け方で生き延びたタロウにグリードは笑みを浮かべる。
 グリードはタロウがどうやって今の攻撃を避けたのかは見えていた。
 身体能力的にはグリードも同じことはできる。だが実際にはグリードにタロウの真似は出来ない。 
 タロウは今、体の後ろにある剣、つまり視界の外にある剣を握ったのだ。 

「お前後ろにも目がついてんのか!」
「そんなわけないだろ!」

 そんなわけない。
 が、タロウは目を瞑ってでも、この剣の平野を歩き回ることができる。
 昔から体が弱く、肉体的才能に乏しい彼には一つの特技があった。
 物覚えがいい事。
 幼い頃からタロウは見た物をいつまでも鮮明に思い出すことが出来た。その時気に留めていなかった所も、視界に一度入っていれば思い出すことが出来る。

 そう、彼には才能があったのだ。
 無いのは戦う才能のみ。
 もし日本で生まれていれば、彼の能力は何かの分野で花開いていただろうし、アナンの村生まれならば鍛冶師を目指すのもよかっただろう。
 だが、彼の選んだ道、戦いの道においては意味をなさなかった。
 簡単な読み書きくらいは教育されてきたが、戦士を夢見る少年には戦い以外の生き方はない。
 この能力が、強くなることに全く役立っていないわけではないが、体の弱さを補えるほどの優位性はなかったのだ。
 今までは。

 次はタロウから仕掛けた。
 タロウは剣を振りかぶると力いっぱい振り下ろす。
 タロウが剣を振ったのはまだまだ間合い外である。
 なのでタロウは剣を途中で手放して剣を投げた。
 剣は回転しながらグリードへと向かっていく。

 グリードは右手の大鉈で難なく剣を弾き飛ばすが、既に新しい剣を拾ったタロウが近くで剣を構えていた。
 次は投げるのではなく、本当の斬撃だ。
 グリードの右腹目掛けて、タロウの斬撃が一直線に向かう。
 グリードの右手は剣を弾くために大鉈振り上げた状態で、わき腹ががら空きになっている。

 絶好の隙ではあったが、グリードは左手に持った大鉈でタロウの受け止め、振り上げていた右手の大鉈をタロウの頭へ向かって振り下ろす。
 タロウはグリードに攻撃を防御される直前に剣を手放して横に回り込む。
 剣を失ったタロウは手を上空に上げると、タロウが投げつけ、グリードが弾き上げた剣がタロウの手へと収まってグリードの頭を狙う。
 攻撃を空ぶって隙が生まれたグリードは、なんとか頭を反らせてタロウの剣を避けるが頬を薄く切り裂かれた。

 アニカが用意した無数の剣が突き立ったこの剣の平野。
 この場において、タロウはついにグリードへと剣を届かせることに成功する。

 タロウはわかった。
 力がないのなら受けなければいい、剣を手放せばいいと。

 武器を失っても直ぐに近くに刺さっている剣を手に取ることができる。
 攻撃を避けるか、一瞬の時間稼ぎで受け止める
 それは非常に高度な回避技術が必要であるが、彼のこれまで積み上げてきた努力がそれを可能にしていた。

 武器への固執をやめたタロウの手数が増えていく。
 本来、剣技にとってそれは邪道だ。

 剣技とはいかに剣の重さを操るかは重要である。
 あるいは力の流れを作り、あるいは筋力鍛錬により自在に操る術を身に着ける。
 そうして重さを操ることは剣技の基本である。

 だが、タロウはそれを捨てた。
 力がないのなら操らなければいいのだ。
 非力ゆえに人の何倍も剣を操ろうとしたタロウが行きついた先は、剣を操らない事だった。
 この用意された場で、彼の記憶能力があって初めて意味を成す限定的な剣術だった。

 グリードは大鉈で頬を切り裂いたタロウを、足を刈り取るように大鉈を振って牽制する。
 タロウはバックステップすると、左後ろの地面に刺さっていた剣を握り締めた。
 刺さっていた剣は丁度グリードの大鉈の軌道に存在し、グリードの大鉈とぶつかった。
 剣は地面から抜けようとするが、タロウは剣を柄を握る手に力を込めて抑えこむ。
 タロウの力のみではグリードの剣戟を受け止めることはできない。だが、地面に突き立てた上でならば受け止めることは可能だった。
 グリードの攻撃を受けた剣は地面を割りながらも、かろうじて止まる。

「止めやがったな! お前名前はなんて言った!」
「タロウだ!」

 次はグリードの腹を狙った斬撃。
 タロウは手に持っていた剣でそれを受ける。
 当然、力で圧倒的に劣るタロウが両刃の剣で受け止めようとすると、押し負け、自らの刃で傷ついてしまう。
 タロウは受けた攻撃に逆らわず、押される勢いのまま後ろに跳んだ。押し込んでくるグリードの大鉈から、タロウ自身が飛ばされるだけの力を剣で受けとった後は、手に持っていた剣を手放す。
 タロウの剣を弾き飛ばしながら、タロウが居たはずの場所を攻撃すれば、すでにタロウは吹き飛んだ後であるため空振りに終わる。

 当然、グリードは下がったタロウに対して二撃目に移る。
 タロウは後ろに跳びながら、手を横に出す。
 そしてまた次の地面に突き立った剣を握ると、空中で剣を支点にして体をコンパスのように回転させた。
 タロウは遠心力で体が回り、雪面に着いた足が白いキャンパスに丸を描く。
 空中でのあり得ない方向転換をしたタロウに、グリードの斬撃は雪面に埋まるだけだった。

 タロウは必死に活路を見出す。
 タロウはグリードの猛攻を避け続けているが余裕はない。
 単純な戦闘力ではグリードの方が圧倒的に上である。
 タロウに攻撃に移る暇はほとんどなく、数秒毎に訪れる死に対してギリギリで命を延ばすための判断を下し続ける。
 タロウのグリードの攻撃を避ける曲芸じみた今までの攻防は、訓練でしたことのない動きばかりだ。
 全てギリギリになってのアドリブである。

 いくら完全記憶能力者だとしても、このような無茶な動きは通常は不可能である。
 たゆまぬ鍛錬を通じて、彼は足の先から指の先まで思った通りに、寸分たがわず脳内で描いた動きを実行することが出来るようになっていた。
 完全記憶能力と身体操作技術。彼の体を使う事への理解がこの動きを可能としていた。
 今までの彼の努力は無駄ではなかったのだ。

 だが、細い糸を渡るぎりぎりの攻防はいずれ失敗する。
 何度目の攻防だろうか。
 タロウはまた地面に突き立った剣を押さえてグリードの攻撃を受け止めようとする。
 が、攻撃は軌跡を変えることなく、剣がへし折れた。

 タロウは剣の位置も形状も全て把握している。
 だが、その剣が粗悪品なのかどうかまではタロウは把握していなかった。
 普通の剣であれば折れた所で、一瞬だけ稼いだ時間で避けるなり出来ただろう。
 しかし粗悪品の剣はタロウに避けるだけの一瞬の時間も稼ぐことはできず、タロウの右肩から左脇にかけて引き裂いた。
 即死ではないが致命傷だ。
 手当をしなければタロウは死ぬ。
 タロウの周りには次の剣はもうない。

「なかなか楽しかったぜ」

 グリードは大鉈を振り上げると、タロウへととどめの一撃が放たれた。
 まともに受ければ人体を一刀両断するグリードの斬撃。

(ああ……クソ……)

 血を吹き出しながらタロウはこの攻撃を避けることは出来ないと悟る。
 今まで自分を安全なところに運んでくれた足が、力が抜けて足枷のように動かない。
 
(結婚したかった……)

 タロウはギリギリになって出てきた自身の最後の望みに驚く。
 戦士になる事が夢と言っておきながら、出てきた望みは酷く本能的だ。
 生き残ることに何の意味もない事を考えたタロウに迫る大鉈。
 それはタロウの正中線を二つに分けることなく、雪面に埋まった。

「ああ? 手ぇ出さないんじゃなかったのか?」
「こいつを本当に殺させるわけにはいかねぇからな」
「し……しょう……」

 アニカだ。
 アニカがグリードの攻撃を受け止め、反らしていた。 
 手を出さないと宣言していたアニカの乱入にグリードは眉を顰める。

「女のくせに生意気だ……な!」

 グリードは雪に埋まった右の大鉈の刃をアニカの方へ向けて返すと、雪を吹き飛ばしながら振り上げた。
 大鉈の後に続く雪の軌跡がアニカの左の太ももに向かう。
 大鉈の切っ先が埋まっていたのは、アニカのすぐ足元だ。アニカの太ももと距離が近すぎるため、速度を乗せづらいはずだが、腕力に任せてアニカの皮鎧ごと太ももを切断するには十分な加速を大鉈は得ている。

 対するアニカは襲ってくる大鉈は足元すぐ近くから放たれており、距離が近すぎるため避けるどころか反応も難しいはずである。
 だがアニカは反応して見せた。
 グリードの攻撃を予想していたのか、アニカは手を地面につかない側転、つまり側方宙返りをすることで両足を空中に逃がすことで、グリードの斬撃を避けることに成功する。
 アニカはそれだけではなく、頭上を地面に向けながら曲刀を一閃し、グリードの頬を切り裂いた。
 グリードはその攻撃を予測していなかったため、反応が遅れたが、彼が持つ野性動物のような勘により、体を仰け反らせて致命傷を避ける。
 重い大鉈を振り上げながら無理な体勢を取ったことで、グリードはたたらを踏んで後ろに下がることになった。
 アニカは側方宙返りから危なげなく雪面に着地すると、曲刀の切っ先から刃を伝って流れる血を見せつけるようにグリードに向けて笑って挑発する。

「女がなんだって? クソガキ」
「ババアが」

 グリードの言葉を合図にアニカがグリードに向けた切っ先をそのままに突進する。
 その踏み込みは、この世界の女の中でも驚異的な加速力を見せた。

 グリードは近づいてくるアニカに、受けを選択せず同じく踏み込む。その加速はやはり力の差によりアニカのはるか上を行っている。
 アニカの刺突に対し、グリードは両手の大鉈を上下にずらし、左右から同時に振る。

 グリードの右の大鉈はアニカの肩、左の大鉈は腹狙いである。
 左右から迫り、上下に分かれた攻撃は先ほどのような側方宙返りで避けられる隙間は存在しないが、アニカは怯むことなく突進を続ける。
 左右から迫るグリードの斬撃に対し、アニカ姿勢を低くしながら曲刀の切っ先をやや右に傾けて、腹を狙うグリードの左の大鉈の方へ向ける。

 グリードの肩を狙った斬撃は姿勢を低くすることで当たらないようになった。だがそれは、同時に腹を狙ってきた方の大鉈がアニカの首に直撃する位置でもある。
 大鉈に向けていた曲刀の切っ先と大鉈が触れ、ジリジリと金属がこすれ合う音と火花が咲く。
 アニカの曲刀は、グリードの大鉈の軌道を変えない。

 このままいけばグリードはアニカの首を落として勝利を収める事になる。
 だが、曲刀がグリードの大鉈の上を滑り、アニカに大鉈が迫る程、曲刀がグリードに近付いていく。
 グリードの大鉈には、鍔迫り合いになった時に、剣を受けるための鍔がない。

 しかもアニカの曲刀は、グリードの弧を描く斬撃ではなく、最短距離をいく刺突である。
 この先に待つのはグリードの指の切断だった。

 グリードは指を落とされたとしても、無理やりアニカの首を切断することは可能だ。
 アニカの首とグリードの何本かの指の交換、それはグリードには重すぎる対価だった。

 大鉈を手放して急制動するグリード、アニカは慣性に従って未だ自分に迫る大鉈を、曲刀で押し返しながら追う。
 グリードの驚異的な身体能力によって得た加速は、本人であっても止めるのは難しい。
 雪の上をすべるグリードの腹にアニカの曲刀が突き刺さった。

「お前ら男は力だけの筋肉馬鹿ばっかりだ」

 アニカの曲刀はグリードの皮鎧を突き破るが、分厚い筋肉を傷つけながらも内臓まで突破するには至らなかった。

「女はなぁお前ら男と違ってそんな半端じゃねぇんだよ」

 すぐさまアニカは曲刀を翻し、皮鎧で守られていない大鉈を手放した左腕の肘関節を斬り付ける。
 グリードは腕を引きながらも右の大鉈を振るが、アニカは避けながらグリードの肘を薄く傷つける。
 一歩足を後ろに引き、振った大鉈の勢いをその場で踏ん張って止めたグリードが、次の斬撃を放つ。

 アニカはそれを下から曲刀をぶつけ、頭上にそらす。
 振り上げた曲刀を流れるように力の向きを変え、今度は振り下ろしてグリードの胸鎧を切り裂く。
 これも致命傷ではないが、皮鎧を切り裂いてグリードの体に傷をつける。
 グリードの体に小さな傷が増えていく。
 対するアニカはグリードの斬撃を全ていなしきり、防御と攻撃の隙間を縫うように斬撃を加えていく。

「がああああ!」

 苛立ったグリードが怒声を上げながらアニカの斬撃で体を傷つけられながらも大鉈を振る。
 アニカはバックステップでその大鉈をよけ、ようやくグリードから離れた。
 グリードは今の攻防の中、呼吸を忘れていたのか、大きく息を切らせている。

「俺ら女は獣を殺せない。それは事実だ」

 先ほどより血で汚れた切っ先をまたグリードへ向けアニカは再び挑発を始める。

「でもな」

 男は修練の果てに超人的な力を手に入れることが出来る。
 だが、刃を通さない体毛や甲殻が身に着くことはない。
 分厚い筋肉がある程度刃を止めてはくれるが、斬られるたびに筋繊維は切断され無傷とはいかない。
 獣と違い、ダメージはある。それはつまり、斬ればいずれ死ぬという事。

「女は男を殺せるんだぜ?」

 その一言にグリードの髪が総毛立つ。
 グリードが震え出す。

「上等だよ……」

 恐怖ではない。アニカに対する怒りで全身の血液に流れるマナが暴れ出したのだ。
 本来、体内から漏れ出ることが少ない男性のマナが全身から溢れ、雪を吹き飛ばす。

「もう一回見せてみろよ……その女ってやつを……」

 手玉に取られたことで怒りに震えるグリードだが、アニカの方は冷静である。
 が、アニカも余裕があるわけではなかった。

(タロウの手当てをしたいが……こいつをやるにはもう少し時間がかかる……それに捨て身で来られると流石にキツイかもしれない。さてどうするかな……)

 タロウはアニカがかばった後、血を流しながら気を失っている。
 早く手当てしなければ命に関わる出血量だ。
 アニカは時間を掛けてグリードの体力を削っているが、向こうは一撃でアニカを殺す力を持つ。
 それに並の男であれば、既にアニカは倒すことはできているはずだが、グリードは天性の戦闘センスで咄嗟にダメージを最小限にするように動いているため、決定打を与えられずにいた。
 時間を掛ければかけるほどタロウの命もアニカの集中力も削られていく。

(参ったな……こいつ強くなってやがる)

 しかもアニカの戦いを通じてグリードは驚異的な成長を見せていた。
 身体能力に任せた攻撃に技術が宿りはじめ、アニカの攻撃も徐々に浅くなっている
 冷静さを失わせるために挑発して怒らせてみたが、やりやすくなるかはわからない。
 それに挑発しても突撃してこないことから、カッとなっていきなり襲い掛かってくるタイプではないようで、もしかしたら逆効果かもしれない。
 故にアニカは冷静ではあっても、余裕はなかった。

「タロウ!」

 そこに現れたのはミナトだ。
 アニカはミナトの声を聞いて少しがっかりする。
 足止めにもならない奴が来たと。
 来たのがジークなら文句はないが、この色んな意味で半人前の男に時間稼ぎも期待できない。
 アニカの中で、それほど面識のないにも関わらず、ミナトの評価は低かった。
 ミナトの拭いきれない気の弱さを感じ取っているのかもしれない。

 だがアニカはミナトの血濡れの顔を見て笑う。

「ちょっと見ない間にいい顔するようになったじゃないか」

 ミナトはアニカの横に立って剣を構えて口を開く。 

「加勢します」
「いいや、俺はやめた」
「え?」
「タロウとお前でやれ」
「え? でもタロウは……」
「少し時間稼いどけ」

 アニカはそう言うとくるりとグリードに背中を向けてタロウの元へと走っていった。

「は?」

 これにはグリードも予想外だったらしく怒る暇もなくぽかんと口を開けている。

「はぁ……またやられに来たのか?」

 グリードはため息をつきながら頭をかいてミナトに向きなおる。
 面倒臭そうにしながらもその目はギラギラと闘争心に溢れ、ミナトを倒した後、アニカを殺すことを誓っている。
 ミナトもアニカの予想外の行動にびっくりしたが、直ぐに気持ちを整え、グリードに向きなおる。

「第二ラウンドだ」

 ミナトはグリードに対して剣を構えた。

 その剣は今までの剣より黒く……大きく……重い。
 そして奇抜だ。
 
 剣の根本から先にかけて中心部分に長いスリットが入っており、そこには丸い金属がはめられている。
 ミナトが剣の角度を変えるたびに、丸い金属がスリットに沿って滑っている。

 それはリタがミナトためだけに考え、鍛えられた唯一無二の剣。
 リタはこの今までにない新たな剣に名前を付けた。その名も偏心式器械大剣。
 そしてその一振り目であるこの剣自身の名を、

『撃鉄』

 ミナトが剣を構えると、丸い金属が柄の方へスリットに沿って動き、根本で金属同士がぶつかる音が鳴る。

「なんだ? その妙な剣は」
「受けてみればわかるさ」

 ミナトはそう言うと、撃鉄を振り上げた。








 ミナトとグリードが戦いを前にして、アニカは倒れるタロウの傍で膝をついていた。
 タロウの傍に寄ったアニカは、曲刀で自らの腕を切り裂いた。
 どくどくと血があふれ出す腕。

「タロウ、童貞のままじゃ死にきれねぇよな」

 アニカは血が溢れる腕を自らの唇に押し当て、赤い紅を引く。

「刺激が強いかもしれねぇな」

 月明りと篝火の光のかすか光の中、タロウのファーストキスが行われた。
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