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二章
26話 開始
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三日後にこの辺りを荒らしまわっている盗賊が来るという宣言を受け、俺達は村の護りを固めることになった。
村人や護衛対象の職人たちを、よその村へ避難させることも検討された。
だが、盗賊の三日後と言う発言を信用するわけにはいかないし、道中で奇襲を受ける可能性があるため迎え撃つことになった。
グリードと出会ったこの村は名前すら存在せず、ただアナンの北の村といわれている人口が100人にも満たない小さな村である。
良質な鉄が取れるため、アナンの村には多くの商人が訪れる。
この北の村は、そんな商人たちの宿場としてよく利用されているらしく、村の人口に対して宿や空き家が多い。
そのため、大所帯の俺達も受け入れ可能だった。
俺は、リタから卸す予定だった商品の剣を借り受け、新しい剣の感覚を訓練して手に馴染ませる。
黒い刀身は鎧山羊の血と共に作られた黒鋼の証、両刃の直刀で、刃渡りは80cmというところか。
俺が使っていた剣より肉厚で、材質も、ジークの弓やアンジの大剣のように、獣との戦いに用いられる武器と同じものが使われている。
より太く頑丈になったとはいえ、グリードの使う大鉈に比べればまだ細い。女が使う予定だっただけあって、また折られるんじゃないかと思ったが、
「今回持ってきた親父の剣の中で一番いいやつだ。男相手とは言えそう簡単には折れないよ」
と、リタが太鼓判を押してくれた。
「貸すだけだよ。それはあんたの剣じゃない」
「約束はできないですけど……ちゃんと返しに戻ります」
一度完膚なきまでに負けた相手に再び挑むのだ。
生きて帰れるかはわからない。
だからこそ、俺は生きて戻るという思いを込めて約束する。
「なんだそれ? 男なんだったらはっきりしろ!」
そんな俺の心情を知ってか知らずか、リタはいまいち煮え切らない俺を怒鳴りつける。
たしかにそうだ。つい癖で予防線を引いてしまった。
ここでは日本にいた時のようなどっちつかずな答えなどいらない。
俺は俺の意思を絶対に通す。
それでいいんだ。
「そうですね……俺は……絶対にあいつに勝ちます」
「待ってな。お前の剣は戦いには間に合わせてやるよ」
そう言うとニヤリと彼女は笑った。
どうやらこの鍛冶場もない小さな村で、俺の剣をいつかではなく、今作ろうとしているようだ。
二日後、深夜。
そろそろ日付も変わろうかという時間、当然辺りは真っ暗になっているが、村の中からはリタが鉄を打つ音が未だに響いている。
この二日、彼女は眠ることなく作業を続けてくれている。
俺も手伝おうとしたのだが、お前は訓練をしろと作業場を追い出されてしまった。
俺は、村の防壁越しに村の外へ目を向ける。
強靭な獣を村に入れないため、俺が今まで訪れたどの人里にも、必ず獣と人の領域を隔てる壁が存在していた。
この村も例にもれず、丸太をそのまま地面に突き立てたような高さ3mほどの立派な壁が村を囲んでいる。
この丸太の壁には、壁の上から頭を出して外を見るために、足場が設置されており、俺達はその足場に立って外を見張っていた。
すっかり夜も更けて明かりは篝火と月の光だけ、村の外は森になっていて、そのわずかな光すら届かない暗闇が広がっている。
俺が見張りを受け持ったのは村の北側で、俺のほかにジークと3人の女が目を光らせている。
当然見張りは交代制で、セツ達は今は眠っている。
この世界の一日の基準は夜明けが来れば次の日というのが一般的だ。
俺の感覚では深夜0時を迎えれば次の日であるが、それはこの世界ではあまりない感覚らしい。
そのため、ダグラスが嘘をついていないのであれば、朝になってからのはずである。
そのため、俺とジークはそろそろ見張りを交代して朝まで眠って、万全の状態を整えることになっている。
俺よりセツ達の方が戦力になると思うのだが、男というだけで俺もジークと共に一番楽な時間に回されてしまった。
早くその期待に見合った強さを手に入れたいものだ。
そんな事を考えながら吐いた白い息。
ふわりと上がった薄い煙の向こう、雪で覆われた地面の上、木々の間の闇の中、赤い何かが見えた。
「ん?」
暗闇の中にゆらゆらとゆれる赤い不定形の何か、それは一つだけではなく、次々と数が増え、まるで人魂の様だ。
次々と現れるその赤い人魂は、パキン! という聞き覚えのある音と共に、一斉に空に飛びあがってこちらへと向かってきた。
この音、前向きに反りのある弓特有の、弦が弓を叩く音に違いない。
つまりこの人魂は、
火矢だ。
「敵襲!」
俺は叫んで戦いの火蓋が切られたことを皆に告げる。
次々と振ってくる火矢は防壁や家に突き刺さり、俺達の周りを赤く照らす。
やはり盗賊らしく、馬鹿正直には襲ってこなかった様だ。
「36人ってところか、宣戦布告するだけあって数が多いね」
「呑気ですね!」
ジークは撃ってくる矢の数で盗賊達のおおよその数を把握しているらしい。
俺はいつ自分の方に矢が飛んでくるか気が気でないのに、ジークは姿勢を低くする素振りすら見せない。
「でも使ってくるのが火矢でよかったよ」
「どこがですか!」
「火矢を使ってくれなかったら流石に見えないしね」
そういうとジークは腰の矢筒から矢を抜き取り、弓を構える。
弓を頭上で持ち上げ、頭上で左手を延ばし、弓を引くとともに口元までおろしてくる。
ジークは俺では足で弓を支えて両手を使って引いたとしても、まともに引くことができない程の剛弓を目一杯引き切った。その体は弓の力に一切負けることなく、震えもゆがみも存在しない。
火矢がジークの弓と頭の間を通り、髪をかすめて地面に突き立つ。それでもジークは構えが崩れることはなく、矢は森へと放たれた。
一瞬、遅れて女性特有の甲高い悲鳴が夜の闇に通る。
「暗くてよく見えなかったけど、いい目印になったよ」
そういいながらジークは次の矢を放つ。
木製の防壁や、防壁の傍にある家に火矢が刺さっているが、雪で湿っているのか、それほど燃え広がってはいない。
とにかく俺はジークに続いて、防壁を守っている女達と共に矢を森の中へ撃って撃って撃ちまくる。
俺たちの矢がどれほど効果が出ているかはわからないが、ジークが撃つたびに悲鳴が上がっているのは確かだ。
この矢の応酬はジーク一人によってこちらに軍配はあがりそうだ。
「弾かれた……あそこにダグラスがいるね」
「え? 見えてるんですか?」
「まあそれはなんとなく」
戦士が超人なのは筋肉だけではなく勘もらしい。もはや超能力の領域に思える。
「近寄らせるわけにはいかないか……」
「え?」
「ミナト、ちょっとあいつの相手してくる」
そう言うとジークは壁の外へと降り立った。
俺は自分も行くべきが迷っていると、森の中から月明りの中、人が現れた。
ダグラスだ。
それに続いて盗賊であろう女達が次々と森の中から現れる。
みんなそれぞれ手には体を覆い隠すほどの大きな盾を持っており、俺達の矢をものともせず、横一列になって前へ進んでくる。
俺にはジークのように盾を貫くほどの強弓はつかえないし、盾の端からちらちらと見える足を狙い撃つほどの技量もない。
ならばとジークと相対するダグラスへ向けて弓を向ける。
ダグラスは盾を持っていないが、その手には身の丈はある片刃の大剣を持っており、それを前に突き出してすっぽりと体を覆い隠している。それでも盾よりは露出している部分が多いため、横から狙えば狙えなくもない。
そう思い、俺は足場の上を走り、ダグラスの正面から外れた場所まで移動する。
「ここなら……」
ジークとの狩りを思い出し、弓を引く。
狙いは一瞬でいい、とにかく数を撃て、一本正確に狙ったところで多分当たらない気がする。
俺は続けざまに4本の矢をダグラスへ放った。
だが、奴は盾にした大剣により、矢を防ぐどころか、時折大剣の位置をずらして横からはみ出た、本来体に当たるはずの矢も防いでいる。
やはりこの程度では倒せないようだ。
当然、いつまでも矢の雨に晒されているつもりはないらしく、ダグラスは走り出した。
鉄塊とも言うべき巨大な剣を持った大男の突進は、暴走列車のごとく、いくら矢を撃っても止める事はできない。
その速度、質量を合わせた莫大なエネルギーを秘めたこの男を止めるには、機関銃があってもきっと火力が足りない。そう思わせるほどの疾走だった。
ジークもその剛弓を持ってダグラスへ矢を放つが、大剣に弾かれ、一瞬動きが遅くなるだけで止まることはない。
撃たれても撃たれても止まらない暴走列車は、正面に立っていたジークも避けるしかない。
ダグラスは横に避けたジークを気にすることなく、そのまま直進し、あっという間に丸太で出来た防壁の傍に到達してしまった。
暴走列車のような疾走から、たった一歩で速度をゼロへする急制動。
一気に足を止めたことによる、その爆発的な運動エネルギーの行き先は踏みしめた地面から体を伝い、腕の延長となった大剣へと集約される。
大剣に込められた力は、防壁に使われている俺が両腕で輪を作ったくらいの立派な丸太を、大剣の届く限りの範囲を一息にへし折った。
「きゃあああ!」
ちょうどダグラスがへし折った防壁の上にいた狩猟衆の女が地面へと投げ出されてしまった。
女は地面に這いつくばり、低くなった防壁をまたいでくるダグラスを見て怯えた声を上げる。
「ひっ……」
だが、這いつくばる女からダグラスは興味がないようで、視線を外して横を向く。
「やあ、約束通り僕が相手するよ」
「出迎えご苦労」
足場から降りたジークがダグラスと対峙する。
二人に備わるのは圧倒的な武力。
この世界に求められる男の象徴である。
「ジークさんにあいつは任せよう!」
防壁が破られるのは俺達の想定内だ。
計画通りダグラスの事はジークに任せて、俺達は他の奴らの相手をするため外へ向き直る。
なんせ今この壁を守っているのは、ジークを除けば僅か4人、味方が走ってきているのが見えるが、ジーク曰く36人の敵がいるのだ。
なんとしてでもこの壁を越えさせるわけにはいかない。
「グリードだ! あの男が東側に出たぞ!」
多分だが、味方の見張りの声だ。
どうやらグリードが出たらしい。
東側……あっちはたしかタロウがいるほうだ。
「死ぬなよ……タロウ」
俺はここを増援が来るまで守り切り、出来るだけ早くタロウの元へ助けに行く。
それが今の俺の役目だ。
村の東側には畑が広がっている。
防壁の内側に収まる程度の小さな畑ではあるが、この村で一番開けた場所である。
アニカとタロウが防壁の上に並んで立ち、敵襲に備えている。
師匠であるアニカと共に見張りをするのは特に異論のないタロウであるが、タロウには一つ気になっていたことがあった。
「師匠、あれなんですか?」
「お前の武器だよ」
「俺の?」
雪で覆われていて真っ白な雪原となった農地。
積もったばかりの雲海を思わせる風景の中に紛れ込む明らかな異物があった。
それは無数の剣だ。
大きさはバラバラ、品質も鋳造の量産品から職人による鍛造品まで多種多様な剣が、不規則に雪に突き立っている。
これは、この村から出る事が出来なくなった商人や職人達から、アニカが半ば無理やり奪ったものだ。
これではどちらが盗賊かわからないが、この辺りを荒らす盗賊団を倒すためという大義名分を振りかざせばギリギリ納得させることができたらしい。
「俺にはこの剣がありますけど……」
「喜べ、使い放題だぞ」
「俺の腕は二本なんですが……」
タロウはアニカの考えが分からずに困惑する。
いくら剣の数があったところでタロウの腕は二本、しかも特に二刀流の練習をしていたわけではない。
「多分お前ならできる気がする。昨日思いついた」
師匠であるアニカは、タロウがこの剣の山を使いこなせると踏んでいるようだが、タロウにはどう扱えばいいか想像すらつかない。
タロウはアニカを信頼しているが、ぶっつけ本番で思いつきに命をかけるのは流石に抵抗がある。
タロウはせめてどう使えばいいのか、アニカになんとか聞き出そうとするが、
「自分で考えろ。いや、なんも考えるな」
ますます混乱するだけであった。
「意味が分からないです……なんで教えてくれないんですか……」
タロウはげんなりしながら、師匠の無茶ぶりに付き合うしかないのかと諦めかける。
せめて教えない理由を、期待せずに問いかける。
すると、アニカは隣に立つタロウの頭を掴んで自分の方に引き寄せ、耳元で囁いた。
「そっちの方が俺の好みだからだ」
「え?」
『――――――やるよ』
「なんだ? これ?」
グリードは周りに広がる奇妙な光景に首をかしげた。
グリードは村の東側から防壁の内側へと侵入を果たしていた。
村には3mの防壁に囲まれていたが、グリードの身体能力であれば一息に飛び越えることができる。
他の盗賊達は、ダグラスがいる村の北側のほうに集中させて、グリードは単独での侵入である。
侵入と言っても、グリードの跳躍は防壁の内側にいる武装した女たちの頭上を堂々と飛び越えたため、見張りの者達には既に見つかってしまっている。
それはいい、グリードは戦いのために、あえて堂々と侵入を果たしたのだ。
グリードが気になっているのは着地した先、雪の広場に突き刺さった謎の剣の山である。
グリードの記憶では、三日前に村に訪れた時は、こんなものはなかったはずである。
その証拠に、雪に刺さった剣はどれも錆びておらず、真新しい。
ザク……ザク……ザク……
そう謎の剣の山に混乱していると、雪を踏みしめる音が聞こえ、グリードは考えるのをやめてが振り向く。
その時、グリードは思った。
これはおかしい。防壁の中に侵入したのに近づいてくる足音が一つしかないと。
「一人か?」
グリードへ近づいてきたのはタロウただ一人だった。
アニカや他の女達は、外を警戒してグリードの方へ向かう様子はない。
「師匠が言うにはここは俺の場所らしい」
「はあ?」
「俺にもよくわからないが……要はお前は俺が倒さなければならんということだ」
「お前には興味ねえんだよ……あの男はどこにいんだ? 早く教えろ」
グリードはジークの居場所を探すため、視線をタロウから外す。
当然、その隙に、タロウはグリードへと斬りかかるが、
「だから……軽いんだよ!」
「ぐっ!」
足音なのか、勘なのか、グリードはその一撃を右手に持った大鉈でよそ見をしながら軽々受け止める。
それどころか、出会ったときと同じく、圧倒的な力の差でタロウは弾き飛ばされるが、咄嗟に体を空中で不自然に捻った。
空中で無理やり体を捻ったためバランスを崩し、タロウは雪の上を無様に転がっていく。
「ん? おまえ……」
グリードは自分の力で吹き飛ばされたタロウに対して興味を覚えた。グリードはタロウを突き立った剣にぶつけるつもりで弾き飛ばしたのだ。
その様子をよく見ていなかったが、タロウが弾き飛ばされた時、後ろを見ている余裕があったとは思えない。
「ちょっと付き合ってやるよ」
タロウは急に自分に興味を持ったグリードへ疑問を覚えるが、戦う気になってくれたならば好都合と次の攻撃に向けて意識を集中する。
内心、タロウはグリードに勝てるビジョンが浮かんでいない。
ミナトにもグリードにも負け、いくら努力しても強くならない肉体。
それでもいつか強くなろうと努力は続けるが、いつしかタロウの中の冷静な部分がお前には無理だ。才能がないと常に囁くようになっていた。
だが、それでも引けないのがこのタロウという男である。
理屈ではない、ただのプライドだ。
いや、実力が伴っていない以上、それはただの虚勢である。
これが、犬でも食わせるようなチンケな虚勢であることもタロウは理解しているが、それでもタロウは戦士への道を諦めるつもりはなかった。
大した理由などない。
ただ、産まれた瞬間からそうあれと育てられ、タロウ自身も村の戦士たちの強さにあこがれを抱いただけのこと。
つまりタロウにとって強くなる事とは、戦士になるという事は、夢なのである。
それに、この戦いに限ってはもう一つ理由があった。
それは戦いの前、師匠であるアニカから言われた一言。
『勝ったら俺がお前の嫁になってやるよ』
アニカはタロウにとって、あくまで師匠であり、異性と認識していなかった相手である。
当然、タロウは困惑する。
なぜ師匠が俺なんかに?
師匠は師匠であり、そういう対象では……
俺の方が力が弱いし……
でもよくよく見ると師匠は美人だ。
様々な思いがタロウの中で渦巻き、数分悩んだ結果、彼の中で答えは出た。
タロウは戦士を夢見る男であり、タロウは男であるということだ。
「俺と勝負しろグリード!!」
いつでもなんにでも全力で挑むタロウは、今日は120%の全力である。
村人や護衛対象の職人たちを、よその村へ避難させることも検討された。
だが、盗賊の三日後と言う発言を信用するわけにはいかないし、道中で奇襲を受ける可能性があるため迎え撃つことになった。
グリードと出会ったこの村は名前すら存在せず、ただアナンの北の村といわれている人口が100人にも満たない小さな村である。
良質な鉄が取れるため、アナンの村には多くの商人が訪れる。
この北の村は、そんな商人たちの宿場としてよく利用されているらしく、村の人口に対して宿や空き家が多い。
そのため、大所帯の俺達も受け入れ可能だった。
俺は、リタから卸す予定だった商品の剣を借り受け、新しい剣の感覚を訓練して手に馴染ませる。
黒い刀身は鎧山羊の血と共に作られた黒鋼の証、両刃の直刀で、刃渡りは80cmというところか。
俺が使っていた剣より肉厚で、材質も、ジークの弓やアンジの大剣のように、獣との戦いに用いられる武器と同じものが使われている。
より太く頑丈になったとはいえ、グリードの使う大鉈に比べればまだ細い。女が使う予定だっただけあって、また折られるんじゃないかと思ったが、
「今回持ってきた親父の剣の中で一番いいやつだ。男相手とは言えそう簡単には折れないよ」
と、リタが太鼓判を押してくれた。
「貸すだけだよ。それはあんたの剣じゃない」
「約束はできないですけど……ちゃんと返しに戻ります」
一度完膚なきまでに負けた相手に再び挑むのだ。
生きて帰れるかはわからない。
だからこそ、俺は生きて戻るという思いを込めて約束する。
「なんだそれ? 男なんだったらはっきりしろ!」
そんな俺の心情を知ってか知らずか、リタはいまいち煮え切らない俺を怒鳴りつける。
たしかにそうだ。つい癖で予防線を引いてしまった。
ここでは日本にいた時のようなどっちつかずな答えなどいらない。
俺は俺の意思を絶対に通す。
それでいいんだ。
「そうですね……俺は……絶対にあいつに勝ちます」
「待ってな。お前の剣は戦いには間に合わせてやるよ」
そう言うとニヤリと彼女は笑った。
どうやらこの鍛冶場もない小さな村で、俺の剣をいつかではなく、今作ろうとしているようだ。
二日後、深夜。
そろそろ日付も変わろうかという時間、当然辺りは真っ暗になっているが、村の中からはリタが鉄を打つ音が未だに響いている。
この二日、彼女は眠ることなく作業を続けてくれている。
俺も手伝おうとしたのだが、お前は訓練をしろと作業場を追い出されてしまった。
俺は、村の防壁越しに村の外へ目を向ける。
強靭な獣を村に入れないため、俺が今まで訪れたどの人里にも、必ず獣と人の領域を隔てる壁が存在していた。
この村も例にもれず、丸太をそのまま地面に突き立てたような高さ3mほどの立派な壁が村を囲んでいる。
この丸太の壁には、壁の上から頭を出して外を見るために、足場が設置されており、俺達はその足場に立って外を見張っていた。
すっかり夜も更けて明かりは篝火と月の光だけ、村の外は森になっていて、そのわずかな光すら届かない暗闇が広がっている。
俺が見張りを受け持ったのは村の北側で、俺のほかにジークと3人の女が目を光らせている。
当然見張りは交代制で、セツ達は今は眠っている。
この世界の一日の基準は夜明けが来れば次の日というのが一般的だ。
俺の感覚では深夜0時を迎えれば次の日であるが、それはこの世界ではあまりない感覚らしい。
そのため、ダグラスが嘘をついていないのであれば、朝になってからのはずである。
そのため、俺とジークはそろそろ見張りを交代して朝まで眠って、万全の状態を整えることになっている。
俺よりセツ達の方が戦力になると思うのだが、男というだけで俺もジークと共に一番楽な時間に回されてしまった。
早くその期待に見合った強さを手に入れたいものだ。
そんな事を考えながら吐いた白い息。
ふわりと上がった薄い煙の向こう、雪で覆われた地面の上、木々の間の闇の中、赤い何かが見えた。
「ん?」
暗闇の中にゆらゆらとゆれる赤い不定形の何か、それは一つだけではなく、次々と数が増え、まるで人魂の様だ。
次々と現れるその赤い人魂は、パキン! という聞き覚えのある音と共に、一斉に空に飛びあがってこちらへと向かってきた。
この音、前向きに反りのある弓特有の、弦が弓を叩く音に違いない。
つまりこの人魂は、
火矢だ。
「敵襲!」
俺は叫んで戦いの火蓋が切られたことを皆に告げる。
次々と振ってくる火矢は防壁や家に突き刺さり、俺達の周りを赤く照らす。
やはり盗賊らしく、馬鹿正直には襲ってこなかった様だ。
「36人ってところか、宣戦布告するだけあって数が多いね」
「呑気ですね!」
ジークは撃ってくる矢の数で盗賊達のおおよその数を把握しているらしい。
俺はいつ自分の方に矢が飛んでくるか気が気でないのに、ジークは姿勢を低くする素振りすら見せない。
「でも使ってくるのが火矢でよかったよ」
「どこがですか!」
「火矢を使ってくれなかったら流石に見えないしね」
そういうとジークは腰の矢筒から矢を抜き取り、弓を構える。
弓を頭上で持ち上げ、頭上で左手を延ばし、弓を引くとともに口元までおろしてくる。
ジークは俺では足で弓を支えて両手を使って引いたとしても、まともに引くことができない程の剛弓を目一杯引き切った。その体は弓の力に一切負けることなく、震えもゆがみも存在しない。
火矢がジークの弓と頭の間を通り、髪をかすめて地面に突き立つ。それでもジークは構えが崩れることはなく、矢は森へと放たれた。
一瞬、遅れて女性特有の甲高い悲鳴が夜の闇に通る。
「暗くてよく見えなかったけど、いい目印になったよ」
そういいながらジークは次の矢を放つ。
木製の防壁や、防壁の傍にある家に火矢が刺さっているが、雪で湿っているのか、それほど燃え広がってはいない。
とにかく俺はジークに続いて、防壁を守っている女達と共に矢を森の中へ撃って撃って撃ちまくる。
俺たちの矢がどれほど効果が出ているかはわからないが、ジークが撃つたびに悲鳴が上がっているのは確かだ。
この矢の応酬はジーク一人によってこちらに軍配はあがりそうだ。
「弾かれた……あそこにダグラスがいるね」
「え? 見えてるんですか?」
「まあそれはなんとなく」
戦士が超人なのは筋肉だけではなく勘もらしい。もはや超能力の領域に思える。
「近寄らせるわけにはいかないか……」
「え?」
「ミナト、ちょっとあいつの相手してくる」
そう言うとジークは壁の外へと降り立った。
俺は自分も行くべきが迷っていると、森の中から月明りの中、人が現れた。
ダグラスだ。
それに続いて盗賊であろう女達が次々と森の中から現れる。
みんなそれぞれ手には体を覆い隠すほどの大きな盾を持っており、俺達の矢をものともせず、横一列になって前へ進んでくる。
俺にはジークのように盾を貫くほどの強弓はつかえないし、盾の端からちらちらと見える足を狙い撃つほどの技量もない。
ならばとジークと相対するダグラスへ向けて弓を向ける。
ダグラスは盾を持っていないが、その手には身の丈はある片刃の大剣を持っており、それを前に突き出してすっぽりと体を覆い隠している。それでも盾よりは露出している部分が多いため、横から狙えば狙えなくもない。
そう思い、俺は足場の上を走り、ダグラスの正面から外れた場所まで移動する。
「ここなら……」
ジークとの狩りを思い出し、弓を引く。
狙いは一瞬でいい、とにかく数を撃て、一本正確に狙ったところで多分当たらない気がする。
俺は続けざまに4本の矢をダグラスへ放った。
だが、奴は盾にした大剣により、矢を防ぐどころか、時折大剣の位置をずらして横からはみ出た、本来体に当たるはずの矢も防いでいる。
やはりこの程度では倒せないようだ。
当然、いつまでも矢の雨に晒されているつもりはないらしく、ダグラスは走り出した。
鉄塊とも言うべき巨大な剣を持った大男の突進は、暴走列車のごとく、いくら矢を撃っても止める事はできない。
その速度、質量を合わせた莫大なエネルギーを秘めたこの男を止めるには、機関銃があってもきっと火力が足りない。そう思わせるほどの疾走だった。
ジークもその剛弓を持ってダグラスへ矢を放つが、大剣に弾かれ、一瞬動きが遅くなるだけで止まることはない。
撃たれても撃たれても止まらない暴走列車は、正面に立っていたジークも避けるしかない。
ダグラスは横に避けたジークを気にすることなく、そのまま直進し、あっという間に丸太で出来た防壁の傍に到達してしまった。
暴走列車のような疾走から、たった一歩で速度をゼロへする急制動。
一気に足を止めたことによる、その爆発的な運動エネルギーの行き先は踏みしめた地面から体を伝い、腕の延長となった大剣へと集約される。
大剣に込められた力は、防壁に使われている俺が両腕で輪を作ったくらいの立派な丸太を、大剣の届く限りの範囲を一息にへし折った。
「きゃあああ!」
ちょうどダグラスがへし折った防壁の上にいた狩猟衆の女が地面へと投げ出されてしまった。
女は地面に這いつくばり、低くなった防壁をまたいでくるダグラスを見て怯えた声を上げる。
「ひっ……」
だが、這いつくばる女からダグラスは興味がないようで、視線を外して横を向く。
「やあ、約束通り僕が相手するよ」
「出迎えご苦労」
足場から降りたジークがダグラスと対峙する。
二人に備わるのは圧倒的な武力。
この世界に求められる男の象徴である。
「ジークさんにあいつは任せよう!」
防壁が破られるのは俺達の想定内だ。
計画通りダグラスの事はジークに任せて、俺達は他の奴らの相手をするため外へ向き直る。
なんせ今この壁を守っているのは、ジークを除けば僅か4人、味方が走ってきているのが見えるが、ジーク曰く36人の敵がいるのだ。
なんとしてでもこの壁を越えさせるわけにはいかない。
「グリードだ! あの男が東側に出たぞ!」
多分だが、味方の見張りの声だ。
どうやらグリードが出たらしい。
東側……あっちはたしかタロウがいるほうだ。
「死ぬなよ……タロウ」
俺はここを増援が来るまで守り切り、出来るだけ早くタロウの元へ助けに行く。
それが今の俺の役目だ。
村の東側には畑が広がっている。
防壁の内側に収まる程度の小さな畑ではあるが、この村で一番開けた場所である。
アニカとタロウが防壁の上に並んで立ち、敵襲に備えている。
師匠であるアニカと共に見張りをするのは特に異論のないタロウであるが、タロウには一つ気になっていたことがあった。
「師匠、あれなんですか?」
「お前の武器だよ」
「俺の?」
雪で覆われていて真っ白な雪原となった農地。
積もったばかりの雲海を思わせる風景の中に紛れ込む明らかな異物があった。
それは無数の剣だ。
大きさはバラバラ、品質も鋳造の量産品から職人による鍛造品まで多種多様な剣が、不規則に雪に突き立っている。
これは、この村から出る事が出来なくなった商人や職人達から、アニカが半ば無理やり奪ったものだ。
これではどちらが盗賊かわからないが、この辺りを荒らす盗賊団を倒すためという大義名分を振りかざせばギリギリ納得させることができたらしい。
「俺にはこの剣がありますけど……」
「喜べ、使い放題だぞ」
「俺の腕は二本なんですが……」
タロウはアニカの考えが分からずに困惑する。
いくら剣の数があったところでタロウの腕は二本、しかも特に二刀流の練習をしていたわけではない。
「多分お前ならできる気がする。昨日思いついた」
師匠であるアニカは、タロウがこの剣の山を使いこなせると踏んでいるようだが、タロウにはどう扱えばいいか想像すらつかない。
タロウはアニカを信頼しているが、ぶっつけ本番で思いつきに命をかけるのは流石に抵抗がある。
タロウはせめてどう使えばいいのか、アニカになんとか聞き出そうとするが、
「自分で考えろ。いや、なんも考えるな」
ますます混乱するだけであった。
「意味が分からないです……なんで教えてくれないんですか……」
タロウはげんなりしながら、師匠の無茶ぶりに付き合うしかないのかと諦めかける。
せめて教えない理由を、期待せずに問いかける。
すると、アニカは隣に立つタロウの頭を掴んで自分の方に引き寄せ、耳元で囁いた。
「そっちの方が俺の好みだからだ」
「え?」
『――――――やるよ』
「なんだ? これ?」
グリードは周りに広がる奇妙な光景に首をかしげた。
グリードは村の東側から防壁の内側へと侵入を果たしていた。
村には3mの防壁に囲まれていたが、グリードの身体能力であれば一息に飛び越えることができる。
他の盗賊達は、ダグラスがいる村の北側のほうに集中させて、グリードは単独での侵入である。
侵入と言っても、グリードの跳躍は防壁の内側にいる武装した女たちの頭上を堂々と飛び越えたため、見張りの者達には既に見つかってしまっている。
それはいい、グリードは戦いのために、あえて堂々と侵入を果たしたのだ。
グリードが気になっているのは着地した先、雪の広場に突き刺さった謎の剣の山である。
グリードの記憶では、三日前に村に訪れた時は、こんなものはなかったはずである。
その証拠に、雪に刺さった剣はどれも錆びておらず、真新しい。
ザク……ザク……ザク……
そう謎の剣の山に混乱していると、雪を踏みしめる音が聞こえ、グリードは考えるのをやめてが振り向く。
その時、グリードは思った。
これはおかしい。防壁の中に侵入したのに近づいてくる足音が一つしかないと。
「一人か?」
グリードへ近づいてきたのはタロウただ一人だった。
アニカや他の女達は、外を警戒してグリードの方へ向かう様子はない。
「師匠が言うにはここは俺の場所らしい」
「はあ?」
「俺にもよくわからないが……要はお前は俺が倒さなければならんということだ」
「お前には興味ねえんだよ……あの男はどこにいんだ? 早く教えろ」
グリードはジークの居場所を探すため、視線をタロウから外す。
当然、その隙に、タロウはグリードへと斬りかかるが、
「だから……軽いんだよ!」
「ぐっ!」
足音なのか、勘なのか、グリードはその一撃を右手に持った大鉈でよそ見をしながら軽々受け止める。
それどころか、出会ったときと同じく、圧倒的な力の差でタロウは弾き飛ばされるが、咄嗟に体を空中で不自然に捻った。
空中で無理やり体を捻ったためバランスを崩し、タロウは雪の上を無様に転がっていく。
「ん? おまえ……」
グリードは自分の力で吹き飛ばされたタロウに対して興味を覚えた。グリードはタロウを突き立った剣にぶつけるつもりで弾き飛ばしたのだ。
その様子をよく見ていなかったが、タロウが弾き飛ばされた時、後ろを見ている余裕があったとは思えない。
「ちょっと付き合ってやるよ」
タロウは急に自分に興味を持ったグリードへ疑問を覚えるが、戦う気になってくれたならば好都合と次の攻撃に向けて意識を集中する。
内心、タロウはグリードに勝てるビジョンが浮かんでいない。
ミナトにもグリードにも負け、いくら努力しても強くならない肉体。
それでもいつか強くなろうと努力は続けるが、いつしかタロウの中の冷静な部分がお前には無理だ。才能がないと常に囁くようになっていた。
だが、それでも引けないのがこのタロウという男である。
理屈ではない、ただのプライドだ。
いや、実力が伴っていない以上、それはただの虚勢である。
これが、犬でも食わせるようなチンケな虚勢であることもタロウは理解しているが、それでもタロウは戦士への道を諦めるつもりはなかった。
大した理由などない。
ただ、産まれた瞬間からそうあれと育てられ、タロウ自身も村の戦士たちの強さにあこがれを抱いただけのこと。
つまりタロウにとって強くなる事とは、戦士になるという事は、夢なのである。
それに、この戦いに限ってはもう一つ理由があった。
それは戦いの前、師匠であるアニカから言われた一言。
『勝ったら俺がお前の嫁になってやるよ』
アニカはタロウにとって、あくまで師匠であり、異性と認識していなかった相手である。
当然、タロウは困惑する。
なぜ師匠が俺なんかに?
師匠は師匠であり、そういう対象では……
俺の方が力が弱いし……
でもよくよく見ると師匠は美人だ。
様々な思いがタロウの中で渦巻き、数分悩んだ結果、彼の中で答えは出た。
タロウは戦士を夢見る男であり、タロウは男であるということだ。
「俺と勝負しろグリード!!」
いつでもなんにでも全力で挑むタロウは、今日は120%の全力である。
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