死神と少年の邂逅

Shazel

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1話

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 私───鳴彲 零刹めいち れいせつがまだ精神科病棟という拘束の檻に縛られていた頃の話をしよう。

 そこにいた時は、何も変わらない退屈な日々に明け暮れていた。
 外に出ることは許されず、毎日毎日、鼻歌を歌ったり、読書をしたり、日記を書いたりして過ごしていた。
 しかし、どれもこれもただの時間潰しでしかない。

 何故、私がこんな場所にいるかって?
 答えは単純。
 何処にも行くあてがないからだ。
 私には家族という温かい環境も、学校という学びの場も、互いを尊重し合う仲間や友人も、存在しないし、一切無縁だ。
 生きるためにただ金を稼ぐという選択肢もあるのかもしれない。
 だが、重度の社会不適合者である私に、それができるはずもない。
 だから、私はここにいる。
 意味もなく、ただ時間と共に歩んできた。
 それに───私はもはや、人間として生きることすら許されていない。

 いつからだろうか?
 気づいた時には、不老不死になっていた。
 つまり、死にたくても死ねない。
 それは、私にとって不都合なことだった。
 こんな刺激もない退屈な人生を無限に生き続けるなんて、地獄でしかない。
 神は何故、私にこんなにも理不尽な運命を与えたのだろうか?
 まるで、私の人生は最初から破滅へと導かれ、定められていたかのようだ。
 周囲は思いのままに生きているというのに、私だけが神の操り人形として、抗うことすら許されず、定められた運命に縛られている。

 「でもまぁ、良い。」

 そう思うことにした。
 変わらない日々に文句を言ったところで、何かが変わるわけでもない。
 ただ無為に時間を潰し、何も起こらないまま、淡々と日々を過ごしていくだけ。
 それが私の人生であり、この檻の中での唯一のだ。

 ───だが、そんな退屈な日常が、一人の少年によって、わずかに揺らぐことになるとは。
 この時の私は、まだ何も知らなかった。

 その少年はまだ九歳という幼い子供で、ある日、私の病室の前を通りかかったのか、勝手に病室に入ってきた。
 少年は不思議そうに私をジッと見つめ、問いかけてきた。

「何でお兄さんはここにいるの?」

 私はただ少年を見つめるだけで、何も言わなかった。
 子供は好きじゃない。
 厄介な生き物であり、ただ単に興味がない。
 それでも、少年はずっと扉を開けたまま立ち続けていたので、仕方なく答えた。

「特に理由はない」

 少年は首をかしげた。

「理由がないのに、こんな怖い場所にいるの?」

 更に質問をしてくるとは……面倒臭い。
 やっぱり子供は嫌いだ。

「私という異常者には、こういう場所がお似合いなんだ、少年。君こそ、こんな所に来て何をしに来たんだい?」

 少年はしばらく黙っていたが、やがて答えた。

「僕?僕はね、母さんがここにいるから会いに来たんだ。でも、部屋が分からなくて……運に任せて開けたら、ここに来ちゃったって感じ」
 
 ただ間違えただけなら、どうして私に話しかけた?
 子供の無邪気さには、ついていけない。

「病院に入る時、ちゃんと病室がどこか聞かなかったんだろう。きっと近くに看護師がいるはずだ」

 そう言って、少年を追い出そうとしたが、少年は突然、私に抱きついてきた。

「嫌だ!母さんに会いたくない……」

 少年は力強く私にしがみつき、離れようとしない。
 お見舞いに来たはずが、何故「嫌だ」と言うのか、ますます理解できなかった。

「次は私が質問する番だ。会いたくないのに、何故ここに来た?それに、私は赤の他人だ。親から『他人に迷惑をかけてはいけない』と教わらなかったかい?」

 無理やりにでも引きはがそうとするが、力が私よりも強すぎてびくともしない。

「ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダっ!」

 突然、喚き散らしながら大声で泣き始めた。
 扉が開いたままだったため、その声が廊下にまで響き渡る。
 看護師や見舞いに来た人々が不思議そうな顔でこちらに視線を向けてくる。
 最悪だ。
 私はため息をつき、少年に言った。

「わかった、なら一緒に行こう。私が君にできることはそれだけだ」

 少年はそれでも泣き止まない。
 何故そこまで頑なに嫌がるのだろうか?
 無理やりここに連れてこられたのか?
 いや、いちいち詮索する必要は無い。

「そうだ、少年、本は好きかい?私が読んでいる本は……」
「そんな難しい本読めるわけないじゃん!僕、まだ小学四年生だよ?」
「……。なら、折り紙でもしようか。ここにちょうどいい紙があるから……」
「やだ!つまんない!」

 はぁあ。面倒臭い……あぁ!実に面倒臭い!
 何故私が子供の相手をしなくちゃいけないんだ。
 だから嫌なんだ。

「じゃあ、何がしたいんだね?」

 少し怒り気味で問いかけた。

「お絵描き……お絵描きがしたい!」
「お絵描き……?」

 少年にしては珍しい。
 私が想像する限り、男児はゲームやスポーツを好むものだと思っていた。
 世界は広い。
 ほんのわずかだが、この少年に興味が湧いた。

「お兄さんは絵描くの好きなの?」
「まぁ、それなりに」
「へぇ!僕、絵を描く以外にも何かを作ったり……料理するのも好きなんだぁ!」

 少年は満面の笑みを浮かべ、私と会話を続ける。
 こんなに笑顔で話してくる人間は初めてだった。

「料理か。普段は何を作っているんだい?」
「うーん……姉さんに教えてもらったのは、オムライスとかハンバーグとかかな?あ、初めて教えてもらったのは、ほうれん草のキッシュ!」
「随分珍しいものを教えてもらったのだね」
「うん!僕ね、ほうれん草が苦手だから……でも、姉さんは僕が苦手を克服するために、ほうれん草のキッシュを作ってくれたんだ。そしたら、キッシュだけしか食べれないけど、それだけでも食べれるようになって、姉さんに『偉いね』って褒めてくれたんだ!その時はすんごく嬉しかったんだぁ」
 
 私には、こんなに笑顔だった頃の記憶はない。
 そもそも、過去の記憶自体が曖昧で、もし思い出したとしても、きっと良い思い出は一つもないだろう。
 もし、私に少しでも幸せが訪れていたのなら、この少年のように、少しでも笑顔になれていたのだろうか?

「はい!お兄さんにプレゼント!」

 少年が自分で描いた絵を差し出してきた。
 そこには二つの人のような形が描かれており、手を繋いでいるのだろうか?

「これは……何だい?」
「んもぉ!僕とお兄さんだよ!」
「ほう」
「『ほう』って……もしかして『ヘタクソだなぁ』って思ったでしょ!」

 私はほんの──ほんの少しだけ、何かを感じた。
 そのが、私にはわからない。
 
「会ってそんなに時間が経っていないのに、君は不思議な子だ」
「不思議って……僕がここに入ってきた時、お兄さんの顔が凄く寂しそうに見えたんだ。だから、少しでも元気にさせなきゃって思ったんだよ」

 少年は真剣な眼差しで私の顔を見つめる。
 変な感じだ。
 周囲の人間は、赤の他人など気にも留めないのに、この少年だけは、どこか違う。

 私は少年の顔を見ずに、静かに言った。

「ありがとう」

 少年は少し間を空けて、嬉しそうに言った。

「どういたしまして!」

 その時、扉が勢いよく開いた。
 そこに現れたのは、一人の看護師だった。

「ちょっとちょっと!天灰てんかいくん!何でこんなところにいるの!お母さんが心配してるよ!」
「うわ、やっべ……」
 
 看護師は少年を引きずるように連れていった。
 騒がしかった部屋が一気に静まり返り、いつもの静けさに戻った。
 でも、何故だろうか。
 一人でいる方が楽なはずなのに、少し孤独を感じる気がした。

 そういえば、少年に名を聞くのを忘れていた。
 だが、もうこれが最初で最後だろう。
 
 それにしても、ここに並ぶ病室は、気軽に足を踏み入れていい場所ではないはずだ。
 何故なら──ここには本物の異常者しかいないのだから。
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