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第1章 ボーイミーツプリンセス
第10話 異世界ギルド
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『脳髄不全』亭の一階に下りると、親父が不機嫌そうに掃除をしていた。
盛大に机がひっくり返り、赤黒い染みができている。乱闘があったらしい。
昨晩の記憶がないアマトには、嫌な予感しかない。
親父と目が合うと睨まれたが、横のファンローラの顔を見た途端、ひどく怯えたものへと変わったので、それで大体の事情は察した。
「あの、昨日何があったのかな?」
「不届き者を成敗しただけですので」
深刻な様子は微塵もなく、ファンローラは答える。
ああ、そう。と納得するしかない。深く追求するのはやめた。
宿代に迷惑料の缶詰を詰む。貴重な食料ということだが、錆びた缶には猫の絵が書いてあった。猫缶に間違いない。
昨日食べたもので腹を下した理由のなんとなくわかった。
トイレはないので、壺にさせられ、通りに中身をぶちまけるという、異世界ファンタジーにあるまじきリアルな中世の一風景を見せられたのである。
文明が崩壊すると衛生から失われていくのだ。文化的な生活のありがたみを知る。
もし、内政系であったなら、ここから改善できたろうに助けるはずの姫は、国のさ復興よりも報仇雪恨を誓っている武侠なのである。かわいいのに。
で、下した腹はポーションを一口飲んだらてきめんに効いた。魔法のアイテムがあってよかった。
「では、鏢局に向かうぞ」
「なんですかそれ? 冒険者ギルドに行くんじゃ?」
「だから、鏢局に向かうのだろ?」
「ん?」「ん?」
どうも、女神から授かった翻訳スキルに齟齬がでたっぽい。
鏢局とは金品や旅客を運送護衛する民間の請負業者のことである。
清代に隆盛したと言われ、護衛の用心棒を派遣する。
武侠小説ではおなじみの組織で、役割り的には冒険者ギルドのようなものと思っていただきたい。ちなみに、鏢局同士はよく対立する。
もちろん、アマトはよく知らなかったが、ゴルガスの懇切丁寧な解説で理解した。
鏢局は、グランドバニアの繁華街から少し離れたとことにあった。
「御免」
やっぱり、ゴルガスを先頭に入っていく。
盗賊の首領で賞金首という極悪人だが、世辞に通じているのはなんやかんやでありがたい。
「ご依頼かい? 残念だけど、今は嫖客が集まんないんだよ」
ローブをまとった、だらけた感じのお姉さんがいる。
美人には違いない。二〇代後半といったところだ。銀の髪と褐色の肌がエキゾジックで、ファンタジーという雰囲気だ。
ギルドの受付のお姉さんなんだろう。それが暇そうにじゃらじゃらと効果を弄んでいる。金勘定の最中だったらしい。
「嫖客って……?」
「用心棒や護衛役のことだ」
ファンローラは、よくわかってなさそうだが横でにこにこしている。
それを尻目に、ゴルガスから説明を受ける。
やはり冒険者みたいなものだとアマトは理解した。
「だったら、わしらでどうだ?」
「はあん、腕を売りに来たのかい。最近はこのアンヴァ姐さんの御眼鏡に適う武侠もめっきり減って……って、“金剛鉄鬼”!?」
ガタッと受付のお姉さんは身を引いた。
鉄の仮面をつけた巨漢、そのうえ盗賊の頭で賞金首だから当然の反応だ。
慌てて机の下に逃げ込もうとしている。
「い、いいいい命だけは!? 何されたっていいから、命だけはぁ……!?」
必死な命乞いである。“金剛鉄鬼”の悪名は相当なもののようだ。
しかし、何されるつもりだったんだろう、このお姉さんは。
「安心せい、盗賊は廃業だ」
「……本当に? クラスチェンジってやつかい」
「そんなようなものだ。嫖客のほうがまだいくらも真っ当な仕事だからな」
「あの、そっちのふたりは? なんなの? そのお姫様と青瓢箪は」
「青瓢箪って……」
まあ、言われても仕方がない。スキルもチートもない只者なのだし。
「こちらは勇者様です!」
「……はあ、勇者? ……これが?」
「一応、そうみたいなんですけども」
申し訳なくなってしまう。
「嘘でしょ、そんな」
「嘘じゃありません! 勇者様は勇者様です!!」
ばーん! とファンローラは受付のテーブルを両手てぶっ叩いた。
力説してくれるのはありがたいが、そんな事言われても只者なのは変わらない。
「ま、まあ、落ち着いてよ、お姫様。そいつが勇者なのはよくわかったから……」
「わかっていただければ、それで。勇者様をこれ以上侮辱すると、あなたも血を噴くことになりますよ?」
物騒な脅しとともに、眼光鋭く睨みつける。
およそ年頃の少女の目の輝きではない。
声もドスが効いている。怖い、昔のヤクザ映画を彷彿とさせる。
「……あ、ああ、僕は全然平気だから、お話を聞こう?」
「はい、一喝しておきましたから、ご安心ください」
途端にアニメっぽい明るい声に戻る。これなら安心かな、なんて思う。
ただ、こっちの声が作りだったらどうしようという新たな不安が持ち上がった。
そういうのがうまい声優、何人か心当たりがある。
「……ええと、依頼じゃなくて要するに腕の売り込みなのね」
ひょこっと机から顔を出してアンヴァが、事態を把握したようだ。
「そういうことなんで、僕たちにできる仕事を紹介してもらえないでしょうか?」
頭をポリポリ掻きながら、アマトは仕事を求める。
いつの間にか、パーティの交渉役っぽくなっていた。
盛大に机がひっくり返り、赤黒い染みができている。乱闘があったらしい。
昨晩の記憶がないアマトには、嫌な予感しかない。
親父と目が合うと睨まれたが、横のファンローラの顔を見た途端、ひどく怯えたものへと変わったので、それで大体の事情は察した。
「あの、昨日何があったのかな?」
「不届き者を成敗しただけですので」
深刻な様子は微塵もなく、ファンローラは答える。
ああ、そう。と納得するしかない。深く追求するのはやめた。
宿代に迷惑料の缶詰を詰む。貴重な食料ということだが、錆びた缶には猫の絵が書いてあった。猫缶に間違いない。
昨日食べたもので腹を下した理由のなんとなくわかった。
トイレはないので、壺にさせられ、通りに中身をぶちまけるという、異世界ファンタジーにあるまじきリアルな中世の一風景を見せられたのである。
文明が崩壊すると衛生から失われていくのだ。文化的な生活のありがたみを知る。
もし、内政系であったなら、ここから改善できたろうに助けるはずの姫は、国のさ復興よりも報仇雪恨を誓っている武侠なのである。かわいいのに。
で、下した腹はポーションを一口飲んだらてきめんに効いた。魔法のアイテムがあってよかった。
「では、鏢局に向かうぞ」
「なんですかそれ? 冒険者ギルドに行くんじゃ?」
「だから、鏢局に向かうのだろ?」
「ん?」「ん?」
どうも、女神から授かった翻訳スキルに齟齬がでたっぽい。
鏢局とは金品や旅客を運送護衛する民間の請負業者のことである。
清代に隆盛したと言われ、護衛の用心棒を派遣する。
武侠小説ではおなじみの組織で、役割り的には冒険者ギルドのようなものと思っていただきたい。ちなみに、鏢局同士はよく対立する。
もちろん、アマトはよく知らなかったが、ゴルガスの懇切丁寧な解説で理解した。
鏢局は、グランドバニアの繁華街から少し離れたとことにあった。
「御免」
やっぱり、ゴルガスを先頭に入っていく。
盗賊の首領で賞金首という極悪人だが、世辞に通じているのはなんやかんやでありがたい。
「ご依頼かい? 残念だけど、今は嫖客が集まんないんだよ」
ローブをまとった、だらけた感じのお姉さんがいる。
美人には違いない。二〇代後半といったところだ。銀の髪と褐色の肌がエキゾジックで、ファンタジーという雰囲気だ。
ギルドの受付のお姉さんなんだろう。それが暇そうにじゃらじゃらと効果を弄んでいる。金勘定の最中だったらしい。
「嫖客って……?」
「用心棒や護衛役のことだ」
ファンローラは、よくわかってなさそうだが横でにこにこしている。
それを尻目に、ゴルガスから説明を受ける。
やはり冒険者みたいなものだとアマトは理解した。
「だったら、わしらでどうだ?」
「はあん、腕を売りに来たのかい。最近はこのアンヴァ姐さんの御眼鏡に適う武侠もめっきり減って……って、“金剛鉄鬼”!?」
ガタッと受付のお姉さんは身を引いた。
鉄の仮面をつけた巨漢、そのうえ盗賊の頭で賞金首だから当然の反応だ。
慌てて机の下に逃げ込もうとしている。
「い、いいいい命だけは!? 何されたっていいから、命だけはぁ……!?」
必死な命乞いである。“金剛鉄鬼”の悪名は相当なもののようだ。
しかし、何されるつもりだったんだろう、このお姉さんは。
「安心せい、盗賊は廃業だ」
「……本当に? クラスチェンジってやつかい」
「そんなようなものだ。嫖客のほうがまだいくらも真っ当な仕事だからな」
「あの、そっちのふたりは? なんなの? そのお姫様と青瓢箪は」
「青瓢箪って……」
まあ、言われても仕方がない。スキルもチートもない只者なのだし。
「こちらは勇者様です!」
「……はあ、勇者? ……これが?」
「一応、そうみたいなんですけども」
申し訳なくなってしまう。
「嘘でしょ、そんな」
「嘘じゃありません! 勇者様は勇者様です!!」
ばーん! とファンローラは受付のテーブルを両手てぶっ叩いた。
力説してくれるのはありがたいが、そんな事言われても只者なのは変わらない。
「ま、まあ、落ち着いてよ、お姫様。そいつが勇者なのはよくわかったから……」
「わかっていただければ、それで。勇者様をこれ以上侮辱すると、あなたも血を噴くことになりますよ?」
物騒な脅しとともに、眼光鋭く睨みつける。
およそ年頃の少女の目の輝きではない。
声もドスが効いている。怖い、昔のヤクザ映画を彷彿とさせる。
「……あ、ああ、僕は全然平気だから、お話を聞こう?」
「はい、一喝しておきましたから、ご安心ください」
途端にアニメっぽい明るい声に戻る。これなら安心かな、なんて思う。
ただ、こっちの声が作りだったらどうしようという新たな不安が持ち上がった。
そういうのがうまい声優、何人か心当たりがある。
「……ええと、依頼じゃなくて要するに腕の売り込みなのね」
ひょこっと机から顔を出してアンヴァが、事態を把握したようだ。
「そういうことなんで、僕たちにできる仕事を紹介してもらえないでしょうか?」
頭をポリポリ掻きながら、アマトは仕事を求める。
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