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第1章 ボーイミーツプリンセス
第8話 異世界城塞都市
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城塞都市の中は、思った以上に賑やかである。
町の通りには市場が並び、大勢の人々がひしめき合っている。
ピックアップトラックは、外に停めた。カテゴリー的には馬と同じらしい。
さすがにゴルガスが通ると潮が引くように人が避けていく。
盗賊の頭目なうえに、見るからに乱暴者、そのうえ賞金もかかっている。
そりゃそうだ、普通は関わり合いになりたくない手合である。
それはそれで、ファンローラも相当に目立つ。
いかにもなお姫様の恰好なのだから、人目は大いに引く。
アマトも、この《剣と魔法の異世界》の住人からするとかなり変わった服装になるはずだが、ふたりのインパクトのせいで目立たない。
いいことなのか、悪いことなのかはわからないが。
「あの、ここ栄えてる部類の都市なんですよね?」
アマトが異世界ファンタジーに期待していた異国情緒は期待できそうもない。
《大触壊》とかいう文明崩壊が起きたせいか、身にまとっている人々の衣装はわりとみすぼらしいものが多い。市場も、資料映像に出てくる戦後の闇市風だ。
屋台から食い物の匂いもするが、どこか饐えたような臭いが漂ってくる。
「かつては地の国の王都でもあった町だ。それなりに活気がある」
「地の国っていうのは?」
「このクエストランド大陸にかつてあった国のひとつだ。今は国と呼べるものはない。この町のグランドバニアという名だけが残っておる」
国は、いろいろあったっぽい。それがみんな滅んだらしい。
その辺の事情は、異世界だけにアマトにはさっぱりわからない。
女神から、ガイドブックくらい配布してもらえばよかった。
仮面越しに、ゴルガスがちらりと横目でアマトを見る。
おっかないが、なんかこっちの様子を気にしているようだ。盗賊団の親玉をしていただけあって、案外世話好きなような気もする。
「あの店でよかろう。立ち話もなんだ」
ゴルガスが、看板のかかっている店を示した。
この世界の文字はアマトにとっては未知のものである。
漢字でもひらがなでもないし、ましてやアルファベットでもない。
だが、何故だがなんと書いてあるか読めてしまう。
「……『脳髄不全亭』って」
読めたが、ファンタジーっぽくない店の名前なのでアマトは目を疑う。
よくよく考えれば、ファンローラやゴルガスのしゃべる言葉もわかるのだから、女神がこっちに転移する際に不都合がないよう、授けてくれた能力かなんかだろう。
それはそれとして、店の名前はどうなんだろうか?
この辺ツッコミを入れたいが、答えてくれる者はいなさそうである。
で、ゴルガスを先頭に店の扉を開けて入っていく。西部劇であるようなやつだ。
アマトとファンローラもこれに続いた。
店の中は、案の定といった雰囲気だ。
にたにたしながらナイフを弄んでいるちっちゃい異種族やら、やたら体のラインを強調したボンテージ風の革鎧をまとった女エルフ、歯並びが最悪で髭モジャで腕にドクロとハートのタトゥーをしたドワーフ、妙に肌の色が白く不健康そうな隻眼の戦士など、訳あり気な冒険者たちが店にいた。
ファンタジーっぽくがあるが、アマトが想像するファンタジーとはちょっと違う。
ただ、わかったことがある。この異世界は、確実に優しくない。
店の親父はと言うと、いつまでもつまらなそうにグラスを磨いてる。
「酒と食い物だ、すぐ出せるのをもってこい」
「…………」
ゴルガスから注文を受けた親父が、無言で酒と食い物の支度をする。
で、すぐに出てきた。なんだかよくわからん煮込みに、小麦の団子が浮いている。
酒は、透明で消毒液みたいな匂いが漂ってくる。
「いただきます。美味しそうですよ、勇者様」
「あ、う、うん……」
ファンローラには、これが美味しそうに見えるらしい。
王女様というわりには、結構苦労しているんじゃないだろうか?
躊躇なくスプーンを手にして頬張る。
「はあ、三日ぶりにまともなものをいただきました……」
うっとりするような表情をして、ため息とともにそんな言葉を吐き出す。
三日間、まともに食ってないというのにあの動きというのはすごい。
一方、ゴルガスが仮面をつけたまま、その煮込みを貪る。
仮面は、声と呼吸用に口の部分が格子になっているような構造なので、食事をするのも大変そうだ。スプーンでぐちゃぐちゃにして、隙間から流し込むようにして啜っている。
「あの、その仮面、外さないんですか?」
「こいつは外せんのだ、多少見苦しかろうが許せ、勇者よ」
外せないとはどういうことだろうか?
この辺にも事情がありそうだが、詳しく聞くのははばかられる。
アマトも取り敢えずは食べてみる。なんかの出汁はでているっぽいが、味はほとんどない。めっちゃくちゃ薄味のすいとんだと思えばいいだろう。食事というより、腹に溜める取り敢えずのものといった感じだ。
「で、“無双烈姫”よ。お前はこれからどうするつもりだ?」
「わたしは、国から奪われた四つの宝珠を取り返さねばならないのです。奪ったのは、四人……。魔王とその手下たちです。国を滅ぼし、お父様とお母様を殺した者たちに報いをくれてやらねばなりません……!」
語るファンローラが、わなわなと震えながらスプーンを握り締める。
金属製だが、その影響でぐにゃっと曲がっている。
魔王とその手下に国を滅ぼされ、宝珠を奪われ、両親が殺された――。
やはり、ハードな背景があるようだ。
そしてその仇を討つために旅をしているようである。
「それと、僕なんか関係あるんですか……?」
「神殿で女神様からの託宣があったんです。勇者様が現れるから、お迎えして同行させなさいと。そうすれば、わたしの悲願が叶うって」
「……それ人違いじゃないかな? 僕、チートどころか魔法も使えないし、聖剣とか伝説の武具みたいなものもないし」
「いいえ、勇者様こそ勇者様です! 託宣のとおり荒野の地に降臨なされていたのですから」
ファンローラは、とても嬉しそうにいう。
アマトが勇者であることを微塵も疑ってはいない。
しかし、勇者と言われても、実際なんもできないのが現実である。
この暴力的で文明の失われた《剣と魔法の異世界》で、明日を生きていけるかどうかもわからないひ弱な現代日本人男子高校生でしかないのだ。
「勇者様のお姿を見たとき、どんなに嬉しかったことか」
しかし、ファンローラはアマトこそ女神からお告げのあった勇者であると信じて疑っていない。まるで唯一の希望であるかのようにいう。
話からすると、十年前に国を滅ぼされて宝珠も奪われたうえ、両親も殺されているという。その仇を討つという目的を掲げて一人で旅をし、三日間まともなものを食っていない。そこで女神の告げた勇者と巡り会ったのだから、そりゃあ嬉しいだろう。
「僕、なんにもできないんですけど……」
「大丈夫です、勇者様はわたしの側にいてくれるだけでいいんです。一緒にいれば、望みは叶うって女神様のお告げでしたから」
「でも、その一緒にいるってのがこの世界だと、もう大変なわけで……」
召喚されてから、一時間経たぬ間にゴブリンが襲ってきて、ゴルガス盗賊団と一線交え、このグランドバニアという町にやってきたわけだが、この《剣と魔法の異世界》は、アマトが想像していた標準的なファンタジー世界よりも過酷だ。
野盗はモヒカンで、トラックを駆り、重機関銃を装備している。食料も乏しい。
この先、生きていけるかどうかすらあやしい。
「で、では、一緒にいてくれないのですか……」
もすごく悲しそうな顔をするファンローラだった。
まるでこの世の終わりみたいな表情だ。
「ほう、勇者よ。この先お前一人で生きていくつもりか?」
ゴルガスに言われて気がついた。それもそれで死ぬ、間違いなく死ぬ。
ファンローラという、なんだかよくわからないが無茶苦茶強いプリンセスと一緒にいれば、とりあえず襲われても生き残ることができる。
実際、アマトがこの先一人で放り出されれば野垂れ死にするのは目に見えていた。
「……い、いや! 一緒にいるよ。だから見捨てないで!」
「やっぱり、勇者様はわたしのために現れてくれたのですね~!」
一転して、笑顔になるファンローラ。
勇者ではなく只者でしかないアマトの心を知ってか知らずか、本当に疑うことを知らない純真無垢な微笑みであった。
町の通りには市場が並び、大勢の人々がひしめき合っている。
ピックアップトラックは、外に停めた。カテゴリー的には馬と同じらしい。
さすがにゴルガスが通ると潮が引くように人が避けていく。
盗賊の頭目なうえに、見るからに乱暴者、そのうえ賞金もかかっている。
そりゃそうだ、普通は関わり合いになりたくない手合である。
それはそれで、ファンローラも相当に目立つ。
いかにもなお姫様の恰好なのだから、人目は大いに引く。
アマトも、この《剣と魔法の異世界》の住人からするとかなり変わった服装になるはずだが、ふたりのインパクトのせいで目立たない。
いいことなのか、悪いことなのかはわからないが。
「あの、ここ栄えてる部類の都市なんですよね?」
アマトが異世界ファンタジーに期待していた異国情緒は期待できそうもない。
《大触壊》とかいう文明崩壊が起きたせいか、身にまとっている人々の衣装はわりとみすぼらしいものが多い。市場も、資料映像に出てくる戦後の闇市風だ。
屋台から食い物の匂いもするが、どこか饐えたような臭いが漂ってくる。
「かつては地の国の王都でもあった町だ。それなりに活気がある」
「地の国っていうのは?」
「このクエストランド大陸にかつてあった国のひとつだ。今は国と呼べるものはない。この町のグランドバニアという名だけが残っておる」
国は、いろいろあったっぽい。それがみんな滅んだらしい。
その辺の事情は、異世界だけにアマトにはさっぱりわからない。
女神から、ガイドブックくらい配布してもらえばよかった。
仮面越しに、ゴルガスがちらりと横目でアマトを見る。
おっかないが、なんかこっちの様子を気にしているようだ。盗賊団の親玉をしていただけあって、案外世話好きなような気もする。
「あの店でよかろう。立ち話もなんだ」
ゴルガスが、看板のかかっている店を示した。
この世界の文字はアマトにとっては未知のものである。
漢字でもひらがなでもないし、ましてやアルファベットでもない。
だが、何故だがなんと書いてあるか読めてしまう。
「……『脳髄不全亭』って」
読めたが、ファンタジーっぽくない店の名前なのでアマトは目を疑う。
よくよく考えれば、ファンローラやゴルガスのしゃべる言葉もわかるのだから、女神がこっちに転移する際に不都合がないよう、授けてくれた能力かなんかだろう。
それはそれとして、店の名前はどうなんだろうか?
この辺ツッコミを入れたいが、答えてくれる者はいなさそうである。
で、ゴルガスを先頭に店の扉を開けて入っていく。西部劇であるようなやつだ。
アマトとファンローラもこれに続いた。
店の中は、案の定といった雰囲気だ。
にたにたしながらナイフを弄んでいるちっちゃい異種族やら、やたら体のラインを強調したボンテージ風の革鎧をまとった女エルフ、歯並びが最悪で髭モジャで腕にドクロとハートのタトゥーをしたドワーフ、妙に肌の色が白く不健康そうな隻眼の戦士など、訳あり気な冒険者たちが店にいた。
ファンタジーっぽくがあるが、アマトが想像するファンタジーとはちょっと違う。
ただ、わかったことがある。この異世界は、確実に優しくない。
店の親父はと言うと、いつまでもつまらなそうにグラスを磨いてる。
「酒と食い物だ、すぐ出せるのをもってこい」
「…………」
ゴルガスから注文を受けた親父が、無言で酒と食い物の支度をする。
で、すぐに出てきた。なんだかよくわからん煮込みに、小麦の団子が浮いている。
酒は、透明で消毒液みたいな匂いが漂ってくる。
「いただきます。美味しそうですよ、勇者様」
「あ、う、うん……」
ファンローラには、これが美味しそうに見えるらしい。
王女様というわりには、結構苦労しているんじゃないだろうか?
躊躇なくスプーンを手にして頬張る。
「はあ、三日ぶりにまともなものをいただきました……」
うっとりするような表情をして、ため息とともにそんな言葉を吐き出す。
三日間、まともに食ってないというのにあの動きというのはすごい。
一方、ゴルガスが仮面をつけたまま、その煮込みを貪る。
仮面は、声と呼吸用に口の部分が格子になっているような構造なので、食事をするのも大変そうだ。スプーンでぐちゃぐちゃにして、隙間から流し込むようにして啜っている。
「あの、その仮面、外さないんですか?」
「こいつは外せんのだ、多少見苦しかろうが許せ、勇者よ」
外せないとはどういうことだろうか?
この辺にも事情がありそうだが、詳しく聞くのははばかられる。
アマトも取り敢えずは食べてみる。なんかの出汁はでているっぽいが、味はほとんどない。めっちゃくちゃ薄味のすいとんだと思えばいいだろう。食事というより、腹に溜める取り敢えずのものといった感じだ。
「で、“無双烈姫”よ。お前はこれからどうするつもりだ?」
「わたしは、国から奪われた四つの宝珠を取り返さねばならないのです。奪ったのは、四人……。魔王とその手下たちです。国を滅ぼし、お父様とお母様を殺した者たちに報いをくれてやらねばなりません……!」
語るファンローラが、わなわなと震えながらスプーンを握り締める。
金属製だが、その影響でぐにゃっと曲がっている。
魔王とその手下に国を滅ぼされ、宝珠を奪われ、両親が殺された――。
やはり、ハードな背景があるようだ。
そしてその仇を討つために旅をしているようである。
「それと、僕なんか関係あるんですか……?」
「神殿で女神様からの託宣があったんです。勇者様が現れるから、お迎えして同行させなさいと。そうすれば、わたしの悲願が叶うって」
「……それ人違いじゃないかな? 僕、チートどころか魔法も使えないし、聖剣とか伝説の武具みたいなものもないし」
「いいえ、勇者様こそ勇者様です! 託宣のとおり荒野の地に降臨なされていたのですから」
ファンローラは、とても嬉しそうにいう。
アマトが勇者であることを微塵も疑ってはいない。
しかし、勇者と言われても、実際なんもできないのが現実である。
この暴力的で文明の失われた《剣と魔法の異世界》で、明日を生きていけるかどうかもわからないひ弱な現代日本人男子高校生でしかないのだ。
「勇者様のお姿を見たとき、どんなに嬉しかったことか」
しかし、ファンローラはアマトこそ女神からお告げのあった勇者であると信じて疑っていない。まるで唯一の希望であるかのようにいう。
話からすると、十年前に国を滅ぼされて宝珠も奪われたうえ、両親も殺されているという。その仇を討つという目的を掲げて一人で旅をし、三日間まともなものを食っていない。そこで女神の告げた勇者と巡り会ったのだから、そりゃあ嬉しいだろう。
「僕、なんにもできないんですけど……」
「大丈夫です、勇者様はわたしの側にいてくれるだけでいいんです。一緒にいれば、望みは叶うって女神様のお告げでしたから」
「でも、その一緒にいるってのがこの世界だと、もう大変なわけで……」
召喚されてから、一時間経たぬ間にゴブリンが襲ってきて、ゴルガス盗賊団と一線交え、このグランドバニアという町にやってきたわけだが、この《剣と魔法の異世界》は、アマトが想像していた標準的なファンタジー世界よりも過酷だ。
野盗はモヒカンで、トラックを駆り、重機関銃を装備している。食料も乏しい。
この先、生きていけるかどうかすらあやしい。
「で、では、一緒にいてくれないのですか……」
もすごく悲しそうな顔をするファンローラだった。
まるでこの世の終わりみたいな表情だ。
「ほう、勇者よ。この先お前一人で生きていくつもりか?」
ゴルガスに言われて気がついた。それもそれで死ぬ、間違いなく死ぬ。
ファンローラという、なんだかよくわからないが無茶苦茶強いプリンセスと一緒にいれば、とりあえず襲われても生き残ることができる。
実際、アマトがこの先一人で放り出されれば野垂れ死にするのは目に見えていた。
「……い、いや! 一緒にいるよ。だから見捨てないで!」
「やっぱり、勇者様はわたしのために現れてくれたのですね~!」
一転して、笑顔になるファンローラ。
勇者ではなく只者でしかないアマトの心を知ってか知らずか、本当に疑うことを知らない純真無垢な微笑みであった。
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