異世界武侠プリンセス ~姫が無双するので勇者にやることがありません~

解田明

文字の大きさ
上 下
7 / 11
第1章 ボーイミーツプリンセス

第7話 異世界こうなった

しおりを挟む
「……殺さんのか?」

 盗賊の頭目、ゴルガスが目を覚ましたのはそれから間もなくのことである。
 ゴルガスは、仰向けになったままでファンローラに言った。
 頸動脈を締められての失神は、眠るように気持ちがよいものだという。
 傷も残らず、後遺症も少ない。
 つまり、目を覚ましたゴルガスは、そのまま戦うことができる状態だ。
 
「だって、殺す理由ありません」

 ファンローラは答えた。
 死体の山の中で言うと説得力がない言葉だが、無益な殺生は望まないらしい。
 というか、殺生を好むプリンセスとかちょっと勘弁である。
 せっかく可愛いんだし、優しくあってほしい。アマトはそう願っている。 
 ちなみに、額の傷はポーションつけとけば治るらしい。
 唾つけとけば治るみたいな軽い言い方にも引くし、塗り薬にもなるのだろうか。
 
「殺す理由がない、だと? 不意を打ってお前を殺すかもしれんぞ」
「一度負かした相手なら、不意を打たれたって殺される気はしませんし」

 言い切ったファンローラである。小首まで傾げている。
 どうしてこの人はそんなこと言うのだろう? そういう表情だ。
 さすがに、これではゴルガスもたまったものではない。
 仮面の中で目を丸くしたのち、腹を抱えて笑った。まだ十代半ばの娘にそう言い切られたら、もう笑うしかない。

「がっはっはっはっ! わしなんぞ、もう敵ではないというわけか」
「はい」

 ファンローラは真顔である。しかも、やっぱり屈託がない。
 こうなると、格の違いというやつを見せつけられた形である。

「わしの首には賞金がかかっておるが、それもいらんか」
「ほしいですけど、まずはさらった女の人たちを里に帰してあげてください。そっちのお礼で、お金は賄います」
「わかった。しかし、手下が一人も残っておらんとはな。盗賊の頭目も務まらんとは、我ながら情けなくなってくるわい」
「盗賊、向いてないんですよ、きっと。悪いことから足を洗ってください」
「……そうだな、潮時かもしれん」

 ファンローラにボロ負けしたせいか、ゴルガスは妙に聞き分けがいい。
 “金剛旋風”とかいう荒々しい仇名があったが、もう逆らうつもりもないらしい。

「それよりも、勇者様……」
「な、何かな?」
「わたしを守ろうとしてくださいましたね!」
「ちょ、ちょっとはね。ははは……」
「嬉しかったです~!」
「うわっ!?」

 ファンローラは抱きついてくる。
 ふにっと柔らかい感触がある。だが、やらしい気持ちになっては駄目だ、絶対に。
 ファンローラは、あのゴルガスよりも強い。実際、勝ってそれを示した。
 調子に乗ってスケベなことをしようものなら、命はない。
 その気になれば、アマトなど三秒かからず殺せるだろう。可愛いけど。

「いやーん、勇者様のえっちー!」で飛んでくるのは、ビンタではない。
 首が飛ぶ勢いの蹴りかもしれないのだ。
 そもそも、懐に飛び込まれるとあの惨劇が過ってとても緊張する。

 それはさておき――

 まず、攫った女性たちは詫び料の水と食料をつけて帰してやった。
 手下のモヒカンがいなくなってしまったので、トラックはゴルガスが運転した。
 このトラックで撥ねられたら、元の世界に帰れたりしないだろうか?
 そういう事をぼんやりと考えたアマトである。
 で、トラックでしばらく移動してわかったことがある。
 この《剣と魔法の異世界》は、見渡す限り荒野が続いている。
 ときどき、小さな村が点在しているものの、のどなか田園風景みたいなファンタジー要素はあまりなかった。
 つまり、中世レベルの文明的な光景すら乏しい。
 いや、ピックアップトラックと重機関銃というのは現代文明のものだが、この世界で築かれているはずの中世風な文明なものと見当たらない。
 お姫様的なドレスをまとってるファンローラの格好からすると、よくある中世ヨーロッパ風ファンタジーくらいの文明はあっていいはずである。
 よくよく考えれば、荒野のど真ん中にドレス姿で現れたのも謎だ。
 あのでたらめな強さは、もっと謎ではあるが。

「……あのう、この世界ってどういうところなんですかね?」

 運転席のゴルガスに恐る恐る聞いてみた。
 アマトとファンローラは、ピックアップトラックの後部座席にいる。
 ファンローラは、戦いで疲れたのかすやすや眠っている。寝顔もまた可愛い。

「この世界とは、クエストランド大陸のことか?」
「あっ、この大陸そういう名前なんですか」
「そうか、勇者は別世界からきたから大陸の情勢を知らんのだな」
「ええ、まあ……」
「今から十年前……《大触壊だいしょくかい》が起き、このクエストランドを統治した王国が滅んだのだ」
「《大触壊》ですか……」
「“神眼魔王”の破壊魔法と言われておるがな。この《大触壊》によって王都キングズウォールは一夜にして灰燼と化し、数年に渡って太陽の光を遮られ、暗い冬が続いたのだ。冬は終わったが、大地は荒れ、水は枯れ、作物は実らず、秩序はもうない」
「そういう大破壊的なものが起こったと……」

 つまりは、文明崩壊となるレベルの天変地異が起きたのだ。
 聞いた限りだと、核攻撃とか隕石の衝突、あるいは火山の大爆発とか、それに類するほどの規模のようだ。
 さらに王国の首都がぶっ壊れたのなら、一気に治安も崩れるだろう
 やはり、ファンタジーというよりアフターホロコーストっぽい。

「もう国と呼べるものは残ってはおらん。王都キングズウォール跡は“神眼魔王”の根城となった。王がおらんから、地方の領主たちは土地を奪い合い、王法も執行するものまでおらんからあ、野盗も横行しておる」

 つまり国をまとめていた王様がいなくなり、地方領主が好き放題しているわけだ。
 日本で言うところの、戦国時代の様相を呈しているのだろう。
 
「えっと、ファンローラは自分の国が滅んじゃったと言ってましたけど」
「姫様の父親が、その十年前に魔王に殺された王よ」
「そうだったんですか」

 魔王に国を滅ぼされ、家族も殺されたとなると、ファンローラはかなりハードな前半生を過ごしていることになる。表面上はそんな暗さは感じないが、あの蹴りの冴えはそういう人生の苦難を味わったからかもしれない。

「……で、僕たち、今どこに向かってるんですか?」
「グランドバニアだ。ここいらでは一番大きな都市になる。お前も姫様も、野宿というわけにもいかんだろう」

 一応、文明的な痕跡は残っているらしい。ちょっと安心するアマトである。
 ゴルガスの運転でしばらく進むと、街道らしき道があ現れた。
 さらにこれをしばらく辿っていく。その間に日は沈みかけ、夕暮れ時が迫る。
 すると、朱色の後継の中に、世風の城塞都市が見えてくる。城壁に覆われ、
 ようやく、異世界ファンタジーっぽくなってきた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

異世界へ五人の落ち人~聖女候補とされてしまいます~

かずきりり
ファンタジー
望んで異世界へと来たわけではない。 望んで召喚などしたわけでもない。 ただ、落ちただけ。 異世界から落ちて来た落ち人。 それは人知を超えた神力を体内に宿し、神からの「贈り人」とされる。 望まれていないけれど、偶々手に入る力を国は欲する。 だからこそ、より強い力を持つ者に聖女という称号を渡すわけだけれど…… 中に男が混じっている!? 帰りたいと、それだけを望む者も居る。 護衛騎士という名の監視もつけられて……  でも、私はもう大切な人は作らない。  どうせ、無くしてしまうのだから。 異世界に落ちた五人。 五人が五人共、色々な思わくもあり…… だけれど、私はただ流れに流され……

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

プリンセス・オブ・フェアリーテール~ヒミツの童話で生き残れ~

美作美琴
ファンタジー
灰村(はいむら)シンディは夢の中で光り輝く本を手に入れる。 しかし翌朝、その本は彼女の腕の中にあった……開くとその内容は『シンデレラ』の童話本。 その童話本は優希に問いかける……『全知全能の力を手に入れたくないか?』と。 声に導かれるまま童話本からシンデレラの力を引き出し変身したシンディには突如現世に現れた魔物を倒す使命を課せられる。 聞けば同様の力を持った少女たちが他にもいるらしい。 全知全能の力を手に入れられるのは一人だけ……目的達成のためライバルを退け頂点に昇り詰めろ!! 目指すは唯一無二の童話のプリンセス!!

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

処理中です...