異世界武侠プリンセス ~姫が無双するので勇者にやることがありません~

解田明

文字の大きさ
上 下
4 / 11
第1章 ボーイミーツプリンセス

第4話 異世界多勢無勢

しおりを挟む
 ――ぶしゃあああああああっ!

 さっそく血飛沫が上がった。ゴルガスが部下を粛清したのである。
 ゴルガスの武器は、斧の刃に鎖を通したものだ。
 それをぶん回して飛ばし、数人の首が飛んだのである。

「声が小さいわ! 腹から声を出せい、腹から!」

 ゴルガスが大喝すると、モヒカンたちが「ヒャッハー!」の叫びを上げた。
 無茶苦茶である。
 ゴブリンやオークというモンスターの死と違って、人間の首が飛ぶところを見るのは卒倒ものの衝撃だが、アマトはなんとか倒れず踏ん張った。
 踏ん張ったが、足はガクガクに震え、顔はすっかり青ざめている。

「ししししし死んだ!? 人が死んだ!?」
「ゆ、勇者様、落ち着いて! 大丈夫です、下郎が死んだだけですから」

 なんか無茶なことをファンローラは言った。
 おそらく、この《剣と魔法の異世界》では人の命は相当に軽い。
 その感覚は、ファンローラもそう変わらない。

「そいつが勇者? とんだ腰抜けを引き連れておるな。この程度で縮み上がっておっては、色小姓いろこしょうとしても役に立たんだろう。野郎ども、存分に笑ってやれい!」

 モヒカンたちも一斉に笑う。腹の底から笑う。
 そうしないと暴君ゴルガスの鎖斧によって首が飛ばされるからだ。
 
「勇者様への侮辱、看過できません!」

 ぎりりと唇を噛み締めるファンローラであるが、アマトとしては侮辱とかこうなってくるとわりとどうでもいい。命あっての物種なのだ。

「だったらどうする? 俺たちゴルガス盗賊団全員を相手にするか?」

 有無を言わざすファンローラと戦う頭数に入れられているモヒカンは、逆らったらすぐ殺すという暴力で支配されている。意思に問わずというのは哀れといえば哀れだが、暴力を振るう側にいるのだから同情の余地はない。
 そして、この挑発にファンローラはさも当然であるかのように答える。

「します。その程度の数で“無双烈姫”に挑む勇気、末代まで讃えてあげましょう」

 なんという豪胆か。ファンローラは、百を超え、機関銃まで揃える賊徒に対し、自分に挑むのは寡兵であると勇を褒めて見せた。
 虚勢や駆け引きはない、威風凜然いふうりんぜんとした態度で言ってのけた。
 “無双烈姫”には百では足りぬ、万でようやく釣り合う、掛け値なしの自信である。

「ふん、言いおるわ。野郎ども、懸かれい!」

 ゴルガスの号令と同時に、モヒカンたちが「ヒャッハー!」の雄叫びを上げて襲いかかってきた。

「わああああああっ!?」

 アマトは頭を抱えて逃げ場を探す。しかし、すでに包囲されているし、案の定バイク部隊がぐるぐる回っているので逃げ場も隠れ場もない。

「勇者様、わたしの後ろに!」
「う、うん!」

 言うや、ファンローラはその背に勇者アマトを庇った。

「がははは! 女の背に隠れる勇者とは呆れたものよ」

 ゴルガスが腹を抱えて笑う。
 そんなこと言われましても……というのがアマトの率直な感想だ。
 現代から転生してきた何も取り柄のないに、暴力に対抗する手段なんぞあるわけがないのだ。せめて同情するならチートをくれ。
 一方の暴力の方はと言うと、そんなアマトの内心にお構いなしだ。
 遠慮なく爆音を上げ、バイクが突進してくる。
 
ッ――!」

 そのバイクに向かい、ファンローラは軽功の妙をもって跳んだ。
 矢のような飛び蹴りで、スロットルを握るモヒカンをまずは地面に叩き落とす。
 その着地の前に、後ろ蹴りで走る車体を勢いよく蹴っ飛ばす。
 すると、コマのように回転しながら囲んでいた一団に突っ込み、モヒカンどもをボーリングのピンよろしく撥ね飛ばしていった。
 さらにもう一台猛進してきたが、今度は前輪のタイヤを踏み抜くように蹴る。
 急に前輪がロックされたせいで、後輪から勢いがついて跳ね上がり、今度は縦方向に回転しながらすっ飛んでいった。

「ちくしょおがあああああっ!!」

 ピックアップトラックに備え付けた機関銃に、モヒカンが張り付いた。
 12.7㎜の銃弾が雨霰のごとく撃ち出され、ファンローラが元いた場所の地面に無数の穴を穿ち、土煙があがった。
 説明すると、この機関銃はブローニングM2重機関銃といって、アマトの世界では戦場のベストセラーとして百年近く使われてきた兵器だ。
 弾丸がファンローラを追う。だが、紫電の疾さで駆けるファンローラにはまったく追いつかない。

「ほう、“無双烈姫”には魔法が効かんという噂は本当のようだ」

 ゴルガスが感心して言う。

 ――いや、いやいやいや! それ魔法じゃないし。

 アマトは心の中でツッコむ。
 声に出さないのは、やっぱり恐ろしいからだ。
 まあ、《剣と魔法の異世界》は、見たとこ中世ヨーロッパ風だ。
 文明レベルが通常のファンタジーと同程度と考えると、内燃機関とか機関銃とか、確かに魔法の代物に見えるのかもしれない。
 原理が理解できないものは魔法、それで片がつくのがファンタジーである。
 ともかく、ファンローラは機関銃の掃射を浴びせされたのだが、あまりに高速で動き回るので、射手ガンナーも照準できない。
 姫を見失ったそいつは、すばやく駆け回って後ろに回ったファンローラの膝を後頭部に叩き込まれ、前のめりに倒れ込む。
 ちないに、ブローニングM2重機関銃のトリガーは引金式ではなく押し金式だ。
 で、それが前のめりに打ち付けられたとなると、押し金を押したままターレットをぐるぐる回る、回転木馬のように回り、周囲を無差別に射撃する事態となる。
 モヒカン連中も、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うしかない。
 もちろん、アマトもだ。

「ひいいいいいいっ!?」と腹から情けない声を出しながら、一緒に右往左往する。

「だ、大丈夫ですか、勇者様!?」
「え、ええと、大丈夫だけど……気をつけてね」

 あー、やっちゃったーという顔をしているファンローラに、アマトから言えることは何もなかった。

「さすがは噂に名高い“無双烈姫”よ。下っ端が束になったところでかなわんか」

 ずいっと、ゴルガスが歩み出る。これからボス戦のようだ。
 なんかモンスターよりもたちが悪そうである。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

プリンセス・オブ・フェアリーテール~ヒミツの童話で生き残れ~

美作美琴
ファンタジー
灰村(はいむら)シンディは夢の中で光り輝く本を手に入れる。 しかし翌朝、その本は彼女の腕の中にあった……開くとその内容は『シンデレラ』の童話本。 その童話本は優希に問いかける……『全知全能の力を手に入れたくないか?』と。 声に導かれるまま童話本からシンデレラの力を引き出し変身したシンディには突如現世に現れた魔物を倒す使命を課せられる。 聞けば同様の力を持った少女たちが他にもいるらしい。 全知全能の力を手に入れられるのは一人だけ……目的達成のためライバルを退け頂点に昇り詰めろ!! 目指すは唯一無二の童話のプリンセス!!

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...