5 / 6
帰郷
しおりを挟む
三年後――。
翠蓮国での治療のお陰で、私の体はすっかり元に戻りました。
お薬やお茶、鍼やお灸などエライオン王国にはない治療は、玄曜様が仰ったように私には合っていたようです。
この三年間、翠蓮国の美しい文化に触れる度に、私の心は新たな驚きと感動に包まれました。
庭園の美しさや華やかな建築物、そして緻密な細工の施された陶磁器には目を見張るものがあります。その魅力に満ちた世界に身を置く度に、私は更に知りたい、学びたいと強く思うようになりました。
私が故郷や家族を思い慕う気持ちに押し潰されてしまわないかと心配されていた玄曜様でしたが、新しい生活を楽しんでいる私の姿を見て、喜んでいるようでした。
また、社交界のアレコレに悩まされることもなく、玄曜様を始め、翠蓮国の皆様の優しさが私の心を癒やしてくれたのでしょう。
こうして異国での生活を楽しんでいたわけですが、私は再び母国の地にいました。ヘリオス殿下の婚姻式に参加する為に帰国したのです。
「ヘリオス殿下ばんざーい!」
「カサンドラ妃殿下ばんざーい!」
あれからヘリオス殿下は侯爵家のカサンドラ様と婚約されました。彼女が殿下の婚約者候補の次点だったそうです。
教会での式典は王族と花嫁に近しい家の方々だけの参列となり、一般の貴族達は教会の外で祝福となりました。そしてお祝いの舞踏会が始まりました。
壁の花となって紛れたつもりでしたが、私だと気づく方ももちろんいます。
「あら、あれは……」
「レッドアロー辺境伯家のローラ様じゃ……」
こそこそと囁き合いながらも、直接話しかけてくることはありません。私は王家から嫌われた人間ですから、関わるのも外聞が悪いでしょう。
本当は参加する気などありませんでしたが、招待状が届いたせいで仕方なくといった感じです。
自分達が捨てた女を呼び寄せるなんて奇妙な話ですが、レッドアロー辺境伯家に叛意はありません。それを表明する為に参加することにしました。
その時、玄曜様が会場に現れました。
翠蓮国にも招待状が届き、私は彼と共に帰国したのです。そしてこちらの会場で合流する予定でした。
玄曜様は会場を見回し、私の姿を見つけると微笑みながら近づいてきます。彼の優雅な足取りは、まるで彼こそが今日の主役のように見えます。その風格と魅力に、誰もが圧倒され、彼を見つめずにはいられないようでした。
「お待たせしまして申し訳ありません」
「いいえ、大丈夫です。お仕事ですもの」
玄曜様は遊びで来ているのではないのですから、謝罪など必要無いのに。けれど、気遣いの心が嬉しいとも思ってしまうのです。
「素晴らしい。今宵の貴女の美しさは、あの月明かりよりも輝いています」
その言葉に、私は頬が熱くなるのを感じました。彼はいつもこうなのです。
玄曜様の言葉に心が踊り、私は彼と共に舞踏会を楽しむことにしました。会場は華やかな装飾で彩られ、貴族達が美しい装いを身に纏い、踊っています。
美しい旋律に身を任せ、私達はダンスフロアに足を踏み入れます。玄曜様の手を取り、音楽に合わせて軽やかに舞います。玄曜様と踊るのは初めてだというのに、驚くほど楽しく、そして息がぴったりと合っていました。彼に手を引かれると、まるで魔法に掛けられたように体が動くのです。
宴は佳境を越え、そろそろ帰ろうとかと思っていると、
「ローラ、なのか?」
挨拶回りをしていたヘリオス殿下とカサンドラ様に見つかってしまいました。つい楽しくなって羽目を外したせいか目立ち過ぎてしまったようです。
「お久しぶりにございます。この度は御成婚おめでとうございます」
己の失態を内心で嘆きながらも、私は頭を下げました。
「その姿は、元に戻れたのか?」
「はい。療養先の翠蓮国での治療の甲斐がありまして、無事快癒いたしました」
全ては玄曜様が私を助けてくださったから。公衆の面前で罵倒されたことに大変ショックを受けましたが、彼との出会いを与えてくれたヘリオス殿下には感謝しかありませんね。
微笑んで見せると、ヘリオス殿下はかつての私に向けていた夢見るような表情であることに気が付きました。
やはり殿下は私の外見だけがお気に召していたのでしょう。
「今のように美しいそなたなら……」
隣には婚姻の誓いを交わしたばかりの花嫁がいるというのに、その日の内に別の女性に声をかける節操の無さ。正直、苦笑を禁じえません。
けれど、私が返事をするより早く、私達の間に玄曜様が割って入られました。
「お久しぶりにございます。ヘリオス殿下。この度は御成婚おめでとうございます」
「……祝いの言葉、感謝する」
玄曜様の言葉を聞いて、カサンドラ様のことを思い出したヘリオス殿下は気まずそうな顔をしていらっしゃいます。
カサンドラ様は私を睨みつけるお顔があまりに凶悪で、私と同じ方に立っている方達は驚いて小さく悲鳴を上げています。本当に恐ろしいので早く止めてください。評判に関わりますよ。
私が動じないのは、カサンドラ様から睨まれることに慣れているからです。彼女には昔からよく睨まれていたので。殿下を本当に愛していらっしゃいますのね。私を殺したいほどに。
翠蓮国での治療のお陰で、私の体はすっかり元に戻りました。
お薬やお茶、鍼やお灸などエライオン王国にはない治療は、玄曜様が仰ったように私には合っていたようです。
この三年間、翠蓮国の美しい文化に触れる度に、私の心は新たな驚きと感動に包まれました。
庭園の美しさや華やかな建築物、そして緻密な細工の施された陶磁器には目を見張るものがあります。その魅力に満ちた世界に身を置く度に、私は更に知りたい、学びたいと強く思うようになりました。
私が故郷や家族を思い慕う気持ちに押し潰されてしまわないかと心配されていた玄曜様でしたが、新しい生活を楽しんでいる私の姿を見て、喜んでいるようでした。
また、社交界のアレコレに悩まされることもなく、玄曜様を始め、翠蓮国の皆様の優しさが私の心を癒やしてくれたのでしょう。
こうして異国での生活を楽しんでいたわけですが、私は再び母国の地にいました。ヘリオス殿下の婚姻式に参加する為に帰国したのです。
「ヘリオス殿下ばんざーい!」
「カサンドラ妃殿下ばんざーい!」
あれからヘリオス殿下は侯爵家のカサンドラ様と婚約されました。彼女が殿下の婚約者候補の次点だったそうです。
教会での式典は王族と花嫁に近しい家の方々だけの参列となり、一般の貴族達は教会の外で祝福となりました。そしてお祝いの舞踏会が始まりました。
壁の花となって紛れたつもりでしたが、私だと気づく方ももちろんいます。
「あら、あれは……」
「レッドアロー辺境伯家のローラ様じゃ……」
こそこそと囁き合いながらも、直接話しかけてくることはありません。私は王家から嫌われた人間ですから、関わるのも外聞が悪いでしょう。
本当は参加する気などありませんでしたが、招待状が届いたせいで仕方なくといった感じです。
自分達が捨てた女を呼び寄せるなんて奇妙な話ですが、レッドアロー辺境伯家に叛意はありません。それを表明する為に参加することにしました。
その時、玄曜様が会場に現れました。
翠蓮国にも招待状が届き、私は彼と共に帰国したのです。そしてこちらの会場で合流する予定でした。
玄曜様は会場を見回し、私の姿を見つけると微笑みながら近づいてきます。彼の優雅な足取りは、まるで彼こそが今日の主役のように見えます。その風格と魅力に、誰もが圧倒され、彼を見つめずにはいられないようでした。
「お待たせしまして申し訳ありません」
「いいえ、大丈夫です。お仕事ですもの」
玄曜様は遊びで来ているのではないのですから、謝罪など必要無いのに。けれど、気遣いの心が嬉しいとも思ってしまうのです。
「素晴らしい。今宵の貴女の美しさは、あの月明かりよりも輝いています」
その言葉に、私は頬が熱くなるのを感じました。彼はいつもこうなのです。
玄曜様の言葉に心が踊り、私は彼と共に舞踏会を楽しむことにしました。会場は華やかな装飾で彩られ、貴族達が美しい装いを身に纏い、踊っています。
美しい旋律に身を任せ、私達はダンスフロアに足を踏み入れます。玄曜様の手を取り、音楽に合わせて軽やかに舞います。玄曜様と踊るのは初めてだというのに、驚くほど楽しく、そして息がぴったりと合っていました。彼に手を引かれると、まるで魔法に掛けられたように体が動くのです。
宴は佳境を越え、そろそろ帰ろうとかと思っていると、
「ローラ、なのか?」
挨拶回りをしていたヘリオス殿下とカサンドラ様に見つかってしまいました。つい楽しくなって羽目を外したせいか目立ち過ぎてしまったようです。
「お久しぶりにございます。この度は御成婚おめでとうございます」
己の失態を内心で嘆きながらも、私は頭を下げました。
「その姿は、元に戻れたのか?」
「はい。療養先の翠蓮国での治療の甲斐がありまして、無事快癒いたしました」
全ては玄曜様が私を助けてくださったから。公衆の面前で罵倒されたことに大変ショックを受けましたが、彼との出会いを与えてくれたヘリオス殿下には感謝しかありませんね。
微笑んで見せると、ヘリオス殿下はかつての私に向けていた夢見るような表情であることに気が付きました。
やはり殿下は私の外見だけがお気に召していたのでしょう。
「今のように美しいそなたなら……」
隣には婚姻の誓いを交わしたばかりの花嫁がいるというのに、その日の内に別の女性に声をかける節操の無さ。正直、苦笑を禁じえません。
けれど、私が返事をするより早く、私達の間に玄曜様が割って入られました。
「お久しぶりにございます。ヘリオス殿下。この度は御成婚おめでとうございます」
「……祝いの言葉、感謝する」
玄曜様の言葉を聞いて、カサンドラ様のことを思い出したヘリオス殿下は気まずそうな顔をしていらっしゃいます。
カサンドラ様は私を睨みつけるお顔があまりに凶悪で、私と同じ方に立っている方達は驚いて小さく悲鳴を上げています。本当に恐ろしいので早く止めてください。評判に関わりますよ。
私が動じないのは、カサンドラ様から睨まれることに慣れているからです。彼女には昔からよく睨まれていたので。殿下を本当に愛していらっしゃいますのね。私を殺したいほどに。
応援ありがとうございます!
3
お気に入りに追加
195
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる