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玄曜という男

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翌朝から玄曜様の指示で食事の内容が変わりました。朝は喉越しの良い果物を少量頂いていたのですが、野菜のポタージュが出されました。また痩身茶の代わりにお湯を飲むようにとのことです。
 
コックが玄曜様から受けた指示によると、毒素を排出させる為には体は温めなければいけないそうで、果物や瘦身茶は体を冷やす働きをするので避けるようにとのことでした。出来るだけ水分を取り、お小水の回数を増やすようにも言われたとか。
 
朝食を少量の果物で済ませたり、痩身茶を飲むのは王国の淑女のトレンドです。
貴族女性の悩みの一つに肥満があります。淑女というものは兎角動かぬものです。その上、美食とくれば体型が崩れるのは当たり前のこと。飲むだけで痩せると噂の痩身茶が爆発的な人気を博すのも必然なのです。
 
ですから私の体型が変わったとことに焦りを覚えた母やメイド達が、その噂に飛びついたのも仕方のない話です。玄曜様からの教えを受け、それが間違いだったとことに随分と肩を落としておりました。
 
朝食を終えて落ち着いた頃に父がいらっしゃって、昨晩はお話にならなかった舞踏会の夜の話をしてくださいました。
 
「玄曜殿は医者ではなく、翠蓮国からの大使なのだ」
「大使、ですか?」
 
確かに上等そうな装束でしたが、とてもお若く見えたので、まさか外国からの大使だとは思いませんでした。
 
「そうだ。我が国に滞在していたのだが、舞踏会の翌日にお国に帰られるところだったらしい」
「会場では玄曜様の姿をお見掛けしませんでしたわ」 
 
外国の使節ならば舞踏会に参加しているはずです。
翠蓮国は我が国より東にある国です。地理的に遠い為に積極的な交流はありませんが、あちらからの商品が少しずつ流れてくるので知っています。舞踏会には近隣国の使節も招待されていました。けれど玄曜様はいらっしゃらなかった。
 
もし、玄曜様がいらしていたのなら、ちょっとした騒ぎになっていたことでしょう。
彼ほどの黒髪と深い黒い瞳を持つ者はこの国では中々いません。また異国風ながら端正で美しい顔立ちは女性達の関心を引いたに違いありません。
 
「招待されなかったそうだ。何の説明を受けぬ内に城で舞踏会が始まっていたそうだ」
「何てことを……」
 
友好国への対応を更に手厚したいと思うのは当然ですが、だからといって交流の少ない国を下に扱うのは間違っています。今回の一件は、翠蓮国への侮辱とし、宣戦布告ととらえられてもおかしくはありませんでした。
 
「翠蓮国は我が国と争うつもりはなく、今回は引き下がってくれたのだ」
 
遠いからこそすぐさま戦になるということもないけれど、もし今後情勢が変化すれば東に位置する我が辺境領が最も危険に晒される可能性があるのです。それさえも私への嫌がらせの一つなのかもしれません。
 
またしても胃がシクシク痛んできたところで、部屋の扉をノックする音が聞こえてきました。
 
「御客様から一刻後にお会いしたいと先触れがいらっしゃいました」
 
同じ邸内にいるのに、随分と時間を空けたように思いました。ですが、私は二日前に倒れて以来、寝たきりで過ごしていたこと思い出しました。顔は洗いましたが、髪も乱れたままです。清潔感がまるでありません。
 
父を追い出して、慌てて身支度を整える為に動き出します。
何を着ようかとクローゼットの中身を思い浮かべますが、今の私には着飾れるようなドレスなど持っていないことに気づきました。
 
先日の舞踏会の為に仕立てたものくらいでしょうか。
 
体型も変わり、体調不良のせいで外出も減ったので新しい服を仕立てることもしませんでした。おしゃれを楽しむ気持ちさえ、私は失っていました。
 
寝間着と大差ない普段着でお会いするのかと思うと、何となくため息が出てしまうのです。
 
「すっかり恋する乙女の顔をしていらっしゃいますね」
「え!?」 
「お慕いする殿方に、一番の自分を見て欲しいと思うのは当然のことでございます」
 
侍女のノーラに指摘され、思いを巡らせます。
お慕いする殿方。初対面の、それも数分しか話していない方に私は恋をしたというのでしょうか?
 
分かりません。ヘリオス殿下からの熱烈な求愛を受けていた時も、私の心は高鳴ることはありませんでした。恋心も分からぬまま殿下と婚姻すると思っていましたから。
 
「お慕いしているかなんて分からないわ。でも、素敵な殿方にだらしない姿なんて見せたくないの」
「それもまた乙女心ですね」
 
ノーラは小さく笑ってから、箱を差し出しました。中には花を模した髪飾りが入っていました。
 
「こちらは?」
「御客様からの贈り物でございます」
 
こんなにも美しいものを私に?
呆然とする私を置き去りに、侍女はササッと髪を結い、髪飾りを挿してくれます。
 
「髪に挿すだけで、お嬢様の美しい金髪が映えますわね」
 
細い鎖同士がぶつかると、シャラシャラと涼やかな音が聞こえました。
 
 
約束通り、一刻後に玄曜様はいらっしゃいました。
そして身につけた髪飾りを見るなり微笑まれました。
 
「身につけてくださったのですね」
「お心遣いありがとうございます」
「貴女の美しい髪に映えると思ったのです」
 
嬉しかったです。
ヘリオス殿下に頂いた宝飾品は私に似合うものというよりは、殿下の髪や色味のものばかりでしたから。
 
今思うとあれは私を自分の所有物だと誇示するためだったのかもしれません。
 
それから、玄曜様は昨晩のように腕を取り、腹部を押して、舌を確認されました。やっぱり彼は無反応で、戸惑っている私の方が端ないことをしたような気持ちになってしまうから不思議。
 
一通り診察を終えると、これからの方針を玄曜様はお話になりました。
今のところは特別な薬を使うことなく、食事管理とお湯や薬草茶を飲んで毒素を出すそうです。
 
ゆっくり治していこうと言われ、思わず問い掛けました。
 
「玄曜様をお引き留めしてよろしいのでしょうか?」
 
外国の使節である玄曜様は私を助けなければ、既に帰国の為に出発しているはずだった。
 
「貴女の為にそうしたいのです」
「……」
 
軽薄な言葉だと思いました。一国の代表としていらしている方の発言とは思えません。
 
我ながら可愛げの無い考え方だと思いますが、やはり責任ある立場の方にはそれなりの言動を持っていただきたいのです。
 
不機嫌になってしまったでしょうか?

窺うように玄曜様を見れば、微笑ましいものでも見るかのように、目を細めていらっしゃいました。
 
「この気持ちに偽りはありません。あの日の貴女の凛とした様子に心を奪われました。恥知らずな者達に貶められながらも、毅然と立ち向かう貴女は、あの場の誰よりも美しかった」
 
全く予想だにしない返答に驚きました。そしてジワジワと顔が熱くなっていくのが分かります。
 
「そ、その……あの……お恥ずかしい限りです」
 
彼の賛辞に心が躍り、同時に照れくささで身を震わせるしかありませんでした。
 
「それに、少し事情がありまして……」
 
玄曜様は微笑みから一転して神妙な顔つきをなさいました。
 
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