上 下
3 / 14

悪女

しおりを挟む
「ナタリーが我が儘で怠惰な女だと言う話は有名だ。私や私の両親の前では大人しそうに振る舞っているが、屋敷では使用人を顎で使い、気に入らないことがあれば追い出すのだそうだ」

この話を聞いた時は愕然としたのをよく覚えている。まだ父や母の耳に入っていないようだが、使用人達に横柄な態度を取り、家庭教師の言うことなど耳も貸さず、遊び惚けているというではないか。

今は子どもであるとはいえ、いずれは私との交流だけでなく妃教育の為に王宮に上がることも増える。王宮で働く者達を傷つけさせるわけにはいかないと、それまでに婚約が解消されるように私は動いているのだ。

『アンタだって使用人を顎で使ってるじゃない。同じでしょ』
「一緒にするな。私は己の我が儘で使用人を解雇などしない」

女はうんざりしたと言わんばかりに切り捨てた。私とナタリーは全然違うというのに、所詮平民の女には一まとめに貴族という生き物に過ぎないのだ。

『あー腹が立つ!体があったら、アンタの顔に二、三発拳をお見舞いしたいわ』

そう言って女は私の目の前に拳を打ち込む素振りを見せつけてきた。

『アンタ本当に間抜けね。侯爵令嬢が使用人に暴力を奮うなんて内々のことが何で噂になるのよ。口の軽い使用人を罰することもせず、王子の婚約者である娘を守ろうともしない侯爵って無能なの?』
「それは……」
『多少の悪ふざけだって揉み消すことも出来るのに、不名誉な噂話を放置してるなんておかしいでしょ』

確かに奇妙な話だ。ナタリーの話を最初に持って来たのは誰だったろうか。侍従の一人が噂話を聞いて来て、半信半疑で聞いていたら茶会で同じ噂を聞いたのだ。

『そもそもアンタは侯爵令嬢が我が儘に振る舞って、使用人を痛めつけるところを見たの?』
「それは、王宮だから猫を被って……」

ナタリーを庇うつもりはないが、女の言う通り私自身がナタリーの暴挙を直接見たことはない。それどころか使用人達からも特段の苦情も無い。

「……」

しかしナタリーの噂が真実では無いのだとすれば、その犯人は侯爵家の内部にいることになる。嘘を実しやかにばら撒いて、ナタリーの父侯爵をも味方に出来る人間。

『きっと侯爵令嬢は今頃父親から叱責されているでしょうね』
「な、何故?」

私の体調不良で茶会が切り上げられたのだから、彼女が叱責される謂れは無い。

『気の回らない間抜けのテオフィル、よく聞きなさい。気に入らない人間をこき下ろすのに理由なんていらないのよ。世の中には難癖をつけて白を黒に変える奴もいるの』

ヘラヘラと笑って機嫌を取ろうとするナタリーが私は好きではない。裏では自分よりも弱い者を虐げて、強い者には媚びへつらう姿が卑しくて嫌だったのだ。だが、事実が違うのだとしたらどうだろう。

婚約者となった私を楽しませようと頑張っていたのかもしれない。会話に応じようとしない私に困り、しかし改善する手も無くて、その場を誤魔化す為に無理やり笑おうとしていたとしたら?私のせいで意味の無い叱責を受けて、今泣いているのかもしれないと思うと胸が締め付られた。

『ナタリーが悪女かそうでないのか、アンタ自身の目で確かめなさい』
「……あぁ。お前の言う通りだ」
『じゃあ、とりあえず……って何をしてるのよ?』

きっと女は明日朝早くにでも侯爵家を訪ねるように言おうと思ったのだろう。だが、私はそんな悠長な真似は出来なかった。寝巻を脱いで外出の支度を始めた。

「ナタリーが私のせいで侯爵に叱られているのなら、今すぐ訂正するべきだ」

この国では子供の躾の為に鞭で打つこともあるし、食事を抜かれることもある。もしナタリーがそのような目に遭っていたら?私の失態の為に虐げられるのは違う。

私が動き出したことに気づいた護衛や使用人達がやって来て床に就かせようとしたのだが、ブランシュ侯爵家を訪ねてナタリーにこれまでの非礼を詫びたいのだと言えば、執事の一人が仕方が無さそうに母上に承諾を得に向かってくれた。

『こんな我が儘が許されるなんて、よっぽどアンタの態度に気を揉んでいたのね。可哀想な使用人達』

鼻に皺を寄せて嫌悪感を露わに女は言った。本当にその通りなので私は言い返すことは出来ない。

ナタリーの本性は今はまだ分からないままだ。女に言われたくらいでコロッと考えを変えるつもりもない。だが仮に彼女が陰険な女であったとしても、私は婚約者なのだから拒絶するのではなく、心根を改めるよう手助けをすることだったはずだ。これまでの私は誠実では無かったのだと己の愚かしさに恥じ入るばかりである。

『無茶を通したんだから、ちゃんと成果を上げなさいよ』

母ばかりか父の承諾を得た私は、護衛達と共に……そして不本意ではあるが自称聖女と共に侯爵家へと向かったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】やり直しですか? 王子はいらないんで爆走します。忙しすぎて辛い(泣)

との
恋愛
目覚めたら7歳に戻ってる。 今度こそ幸せになるぞ! と、生活改善してて気付きました。 ヤバいです。肝心な事を忘れて、  「林檎一切れゲットー」 なんて喜んでたなんて。 本気で頑張ります。ぐっ、負けないもん ぶっ飛んだ行動力で突っ走る主人公。 「わしはメイドじゃねえですが」 「そうね、メイドには見えないわね」  ふふっと笑ったロクサーナは上機嫌で、庭師の心配などどこ吹く風。 ーーーーーー タイトル改変しました。 ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 32話、完結迄予約投稿済みです。 R15は念の為・・

転生令嬢だと打ち明けたら、婚約破棄されました。なので復讐しようと思います。

柚木ゆず
恋愛
 前世の記憶と膨大な魔力を持つサーシャ・ミラノは、ある日婚約者である王太子ハルク・ニースに、全てを打ち明ける。  だが――。サーシャを待っていたのは、婚約破棄を始めとした手酷い裏切り。サーシャが持つ力を恐れたハルクは、サーシャから全てを奪って投獄してしまう。  信用していたのに……。  酷い……。  許せない……!。  サーシャの復讐が、今幕を開ける――。

天才少女は旅に出る~婚約破棄されて、色々と面倒そうなので逃げることにします~

キョウキョウ
恋愛
ユリアンカは第一王子アーベルトに婚約破棄を告げられた。理由はイジメを行ったから。 事実を確認するためにユリアンカは質問を繰り返すが、イジメられたと証言するニアミーナの言葉だけ信じるアーベルト。 イジメは事実だとして、ユリアンカは捕まりそうになる どうやら、問答無用で処刑するつもりのようだ。 当然、ユリアンカは逃げ出す。そして彼女は、急いで創造主のもとへ向かった。 どうやら私は、婚約破棄を告げられたらしい。しかも、婚約相手の愛人をイジメていたそうだ。 そんな嘘で貶めようとしてくる彼ら。 報告を聞いた私は、王国から出ていくことに決めた。 こんな時のために用意しておいた天空の楽園を動かして、好き勝手に生きる。

【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢

美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」  かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。  誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。  そこで彼女はある1人の人物と出会う。  彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。  ーー蜂蜜みたい。  これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

【短編】王子のために薬を処方しましたが、毒を盛られたと婚約破棄されました! ~捨てられた薬師の公爵令嬢は、騎士に溺愛される毎日を過ごします~

上下左右
恋愛
「毒を飲ませるような悪女とは一緒にいられない。婚約を破棄させてもらう!」 公爵令嬢のマリアは薬を煎じるのが趣味だった。王子のために薬を処方するが、彼はそれを毒殺しようとしたのだと疑いをかけ、一方的に婚約破棄を宣言する。 さらに王子は毒殺の危機から救ってくれた命の恩人として新たな婚約者を紹介する。その人物とはマリアの妹のメアリーであった。 糾弾され、マリアは絶望に泣き崩れる。そんな彼女を救うべく王国騎士団の団長が立ち上がった。彼女の無実を主張すると、王子から「ならば毒殺女と結婚してみろ」と挑発される。 団長は王子からの挑発を受け入れ、マリアとの婚約を宣言する。彼は長らくマリアに片思いしており、その提案は渡りに船だったのだ。 それから半年の時が過ぎ、王子はマリアから処方されていた薬の提供が止まったことが原因で、能力が低下し、容姿も豚のように醜くなってしまう。メアリーからも捨てられ、婚約破棄したことを後悔するのだった。 一方、マリアは団長に溺愛される毎日を過ごす。この物語は誠実に生きてきた薬師の公爵令嬢が価値を認められ、ハッピーエンドを迎えるまでのお話である。

もう我慢する気はないので出て行きます〜陰から私が国を支えていた事実を彼らは知らない〜

おしゃれスナイプ
恋愛
公爵令嬢として生を受けたセフィリア・アインベルクは己の前世の記憶を持った稀有な存在であった。 それは『精霊姫』と呼ばれた前世の記憶。 精霊と意思疎通の出来る唯一の存在であったが故に、かつての私は精霊の力を借りて国を加護する役目を負っていた。 だからこそ、人知れず私は精霊の力を借りて今生も『精霊姫』としての役目を果たしていたのだが————

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

処理中です...