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エセルの物語 Ⅲ
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舞踏会が終わり、アイヴァンに送られて家に戻った後も、エセルの心は高鳴っていた。
「アイヴァン……」
その名前を静かに呟くと、これまで感じたことのない暖かさと幸せが体中に広がった。彼の手が触れた瞬間の柔らかさ、その手の温もりがまだ指先に残っているように感じた。彼の微笑みが浮かぶたびに、胸が締め付けられるような思いがした。
「どうして、こんなに彼のことが気になるのかしら……」
エセルはベッドに横たわりながら、アイヴァンとの時間を何度も思い返した。彼の誠実な瞳、優しい声。その全てが、今では彼女にとってかけがえのないものになっていた。
舞踏会から数ヶ月が過ぎ、エセルの日常は以前と変わらぬ静けさを保っていた。ある日、父であるケープダズル公爵がエセルの部屋にやって来た。
「エセル、少し話がある」
父の声にエセルは振り向き、眉をひそめた。
「何かしら、お父様?」
父は一瞬ためらったが、やがて口を開いた。
「サディアス王子とフリーダ・ソーンヒル嬢の婚約が正式に決まったそうだ」
その言葉を聞いたエセルは一瞬驚いたが、すぐに冷静さを取り戻した。
「そう。まあ、おめでたいことね」
父はエセルの冷静な反応に少し驚いた様子だったが、すぐに頷いた。
「殿下はお前の憧れだったろう?」
エセルは一瞬目を伏せたが、すぐに父を見上げて強い口調で答えた。
「もう良いのです、お父様。私には婚約者がいるのよ」
父はエセルの言葉に少し驚いた様子で、しばらく彼女の顔を見つめていた。そして、ため息をつきながら話し始めた。
「本当のところ、エセル。私はお前を王家に輿入れさせたくなかったのだ」
エセルは驚きの表情を浮かべた。確かに父は、どれだけサディアス王子と結婚したいとエセルが願っても聞き入れてはくれなかった。
「どうして?普通なら、公爵家の娘として王家に輿入れすることは名誉なことじゃないの?」
父は苦い笑みを浮かべ、窓の外を見ながら話し始めた。
「確かに、そうだ。しかし、私はユリア王妃を好きではない。あの方は癒しの力という稀有な力を持つせいか、誰もが自分に傅いて当然だと思っている態度が鼻につくのだ。特に若い令息たちを侍らせている様は好きではなかった」
エセルは父の言葉を静かに聞いていた。彼の目には真剣な光が宿っており、その言葉に嘘偽りはなかった。
「お前をアイヴァンと婚約させたのも、フリーダ嬢が優秀だと聞いたからだ。お前とフリーダ嬢が同じ家庭教師についていたことを覚えているか?」
エセルは頷いた。フリーダは確かに同じ家庭教師についていたが、その時は特に気に留めていなかった。
「どうやら彼女の実力は、同年代の令嬢たちに比べて頭一つ抜きん出ているようだ。そんな娘を王妃崇拝者のギルバート・ソーンヒルをが差し出さないわけがない」
アイヴァンの父親であるソーンヒル伯爵との面識は無いが、父の言葉尻に薄っすらと嫌悪が滲んでいるのは分かった。つまり王室と直接縁づきたくはないが、次代の王妃となる令嬢の兄弟を通じて権力は維持したいというのだろう。
「もちろん、アイヴァン自身の評判も良かったから婚約させたのだ」
父の愛情を感じながらも、政略結婚という現実に、心の奥底で何かが引っかかるような気持ちが消えなかった。
「アイヴァン……」
その名前を静かに呟くと、これまで感じたことのない暖かさと幸せが体中に広がった。彼の手が触れた瞬間の柔らかさ、その手の温もりがまだ指先に残っているように感じた。彼の微笑みが浮かぶたびに、胸が締め付けられるような思いがした。
「どうして、こんなに彼のことが気になるのかしら……」
エセルはベッドに横たわりながら、アイヴァンとの時間を何度も思い返した。彼の誠実な瞳、優しい声。その全てが、今では彼女にとってかけがえのないものになっていた。
舞踏会から数ヶ月が過ぎ、エセルの日常は以前と変わらぬ静けさを保っていた。ある日、父であるケープダズル公爵がエセルの部屋にやって来た。
「エセル、少し話がある」
父の声にエセルは振り向き、眉をひそめた。
「何かしら、お父様?」
父は一瞬ためらったが、やがて口を開いた。
「サディアス王子とフリーダ・ソーンヒル嬢の婚約が正式に決まったそうだ」
その言葉を聞いたエセルは一瞬驚いたが、すぐに冷静さを取り戻した。
「そう。まあ、おめでたいことね」
父はエセルの冷静な反応に少し驚いた様子だったが、すぐに頷いた。
「殿下はお前の憧れだったろう?」
エセルは一瞬目を伏せたが、すぐに父を見上げて強い口調で答えた。
「もう良いのです、お父様。私には婚約者がいるのよ」
父はエセルの言葉に少し驚いた様子で、しばらく彼女の顔を見つめていた。そして、ため息をつきながら話し始めた。
「本当のところ、エセル。私はお前を王家に輿入れさせたくなかったのだ」
エセルは驚きの表情を浮かべた。確かに父は、どれだけサディアス王子と結婚したいとエセルが願っても聞き入れてはくれなかった。
「どうして?普通なら、公爵家の娘として王家に輿入れすることは名誉なことじゃないの?」
父は苦い笑みを浮かべ、窓の外を見ながら話し始めた。
「確かに、そうだ。しかし、私はユリア王妃を好きではない。あの方は癒しの力という稀有な力を持つせいか、誰もが自分に傅いて当然だと思っている態度が鼻につくのだ。特に若い令息たちを侍らせている様は好きではなかった」
エセルは父の言葉を静かに聞いていた。彼の目には真剣な光が宿っており、その言葉に嘘偽りはなかった。
「お前をアイヴァンと婚約させたのも、フリーダ嬢が優秀だと聞いたからだ。お前とフリーダ嬢が同じ家庭教師についていたことを覚えているか?」
エセルは頷いた。フリーダは確かに同じ家庭教師についていたが、その時は特に気に留めていなかった。
「どうやら彼女の実力は、同年代の令嬢たちに比べて頭一つ抜きん出ているようだ。そんな娘を王妃崇拝者のギルバート・ソーンヒルをが差し出さないわけがない」
アイヴァンの父親であるソーンヒル伯爵との面識は無いが、父の言葉尻に薄っすらと嫌悪が滲んでいるのは分かった。つまり王室と直接縁づきたくはないが、次代の王妃となる令嬢の兄弟を通じて権力は維持したいというのだろう。
「もちろん、アイヴァン自身の評判も良かったから婚約させたのだ」
父の愛情を感じながらも、政略結婚という現実に、心の奥底で何かが引っかかるような気持ちが消えなかった。
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