上 下
11 / 35

愛なき契約

しおりを挟む
サディアス王子はリンレイ王女に手を差し伸べた。

「リンレイ殿下、この特別な夜に貴女と踊る栄誉を私にお与えください」
「えぇ、喜んで」

王女は優雅にサディアス王子の手を取った。会場の貴族たちがその光景を見守る中、二人は広間の中央に進み出た。

音楽が流れ始め、二人は優雅に踊り始めた。サディアス王子は王女を巧みにリードし、王女も美しく舞う。その姿に会場は静まり返り、二人の踊りに魅了されたのだった。

曲が終わると拍手喝采が広間に轟いた。それを皮切りに、貴族たちが次々とフロアに出て踊り出す。

アイヴァンはしばらく様子を見ていたが、婚約者であるエセルを見つけた。彼女は友人たちに囲まれ、楽しそうに話をしている。エスコートを断ってきたのは彼女の方だが、だからといって別の男と参加できるはずもない。エセルも気づいているようで、友人たちとこちらを見ていた。

エセルも苦手だが、彼女の友人たちは本当に苦手であった。

この婚約はフリーダがサディアス王子と婚約したからである。未来の国母の実家となれば、強い影響力を得ることができるとエセルの父親である公爵は考えたのだ。だが、エセルは格下のアイヴァンを気に入らず、アイヴァン自らがエセルを妻にと望み、熱心に求婚したのだと偽りを伝えていた。

その為、悪評高い男と婚約したエセルを心配しているのか、彼女たちはいつもアイヴァンを冷たい目で見るのだ。
アイヴァンはため息を吐き、意を決してエセルに近づいた。

「良い夜ですね。御友人の皆様も楽しんでいらっしゃいますか?」

エセルの友人たちからの軽蔑した視線を感じたが、アイヴァンは気づかないふりをする。

「えぇ、楽しんでいるわ」

その瞬間、エセルの友人の一人が非難するように口を開いた。

「婚約者を放っておくなんて、アイヴァン様は少し無責任ではありませんか?」

アイヴァンは驚き、同時にエセルが嘘を言ったのだろうと思ったが、表情には出さなかった。

「申し訳ありません。仕事に気が回ってしまい、ご迷惑をおかけしました」

そう言ってアイヴァンはエセルに向かって頭を下げた。

「本当に申し訳ありません。エセル、今からでも少しお時間をいただけないでしょうか?」

エセルは一瞬戸惑ったような顔をしてみせたが、友人たちの前で断るわけにもいかず、軽く頷いた。

「……えぇ、婚約者だものね」
「ありがとうございます」
「それでは、一曲お願いできますか?」

アイヴァンは手を差し出し、エセルは周囲の目を意識してか、笑顔を浮かべた。アイヴァンもまた作り笑顔を浮かべて踊り始めた。二人の動きは優雅であったが、互いの間に漂う緊張感は隠しようがなかった。

「本当に、何で貴方みたいな人が私の婚約者なのかしら……」

優雅なステップを踏みながら、エセルは周囲に聞こえないほどの小さな声で呟いた。
以前のアイヴァンであれば、困ったような表情を浮かべて特に言い返すことも無かっただろう。しかし、スズへの愛を知ってしまった今では、婚約者との空虚な関係に心底嫌気が差してしまった。

「そうですね。お互いに諦めましょう」

淡々と言い返したアイヴァンに対し、エセルは驚きと怒りで目を見開いた。

「何ですって?」
「私たちの結婚は愛ではなく政治に過ぎない。お互いに無理をする必要は無いのです」
「格下の癖に、私に不満があると言うの?」

自分の悪口しか言わない女に不満を抱かないわけがない。けれども、それを口にしたところで無意味だ。

「不満があるのは貴女の方だろう。貴女が私を嫌っているのは十分に分かっている」
「――ッ!」

エセルは言葉を失い、ただアイヴァンを睨みつけるばかりだった。
やがて音楽は終わり、アイヴァンとエセルはお互いの手を離した。アイヴァンは礼をすると振り返ることも無くエセルから離れた。心は彼女に無かったため、彼女が自分をどのように見ているかなんて気づきもしなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?

ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。 一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

婚約破棄が成立したので遠慮はやめます

カレイ
恋愛
 婚約破棄を喰らった侯爵令嬢が、それを逆手に遠慮をやめ、思ったことをそのまま口に出していく話。

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

【完結】あなただけが特別ではない

仲村 嘉高
恋愛
お飾りの王妃が自室の窓から飛び降りた。 目覚めたら、死を選んだ原因の王子と初めて会ったお茶会の日だった。 王子との婚約を回避しようと頑張るが、なぜか周りの様子が前回と違い……?

(完結)何か勘違いをしてる婚約者の幼馴染から、婚約解消を言い渡されました

泉花ゆき
恋愛
侯爵令嬢のリオンはいずれ爵位を継ぐために、両親から屋敷を一棟譲り受けて勉強と仕事をしている。 その屋敷には、婿になるはずの婚約者、最低限の使用人……そしてなぜか、婚約者の幼馴染であるドルシーという女性も一緒に住んでいる。 病弱な幼馴染を一人にしておけない……というのが、その理由らしい。 婚約者のリュートは何だかんだ言い訳して仕事をせず、いつも幼馴染といちゃついてばかり。 その日もリオンは山積みの仕事を片付けていたが、いきなりドルシーが部屋に入ってきて…… 婚約解消の果てに、出ていけ? 「ああ……リュート様は何も、あなたに言ってなかったんですね」 ここは私の屋敷ですよ。当主になるのも、この私。 そんなに嫌なら、解消じゃなくて……こっちから、婚約破棄させてもらいます。 ※ゆるゆる設定です 小説・恋愛・HOTランキングで1位ありがとうございます Σ(・ω・ノ)ノ 確認が滞るため感想欄一旦〆ます (っ'-')╮=͟͟͞͞ 一言感想も面白ツッコミもありがとうございました( *´艸`)

妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。 しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。 それを指示したのは、妹であるエライザであった。 姉が幸せになることを憎んだのだ。 容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、 顔が醜いことから蔑まされてきた自分。 やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。 しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。 幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。 もう二度と死なない。 そう、心に決めて。

処理中です...