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愛なき契約
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サディアス王子はリンレイ王女に手を差し伸べた。
「リンレイ殿下、この特別な夜に貴女と踊る栄誉を私にお与えください」
「えぇ、喜んで」
王女は優雅にサディアス王子の手を取った。会場の貴族たちがその光景を見守る中、二人は広間の中央に進み出た。
音楽が流れ始め、二人は優雅に踊り始めた。サディアス王子は王女を巧みにリードし、王女も美しく舞う。その姿に会場は静まり返り、二人の踊りに魅了されたのだった。
曲が終わると拍手喝采が広間に轟いた。それを皮切りに、貴族たちが次々とフロアに出て踊り出す。
アイヴァンはしばらく様子を見ていたが、婚約者であるエセルを見つけた。彼女は友人たちに囲まれ、楽しそうに話をしている。エスコートを断ってきたのは彼女の方だが、だからといって別の男と参加できるはずもない。エセルも気づいているようで、友人たちとこちらを見ていた。
エセルも苦手だが、彼女の友人たちは本当に苦手であった。
この婚約はフリーダがサディアス王子と婚約したからである。未来の国母の実家となれば、強い影響力を得ることができるとエセルの父親である公爵は考えたのだ。だが、エセルは格下のアイヴァンを気に入らず、アイヴァン自らがエセルを妻にと望み、熱心に求婚したのだと偽りを伝えていた。
その為、悪評高い男と婚約したエセルを心配しているのか、彼女たちはいつもアイヴァンを冷たい目で見るのだ。
アイヴァンはため息を吐き、意を決してエセルに近づいた。
「良い夜ですね。御友人の皆様も楽しんでいらっしゃいますか?」
エセルの友人たちからの軽蔑した視線を感じたが、アイヴァンは気づかないふりをする。
「えぇ、楽しんでいるわ」
その瞬間、エセルの友人の一人が非難するように口を開いた。
「婚約者を放っておくなんて、アイヴァン様は少し無責任ではありませんか?」
アイヴァンは驚き、同時にエセルが嘘を言ったのだろうと思ったが、表情には出さなかった。
「申し訳ありません。仕事に気が回ってしまい、ご迷惑をおかけしました」
そう言ってアイヴァンはエセルに向かって頭を下げた。
「本当に申し訳ありません。エセル、今からでも少しお時間をいただけないでしょうか?」
エセルは一瞬戸惑ったような顔をしてみせたが、友人たちの前で断るわけにもいかず、軽く頷いた。
「……えぇ、婚約者だものね」
「ありがとうございます」
「それでは、一曲お願いできますか?」
アイヴァンは手を差し出し、エセルは周囲の目を意識してか、笑顔を浮かべた。アイヴァンもまた作り笑顔を浮かべて踊り始めた。二人の動きは優雅であったが、互いの間に漂う緊張感は隠しようがなかった。
「本当に、何で貴方みたいな人が私の婚約者なのかしら……」
優雅なステップを踏みながら、エセルは周囲に聞こえないほどの小さな声で呟いた。
以前のアイヴァンであれば、困ったような表情を浮かべて特に言い返すことも無かっただろう。しかし、スズへの愛を知ってしまった今では、婚約者との空虚な関係に心底嫌気が差してしまった。
「そうですね。お互いに諦めましょう」
淡々と言い返したアイヴァンに対し、エセルは驚きと怒りで目を見開いた。
「何ですって?」
「私たちの結婚は愛ではなく政治に過ぎない。お互いに無理をする必要は無いのです」
「格下の癖に、私に不満があると言うの?」
自分の悪口しか言わない女に不満を抱かないわけがない。けれども、それを口にしたところで無意味だ。
「不満があるのは貴女の方だろう。貴女が私を嫌っているのは十分に分かっている」
「――ッ!」
エセルは言葉を失い、ただアイヴァンを睨みつけるばかりだった。
やがて音楽は終わり、アイヴァンとエセルはお互いの手を離した。アイヴァンは礼をすると振り返ることも無くエセルから離れた。心は彼女に無かったため、彼女が自分をどのように見ているかなんて気づきもしなかった。
「リンレイ殿下、この特別な夜に貴女と踊る栄誉を私にお与えください」
「えぇ、喜んで」
王女は優雅にサディアス王子の手を取った。会場の貴族たちがその光景を見守る中、二人は広間の中央に進み出た。
音楽が流れ始め、二人は優雅に踊り始めた。サディアス王子は王女を巧みにリードし、王女も美しく舞う。その姿に会場は静まり返り、二人の踊りに魅了されたのだった。
曲が終わると拍手喝采が広間に轟いた。それを皮切りに、貴族たちが次々とフロアに出て踊り出す。
アイヴァンはしばらく様子を見ていたが、婚約者であるエセルを見つけた。彼女は友人たちに囲まれ、楽しそうに話をしている。エスコートを断ってきたのは彼女の方だが、だからといって別の男と参加できるはずもない。エセルも気づいているようで、友人たちとこちらを見ていた。
エセルも苦手だが、彼女の友人たちは本当に苦手であった。
この婚約はフリーダがサディアス王子と婚約したからである。未来の国母の実家となれば、強い影響力を得ることができるとエセルの父親である公爵は考えたのだ。だが、エセルは格下のアイヴァンを気に入らず、アイヴァン自らがエセルを妻にと望み、熱心に求婚したのだと偽りを伝えていた。
その為、悪評高い男と婚約したエセルを心配しているのか、彼女たちはいつもアイヴァンを冷たい目で見るのだ。
アイヴァンはため息を吐き、意を決してエセルに近づいた。
「良い夜ですね。御友人の皆様も楽しんでいらっしゃいますか?」
エセルの友人たちからの軽蔑した視線を感じたが、アイヴァンは気づかないふりをする。
「えぇ、楽しんでいるわ」
その瞬間、エセルの友人の一人が非難するように口を開いた。
「婚約者を放っておくなんて、アイヴァン様は少し無責任ではありませんか?」
アイヴァンは驚き、同時にエセルが嘘を言ったのだろうと思ったが、表情には出さなかった。
「申し訳ありません。仕事に気が回ってしまい、ご迷惑をおかけしました」
そう言ってアイヴァンはエセルに向かって頭を下げた。
「本当に申し訳ありません。エセル、今からでも少しお時間をいただけないでしょうか?」
エセルは一瞬戸惑ったような顔をしてみせたが、友人たちの前で断るわけにもいかず、軽く頷いた。
「……えぇ、婚約者だものね」
「ありがとうございます」
「それでは、一曲お願いできますか?」
アイヴァンは手を差し出し、エセルは周囲の目を意識してか、笑顔を浮かべた。アイヴァンもまた作り笑顔を浮かべて踊り始めた。二人の動きは優雅であったが、互いの間に漂う緊張感は隠しようがなかった。
「本当に、何で貴方みたいな人が私の婚約者なのかしら……」
優雅なステップを踏みながら、エセルは周囲に聞こえないほどの小さな声で呟いた。
以前のアイヴァンであれば、困ったような表情を浮かべて特に言い返すことも無かっただろう。しかし、スズへの愛を知ってしまった今では、婚約者との空虚な関係に心底嫌気が差してしまった。
「そうですね。お互いに諦めましょう」
淡々と言い返したアイヴァンに対し、エセルは驚きと怒りで目を見開いた。
「何ですって?」
「私たちの結婚は愛ではなく政治に過ぎない。お互いに無理をする必要は無いのです」
「格下の癖に、私に不満があると言うの?」
自分の悪口しか言わない女に不満を抱かないわけがない。けれども、それを口にしたところで無意味だ。
「不満があるのは貴女の方だろう。貴女が私を嫌っているのは十分に分かっている」
「――ッ!」
エセルは言葉を失い、ただアイヴァンを睨みつけるばかりだった。
やがて音楽は終わり、アイヴァンとエセルはお互いの手を離した。アイヴァンは礼をすると振り返ることも無くエセルから離れた。心は彼女に無かったため、彼女が自分をどのように見ているかなんて気づきもしなかった。
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