【完結】とある婚約破棄にまつわる群像劇~婚約破棄に巻き込まれましたが、脇役だって幸せになりたいんです~

小笠原 ゆか

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オニキス伯爵家06 『破談』

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娘・メイベルの懇願を受けて、オニキス伯爵は騎士団寮にスチュワートを訪ねた。メイベルを避けているというのに当主自らのお出ましに流石に応対するのかと皮肉な気持ちになる。こんな人間に娘や領民を任せようとしていた過去の自分が恥ずかしくて仕方がない。

「領地の経営に携わって欲しい、ですか?」
「はい。いずれは我が家の当主になるのであれば、そろそろ頃合いかと……」

本来であれば学院卒業と共に伯爵家に婿入りしてメイベルと共に領地に引っ込み、古参の部下と共に領地経営を任せるつもりだったのだ。それがユージーン殿下に気に入られたか何か知らないが、勝手に騎士団に入るという話になってしまって、この時点で契約違反だと言うのに上位の侯爵家の人間だからと言い出せなかっただけだ。

「私は騎士団での立場もありますし、今その役割を辞すには余りに無責任に思うのです」

確かに与えられた職を勝手に放り出すのは無責任だ。しかし、婿入りするのは最初から分かっていたことで、こうなることも分かっていたはずだ。しかも婚約者であるメイベルを自分の都合で未婚のままでいさせておいて、無責任なことはしたくはないとは何事か。
オニキス伯爵は表情は穏やかなままだったが、こめかみに青筋が浮いていたことにスチュワートは気づかない。

「だが、両家の事業のこともある……」
「それならご安心ください。事業は順調に進んでおりますから、もはや二人の結婚が無くともオニキス伯爵家とテクタイト侯爵家は今後も上手くやっていくことができるでしょう」

演技がかった苦悩の様が見苦しく鬱陶しくて、わざと安心させるような言葉を伯爵は選んだ。伯爵にとってテクタイト侯爵家は良い契約相手で惜しい気もするが、婚姻が無い以上、今後の付き合いは分からないのだが、家に帰らず事業の進捗など分からないスチュワートは、真に受けて一人で安堵している。

「ならば婚約解消ということで」

そう言ってスチュワートは婚約解消に同意する旨の書類にサインした。状況を考えればもっと執着されるかと思ったのに、あまりにアッサリし過ぎて、伯爵は肩透かしを食らった気分だった。

同意書を持ってテクタイト侯爵家を訪ねれば、侯爵達は額づかんばかりに頭を下げて謝って来た。スチュワートに婚約解消の話をすることは侯爵家には許可を取っていて、これで息子も目が覚めるだろうと思っていた侯爵家だったが、全く予想しない展開に目を白黒させていた。婚家となる家を捨ててまで、凋落著しい第一王子夫妻を選んだのだ。これはもうテクタイト侯爵家も最後の決断を迫られることになるだろう。

「賭けは私の勝ちだったようですね」

娘の言った通り、ユージーン殿下の周囲に『普通』は通用しないのだと、伯爵はようやく理解した。

「あの方は馬鹿なのだろうか?」
「馬鹿、なのかもしれませんね」

その馬鹿に振り回された少女時代を思い、メイベルは遠い目をした。しかし、出遅れたものの、これでようやく結婚へ続く道筋を新たに歩み始めることができるのだ。

既に集めていた目ぼしい男性の釣書の選別に入る。ユージーン殿下に気づかれたスチュワートが復縁を迫って来る恐れがあるから、速やかに婚約まで辿り着きたかった。テクタイト侯爵家にもスチュワートには復縁を迫るように言わないでくれと伝えている。今度不興を買ってしまえば、本当に多大な賠償金を払わされた挙げ句に共同事業も全てオニキス伯爵に渡さなければいけなくなるかもというヘンリエッタの助言も効いているのだろう。

「あら。こちらの方は……」

釣書の中に、以前テクタイト侯爵家で会ったエドワード・グランディディエライトの名があった。

「ん?それはヘンリエッタ様の弟か?」
「えぇ。二年ほど前に侯爵家でお会いしたことがあって……もう学院を卒業されるのね」

当時は学院に通って改めて流通について勉強をしていると話していたことを思い出す。幼さの残る彼が、もう卒業するのかと温かい気持ちになるが、同時にそれだけの月日の経過に恨めしくもなる。

「五つも年下の若造の釣書まで紛れてくるのか」

伯爵自身で集めたものだけではなく、部下や友人などを頼っているので様々な人物のものが集められていた。

「仕方がないではありませんか。私と同じ世代は、むしろ女が余っているような状態ですよ」

レイチェル妃に現を抜かした男達は非常に性質が悪かった。学生時代に婚約を解消した者もいたが、そうでない者はさっさと結婚して子どもでも作って仮面夫婦となってレイチェル妃に侍れば良いと言うのに、何に操を立てているのかスチュワートのようにズルズルと婚約期間を長引かせる者が多かった。

だからこそ、婚約者に見切りをつけて自立する女性も増えたのだ。服飾の好きな者が集まり、その裁縫の腕を生かして洋品店を出していたり、領地の特産品を王都の商会に卸すなど精力的に活動する者もいる。学生時代からの友人のクララ・フローライトもその内の一人であった。元々酪農が盛んだったのだが、外交家・ラズライト伯爵が外国から連れ帰った良質な羊毛が取れる羊の繁殖に成功し、フローライト伯爵家の評価と資産は大急騰中である。

この数年の間に、第三王子ジャスティン殿下の婚約者であるサラ・ラズライト伯爵令嬢の生家は大躍進を遂げた。フローライト伯爵家が増やした羊で作った毛織物は北方の国との交渉に役立ち、芸術の都アルテから持ち帰った芸術品の展示会は新進気鋭のグランディディエライト子爵家が手掛けることで一大イベントになり、それに感化された芸術家がオーア文化を華やかに彩った。

メイベルの時間は止まってしまっていたが、世界は澱むことなく進んでいるのだと実感させられる。今更ではあるが、領地に戻ってしまったアデレードは元気にしているだろうか。彼女にも穏やかで優しい時間が流れていることを願わずにはいられなかった。
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